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――――3年生、春、放課後。
HRが早く終わったので、まだ誰も居ない時間の道場に一人で遊びに来るきりのん。

「お邪魔しますよー…って、やっぱり開いてるんだ。相変わらず無用心だねえここも」

コジローが仮眠を取る事が多いため、道場には日常から鍵がかけられていない。
がららっ、と引き戸を開けて侵入開始。コジローは…居ない。

(まぁ、そんなにいつもいつもサボったりはしないか…あの人も。)

などと一人ごちしつつ、空っぽの道場を歩き回る。
もう春だとは言え、まだ冷たさの残る空気を感じながら。

「…誰もいない道場って、こんな広かったっけ…」

考えてみれば2年の春先以来、いつもここには誰かが居た気がする。
コジローであったり、タマちゃんであったり。必ず誰かが居て、自分一人と言う事は無かった。

「こういうのって、なんか久し振りかも…ん?」

―――ふと、名札掛けの所で足が止まる。
そこには勿論、自分の名前はない。
この冬、引継ぎ式の時。自分で取り外したのだから当然だ。だけど…

「…う~ん、改めて見ると、やっぱり寂しいもんがあるねえ」

自分とサヤのものだけが取り外され、余白となっている名札掛け。
そこにちょっとしたセンチメンタリズムを感じて浸っていると…
がららっ、と再び後ろで戸の開く音がした。

「お、キリノじゃないか。3年生なのにこんな所に居て大丈夫なのかお前?」

先生だ。寝てる以外でこんなに早く道場に来るのは珍しい。

「コジロー先生の方こそ、珍しいじゃないっすか、こんなに早く道場に来るだなんて」

鼻の頭をこすりながら、少し照れつつ答えるコジロー。

「去年がフロックと思われちゃ敵わんからな、それに――」

”お前のためにもな”そう言い掛けて、言葉を呑む。
去年、どうにか全国クラスの大会で結果を残す事ができ、自分の首は繋がった。
それもこれも、タマや皆と、何よりも目の前に居るこいつ――キリノのお陰なのだが。
どうにもこうにも、性格のせいか立場のせいか、素直に感謝の気持ちを言葉に出来ないまま、現状がある。

「…なんすか?」
「んー、いや…」

言葉尻を捕えて詰め寄るキリノへの返答に窮しているうち、
がららっ、と三度後ろで戸の開く音がした。

「…お?」
「あれ、知らない人がいるー」

二人の会話をよそに、続々入って来る1年生部員たち。
去年、大きな実績を残す事ができた室江高剣道部の知名度は、
当の関係者――コジローや部員たち――が思うよりも遥かに、飛躍的に高まっていたのだ。
(中には”可愛い女子の先輩が居る”という邪な目的の男子も居て、
 全てタマちゃんに淘汰され現在は男女共に約半数まで減ってはいたが)

多少興奮気味に、コジローの肩を揺すりながら尋ねるキリノ。

「すっごい!この子らみんな新入部員?かっわいいなぁ~~」
「ま、まぁな…少なくとも人数は、キリノの代よりも多いかも知れんな」

目を輝かせて1年生集団を眺めるキリノ。
だが逆に、顧問と親しげに話す、”キリノ”と言う名のその先輩に。
新入部員たちの興味は集中する。

「キリノ先輩って、前の部長のキリノ先輩ですか?」
「お家がおそうざい屋さんなんですよね?」
「コジロー先生と付き合ってるってホント?」
「タマちゃん先輩よりも強いんですか?」
「わぁ、ホントにねこみたい!」
「かわいい~」

マシンガンの様に畳み掛ける質問に、さすがにたじろぐキリノ。

「ちょ、ちょっとお!そんないっぺんに来られても…コジローせんせぇ~?」

質問攻めに狼狽しつつ受け答えするキリノを、ニヤニヤしながら見守るコジロー。

「おーおーおー、人気者ですな先代部長どの。…おっ、そうだ。」

何かを思い出したような顔でカバンから板のような物を取り出し、一言。

「お前等、今日は先代部長のキリノ先輩が一日限りで部長職に返り咲いて下さるそうだ!しっかり学べよ!」

そして、おもむろに、名札掛けの余白の部分―――かつて、自分の名前があった場所に。
再び挿される「千葉 紀梨乃」の名札。それと同時に新入部員たちの間に沸き起こる歓喜の声。

―――何故、カバンに?などと多少の戸惑いを覚えつつも、
満更でもない、といった様子の表情を浮かべながら、キリノ。

「もぉっ、しょうがないなぁ… じゃあビシビシいっちゃうよ!」

遅れて来た現部長のダンくんら2年生組も加え、
その日の練習は新年度最高の盛り上がりとなったのでした。
おわり。


【その後】

―――――狂騒のあと。
再び二人だけになった道場に、キリノの怒声がこだまする。

「もう、大変だったんですからね!?」

前傾姿勢で両手を逆手に立て、怒りを顕にするも、
反省のカケラも見えない態度でそれに応じるコジロー。

「あはは、すまんすまん。でも久々に体動かせて、良かっただろ?」

そんな、たしなめる言葉も聞かずに。
今度はぶぅ~とした滅多に見せない怒り顔でまくし立てるキリノ。

「それとこれとは別の話ですよ!おまけに…」

”おまけに”。その言葉の先にある物に一瞬躊躇うも、
両腕を組み仁王立ちの体勢は崩さず、言葉は続く。

「おまけに、1年生の子に何吹き込んでるんですか?タマちゃんより強い、とか――」

(―――付き合ってる、とか。)

もちろん、この人が自分でそんな事を言い出す筈もない。
大方現2年生の誰か…ミヤミヤかダンくんあたりが、
軽い冗談のつもりで言った事がいつしか本当になってしまった…そんな所だろう。
ともあれ、何か自分の気持ちを冷やかされたようなこの行き場のない不快感は、
とりあえずは今日のこの日をコーディネイトした目の前の教師に向けられる。

「まぁまぁ、悪かったよ。でも…タマより強いのだって、ある意味、ホントの事だろ?」
「そんなわけないじゃないっすか… あたし、現役の時でも、タマちゃんから一本だって取った事ないっすよ…」

その、はぐらかしにしか聞こえない言葉に若干肩を落としつつ、眉をしかめて答える。
……が、コジローの方は至って真剣そのものだった。

「いやいや、まずお前がいなきゃ、俺も剣道部もここまで来られなかったさ」

流石に無碍にはできない雰囲気だと気付きはしたものの、ではこちらはどんな顔をしたものか。
答えは出ず、つい嘆息と共に、温度の低い受け答えをしてしまう。

「なにそんな、いきなりしんみりしちゃってるんですか…」

言い終わるが先か、頭上に置かれる、掌。

「バッカ。大人が素直に感謝するのって…難しいんだよ」

頭に置いた手を、そのままわしゃわしゃさせながら、続ける。

「ありがとうな、キリノ。 …あー、やっと言えたぞ」

その真意をようやく理解し、同時にこんな時にするべき顔もひらめく。笑えばいいんだ!
………でも、笑うってどうやってたっけ?

「―――どう、いたしまして^^」

その笑顔――いや、狂笑とでも言うべきか――を目の当りにしたコジローは、
頭から手を離し…今度はキリノの両頬を左右にぐい、と引っ張る。

「無理して笑うなって」
「…ふいましぇん」

ふふ、と笑みを浮かべつつ…その、ひにゃげた笑顔に、何らかの得心は得たと言う表情で。
頬をつまんだ両手を離し、キリノの背中を叩く。

「じゃあ、帰るか!…戸締りよろしくな、部長さん」

いたたた、と叩かれた背中をさすりながら…
でも、その変わらなさは、少なくとも感傷的になってた自分にとっては好意的に感じられた、つまりは――

(ヤじゃ、ないかな。)

…ふぅ、と一呼吸、嘆息をおいて。

「もう部長じゃないってのにぃ… もぉ~、しょうがないなぁ」


――――戸締りは、きっちりと。
――――もちろん、引き戸のカギは、開けたままで。
ほんとにおわり。