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――――ガコン。

一日分の授業が終わり、放課後。下校中の生徒が行き交う自由スペースの、自販機前。
職員会議を間近に控えた矢先に、彼はそこに居た。
(ああ、これがビールだったらな…)
冷たい炭酸飲料を取り上げながらぼやく。
生徒の事はだいたい把握している教師といえど、
流石に誰もが使う給湯室のお茶っ葉の残り枚数までは把握し切れるわけもない。
ブツクサ言いながら彼が目線を上げると、見知った人影がひとり。

「お、ユージ。今日は部活はどしたー?」
「あ、先生。ちょっと祖父の具合が悪いみたいなんで早引けします、すいません」
「ああ、そりゃしょうがないな。道場は……誰か残ってるか?」
「えーっと、確かサヤ先輩はいましたよ」
「そか」
「本当にすいません、じゃあ俺これで!」
「おー、気ぃつけて帰れよ」

ふう。
彼はひとつ溜息をつくと、
「おっといかん、職員会議始まっちまう!」
職員室へのうんざりするような帰路を戻るのであった。

― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―

「……ぁふ。」

欠伸をかきながら、彼は”のび”の体勢を作り、続いて椅子にのしかけた。
長引いている会議は、緊張を保つために10分の休憩が取られる事になった。
それにしてもえらく長い会議だ。議題も忘れてしまう。
煙草は吸わないが、外の空気が吸いたくなった彼が職員室のドアを開けると。

「あー、先生?」
「おやサヤ、どしたんだこんな所で……部活は?」
「あ、あの誤解しないでよね?ちゃんと行ったよ?」
「いや冗談だっつの。帰るのか?」
「う、うん。ちょっと面打たれた途端にインスピレーションが……あ、いや」
「ああ、はいはい。まあそっちも頑張れよ……で、今は誰が残ってんだ?」
「ち、違うよ!違うってば!えええっと、さとりんは居たかな?それじゃ!」
「おー、気ぃつけてな。がんばれよー」
「違うって!」

(いや違わねえだろ。)
(まあ何にでも一生懸命なのはいい事だ。うむ。)
と彼が一人ごちていると。
「――再開します。着席下さい」
「っと、いけねえ!」
彼はふたたび、まどろみの向こう側へ……もとい、会議という現実へと引き戻されるのであった。

― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―

「う~っ、とぉ」

結局、それからも議題は進展せず、2回目の休憩がとられる運びとなった。
無休で続く会議は流石にもう2時間にも及ぼうとしている。生理的活動限界。
職員室の向かいのトイレは先の休憩で行っておかなかった教師達により、たちまち満員御礼のお札を出した。
そのご多分に漏れず、サヤの相手で用を足しそびれた彼は、慌てて下の階のトイレを目指していた。
と、そこへ。

「あ、先生」
「お、おうタマ。悪ぃ急いでるんだ……お前も早引けか?」
「はい。今日は家の手伝いもあるので……」
「そ、そっか……道場、まだ誰か残ってたか?」
「うんと、え~っと……まだ四人くらいいたと……思います」
「そ、そか。スマンな。悪いマジで!もれるっ!」
「あ……じゃあ、さようなら、先生」
「お、おう、気ぃつけてな!」

「ふぃー……」
あわてて用を足しつつ、しばし極楽気分に浸りながら。
(あと四人、あと四人……えっと、アレがアレでアレだから…)
(……まあ、この時間でもまだ残って練習してる奴はえらいな、感心感心。ほめてやろう)
上機嫌のまま、手を洗って外に出る。
と。

「お~、先生だあ」
「おう、ダンとミヤ。お前らも今帰りか?」
「その前に……ちゃんと手洗ったんですか?」
「失敬な。俺バッチイのはヤなんだよ、A型だからな!」
「見えませんよねえ」
「ほっとけよ。で、お前らの用事は?」
「お前らの、って……他の皆も何か用事があったんですか?」
「うん、なんかな。で、お前らは?」
「今日はダンくんに夕食をごちそうするんです」
「そうなんだぜ~」
「で、一緒にお買物して帰るので、早めに」
「……そうかそうですか。けっ!……んで、道場には誰か残ってたか?」
「えーっと、タマちゃんのすぐ後に出たから……」
「俺はミヤミヤと一緒に出てきたぞぉ~」
「うん、サンキュ。じゃあお前らも、気をつけてな!」
「は~い」
「ばいばいせんせえ~」

うーい。
二人にひらひらと手を振っていると、さらにもう一人。
職員室のドアに手をかけた所で、眼鏡をかけた少女が彼の動きを止めた。

「あの、先生」
「おうサトリか、どうした?」
「あの私、早引けするので職員室にって……」
「もうこんな時間に早引けもないだろ。ご苦労さんだ」
「いえ、ちょっと宿題のプリントが多くて……少しでも時間を取りたいので……すいません」
「ああお前はマジメだなぁ。がんばれがんばれ」
「はっ、はい!あ、あのあの、先生はこの後、道場には?」
「んーむ、片付けには寄るかな。まだ誰かいるっけ?」
「えっと私は、キリノ先輩よりは先だったと思います」
「そっか。ありがとなー、気をつけてなー」
「はい!それじゃ先生、さようなら」

ほむほむ。
(キリノ以外にも、まだ残ってるやつが居るんだな、えらいえらい)
完全に得心したつもりで、彼は職員室のドアを開くと。
「遅いですよ石田先生」
「わわっ、すいません!」
彼を出迎えたのは重苦しい空気と、未だ終わりそうもない会議の喧々諤々。
ちら、と時計を覗くと、七時半。
(……まあ、もう流石にキリノも他の奴も、帰っただろう。)
再び一人ごちると、彼は配られたプリントを前に、ボールペンを握るのであった。


― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―


最初に驚いたのは、遠目に道場を見た時であった。
電灯がついている。まさか、キリノが居て点けっ放しで帰るという事はありえない。
(そういえば、残ってるのは誰だ?……キリノ以外にも居る筈だが)
最初にあった生徒から、指折り数えてみる。
(ユージ、サヤ、タマ、ミヤミヤ、ダン、サトリ、キリ……あれ?)
どう数えても、何度数えても。
(あれ?んじゃあ今道場にいるのって……)
会議の疲れも吹き飛ばし、駆け出す。
がらららら。

「およ、先生遅かったっすねー?」
「お前何やってんの、一人で」
「いやー皆帰っちゃったんで素振りしてたんすけど」
「何時間やってんだよ……」
「いえー、サヤのヤツも途中で帰っちゃうしねー」
「サヤ帰ったのなんてずっと前だろうが、いや、そうでなく」
「基礎体終わったら皆どんどん帰っちゃって」
「お前も帰りゃいいだろぉ……?」
「なんか、踏ん切りがつかなくてー」
「なんかじゃねえよ……てか、さすがに遅過ぎるだろ。どうすんだ今日」
「う~ん、一応家に電話はしたんすけど……さすがに帰り道は怖いかも……」
「はーっ……」

(全く、コイツは。)

「じゃあ、送ってやるよ」
「ほんとっすかー、んじゃお言葉に甘えて」
「………」
「どうしたんすか?」
「お前な、一応ちょっとは考えろよ?」
「なにがっすか?」
「一応教師で、相手は俺だけどよ」
「む~~ん?」
「夜遅くに男の車に乗せてもらうのにちょっとくらいは抵抗ないのかよ?」
「え~~~と、そりゃどういう意味で?」
「そのまんまの意味だ!」
「乗らない方がいい、と?」
「そうじゃねえ!……つーか、送って欲しいのか欲しくないのか、どっちなんだよ?」
「だから、『お言葉に甘えまして』って言ってるじゃないすか、送り狼さん」
「わかってんじゃねーか……たく、もう」
「にひひ。ホントに化けたらイヤっすよ?」
「するかっ!」
「ちぇー」
「だから、なんなんだよお前は……ああ、そうそう」
「ほえ?」
「練習、おつかれさん、キリノ。よしよし」
「へへ~♪ねえ、センセー?」
「ん?」
「ありがとー」
「どういたしまして」



【終】