「ほむほむ…」
 がりっ。
「ふむふむ…」
 ばりっ。

 3年の引継ぎ式が終わり、とうとう部員が4人だけ(うち幽霊3人)になってしまった我らが剣道部。
 それでもどこかのほほんと、部活は続けられていた。そんなある日。
 珍しく姿を見せたサヤの「自信作」とやらに活動は一旦休止され、寸評会へと転じた。
 キリノが用意したお茶とせんべいを頬張りながら、原稿用紙50枚分の力作を読みほどく―――――

「お、これで終わりか?」
「あ、終わりました?」
「ど、どうかなー…」
「うーむ」

 まあ、長い。まわりくどい。読み辛い。斬新さも、言うほど無い。
 偶々何かの待ち時間に買った小説が10ページ読んでもこれなら、棚の肥しだな。
 とまあ、そんな感じで素人ゆえの粗は目立つ、ものの。
 話の大筋自体は、なかなか。

「まあ、そこそこいいんじゃね?」
「本当!?」
「ああ、ただ…」
「終わり、っと!」

 1枚遅れて読んでいたキリノも読み終わったらしい。
 ただ。

「キャラが…っていうか、ヒロインがなぁ、どうなんだこれ」
「う゛ー、だ、ダメ?」
「???」
「いや、うーんと」

 惜しい気はするのだが、ちょっと夢見すぎな気はする。
 特に後半はほとんど主人公のオマケだ。
 ラストシーンは悪くないのだが。

「まあ、夢がかなって、良かったんじゃねーの?」
「う…っ、なんか恥ずかしいな…」
「何をいまさら」
「あたしはねー…主人公がなー」

 主人公。ヒロインに負けず劣らず夢見がちではあった。
 と、いうよりも。

「なんかもー、じれったいですよね」

 うむ。これだけ無意識に依存してたにしては、
 その気持ちに気付くのが最後の最後っていうのは遅すぎる。
 しかし、まあ。

「答えてくれただけ、良かったじゃないか」
「そりゃ、そーなんすけどねー…むむぅ」
「あ、あの…それで結局、総評としては、どのくらいの…」
『3点』
「あうぅ…」

 涙目になるサヤ。まあ悪くはなかったぞ。
 しかし、ところで、だが。

「なあ、この小説のテーマって”夢”だよな?お前ら夢とかねーの?」
「あ、なんかヤラシー聞き方だなあ」
「そういうセンセーはまず何かないんすか?」
「もうこのトシで夢でもないわな…若人として、お前らどーなんだよ」
「うわ、オッサンくさ」
「うるせーよ」

 いや、ホント言えばもうちょい何かあった気もするんだが。
 まだその辺まで話が進んでな…いや、ゲホン。忘れちまったし。
 ともかく、だ。

「キリノは?お前は特にやりたい事とかないのか?」
「今は特には、ないっすねえ…うぅーん。あ、でも、なりたい物ならありますけど」
「…ほう!そりゃ何だ?」
「まだナイショっす。むふふ」
「なんだそりゃ…」
「あーでも、サヤはいいよね、これだけお話が好きなんだし。なれるよ小説家」
「っそ、そう、かな?あははは…」

 …こいつ今一瞬、自分の方から話題の矛先をそらそうとしたか?
 疑惑の目で見てみるが、含み笑いのままの表情は変化を掴みにくい。
 まあ、こいつが言いたくない物をいちいち気にしてもしょうがない、か。
 とりあえずは、それよりも。

「目指せ将来の直木賞!ってやつか。まあ、頑張れよ、サヤ」
「そそそ、そんな大層なもんじゃないってば!
 じゃじゃじゃ、じゃああたし用事があるんで帰るね、ごめん!」
「ありゃ、サヤぁ?」
「おいおい稽古すんじゃなかったのかよ」

 ドダダダダと土煙をあげて走り去っていくサヤ。
 まったく、何がしたかったんだ。
 原稿も忘れてったし。ん、原稿?

「…何だコリャ」
「何かのチラシっすかねえ?」

 ふとよく見ると、原稿用紙の束の中に混ざっていた切抜きには、
 「君でもなれる!目指そうクリエイター!○○○デザイナー学院!(就職率95%以上!)」
 という謳い文句が踊っている。

「ありゃあ…てことは…」
「大方、コレ書き上げて…」
「一通り達成感味わって雑誌読んでたら…」
「その裏の広告に目移りしちゃって、ってとこっすかね」
「んじゃ今の夢は、ファッションデザイナーあたりか」
「たぶん…」

 ちなみに後で聞いたところ、宝飾デザイナーだったらしいのだが。

「はぁ~しかし夢がいっぱいあるっていうのは良いもんですなあ。若いって羨ましいですのう」
「おいおい、いくつなんだお前は。……とかいうお前にも夢あるとかって言ってたじゃん」
「へ?何の事っすか?」
「なりたい物があるとかって…」
「あ、ああ~…そうっすね」

 む、地雷踏ん付けたか?
 しかし先に撒き餌をまいたのはそっちじゃねえか、と恨めしげにひとつ目をやると。

「さっきの…ヒロインの…」
「あぁ、サヤにしちゃ、ホントよく出来た話だったよな。後で5点満点の4点に訂正しとこう」
「いえ、あのですね…あの夢ってそんなに…」
「ああ、主人公のお嫁さんって奴か?まあ良かったんじゃねえの?叶ったみたいだしさ」
「そ、そうですよね~…」

「…お前なんかヘンだけど、どうかしたのか?顔赤いけど」
「う、うっさいなあ。つきーしますよ?」
「おしおし、その意気で練習練習」
「はいっす!」



 その傍らで。
 ねこがぱらり、とサヤが置いて行った原稿をめくる。
 するとそのラストページは、こう締め括られていた。

 ―――――二人に、どうか末永い幸せを。
最終更新:2008年11月16日 16:46