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第四種接近遭遇」(2009/01/27 (火) 07:47:35) の最新版変更点

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これは 未知との遭遇(2)第三種接近遭遇 の続きとして書かれたものです。 変人さんはそこらに落ちてるので探してお読み下さい。正常な方は今すぐ閉じて下さい。どちらでもでもない方は慧音と霖之助がちょっと仲良くなった状態と考えてお読み下さい。 接近遭遇の順序がおかしいのは仕様です。 第四種接近遭遇  霖之助は商品の調達時以外は基本的に外出しない。読書が好きだからとか店番をしなければいけないから等は 体のいい言い訳でしかない。いや、もちろんそれらも大きな理由なのは間違いない、間違いはないが他にもいろ いろとあるのだ、長く生きていれば事情のひとつやふたつなどあって然るべきだ。とまあこれはどうでもいい話。 詰まるところ、今日も今日とて霖之助は香霖堂に籠っていた。  いつもと違うのはこの店にしては珍しく客がいることだ、常連以外の。霖之助にとっては不思議なことだが、 ある日を境に人間の客が急激に増えた。彼らはみな一様に好奇心に溢れた目で店主と商品を見て、たまに売上に 協力している。中にはなぜか霖之助に好戦的な態度を取る者もいた、全く相手にされていなかったが。  いやはや、理由が分からない。  ある陽光麗らかな午後、数人の女性客が店内にいた。彼女らもまた冷やかし目的で来店した集団だ。霖之助は 読書に意識の大半をまわしているので気づいていないが、冷静に見れば彼女らが見ているのが商品ではなく霖之 助であることを看破することは容易い。彼は時たま上がる黄色い声がうるさいとしか感じていなかったが。 「ごめんください」  店主が読書と客にいかにして売上に協力してもらうか姦計を巡らせることに気をやっていると何者かの声がし た。霖之助が本から顔を上げると果たしてその姿が春風に衣をはためかせていた。 「いらっしゃいませ。何かお探しでしょうか?」 「今さらあなたにそんなことを言われるのは変な感じがしますね。すみませんが今日も何か買おうというわけじ  ゃないんですよ」  一応礼儀としての声を丁重に断る彼女――上白沢慧音だった。慧音は自分以外の客に気づいていないらしく、 形としては敬語だがどことなく柔らかい口調で声を掛ける。  一歩店内に踏み込んだ辺りでやっと客に気づく。慧音はすぐさまそれぞれの名前らしいものを挙げ、話しかけ るたが、女性客らは口々に何かを言ってすぐさまきゃいのきゃいのと退店していった。 「なんだったんだ彼女らは……」  その息のあった引き際の良さに霖之助は唖然としてしまった。慧音は自分に出会いの挨拶も交わさず、店主に 別れの挨拶もせずに帰ったことに不満をもらす。 「代わりに謝罪します、すみませんでした。彼女達の内のひとりは私の教え子でしてね、普段は礼儀正しい真面  目な生徒なんですが今日は少々様子がおかしかったようです」  律儀に霖之助に頭を下げる、彼としてはそんなことはどうでもよいのだが。走り去った客の容姿を思い出しつ つ質問する。 「今考えてみると彼女らは全員とも寺子屋の生徒といった風貌ではなかったようだけど」  きょとんと霖之助を見返す慧音だったが、すぐに合点がいった。 「寺子屋と言っても歴史の学校です。本分は歴史を教えて人間と妖怪の共存を図ろうというものですからね、門  戸は広く開けています。多少歳を食っていようと本人にその気があればみんな生徒ですよ。それにしてもあな  たが他人の容姿を覚えているとは驚きですね」  それでも生徒は多くありませんが、と付け加えることは忘れなかった。  半妖からすれば人間の容姿を覚えるなぞ馬鹿らしいにもほどがある。彼らにとってのそれは、動物嫌いの人間 が野良犬や野良猫の成長を事細かに記録するような行為なのだ。気がつけば大きくなっているし、気がつけば死 んでいる、当然その内記録することが馬鹿らしくなってくる。それほどまでに寿命に差がある。  それから派生して妖怪などの長命な種族相手ですら容姿を覚えることなどしない。ただ「この相手はどこの誰 だ」という情報のみで事足りてしまう。むしろそれ以外は蛇足だ。  よって彼らにとって大体の場合、外見の記憶とは信愛の証とほぼ同義である。慧音のようにいちいち覚えてい る方がよっぽど稀有な例だ。 「彼女らは君と同じくらいの歳に見えたよ」  店主は客に椅子を勧め、客は店主の言に甘える。 「半獣の私と人間の彼女達を見比べるという愚かしいことをする方とは思っていませんでした。そういえばなぜ  彼女達は私に対してお邪魔しました、なんて言ったんでしょうね」  首をかしげる半獣、香霖堂での彼女は本当に物を知らぬ少女のようだ。 「僕にはがんばってくださいだの応援してますだのだったな。香霖堂の応援をするのならば声援ではなく商品の  ひとつでも買って行ってくれた方が数倍助かるのだけど」  同じく首をかしげる半妖、彼に商人としての才があるのか甚だ疑問だ。 「今日は何の用だい? 買い物でないのはさっき聞いたけど」  霖之助は奥からカップをふたつ持ち出してくる。中は黒い液体がなみなみと満ちており、光を飲み込んでいる。 「はい、今日はですね。ええっと、あれです、前回相談したことについてです。あれがどうやら解決したらしい  ので、相談した手前森近さんにも話しておくのが筋かと思いましてお邪魔しました」  もちろん霖之助にとってはどうでもいい話だが、彼女自身の気が済まないのだろう。つくづくつまらない堅物 だと霖之助は再認識する。 「その女生徒なんですがどうやらうまく行ったようで、ある男子生徒と一緒にいるところをよく見るようになり  ました。うれしそうに礼も言って来ましたよ」  真っ黒な珈琲を啜りながら報告する。 「それは何より。でも少し意外だな、君がその手の相談に的確に答えられるとは思わなかったよ。前回の様子を  見る限りではね」  笑いを噛み殺しながら霖之助はカップを傾ける。慧音は苦々しい顔をするしかない、あれはどう考えても失態 だった。 「馬鹿にしないでください、と言いたいところですが私自身は何もしてないんですよね。礼もなんと答えれば良  いか困っていたところに突然言われたものですから」 「それは妙な話だな、何もしてないのに礼か。自己解決したが一応言っておこうとしたんじゃないのかい? 君  のように」 「その線も考えられますが、勇気を出して先生の真似をしたらうまくいきました、と言われたんです。私の真似  ということは知らず知らず何かをしていたんでしょうね。それが何かはわかりかねますけど」  いやはや、全く理由がわからない。  また珈琲を啜る。そこではたと気がついた。 「ここで珈琲を頂くのは初めてですね。何かあったんですか?」 「ああ、君の家でごちそうになったときにあまり飲めなかったのがくやしくてね。家で練習中なのさ」 「練習しなければいけないようなものは嗜好品とは言えませんよ。楽しめているうちに留めておくのが華です」  慧音の鼻は出された珈琲がなかなかの上物であると判断している。 「そこで何か不快な思いをしてね。最近はちょうど収入もあったから里で仕入れてみたのさ」  半獣はまたもや首をかしげる。 「不快な思いをしたのにわざわざそれを思い出すようなものを買ったんですか?」 「……言われてみればそれもそうだな。どうして僕はこれを買ったんだろう。心当たりはないかい?」  半妖の質問に答えられるはずもない。いや、答えは簡単だ、だがその簡単な答えを持っている存在は今の香霖 堂の店内にはいない。  慧音は黙って珈琲を啜る。霖之助のカップはすでに空だ。  いやはや、全く理由がわからない。わからないったらわからない。  ある夜、霖之助は珍しく表を歩いていた。たなびく雲が月にかかり、風が花を揺らし、霖之助の手にはいくら かの命の水。風情はないが、いい夜だ。彼は春風薫るあまりにいい夜なのでついつい散歩をしていた。  商売人が最も気をつけなければいけないのは情報だと聞いたことがある、なので職人芸というものを知ってお くのも悪くなく、自家製では出せない味を知るのも非常に重要なことだ。品物の価値を見極め、価格交渉をする に至ってはまさに商いの実践演習である。つまり今これを持っているのはつらい修行の一環だということは明ら かである。  普段は飲まぬ少し高めの酒を手に入れて霖之助はご機嫌だった。  まだまだ人里に近いというのに青年の足音を除いて実に静かである。夜遅いことを差し引いても少し静かすぎ る。浮かれた霖之助はそんなささいなことに気が回っていないようだが。  風があるとはいえせっかくの花を見ない手はないと外れに群生する桜を尋ねることにしたらしく、風呂敷包み をゆらゆら道を行く。  桜の木に近づく青年の姿を見つけた妖怪がいた。それは彼をまじまじと見つめ、しばしの逡巡の後に音を立て ずに移動を始めた。 「普段は挨拶挨拶とうるさい君が何も言わずに消えようとするとはどういうわけだ。お互い知らぬ仲ではないだ  ろう」  霖之助は素早く動く影を見逃さなかった。もし目で見えなくとも妖怪ならではの気配を察知できただろうが、 確かに彼は彼女の後ろ姿をとらえていた。ばれずに逃げるには彼女の決断は遅すぎた。 「まけると思ったんだが逃げるかどうか迷ってしまったよ」  姿を見られては逃げてもやむなし、慧音はゆっくりと歩いて霖之助の元に寄る。すると木陰と月光を遮る雲に よって陰になっていた姿が露になった。  トレードマークの珍妙な帽子はなく、比喩ではない緑の髪に禍々しい二本角と毛むくじゃらの尻尾、片角には 血の色のリボンが揺れている。里が静かなのも当然だ、月に一度の特に妖怪が元気な夜である。 「やあ、こんな夜に偶然だね。お暇であれば一献どうだい? いいものが手に入ったんだ」  それを知ってか知らずか霖之助は普段と変わらぬ声で包みを持ち上げる。 「それは?」 「般若湯ってやつさ」 「店主殿は仏門に入られてるのか」  あいかわらず堅いねと霖之助は呆れ顔で笑う。  桜を前にふたりはどっかりと座り込んでいた。あり合わせの器に酒を注ぐ。 「肴はないけど宴会ってわけじゃないから我慢してくれ」  霖之助の杯は酒の瓶の蓋だ、おかげでろくに飲めやしない。彼は最初瓶に直接口をつけての回し飲みを提案し たが、下品だと一蹴されていた。 「春風に舞う花吹雪以上の春の肴は知りません、腹は満たされませんがそれ以上のものなど望むべくもない」  慧音の杯はなぜかひとつだけ霖之助が持っていた普通のぐい飲みである。途中で誰にも会わずとも呑むつもり だったのかもしれない。 「じゃあ、夜に」  杯を軽くぶつけ合う、霖之助の椀からはそれでも酒がこぼれた。 「こんな時間になぜ君はここにいたんだい」  やや辛めの味わいを口腔に染み渡らせながら質問をする。 「仕事の最中の小休止だ、ひと月もたまっていると量が多くてかなわん」  白沢化しているせいか普段より口調が強い。霖之助はやっと慧音の変化に気がついたようだ、空を仰ぐと一部 隠れているものの月はまん丸である。 「学校の仕事がたまっているのかと思えば……。そうか、今日は満月か。道理で僕の気分も高揚するわけだ。君  も珍しく洒落っ気を出しているようだし」 「気がついていなかったのか? やれやれ、不用心にもほどがある。それに私が逃げようとした意味がない」  慧音が溜息をつく。出来の悪い生徒に頭を悩ませているようにも見える。先生が板についてきたと言えば聞こ えはいい。 「妖怪を受け流す術なんていくらでもある、それに今の幻想郷で昔より危険な場所があるなら是非ともご教授願  いたいところだね」  昔の世を知っていれば今の幻想郷で恐れるようなものはろくにない。半妖は両者の長所を併せ持つのでずるが しこく出し抜くことも容易だ。ここでは彼らに命の危険などないに等しい。 「そういえばなぜ君は逃げようとしたんだ。普段の君が嫌いそうなことだが」 「質問を続けるのは無礼だぞ。まあ非があるのは私だから仕方ないか。すまない、癖のようなものだ。いくら慣  れ親しんだ相手でも、初めてこの姿を見せると大抵怯えられてしまう。向こうがそういう素振りを見せないよ  うにしてるのがわかってしまうのがなおさら辛くてね。あまりこの格好で人前に出ないようにしているんだ」 「それはそれはご立派な心構えだ、しかし半妖相手にその対応は失礼じゃないかね。たかが角の一本や二本生え  たくらいで腰を抜かすと思われているようだ」  だからすまないと言っているでしょうとなだめる慧音は酒のせいかゆるい表情だ。早く言えば笑っている。  二人の飲むペースは遅い。慧音はこの後の仕事に障らない程度に飲んでいるし、霖之助はあまり飲んで注いで 飲んで注いでを繰り返すのも無粋だと抑えている。結果、話すか散る花を見送るかのどちらかの時間が長くなる。 「僕に仏門に入っているのかと聞いたが君のほうがそれらしいんじゃないかい? 不邪婬戒も守っているようだ  し」  ニヤリと笑う、目はやたらと楽しそうに光っている。もちろん慧音が嫌がるのを承知の上でやっているからた ちが悪い。 「陰険だな、それにお互い様だろう。そもそも、だ。そういう機会がこれまでなかったのだから正確には不邪婬  戒を守っているわけではない」 「はあ、面白い返しのひとつも期待した僕が馬鹿だったよ。口調や態度が違っても君は君だな」 「……悪かったな」 「悪いとも言ってない、生半可な答えを返してくるような相手だったら今こうしていることはなかったろう。そ  れにしても本当に一度も恋仲になった男はいないのかい? 声のひとつもかかって良さそうだが」  霖之助の性質を考えればこれは駆け引きでなく純粋な疑問なのだろう、信じがたいことに。 「そういうお話を頂いたことはありますし声をかけられたこともあります。ですがね、迂闊に応えて悲しい思い  をするのは御免だ」 「やっぱり考えることはみんな似たようなものになるんだね、僕の場合はそれ以上に面倒だというのがあるのだ  けど。それらがなければ今頃僕も君に森近の旦那さんと呼ばれていたかもしれないね」  たぶんない、例え両者ともただの人間だったとしてもおそらくそんなことにはならない。  それに後天性と先天性が会うこともなかっただろう。 「気づかれていたか。商家の男主人は旦那と呼んでいいんですけどね、私は未婚なら店主と呼ぶことにしている」  しばし沈黙が流れる。風の勢いが増し、まるで吹雪のように花が散る。散ってしまう。月も完全に隠れ、ほの 明るい花びらの反射では人の輪郭は見えても表情までは読み取れない。  ふたつの影の片方がぐいと杯を空け、語りかける。 「仲のいい人間がいるな」  その声は高い。 「君が言っているのが魔理沙なのか霊夢なのかはわからないけどね」 「霧雨の娘さんの方だ。貴方の力で彼女を家に帰らせることはできないか?」 「魔理沙の家は森の中だよ。何も言わなくても家に帰る」 「わかっててひねた答えをするな。霧雨の旦那さんも歳は食う、娘が可愛くないわけがないでしょう」  わかっていてもどうすることもできないこともあるし、どうにかする気にもならないこともある。放っておいて 欲しいなら人の生き方に干渉しすぎるのは下策だ。 「僕が霧雨の家にできる魔理沙に関する最大のことは、彼女の最期を見送ることだと思ってる。それは変わらない  よ」  珍しくはっきりとした拒否に舌打ちが響く。 「貴方も半分は人間でしょう」 「もう半分は妖怪さ。完全な人間の経験はない、君とは違ってね」 「……皆が仲違いなく幸せに暮らすことができればそれが一番だろうに」 「なにが幸せかなんて本人にしか決められないよ」  説得させるための説得はあえなく失敗に終わった。負け惜しみまで否定するのは少々趣味が悪いが、らしいと言 えばらしい。  休憩のはずが心労が溜めているのはどうなのだろうか。慧音は角の根元のさらに下あたりを押さえながら深いた め息をついている。  それを見て今度はもう片方が杯を干す。まだ満月は雲に隠れている。 「ちょっと酔ってきたようだ、満月のせいかもしれないな。これから先は酔っ払いの鼻歌程度に聞いてくれ」  軽く息を吸う。 「君はなぜそこまで人間に肩入れする? いや、できる? 産まれたての赤子だって五十年もすれば死ぬ、運よく  病を患わなくともせいぜいが七十。親しくなればなるほど死別で傷付くのは自分だってことくらいわかるだろう。  僕は運よく親からだからそういうものとわかっているが、君は違う。先立った者の中には幼馴染や友もいただろ  う、だのになぜ今も人の間で笑っていられるんだ」  淡々と声が紡がれる、少なくとも淡々としているように聞こえる。好奇心から来るどうでも良い質問のひとつの ような響きだ。男女の機微に疎く性格上皮肉にも弱いとはいえ、相手は伊達に賢人と呼ばれてはいないが。 「そう、ですね……。逆に質問させてもらうが貴方は目の前に広がる眺めをどう思う? 掃除が大変そうだとかそ  ういうひねた答えはいらないぞ」 「素晴らしいと思うよ、もちろんね」 「うむ、桜、蛍、花火、紅葉、満月、一部での雪。美しいとされるものには見られる期間が短いものが多いです。  逆に短いからこそそこに趣を見出すのでしょう。あなたはすぐに散ってしまうからと桜を見ないのですか? す  ぐ死んでしまうからと蛍を見ないのですか? 私はできるだけ近くで見たいと思っているだけです。もっとも今  見ているものは必ずしも美しいだけとは限りませんが、それを含めて見るのも一興ですよ」  私がもともとは人間というのもありますけどね、と付け加える。 「いつか貴方から聞いたお話ですがね。私は半妖になってからもしばらくは恵まれていたんだ。両親だけでなく知  り合いのほとんどがそれまでと変りなく接してくれた。もしそうでなかったら今頃私は陰険でひねくれた半妖に  なっていたかもしれない。貴方が霧雨の娘さんに対して考えていることのように、私がそのときの恩を返し続け  ることは変わらない。返し終える日が来るとは到底思えないがね」 「全く、君は真面目すぎる。いつか足元をすくわれるかもしれないよ」  群雲が晴れ、月が再び顔を出す。  仏頂面の霖之助が自らと含み笑いを帯びた慧音に酌をする。酒はまだほとんど飲まれていない、こんな量で妖怪 と混ざっている者たちが酔えるわけがない。 「すくわれたらすくわれたです、古い歴史が終わって次の歴史が始まる。伝えるべきことを伝え終えたら私が不要  になるだけだ」  愛する人達の為になるならば消えることも吝かでない。しかしそれまではいつ自分が不要になるのかわからぬま ま全力で里を守る、らしい。 「やれやれ、君を見てると悟りを開いた聖人なのかただの白痴なのか判断に苦しむよ。苦痛を受けることを苦痛と  思わないなんて僕の理解できる範囲からは少し外れている」 「私は半妖だからな、体も心も丈夫なんだ。……ただ、受けるのは構わないがその逆は少々辛いものがある」  慧音の表情がやや湿る。淀む口に酒をあおる間に霖之助が先を続ける。 「人から人の形をしたものになった蓬莱人、藤原妹紅、か。確かに彼女ほど寿命比べを挑むのが馬鹿らしくなる相  手はいない」 「知っているのか?」 「ちょっと縁が合って最近ね。あの目の持つ力はやはり永い人生で培ったものなのだろうか」  慧音は驚きを隠そうともしない。霖之助も妹紅も自ら進んで誰かと会うタイプではない、それどころか追い返す ようなこともする人間だ。今でこそ妹紅は永遠亭への患者を護送したりしているが積極的には人の元へは行かない。 ふたりに接点など全く思いつかない。 「どんな縁なんだ」 「聞くは無粋だ。続けてくれ」  動かないふたりの関係に興味津々といった様子である。ならば余計に霖之助が応えるわけがない。 「ああ、妹紅と知り合ったのは少し前でな、そこら辺は今は割愛するか。人と馴れようなんて毛ほども思っちゃい  ないとのたまったんだ。人間ならそんなことあるはずないだろうのにな」  霖之助の脳裏には本気で嫌がっている蓬莱人とそれを根っからの善意でつけまわす半獣の姿がありありと浮かん だ。ついでにあまりのしつこさについに根負けする姿も。 「妹紅に笑顔は増えた。だが冷静によくよく考えてみると私がしていることは彼女に苦しみを与えることになりか  ねん、親しくしようとすればするほどにな。半妖の永いは長いの言い換えだが、蓬莱人の永いは正真正銘の永い  だ。付き添うべきは私のような紛いものではなく竹林にいる月人のような本物なのかもしれないと思うと、ね。  貴方はどう思う?」  花吹雪の名の通り桜が雪のように舞う。夜桜であれば毎回雪月花を同時に楽しめると思えば、なるほど春風も悪 くない。 「これはとある人からの受け売りなんだが……」  小さな杯を乾かしてからゆっくりと口を開く。 「君はすぐに散るからといって桜を見ないのかい?」  しばししてふたりの口の端が吊り上る。まだ声はこぼれない。 「なるほど、うまい冗談とはこういうものなのだな。下らないだけでなくそれ自体で完結している。それに答えと  しても二重丸だ」  ひとしきり――やや下品なほどに――高らかに笑い声を上げていた慧音が話し始める。上ずった声と腹を押さえ る手がまだまだ余韻が残っていることを示している。 「だが私を花に例えるとは少しほめすぎだ、それでは精一杯これほどまでに美しい薄桃色の花を咲かせている桜に  失礼というもの。もう少し位を下げてくれ」 「僕は嘘なんて面倒なものは使わないよ。それに君は……、んん、君の人間に対する強い心は桜に負けるとも劣ら  ず素晴らしいものだと思う。僕には到底真似できないよ」  対して霖之助は至って落ち着いている。彼女が過剰反応しすぎていると思っているのだろう、彼の笑みは若干引 き吊り気味になっている。 「実際妹紅がどう思っているかかはわからないが少し気が楽になった、感謝する。貴方も陰険なだけじゃなかった  んだね」 「今回は少しばかり自信があるから今まで通りに彼女と接すればいい。あともしいい人に見えるなら今僕がべろべ  ろに酔っているからだろう。明日になればいつも通りの陰険な店主に戻ってるよ」  それは残念だとまた妖怪が笑う。あまりの笑いっぷりに半妖は引く。 「残念だがまだ仕事もある、今日はここらで退散させてもらうよ」 「なら僕も引き上げるとしようかな」  杯を瓶の口にあてがうと素早く風呂敷で包む。霧雨店での修行の成果を披露する場面の大半が客前でないのが残 念である。  やたらきっちり別れの文句を述べる慧音を霖之助が放置する形でふたりは別れた。最後にやや大きな声で投げか けた感謝の意に対する返事は、あまりに小さくて届くことはなかった。 「悩みがひとつなくなった! ありがとう!」 「こちらこそ」  霖之助の荷物の重量はほとんど変わっていない、それをゆらゆら家路を進む。彼は道すがら今日の会話を思い出 していた。 「そういえばとても不格好な皮肉を言われたような気がするな……」  首を振って自らの記憶を否定する。相手はあの慧音だ、そんなはずはない。  慧音の足取りは軽い、跳ねるように家路を辿る。彼女は道中今日の会話を思い出していた。 「今日は珍しく真面目に話を聞いてくれたししてくれたような……」  首を振って自らの記憶を否定する。相手はあの店主だ、そんなはずはない。  それでも胸の奥底になにか不気味なものを埋め込まれた気がする。 つづけーね

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