「あーっ、コレ欲しいなあ」
「ヤダ、またそんなの。キリノって悪趣味~」
「えー、可愛いのに~」
下校途中の学生たちで賑わう、ムームーハウス店内。
棚の小さな人形を掴んだその一人が、値札を見て溜息をついた。
「でもこれ、ちょっと高いなぁ……おこづかいじゃ足んないかも」
「だからホラ、止めときなさいって。次、本屋付き合う約束でしょ?行こ」
「う~、わかったよ……んじゃ、行こうっ!」
自動ドアが開き、お客さんが出て行く。
単なる冷やかしではあったものの、学生さんたちが自分のお店の商品を見て
あれやこれやとお話をしてくれているのを見るのは、それだけで楽しい。
それだけで脱サラしてお店を開いた甲斐はあるわ。
ムームーハウス店長は、うんうんと頷いた。
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「む~っ……」
さて、お店の空気とは場違いな、その男の人の煩悶はもうかれこれ3時間にも及ぼうとしていた。
最初の学生さんたちが帰ってから、入れ替わりに入って来た彼は、どうやら贈り物を探しているらしい。
後から来た他の生徒たちに冷やかされていたやり取りから察するに、どうやら教師らしいの、だが。
時間は既に、20時を回ろうとしていた。
「あの、先生…?」
「は、はい?なんでしょう」
「いえ、もうじき閉店ですので……」
「なっ、もうこんな時間ですか!すいません長居しちゃって」
そういうと彼は、棚から小さな人形を取り出した。
いかにも適当に無造作に掴んだように見えるソレは、最初の学生さんたちが話していたのと同じもの。
「……本当にそちらで?」
「えっ、ええ」
「1500円になります」
値札を見ていなかったのか、ぎょっ、という表情を一瞬見せた彼は、
まあ仕方ないか、という態で溜息をひとつつくと。
「それじゃあ、これで」
「入れ物はどうなさいますか?」
「あ、リボン巻いちゃって下さい。あいつリボン好きなんで」
「……かしこまりました」
やはり贈り物、なのだろう。
在庫一点だけのこの人形が、欲しいと言っていたあの子の手に届かないのは少し残念だけど。
プレゼントをこれだけ熱心に選んでくれる人の彼女ならば、さぞや愛されているに違いない。
「大事にしてくださいね……」
「はっ、はい?ええ、まあ」
「ふふふふ……」
「じゃ、じゃあ、どうも!」
「ありがとうございました……ふふふ」
自動ドアから出て行く、その背中を見送りながら。
――――もしもその彼女が、あの子だったら。それはなんて偶然?必然?
ふふふふ、と自分の妄想に狂笑を浮かべながら、店長は店仕舞いを始めるのであった。
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「センセー、今日は実習でつくったマンゴームース余っちゃったから食べる?」
時はお昼休み。職員室のドアを開け、勢いよく飛び込んで来たのはキリノ。
その両手には余り物とは思えない量の円盤状のケーキが携えられている。
「おおっ、悪いないつもいつも」
「いえいえどういたしまして」
「ところで、さ。これなんだけど……」
「お、なんすか?」
「ほら。今日ホワイトデーだし。義理だけど、お返し」
きれいにデコレートされた、ややぶちゃいくな人形を彼がカバンから取り出すと、彼女はたちまちに目を輝かせた。
しかしそれと同時に生じた、なにやら確信めいた表情のうごきを、彼は見逃さない。
「ありがとうございます、大事にしますー」
「あんまり嬉しくなさそうだな?選ぶの間違えたか…」
その言葉に首をふるふる、と横に振ると。
「とんでもないっすよ、ところで、センセー……?」
「ん?」
「友達に聞いたんっすけど、昨日ムームーハウスで
えらく長い事プレゼントを選んでた男の人が居たそうなんですけど」
彼の眉がぴくり、と動くが、彼女の勢いは止まらない。
「……物好きな奴も居たもんだな、あんなお店で」
「この人形、新作で、あの店でしか置いてなかったんすよ。しかも、現品一個限り!」
「そりゃあよかったな、珍しいもんで」
「あたしも欲しかったんですけど、高くて諦めちゃったんですよね」
「俺はテキトーに、棚から掴んだだけだけどな」
「相変わらず、ウソがヘタっすねえ、センセー」
「……このマンゴームースうまそうだな」
「もー」
たまらずに、机に置かれたケーキを一切れつまみあげようとすると。
ずい、と彼女の手から先に一切れが差し出される。
「はい、アーンして?」
「んあ……んぐ、んぐ」
「おいしい?」
「うまいぞ」
「ふふ……ありがとう、センセー」
一連のやり取りをやれやれ、といった表情で見つめる他の教師たち。
職員室の一角を埋め尽くした桃色の空気は、五限目の予鈴が鳴るまで続くのであった。
おしまい
最終更新:2009年03月21日 16:01