「できた……できたわ!」
 机の前で一心不乱に漫画用原稿用紙に向かっていたサヤは、
完成した原稿を手に改心の笑みを浮かべた。
「これでアタシもがっぽり大もうけよ! ふふふふふ……何買おうかしら~」
 そういって、彼女はニタニタと笑いながら欲しいものを皮算用する。

これが、剣道部史上もっとも馬鹿馬鹿しい事件の幕開けであった……。

「おっはよー」
 冬休みが明け、始業式を迎えた室江高校。
生徒たちの挨拶が飛び交うなか、キリノが校門に駆け込んできた。
「お、おはよー! コジロー先生!」
「おはよー、どうした。ずいぶんあわててんな」
 愛車のインテグラの窓から顔を出しながら、コジローが彼女に挨拶を返す。
「いやー、始業式の日を一日勘違いしてて起きたあとボーっとしちゃってて」
「ははははは、まあ俺も人のこと言えないんだがな」
 そんなたわいもない会話をしていると、自転車にのった少女が全速力で校門に飛び込んできた。
「どいてどいてー!」
 そのまま、一気に駐輪場まで駆け抜けていく。
「サヤのやつは……相変わらずだな」
「ですねえ……あ」
 サヤを見ていたキリノが、ふと何かに気づいて驚いたように声をあげた。
「どうした? キリノ」
「あ、いえ。今、サヤがしてた時計。たしか、すごく高いやつだったような」
「サヤが高級品をつけてたのが何かおかしいのか?」
「いえ、でも、あの子そんなにお金持ってるほうじゃないんですけど」
 首をかしげるキリノ。
「あ、いけね。朝の職員会議が始まっちまう」
「え、先生急いで!」
 だが、コジローの一言で彼女の疑問は頭から吹き飛んでしまうのであった。



 キリノが教室に入ると、教室がざわめいている。
「どうしたの?」
 キリノは、近くにいた親友のショートカットの少女に話しかけた。
「あ、キリノ……。うーん、その、さ」
 同じくキリノの親友であるロングヘアーの少女が近づいてきた。
「見せたほうがいいんじゃない?」
「そうだねえ」
 ごしょごしょと、彼女たちは耳打ちすると彼女に1冊の本を見せる。
「教室が騒がしい原因はこれよ」
 キリノは、渡された本の表紙を観察してみた。
『バンブウブレイド』と書かれたその本には、屈託なく笑う少女の笑顔が描かれている。
というより、その少女はキリノにしか見えなかった。
「え? あれ……私?」
「なんかさ、クラスの男子がコミケとかいうところで買ってきたんだって」
 キリノは、その本をパラパラとめくって見た。
話は、部員のいなくなった剣道部で1人ぼっちの少女が練習しているところから始まる。
そこに、やる気のない顧問がやってきて……。
「って、これコジロー先生?」
 少し(彼女が思い浮かべたコジローよりも)容姿がかっこわるく描かれているような
気もするが、それはまぎれもなくコジローそのものだ。
「ああ、まあ、そこまではいいんだけど。もうちょっと読んでみると、ね」
 キリノは、親友の言葉も耳に入らずページを読みすすめる。
その本は、まるで室江高剣道部で起きた出来事をそのまんま写したような話が続いていた。
読み勧めると、コジロー……のような人物が学校を去ることになり、
キリノ……らしき少女が剣道場で彼に告白するシーンが目に入った。
 そして、ページをめくると彼女が胴衣を脱ぎ
「え、えええ? ええええええええええええええ!!」
 その先は、18禁の展開が続いていた。
「ね、わかった?」
「わかったもなにも、これ、誰が買ってきたの!」
 ショートカットの少女が、奥のほうに座っていた男子を指差す。
キリノは、その男子に歩み寄ると男子の肩をゆすって問いただした。
「こ、これ、どこで、誰が売ってたの! ねえ!」
「く、苦しい、千葉、落ち着けって。なんか、新しいサークルで
胸がでかいおねえさんが売ってたんだよ。あ、でも仮面つけてたから誰かはわから……」
 そこまで話終えると、男子は揺さぶられすぎてめまいを起こし倒れてしまった。
「ううううううう」
 キリノは、顔まで真っ赤にしながら親友たちの席に戻ってくる。
「というわけで、ウチのクラスは大騒ぎだったわけ。
一つ聞くけど、あんたコジロー先生と何かあったの?」
 ニヤニヤと笑いながら、少女がキリノに質問する。
「な、何もないよ~」
 ゆでだこのように真っ赤になりながら、否定するキリノ。
そのとき、1時限目の授業を開始する鐘が教室に鳴り響いた。
「いけない、いけない。授業始まるよ」
「1時間目って何だっけ?」
 ショートカットが、ロングヘアーに何気なく聞いたあと納得したように声をあげる。
「あ、政経じゃない!」
 クラス中の視線がキリノに集まる。
間の悪いことに1時間目の授業は政経。コジローが担当する授業だった。



「じゃあ、授業を始めるぞ……お前ら、どうした? 気持ち悪いぞ」
 ニヤニヤニヤニヤ、教室に入ってきたコジローは、
生徒たちから好奇の目で見られていることに気づいた。
「先生! これ見てください」
 ウワサ好きの女子生徒が、コジローに例の同人誌を差し出す。
「や、やめ」
 キリノが声をあげようとするも、恥ずかしさのせいか声が出ない。
「なんだこりゃ。漫画か?」
 そういって、コジローがぺらぺらと本をめくり……そのまま、固まってしまった。
「な、これ。なんだこりゃ!」
「せんせー! それは、その! 違うんです!」
 キリノが真っ赤になってコジローのほうへ走ってくると、同人誌をひったくろうとする。
が、バランスを崩してしまい、体はコジローのほうへと倒れこんでしまった。
「お、おい大丈夫かキリノ」
「あ……」
 コジローに抱きかかえられてキリノが思わず声をもらす。
教室には、まるでドラマがクライマックスを迎えたような歓声が上がった。
「おまえら、いい加減に」
 そのとき、コジローは同人誌の背表紙に書かれている奥付に気づいた。
奥付には、執筆者の名前が書かれている。そこには、ペンネーム:サヤという表記があった。
「ペンネーム……サヤだぁ?」
 コジローが素っ頓狂な声をあげる。
「へ?」
 キリノもすぐに、その本の奥付を読む。
「犯人が……」
「わかりましたね、先生……」
 犯人の存在を確信した2人は、よくわからない怒りに燃える。
「あー、うん。これは先生があずかっておく」
「え、ええー」
 クラスから声が上がるも、コジローは無視して授業を始めた。
キリノも席に戻り、授業に耳を傾ける。
が、しょっちゅう「せんせー、結局キリノとどういう関係?」
「卒業したら結婚するの?」などの質問が飛び交い、その日は授業にならなかった。





 放課後。剣道場にやってきたコジローは、部員たちを集めた。
道場に来ていたのは、キリノ、サヤ、ミヤミヤ、ダン、サトリだけだったが
とりあえず、その場にいた全員を集めてからコジローが咳払いをする。
「あー、ちょっと練習を始める前に話がある……サヤ!」
 呼び止められて、サヤがぎくっと体をこわばらせる。
「何か、俺とキリノにいうことはないか?」
「え、へ? オホホホホ、何の話かしら~」
「これだよ!」
 青筋を立てながら、コジローが例の本を取り出す。
「んげっ! 何でそれがあるの!」
「やっぱり、お前か! どういうことだこれは!」
「サヤ……ひどいよ……」
 コジローとキリノが口々に叫ぶ。事情がわからないミヤミヤたちは、
その本をパラパラとめくったあと絶句した。
「いやいや、待って。それはね、そのね! えーと……ごめんなさ~い!」
 サヤが大声で謝った。その後、彼女の話を聞くと、どうやら最近買ってきた漫画で
同人誌がもうかるという話を読んだらしい。で、それに影響されて同人誌を描きはじめたものの
どうにも話にリアリティがなく……コジローとキリノをモデルにしてしまったということだそうだ。
「なんか、すっごい売れちゃってさあ……まさか、クラスから足がつくとは、ね……」
 そういって、サヤは申し訳なさそうに頭をかく。
たしかに、その本はサヤが練習したらしく絵はうまい。話は甘酸っぱい。
構図もうまい。何より、いやらしい、と売れる要素を兼ね備えている。
「ハア……まあ、キリノとかコジローとか実名かいてるわけじゃないし、
あくまで似てるだけって言い張れば大丈夫だろうけどさあ」
「サヤ……今回は、あくまで名前も乗ってないしシラを切りとおせるけど、
もしも、名前が載ってて先生が辞めちゃうことになったりでもしてたら……」
「だから、ごめんってば……ひいっ!」
 サヤが、言葉をいいかけて凍りつく。
それは、キリノが今まで見せたことのない冷徹な表情をしていたからだ。
「あたし……許さなかったからね?」
「ごべんばざ~い!」
 完全に縮み上がって、泣きながらサヤがキリノにすがりついた。
「はあ……まあ、いいさ。とにかく、もうこういうことはやめてくれ。
っていうか、せめて絵は似せないようにしてくれよ」
「はい……」
 サヤがうなだれて反省する。
「やれやれ、じゃあ練習を……」
「サヤ先輩!」
 そのとき、道場にタマとユージがすべりこんできた。
「これはどういうことですか!」
 そういって、ユージが手にしていた本を開く。そこにはタマとユージそっくりの……。
「……サヤ、あんた」
「あははははは、じつは2冊すっててどっちも人気で」
「サヤ先輩。わたしのなかのブレイバーがアトミックファイヤーブレードを発動寸前です」
 タマが、背後に鬼が見えるほどの憤怒の表情でサヤを見上げる。
「ご、ご、ご、ごめんなさーい!」

 そして、サヤは1週間学校を休んだ。



【後日談】
 サヤを問い詰めたその日の部活後、
家に帰ってきたコジローはカバンをさぐりながら首をかしげた。
「おかしいな……ココに入れたのに、どこに行ったんだあの本?」

 サヤを問い詰めたその日の部活後、
家に帰ってきたキリノは、カバンをさぐって同人誌を取り出した。
「持って帰ってきちゃった……」
 そのまま、キョロキョロと辺りを見回すと机の1段目にある鍵つきの引き出しをあける。
「もう、サヤったら……」
 そうつぶやくも、なぜか顔は嬉しそうなまま『こじろーせんせい』と書かれた
ボックスのなかにその本をしまった。
「あ、あとで読んでみようかな~」
 そのまま、引き出しに鍵をかけるとボソッとつぶやいて……顔を真っ赤にするのであった。






 
最終更新:2008年11月25日 00:03