frame_decoration

「彼女の葛藤・前編」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら

彼女の葛藤・前編」(2008/08/29 (金) 23:54:11) の最新版変更点

追加された行は緑色になります。

削除された行は赤色になります。

[[次の話へ>彼女の葛藤・後編]] 【彼女の葛藤】 「……今日はなんの御用で?」 霖之助がいつものように本を読んでいると、両肩にずしりと重みがかかった。 以前は慌てふためいていたものだが、数日に一度のペースで同じことをされては流石に慣れる。 まあ、たまに気が緩んでいるときはいまだに飛び上がったりもするのだが。 くるりと振り向いてみれば、予想通りの整った顔が鼻のくっつきそうな距離に浮いていた。 いつもと違うのは、その顔は眉が寄って唇の端が下がったしかめっ面ということ。 「もう。女性のほうからここまでしているっていうのにぃ。  ちょっと反応が淡白すぎるんじゃなくて?」 めっ、と霖之助の額を小突く八雲紫。 なんだか子ども扱いされているみたいだな、とも思う霖之助だが、あまり反発する気にはならない。 これが霊夢や魔理沙ならば、何かしらの一言は返すところだというのに。 「この店に来ていただけるのはありがたけどね。  毎回毎回スキマから死角に出てくるものだから、すっかり慣れてしまったよ。   あとは、何か買ってくれれば言うことはないんだが」 何も言い返さない理由としてはこんなところだろう、と自己分析しながら返事を返した。 「つまんないわねぇ。  前は顔を真っ赤にして『い、いきなり何をするんだ!』とか言ってくれたのに。  ……もう……私の体には飽きてしまったのね……」 扇子で顔を隠してよよよ、と泣く振りをする紫。 これさえなければもっと踏み込んで接してもいいんだがなあ、と霖之助は内心でため息を吐いた。 「ああ、すまなかったよ。このとおり謝るから泣かないでくれ」 「……」 謝ったというのに唇を尖らせ、ジトーっとした目で見てくる紫。 霖之助が頭の上に?を浮かべていると、 「……飽きたっていうの否定してない……」 などと言い出した。 そちらが冗談めかして言ってきたというのに。そもそも飽きるも何も堪能した覚えすらない。 今度こそ、ため息を隠さない霖之助だった。 「それにしても霖之助さんは優しいわねえ。  藍に同じことしても、冷たーい声で『いいから要件を言ってください』なんて言うのよ」 「それは君の発言を流していきなり要件を聞いたりするな、と言うことか」 「流石霖之助さんね。みなまで言わなくても私の言いたいことを察してくれるんだから」 先ほど彼女の式と同じことをしようか迷っていた霖之助は、差し当たり自分の判断に感謝することにした。 「まあ、いつまでもこうして言葉遊びをしていても仕方ないわね。  私としては一日中続けてもいいくらいだけど。それはそれとして、今日はちゃあんとお客様としてお邪魔してるつもりよ」 「できれば今日は、ではなくて今日も、になって欲しい所だがね」 「むぅ~、いいじゃないそのくらい。  それで、今日は霖之助さんを頂きたいのだけど」 「……僕の店では生物は取り扱っていないことくらい知っているだろう?」 「もちろんよ。私が言っているのは霖之助さんに今日私と過ごして欲しいってこと。  霖之助さんの時間は生物ではないもの。何の問題もないでしょう?」 そうきたか。 はじめに今のことを切り出されていれば、自分の時間は非売品だと言い切ることもできた。 しかし、既に会話の中で『生物は扱っていない』と、生物以外ならなんでも扱っているようにも取れる発言をしてしまっている。 ここで自分の時間も非売品だと言ったところで、この発言を盾に押し切られるのが落ちだ。 それに、八雲紫の機嫌を損ねるのはよろしくない。彼女でなければ取引すらできないものが多すぎる。 主にストーブの燃料とか。 そう、それだけだ。 これで機嫌を損ねてぱたりと彼女が来なくなった店内を想像してなんとなく寂しかったのは気のせいだろう。 「……どうやら現時点で僕に反対する理由はないようだね。  それで、僕と一日何をするつもりだい?  極力お客様の期待には応えさせてもらうと言いたいところだが、内容によっては販売拒否もあり得るよ」 何を言われるかビクビクしながらの発言だったが、紫の提案は想像以上にささやかなものだった。 「そんなむちゃくちゃなことは言わないわよ。  人里に新しい甘味処ができたから、一緒に行って欲しいの」 「……拍子抜けするほど簡単な申し出だね。それくらいなら頼めばいつでもお供したのに」 スキマツアーにでも連れて行かれるのかと思っていた分、この申し出は非常にハードルが低いように思える。 まあ紫とお茶をするくらいは特に問題ないのも確かだが。 一方、紫は予想以上の好感触に喜んでいる。 「あら、本当?」 「ああ、君にはいろいろと便宜を図ってもらっているからね。それくらいならお返しにもならないよ」 「……どうせそんなところだと思ってたけど」 ころころ表情が変わる紫に首をかしげながら、霖之助は先ほどから気になっていたことを尋ねた。 「まあそれはさておき、どうして僕を?  一人で行くのが嫌なら君の式なり、式の式なりに頼めばいくらでもついてくるだろうに」 「その店はバイキングっていう方式を採用しているのよ。  簡単に言うと、一定料金を払えば並べてある料理をいくら食べてもいいっていうスタイルね。  もちろん制限時間はあるけど。  同じ商売人として興味があるんじゃなくて?」 「……それは確かに興味深いな。  食べ放題という言葉に釣られる客は多いだろうが、甘いものをそう大量に食べられる者は少ないだろうしね。  ある程度の料金を受け取っていれば赤字にはならないはずだ。  あとは大量に材料を仕入れることによる値引きなどか……。  実際にどのレベルのものが提供されているのかも気になるな。  僕は営業努力をしない商売人としては失格の部類だろうが、そういう営業形態の原理には確かに惹かれるものがあるね」 「でしょう? 聞いてみた甲斐があったわ。それじゃ、早速行きましょうか」 人里へと向かう霖之助と紫。 目的の店はすぐに見つかった。通常の倍はあるのぼりを掲げていれば当然だが。 「中は洋風か……。  確かにこれなら座敷と違ってとりにいくたびに履物を脱いだり履いたりする必要がないな」 「ほら霖之助さん、このお皿に欲しいものをとって食べるみたいよ。  あっちには紅茶やコーヒーもあるわね。まあ手ずから淹れたものには適わないでしょうけど」 店に入って料金を支払うなり、店の中を見渡す2人。一見似たもの同士だがその着眼点はかなりずれていた。 しばらく店内を観察すると、適当なケーキを1つ2つと紅茶を淹れて席に座る霖之助。 紫はすでにかなりの量を皿にとっているが、それでもまだ選ぶつもりのようだ。 「紫、飲み物は何にする?」 これは少々時間がかかるかな、と考えた霖之助は紫の分も淹れてくることにした。 すこし驚いたような顔をした紫だったが、すぐ嬉しそうに笑って紅茶を頼んできた。 それから10分後。 すぐに淹れては紅茶が冷めるからと、紫の様子を見つつタイミングを計る霖之助。 そんな努力の甲斐あって、良い状態で渡すことができたようだ。 「……ふむ」 パクパク食べる紫を眺めつつ、霖之助は店について考察を重ねていた。 菓子の出来は上々。多少の時間置きっぱなしでも、これなら十分金を払う価値がある。 周りを見れば座ったり立ったりを繰り返す客も少なくない。軽い椅子はこれを見越してのことか。 机の配置はいわゆる碁盤目状ではないが、客の流れを見ていると上手い具合に計算されて置かれていることがわかる。 ついついそういうことを考え込んでいると、 「ちょっと霖之助さん」 思考の海に沈む霖之助を、紫が咎めた。 「ん? なんだい?」 「なんだいって……。  折角2人で来ているんだから、お店ばかり見てないでもっと構って頂戴」 ぷぅ、と頬を膨らませる紫。 いつもの姿からは想像もつかないそんな紫の様子に思わず笑みがこぼれそうになるが、ここであまり大げさに笑うとさらに機嫌を損ねるだろう。 「ああ、すまない。見れば見るほど興味深い作りをしているからね。  不愉快な思いをさせてしまったようだし、これからは君だけを見ていることにしよう」 「そ、そう?  まあそれならいいわ。許してあげる」 蔑ろにしていた分しっかり相手をするという意味だったのだが、紫は思った以上に嬉しそうにしている。 どうやら機嫌は直ったようで、左手を頬に当ててなにやら照れくさそうにしている紫の姿に、霖之助は胸をなでおろした。 それから。 「あ、これ美味しい。霖之助さんもどうぞ」 「どれどれ……む、これは確かに」 「でしょう?  あ、霖之助さんが取ってきたそれ私も取ろうか悩んでたのよ。一口いただける?」 「ああ、もちろんだ」 「あ~ん」 「……まあいいか。今日は君に付き合おう。ほら、あ~ん」 「あ~ん。ん~、おいし~」 振り回されてばかりだが、こういうのも悪くないなと思う霖之助だった。 「それじゃあね霖之助さん。今日は楽しかったわ」 「僕のほうこそ。今日はいい経験が出来たよ」 「もう、そういう時は『君と居れて楽しかったよ』くらい言って欲しいんだけど?」 「ああ……そうか、そうだね。  今日はとても楽しかったよ。こんなに楽しいのは久しぶりだった。  よかったら、また誘ってもらえるかい?……いや、是非こちらからお願いするよ」 「そ、そう?  そこまで言うならまたお誘いするわね」 「ああ、僕のほうは知ってのとおり年中暇だから、いつでも言ってくれ」 「自分で言うなんて、もうお店に関しては開き直ることにしたのかしら?」 クスクス、と2人で笑いあう。 「じゃあ、今度こそ帰るわ。またね霖之助さん」 「ああ……それじゃあ」 紫は何もない空間にスキマを開いて帰っていった。 その場所を見つめつつ、霖之助は今日の紫を思い出す。 いつものような胡散臭さなど微塵もなく、まるで普通の少女のようにはしゃぐ紫。 大妖怪であろうが結界の管理者であろうが、紫も根っこの部分は女の子ということだろう。 次に紫が訪れるときは、今まで以上にその来訪を歓迎できそうだ。 霖之助は暖かい気持ちで家路を急いだ。 一方紫の自室では、 「……ふぅ」 足取りも軽い霖之助とは対照的に、やや落ち込んだ様子の紫が見えた。 「……やっちゃったわねえ……。  特定の誰かに入れ込むのは控えていたつもりだったのに」 いつもは人を手玉に取るような言動が目立つが、八雲紫は幻想郷を誰よりも愛している妖怪である。 その存在は博麗の巫女同様、幻想郷の存続になくてはならない。 だから、ある意味で博麗の巫女以上に心を傾けることは自戒してきたつもりだ。 それが今では霖之助に心惹かれている。このままいくと何もかもを投げ捨ててでも彼の元に走りたくなるだろう。 最初は、幻想郷の外にあこがれる半妖を監視するだけのつもりだった。 あくまで外の世界と幻想郷との境界を守るため。霖之助にしても最初は自分を敬遠していた節がある。 だが、いつしか霖之助と会うことが楽しみになっている自分に気付いた。 なぜかはわからないが、彼と話していると心が弾む。ついつい我を忘れて話に夢中になることもあった。 霖之助もしつこく来訪されるうちに慣れてしまったらしく、最近は普通に接してくるようになった。 自分は否が応でも彼に惹かれているし、彼も憎からず思ってくれているだろう。 だけど、と紫は手を握り締める。 一線を超えるようなことだけはできない。 そんなことになれば歯止めが利いてくれるかどうか自信がない。 だからこれ以上の関係は求めまい。たまに話をして、気が向けば2人で出かける以上のことは。 やるせない思いは確かにあるが、霖之助一人と幻想郷を天秤にかけることもできない。 大丈夫。彼とはまだまだ一緒にいられるのだから。 そう自分に言い聞かせると、紫は辛い現実を今だけは忘れて今日の思い出を楽しむことにした。 [[次の話へ>彼女の葛藤・後編]] 以下没にしたプロット。最期の葛藤のわりにちょっとやりすぎな気がしたので。 ―――香霖堂にて――― 「……そういう営業形態の原理には確かに惹かれるものがあるね」 「そう?よかった。  ああ、それとバイキング形式は恋人の男女限定だから、そういうことにしといてね」 「……何だって?」 ―――道中――― 「……歩きにくいんだが」 「今私と霖之助さんは恋人同士なんだから、それらしいことをしないとダメでしょう?」 「だからって店に入る前から腕を組まなくてもいいだろう……」 ゆかりんは満面の笑みで腕に頬を擦り付けたり。 ―――店内――― 「それじゃあ食べましょうか。じゃ、霖之助さん、あ~ん」 「……僕は一人で食べられるんだが」 「恋人同士っていったでしょ?」 「……あ~ん(実はまんざらでもない)」 結局全部食べさせあったりするといいよ。

表示オプション

横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示: