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 ゆらゆらと世界が回る。  くるくると色が踊りだす。  世界は華。  華は世界。  ちいさな小さな万華鏡。  そこは色彩の楽園。  嗚呼、嗚呼、美しいかな。  万の華よ、咲き誇れ。  枯れることなき花々よ、狂い咲け。  万華鏡  万の華よ 咲き誇れ  くるり、くるりと手を回す。  目に映る景色が変わりだす。  鮮やかな赤の色彩が、より眩い紅になり、そうかと思えば深い藍となる。  世界は変わる。  手を廻す、ただその行為だけで世界は変わる。  それが酷く楽しいものだと思えた。 「あら、珍しいものを覗き込んでらっしゃるわね」 「ん?」  不意に聞きなれない声がして、霖之助はそれから目を外した。  場所は香霖堂。  目に余る品々が一定の秩序とある種の無造作を持って並べられた古道具屋。  幻想郷には珍しい外の品も混じった混沌めいた空間。  そこの主である霖之助の前に、一人の日傘を持った女が立っていた。 「おや、ずいぶんと珍しい客だね」  口調は冷静に、けれどどこか声は冷たく。  霖之助はどこか引き攣ったような表情を理解しつつ、その女――八雲 紫に声をかけた。 「買出しであれ、売りつけであれ、普段ならば藍にでも任せるのが常ではなかったのかな?」  彼女の式である九尾の狐の名を出す霖之助。  彼女ならまだいい。けれど、霖之助は目の前にいる紫を酷く苦手としていた。  そんな彼の心境をまるで読み取ったかのように、紫は手を口に当てて優雅に微笑む。 「ふふふ、時には私も気まぐれが働きますわ。女ですもの」  女の行動に口を挟むなと、軽く言外に匂わされているような気がした。  多分それは被害妄想なのだろうが、在ってそうで恐ろしい。 「そうかね」  ふーと軽くため息を付き、霖之助は手に持つ、先ほどまで覗き込んでいたそれを机の上に置いた。 「それで、何をお探しなのかな?」  さっさと用件を済ませて帰ってもらおう、そう考えての発言。  けれど、紫はそうと感じさせぬほど自然な足取りで霖之助に近づき、その前の机に置かれたそれを手に取った。 「――万華鏡、ですわね」 「百色眼鏡ともいうらしいが、どちらも正しいだろう」  霖之助が覗き込んでいたそれは万華鏡だった。  質素な意匠が掘り込まれた細長い筒、その尖端を先ほどまで彼は覗き込んでいたのだ。 「不思議ですわね、貴方にはそんな趣味があったかしら?」  可愛らしく首を傾げる紫。  そんな彼女に霖之助は心の中で苦笑を浮かべると、彼女の疑問に答えた。 「いや、これは無縁塚で拾ったものでね」  霖之助が商品を仕入れる先――外の世界のものが流れ着く場所の名前を告げた。 「なるほど、万華鏡も忘れられつつあるのね」 「そのようだね」  万華鏡の歴史は古い。  生まれは外国であるスコットランドだが、江戸時代の日本にも輸入され、博麗大結界が張られる前に神隠しと呼ばれる幻想郷への迷い人の手によって数本持ち込まれた。  多少材料集めに手間が掛かるが、素人でも拙いものであれば作成は可能であり、人里でもたまに見かける程度には流通している。  幻想郷にとっての当たり前が、外では幻想となった。  それがどうにも寂しいものだと、霖之助は常にない情緒感をもっていた。 「寂しいですわね」  まるで紫は霖之助の心情を代弁するかのように呟く。 「そうかもしれないね。僕には想像するしか方法がないが、外の世界は万華鏡を気にする必要もないほど美しいものに溢れているのかもしれない」  覗き込めば垣間見える幻想的な光景。  夢幻とも思える万華鏡の色々。  その美しさを外の人間はいらないと判断したのだろうか。  外の世界を知っている紫ならば、どれだけ進んだ世界なのか、美しいものに溢れた世界なのか知っているだろう。  けれど、霖之助はそれを想像するしか手段はなく、今は想像するだけ良しとする。  いつかは外に出て、知識を身に付けたいと願っている彼だが、彼にはまだまだ呆れるほどの時間があるのだから。 「そうかしら」  けれど、紫は霖之助の想像を否定する。 「きっと人は忘れているだけですわ」  ゆるゆると言葉が紡がれる。  妖怪の賢者である八雲 紫はどこか悲しげで、皮肉げに言葉を大気に紡ぎ上げる。 「たった小さな一本の筒を手にとって、覗きこむことを忘れているだけですわ。とても簡単なことなのに」 「そうかな?」 「そうですわよ。人は決して光を忘れることなど出来ないのだから」  ニコリと微笑んで、紫は不意に手に持っていた万華鏡を目に当てる。  くるりくるりとどこか妖艶な手つきで筒を廻し、艶のある笑みを浮かべる。 「あらあら、赤か紅、紅から藍、藍から翡翠、翡翠から紫と綺麗ですわね」  にこやかに、華のように、どこか無垢な少女のように笑みが咲き誇る。 「万の華を咲き誇る鏡とは上手いことを言ったものだと思いません?」 「そうだね」  万の華を映す鏡と書いて万華鏡。  誰が思いついたのか知らないけれど、とても正しく、とても幻想的な名前だった。 「まあ、それは――女も同じことですけれど」 「え?」 「あら。知らないのかしら? 女は万華鏡と同じですわ」  覗きこむ目を外し、紫はニッコリと笑みを零す。  どこか妖艶で、見るものを蠱惑するような美しい笑みを。 「楽しければ向日葵のように笑みを浮かべ、悲しければ雨のように涙を流し、怒れる時は鬼のように恐ろしく、喜ぶ時は雪溶きのように輝くもの。  感情という光を反射し、万にも届く、夢幻の華を咲き誇る」  ゆるゆると吐き出される言葉。  同じ顔のはずなのに、まるで別人のように、けれどどこか同じ輝きを帯びて。  霖之助はまるで魅入られたように、紫の顔を、目を見ていた。 「憶えておくべきですわ。とても大切なことですから」  そう告げて、紫は手に持っていた万華鏡を霖之助に差し出した。 「あ、ああ」  それを霖之助は受け取る。  同時に発動する能力――名前は百色眼鏡或いは万華鏡 用途は魅了されること。  まったくもって、目の前の女性のようだと霖之助は思った。 「それでは、そろそろ私は失礼します」 「え?」 「欲しいものがなかったですから」  ニコリと笑みで冷やかすだけだと告げて、紫はゆっくりと霖之助に顔を近づけた。 「ん?」  湿った音がした。  霖之助の頬に口付けがされていた。 「これは、いいものを見せてくださったお礼ですわ」  呆然とした表情を浮かべる霖之助に、余裕を持った紫はするりと抜け出るようにその場を離れる。 「それではごきげんよう。また縁がありましたら、お会いしましょう」  子供のように無造作に手を振って、紫の姿が瞬くように消える。  彼女の能力――境界を操る程度の能力で開いた隙間でも使ったのだろう。 「……やれやれ」  姿が消えたことを確認し、数秒後に霖之助は息を吐いた。  蠱惑し、魅了し、どこまでも朴念とした霖之助の心をかき乱す女性。  八雲 紫。 「やはり、彼女は苦手だ」  見惚れればきっと抜けられなくなる。  まるで万華鏡の世界のように。  口付けられた頬だけが、彼女の存在を示すようにどこか熱かった。 おまけ(カリスマブレイク警報発令中。素敵な紫のままでいたければ、見ないほうがいいです) 「藍様ー」 「なんだい、橙?」 「お部屋のお掃除してたら、こんなのが落ちてましたー」 「ん?」  橙が藍に見せたのは一冊のノート。  幻想郷のものではない、外の世界による紙の印刷物。  その表紙には『カンペノート』と書かれていた。 「ずいぶんと薄いが、これは本だろうか?」  紫様のものかな? と藍は思いながら、パラリと開いた。  そして、一番新しい書き込みがされたページを見る。 『 今日の霖之助さん誘惑台詞  1 「ふふふ、時には私も気まぐれが働きますわ。女ですもの」  ここで自分が女だということをアピール。妖艶な女ということを強調するわ!  2 「あら。知らないのかしら? 女は万華鏡と同じですわ」  霖之助さんが万華鏡を拾ったみたい、これは年長者として素敵台詞の出番ね。  3 「楽しければ向日葵のように笑みを浮かべ、悲しければ雨のように涙を(ry」  我ながら素敵な台詞。こんな台詞を吐かれたら、多分私だったら一気に恋に落ちるわ。  昔ポエムノートを書いていた日々を思い出すわ~。 』  などなど、複数の書き込みがあった。  そして、最後に「今日はなんかの理由を付けて、霖之助さんの頬にキスするの! 女は度胸よ! は、恥ずかしいけれど……」  と書かれていた。 「……」 「藍様?」 「橙。これをおいてあった場所に戻しておいてくれないかな?」 「え? でも、お部屋のお掃除してたら床に落ちていた」 「じゃあ、そこに戻しておこう。これは紫様のものだからね、なくしたと勘違いしたらきっとお困りだ」 「藍様がそういうのならー」  戻してくるーと橙がテコテコとノートを持って歩き出す。  藍はその背を微笑ましく見ながら――ため息を吐いた。  ハァッと。  どこかテンションがおかしい八雲 紫が帰ってくるのは五分後のことだった。

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