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 あたし、思うんだ。
 技術は確かに大切だけど、それだけじゃ伝えられない物がきっとあるって。
 過去に書かれた傑作や、ベテラン作家さんの書く名作の数々。それはそれでいいものだけど。
 今のこのあたしの情熱を以ってしてしか書けないものが、きっとあるんじゃないかって。
 経験より情熱、技術より想像力。時に、勢いとアイデアは何者にも勝るんだから。
 え、さっきから何の話よって?それは、もちろん――

「おい、サヤ。おーい」
「完全に入っちゃってますねえ…」
「入れ込むのはいいんだがなぁ…」
「あ~も~。二人とも、今いいところだったんだから邪魔しないでよ」
「「あらら…ゴメン」」
 稽古の幕間の、休憩時間。道場の角に腰掛けてまどろむ二人に、あたしは二度目の同じ応対を重ねる。
 ふう、と溜息をついて再びペンを握ったものの、すぐに思い直してペンを置いた。
 流石に、休憩の間ずっと付き合わせてる二人に悪いと思ったからだ。
 でも、もう少しは集中させて欲しかったなあ。
「……二人とも、創作の僕となる覚悟がまだまだ足らないわねえ」
「いや、つーか……そもそも何で俺が付き合わされてるのかが、よくわからんのだが」
「なんであたしまで?」
 二人が同時に、同じ顔で不機嫌です、という態度を突き付ける。
 が、いい加減怒っても良さそうな物なのに、話半分に切り上げたりはしないで、きちんと最後まで付き合ってくれる。
 二人に共通する美点があるとすればそこだ、と思っていた。勿論どちらも、文句はそれなりに言ってくるのだが。
 そしてこの二人の小さな優しさ、のようなものが――剣道部の皆をつないでいる。
 いつの頃からか、あたしの目からは二人の関係が、そんなふうに見えるようになって来ていた。
「だーかーら、さっき説明したでしょ。二人の顔見てると、文章が浮かんでくるんだって~」
 あたしが知っているだけで五万とある二人の珍妙なエピソードを思い出して笑うと、二人の不機嫌は益々深まったようだ。
「お前はそりゃあ、自分の好きな事だから楽しいだろうけどな」
「こっちは何書かれてるんだか不安でしょうがないよ……後でちゃんと見せてよね?」
「大丈夫だよ~。あたしだって一応は小説家の卵だよ?ウソなんか書かないし、実在の団体とは一切関係がありませんから」
「……何でもフィクションで片付けるつもりじゃねえだろうな」
「ちょっと、サヤ……」
「大丈夫、大丈夫!言い切っちゃえば誰も突っ込みゃしませんって!ホラホラ自然体自然体」



 あたしが強引に仕切り直させると、二人は再びこっちを見ながら、退屈気に小声で何かを話し始めた。
(それでよし、それでよし。)
 あたしは一人ごちると、再びペンを握ってノートに筆を走らせる。
 小説の新人賞の締切りまで、あと2週間。題材はうちの剣道部の事にしよう、と早くから決めてはいたものの、
 未だにプロットもままならず、でもどうしてもそれには間に合わせたかったから、こうして二人に無理をお願いしている。
 そんな状況を思い出して、小さく溜息をつくと、ペンを持つ手に汗がにじんだ。
「はー……集中してんなあ」
「また入っちゃったみたいっすねえ……先生、お茶でも飲みます?」
「おう、くれくれ」
 キリノがそう言うと、こぽこぽこぽ、と音を立てて急須にお湯が注がれる。
 先生の分と、キリノの分と。あたしの膝元にも湯飲みが置かれた。
「いやあ、お前の淹れるお茶は毎度毎度、うめぇなあ」
 何の気ない先生の言葉に、キリノの動きが少しだけ止まり、またすぐ動き出す。
「おだてても何も出ないっすよー?今日はお茶菓子も無いし」
 ――今、キリノがしている表情の意味までは、読み取れないけど。
 やっぱり少し、気にはなっていた。先生に褒められた時のキリノの態度。その変化。
 小説のプロットはまだ組み上がらない。出来るだけ剣道部の、楽しい日常を文に出来れば、という程度の所から、1ミリの進展もない。
 しかし今この瞬間、閃く物はあった。――顧問と部長のラブロマンス。どつき漫才から芽生える恋。
 イメージが脳内に溢れるような気がした。沈みかけていた脳細胞は一気に活性化する。
「……それよ!」
 あたしが勢い良く立ち上がると、ほのぼのまったりとお茶を啜っていた二人は驚いて仲良くこちらを見上げた。
 すかさずその構図を脳内に納めようと、親指と人差し指でファインダーを作り、右脳に刻み付ける。
「うん、やっぱり、それよね!でも見たまんまなのにねー、どうして今まで気付かなかったかなあ?」
「――なんなんだ、ありゃ」
「何か……サヤの中で始まったみたいっすねえ」
「大丈夫なのかよ……」
「むふふふふ……」
 もはや眼の前に映る光景など何の意味も成さない。
 頭の中では次々とアイデアが噴出し、小説のプロットと言う名のジグソーパズルを完成させていく。
 僅かな時間でお話の骨組みを構築し終わると、あたしは勢い余って二人を指差し、
「ずばり、立場逆転祭りよ!”部長”で、”顧問”、よろしく!」
 一方的に言われて、二人は自らを指差しあいながら、なおも呆然としていた。



「センセぇ、俺の素振り……どこがマズいっすかね?」
「ふむ、肩に力が入り過ぎだ。もっとリラックスせんか」
 コジロー先生がギクシャクしながら生徒をやろうとすると、それに輪を掛けて珍妙な態度で、キリノが応じる。
 あたしがひとつ、道場の壁を叩くと、同時に身動ぎする二人。
「違う!もっとちゃんとやってよ二人とも!」
「いや、そんなん言われてもなぁ……」
「……ねぇー?」
 部長役の先生と、顧問役のキリノが困ったように視線を向けて来る。
「やっぱこれって、逆じゃない?」
「そうだぜ全く……そもそも、さっきはありのままの部活を描きたいとか言ってたろうに……」
 不思議そうに顔を見合わせている二人に、あたしは精一杯の理屈をならべる。
「それだと刺激が無いのよ!読者をアッと思わせるようなインスピレーションが欲しいの!
 こう、元々自覚も無しに惹かれ合ってた女教師と男子生徒が、ある事件を切っ掛けにお互いの気持ちを知っちゃって、
 それからどう接していいかわかんなくなってるみたいな……どうせギクシャクするならそういうのが、見たいんだってば!」

 勢いに任せて、脳内のプロットを少し喋ってみる。
 ふふん、と鼻を鳴らすあたし。でも、特に先生の反応は鈍色だ。
「どう接していいか分からんとか、無いだろ……いつも通りにするだけだし」
「そもそも惹かれ合ってるって設定がちょっと……」
(いや、先生の言い分はそれでいいけど、キリノのその表情は、何が嫌なの?)
 率直にキリノの顔を見て思った言葉をぐっと飲み込む。”元”を壊してしまっては、まさしく元も子もない。
「じゃあ、この次は違うシチュエーションで!」
 とはいえあたしが上機嫌で宣言すると、二人とも露骨に嫌そうな顔をした。
「小説のプロットを練りたいっつー話だから付き合ったのに、何か映画監督にでもなった気分になってねーかアイツ」
「調子に乗せるとどこまでも行っちゃう性格っすからねえ……でもホントに、何だかこの設定、恥ずかしい……」
「お、お前が照れたら何かこっちまで恥ずかしくなるだろーがっ!」
「ううぅ~~……」
 ヒソヒソ話が続くと、キリノは何かひどく落ち込んでしまった。
 ――再び、あたしの脳細胞が閃きを送る。



「先生!じゃなくて、生徒くん!」
「ああ、今度は何すりゃいいんだ?」
「キリノ……じゃなくて、先生が落ち込んでるから、手を取って優しい言葉の一つでもかけて、励ましてあげて下さい!」
 んをあ!?と奇妙な声にならない声をあげた後、ひとつ溜息をつくと――了解、と先生は軽く返事をした。
「……えええ!?」
 逆にキリノの方は驚いたまま、後退るように身を引いて、何やらあたふたしている。
「何やってんだキリノ。ほら、手ぇ出せ。さっさと終わらせるぞ、こんなもん」
 ちょうだいの構えのまま、右手をひらひらさせて差し出す先生。
 一方のキリノはいちど下にやった目線を、恨めしそうに先生に対して向け直すと。
「先生は何とも思わないんですか?」
「……何がだ?」
 そう言われても、キリノの動揺の意味も分からず不思議そうにしている先生。
(あー、ホントに苦労しそうだわこの子)
 あたしがそう思っていると、流石に意を決したのか、はたまた馬鹿らしくなったのか。
 深い深い嘆息を漏らすと、キリノはゆっくり手を差し出した。
 先生はその手を握ると、優しげに微笑み、まさに生徒が教師を励ますような口調で告げる。
「……頑張ってれば、きっと何とかなりますよ、センセー」
「な……何をっす……ですか、石田くん」
「えーっと……進退問題とか大人としての事だとか……」
「それはまずセンセーが頑張らないといけない事じゃないですか?」
「いやまあ、そりゃそうなんだけど。まあ頑張れば、どうにかなるって!多分」
「もうちょっと悲壮感持って下さいよぉ……あたしもう、本当に心配してるんですからね?」
「ああ……ゴメンな、お前にゃ気苦労かけっぱなしだよな、色々と」
「もぅ……」

「――待った待った待った!!!違うちがうチガウ!!!」
 あたしがもう一度壁を勢いよく叩くと、二人は没入していたのか、ハッとしてこちらを見た。
「それじゃ、いつものまんまじゃないの!」
「いやぁ、なんかつい」
「習慣になっちゃってますもんねえ」
 申し訳無さそうに一緒に頭を掻きながら、言い訳をする二人。
(どうにもこりゃ、直らないみたいねえ……)
 考えてみればもはや習慣じみた観すらある、二人の夫婦漫才を今更こんな事で矯正出来る気もしなかった。
 最も、キリノの方の反応は少しはあたしの脳細胞の需要に応えようとしてくれてはいたみたいだけど。
「いやあ……これだけ良い雰囲気整えれば
 もうちょっと勝手に色々と話が進む気がしたんだけどなあ……
 駄目かなぁ。良いアイデアだと思ったんだけどなぁ~~~」

 つい口をついてペラペラと零れ出てしまったその本音の言葉に、二人の形相が変わる。
「ちょっと待て、サヤ」
「それじゃ、初めから……?」
 ん、と自分の言葉を反芻し、顔色を変えたあたしだが、もう遅い。
「ご、誤解だってば……ホントに最初はあたし、小説のプロットを……!」
「つまり途中からは、本気でそういうつもりだったと……!」
「お膳立てありがとうね、サヤ……お返しはきっちりしてあげるから……!」
 いやあああああああ。
 あたしの意識が途絶えるまでに、それからそう時間はかからなかった。



「――で、まあ、開放されたわけだが」
 サヤを懲らしめたあと、あたしと先生は目を見合わせた。
「はあ。まあなんか、ホッとしました。一時はどうなる事かと……」
「まあ、そりゃ同感なんだがな。ちょっと……」
「なんすか?」
「いや、いつまで手を握ってりゃいいのかなと」
 ハッと気付いて、あたしは慌ててその手を離す。
「い、いやーこれはですね。別に何もなくてですね。ただ何となく離し忘れてただけでそんな名残惜しいとかは全然――」
 取るに足らない言い訳を一息に並べて、自分が盛大に墓穴を掘っている事に気付く。
 顔も見られず、凍り付いた空気にあたしが身動ぎしていると、先生は深刻めいた表情で告げた。
「……俺の勘違いか」
 ――そうじゃないです先生。
 そう言って飛び込もうとした瞬間、先生は冗談めかした笑顔で二の句を続けた。
「まあ、そんなわきゃないわな、ハハハ」

 づどん。
 そう言い終った瞬間、先生の身体はくの字に曲がって吹っ飛んでいた。
 ―――――必殺の突きに、一点のくもりなし。



 因みに、後で聞いた話だが、この時のサヤの”作品”は――
 もちろん落選ではあったのだが、何故か編集部のウケは良く、
 後に彼女の代表作となる、ある作品のプロット作りに相当役立てられたらしい。
 しかしそれはまた、別の話。




【おしまい】