教会の鐘が鳴る。少女は、その鐘の音をどこかうつろな心で聞き続けていた。
 目の前では、幸せそうにバージンロードを歩いている花嫁がいる。
 その花嫁は、少女が所属する剣道部の顧問・彼女たちの恩師である吉河先生だった。
「おめでとうございまーす!」
 学校の生徒や、剣道部の仲間たちが口々に祝福の言葉を述べる。
これは、おめでたい、とてもおめでたいことなんだから素直に祝わなきゃ。 
そう考えているのに、なぜか少女の心は沈んだままだ。
「まったく、俺の晴れ舞台だってのにコジローのやつ結局こなかったな……」
 新郎が、あごをいじりつつそんな一言をもらす。
「あなた、ダメよ……それは、禁句……」
 新婦が口に手を当てて、チラリと少女のほうを見た。
 気を使わせちゃった、と少女は申し訳ない気持ちで一杯になる。
そう、本当ならば、ここにはある男性がいてもいいはずなのだ。
彼女がもっとも信頼を寄せていたある教師が。
「お、おめでとうございます! 吉河先生!」
 少女は、新婦に気を遣わせまいと半ば無理矢理に明るく振舞う。
彼女を知っている人が見れば、むしろ痛々しいほどの笑顔で。

 やがて、新婦がブーケを投げる瞬間がやってきた。
次は自分が結婚したい! そう思っている女性たちは、その瞬間を心待ちにしている。
だが、彼女はブーケを投げない。投げずに持ったまま、少女の元へと歩いてきた。
「はい、キリノさん」
「え……」
 キリノといわれた少女は、新婦がブーケを手渡ししたことに驚く。
「これは、あなたが持たなきゃ、ね」
「で、でも」
 でも私は……と続けようとして、キリノは言葉に詰まった。
あの人に、もう2度と会えないと信じているわけではない。でも、現実的にもう一度あえる可能性は限りなく低い。
「大丈夫よ。あの人、私の夫もね。石田先生のことを探しているから」
 新婦は屈託のない笑顔で、キリノの胸にブーケを当てる。
「だからね、そんな沈んだ顔してたら美人が台無しよ?」
 ブーケを受け取って、キリノの視界はぼやけた。
「吉河先生……ありがとう……ごめんなさい、あのアタシこんなおめでたい席なのに、
 ごめんなさい、おめでとうございます。ごめんなさい……」
 キリノは、心の中で何かがぐちゃぐちゃに混ざり合ったまま
その感情をぶつけるように祝福の言葉を吉河先生に述べた。
「ありがとうキリノさん。幸せになるからね」

 そうして、結婚式は終わった。
「もう、出てきてもいいんじゃねえのか?」
「気づいてたんすか先輩……人が悪いですよ」
 結婚式が終わったあと、教会に戻ってきた新郎は柱の陰に隠れていた男に声をかける。
「姿を見せてやってもよかっただろうに、お前ってやつは!」
「まだ、戻れると決まったわけじゃないですから」
 柱の陰にいた男は、苦笑いをしながら答える。
「ぬか喜びをさせたくはなかったんです」
「たっく、よお。まあ、今日はめでたい席だから不問にしてやるよ」
 新郎は、頭をボリボリかきながら男に言い捨てるように言葉をつむいだ。
「だが、正式に決まったらちゃんとあの子を悲しませないように出てこいよ」
「ははは……自信がないから仮面でもつけていいですかね」

 こうして、ある男はふたたび彼を待つ少女のもとへと戻ることになるのだが、
それは……これを読んだあなたのほうがよくご存知だろう。
最終更新:2008年12月06日 22:35