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「お父さん、ほらほら起きた、起きた!」
「ん、んん~、もう少し寝かしてくれよ……」
 もにゃもにゃと口を動かしながら、コジローは自分を起こす声にこたえた。
だいたい、今日は日曜日じゃないか、まったく。そんなことを寝ぼけた頭で考えながら、
もう一度まどろみのなかへ落ちようと思考を闇の中へ落としていく。
そもそも、お父さんってなんだよ。俺は独身……。
「って誰だぁー!!」
「あ、起きた」
 コジローはガバっと飛び起きると、自分を起こした声の主のほうを見る。
そこには、小学生くらいの少女がニコニコと笑っていた。名札には「いしだ」と書かれている。
顔は、とてもかわいい。かわいいがどこかで見たことがあるような気がする。
それも、すごく身近で。
「おかーさん、おかーさん! おとーさん、起きたよー」
 少女は、コジローが起きたことを確認すると、パタパタと部屋から出て行ってしまった。
コジローは、冷静になって周りを確認してみる。そこは、見慣れた自分のアパートではなかった。
寝ていた場所も布団ではなく、ダブルベット。自分の枕には『コジロー』と刺繍で書かれていた。
「ど、どうなってんだ……」
 状況が飲み込めず、どんどん痛くなる頭を抑えつつコジローは隣の枕を見る。

『キリノ』

 その枕には、しっかりと自分の知っている生徒の名前が刺繍してあった。
「な、なにが起きてるんだ?」
 ますます、状況が飲み込めない。それでも、とカオスな状況に対する手がかりを求めて
コジローは、部屋の隅にあるカレンダーを見た。
「20××……たしか、今年は……あれ?」
 そのカレンダーは、コジローの時代からぴったり10年後をさしている。
「もしかして……」
 嫌な予測を当てようとしたその瞬間、扉を開けて割烹着の女性が入ってきた。
「あ、目が覚めました? せんせー」
「キ、キリノォ?」
 その女性の姿を見て、思わず情けない声をあげるコジロー。
頭を結っていて、恰幅も少しよくなってはいるもののその女性はまさしくキリノそのものだった。
「あ、あのさ」
 何かを言いかけたコジローを、指でしぃーっと声をたてないように静止するキリノ。
「聞きたいことはわかってますから、まずは朝ごはん食べちゃいましょ?
 子どもたち……」
 キリノは子どもという単語をいって少しどもり、顔を赤くしてから続ける。
「子どもたちも、ずっと待ってるんですから」
「あ、ああ……」
 キリノは、自分の知っているキリノなのか?
 ここは、そもそもいつでどこなのか?
 頭の中にぐるぐるとうずまく疑問をとりあえず飲み込み、
コジローは彼女に釣られて階段の下にある居間へと降りていった。



「あー、やっと来たー」
「おそいよ、お父さん。バトルヒーローシリーズ始まっちゃうよ」
「おなかすいたー、すいたー!」
 居間のテーブルでは、3人の子どもたちが口々に文句を言っている。
小学生ぐらいの男の子と女の子、幼稚園児ぐらいに見える女の子。
この3人が自分の子どもなのだろうか、とコジローはじっと3人を見てみる。
親バカというものなのかはわからないが、どの子も見た目は悪くない。
「はいはい、ほらポッキー出さないの」
 幼稚園児くらいの子が出したポッキーを、キリノが取り上げた。
「ほら、じゃあお父さん来たから食べましょうか」
「いただきまーす!」
「あ、お父さんバトルヒーロー始まるからTVつけて」
「お、おう」
 男の子に言われて、TVの電源を入れるコジロー。
やがて、始まったTV番組に子どもたちは釘付けになった。
目の前に広がる1人暮らしでは考えられないような栄養価を考えた朝食。
ごはん、おひたし、納豆、味噌汁、コロッケ……。
しかも、どれも味はピカイチとしかいいようがないものばかり。
久しぶりに人間らしい食事をしているな、と考えつつ納豆を口に運んでいると
キリノがお茶を注ぎながら話しかけてきた。
「ちょっと、TV見てみると面白いものが見れますよ」
 そういわれて、コジローはTVに目を移す。
番組は、ちょうどEDのテロップが流れているところだった。
悪の女幹部が高らかに笑っている下に「オンナカンブ:鈴木リン」と書かれている。
その後、殺陣指導:川添たまきと書かれたテロップが写り、コジローはキリノのほうを見た。
「ねー、面白いでしょー。アタシも新聞のTV欄読んでビックリしたんですよ」
「おかーさん、何言ってるの? 前から知ってる人だっていってたじゃない」
 小学生の女の子が不思議そうにたずねた。
「あははは、あ、ちょっと今日は日曜日なんだから名札くらい外しなさい。
昨日そのまま寝ちゃったんでしょ?」
「う、だって眠かったんだもん……」
 キリノの母親ぶりが板についてるなあ、とコジローはお茶をすすりながら思う。
「ところでさ、キリノ」
「あー、そうっすねー。ちょっと待っててくださいね」
 ご飯を食べ終わった3人の子どもたちに、歯磨きをしてこいと促してキリノは椅子に座りなおした。
「でも、あんまりあの子たちに聞かれたくないから、詳しいことは夜に話しますけど……」
「それでもいい。とりあえず、聞きたいことだらけなんだよ」
「そうっすねー。何から話しましょうか」
 キリノは、少しずつ噛み砕くように言葉を選んで話し始めた。



「まず、結論から言うとここは未来です。たぶん」
「……そうなのか?」
 予想通りの答だが、微妙に歯切れが悪い言い方にコジローは違和感を抱いた。
「アタシも、先生より2時間くらい早くこんなことになったわけでして……。
 最初は、ほんとビックリしましたよ。ここ、アタシの家なんですけど
 お父さんもお母さんもたっくんもいもーともいないんですから。
 子どもたちに聞いたら、お父さんとお母さんは引退してマンションにいもーとと暮らしてるらしいです」
「……たっくんは?」
 その疑問に合わせて、キリノはTVのチャンネルをワイドショーに変える。

「サヤコさん! 同棲のウワサは本当ですか? 近々結婚も考えているとか」
「ノーコメントです」
「以上、美人小説家桑原サヤコさんのコメントです」
「キャー!キャー! たっくんー!」
「こちらは、ジョニーズコンサートの会場です。たっくん人気は相変わらずで」
「美人小説家と人気アイドルの熱愛発覚報道から一夜明けて」

「こういうことっす」
「そうか、サヤのやつ何やってるんだ?」
「なんか、剣道少女と顧問の恋愛小説で一山あてたらしいっすよ」
「へ、へえ……じゃなかった、つまりこれは俺もお前もタイムスリップしてきたってことなのか?」
「うーん、もしくは記憶喪失になってここまでの記憶を忘れているだけだったりとかですかねえ。
 なんか、アタシ太ってるし高校時代からそのままやってきたってのとは違う感じです」
 チラとコジローのほうを見るキリノ。
「でも、そうなると結婚式とかももう終わってるってことなので
 それはそれで、残念というか、困るというか」
 そういって再び赤面する。
「うーん、とにかく」
 いいかけたところで、子どもたちが歯磨きから戻ってきた。
「お母さん、こいつと友だちの家にいってくる!」
「お友だち?」
「川添道場だよ、お母さん。タマちゃんに稽古してもらってくるんだ~」
「あ、お姉ちゃん。アタシも連れてって~」
「おう、じゃあ3人で行くぞ」
「道に気をつけなさいよ」
「大丈夫だって、ほら行くぞ!」
 オー、と叫んで3人の子どもたちが出て行くと、コジローは再び話題を戻した。
「とにかく、どうやったら戻れるんだろうな。いや、記憶が戻るでもいいんだが」
「うーん、アタシとしてはタイムスリップ説をおしたいですねえ」
 腕組みをして考え込む2人。
「そもそも、なんでこんな状況になったんだ?」
「なんか、原因があるはずですよね」
 
「原因は私です!」
 突然、居間に響き渡る声に2人は驚いて振り向く。
 そこにいたのは……白衣を来たサトリだった。
「さ、さっちん?」
「ごめんなさい! 過去の先輩と先生。お2人を私の実験に巻き込んでしまって」
「じ、実験?」
「魂というか、精神というか、記憶というか、そういうものを過去に飛ばす実験です!」
「え、と……何を」
「未来のお2人に手伝ってもらったんですが……。
 ワタシ、ドジだから精神が過去に飛んだというより」
 もじもじと話すサトリにコジローがつめよる。
「ちょ、ちょっともう少し詳しく話してくれ」
「つまり、お2人の精神は未来と過去で入れ替わってしまったんです!」





 一方、その頃。という表現が適切とはいえないが過去の室江高校。

「いやー、なんか新鮮でこうクルな~」
「もー、あなた……コジローせんせーったらー」
 イチャイチャとお互いをつつきあう2人を見て、部員たちはポカンと口をあけていた。
「な、ユージくん、タマちゃん。あの2人、何があったの?」
「わ、わかりません。僕たちが来たときは、もうあんな感じでした」
「せ、先輩たち。なんかダンくんと宮崎さんみたい……」
「おれたちは~、あんなバカップルじゃないぞ~」
「そうよね、ダンくん」
 部員たちの視線を感じて、コジローとキリノは思わず体を離した。
「いかん、いかん。まだ、この時代じゃそこまでおおっぴらにアレじゃなかったっけ」
「ええー、そうでしたっけー」
 ゴロゴロとなつく猫のように、ふたたびぴとっとコジローに体を寄せるキリノ。
「おいおい……しかし、子どもたちを残してきたから少し心配だな」
「大丈夫ですよ。あの子達しっかりしてるし。もし、戻れなくてもこれから作るんですし」
「あ、そうか。子どもはこれから作るのか」
 2人の会話に部内がざわめく。
「こ、子作りですって! だ、誰か止めてきてあの二人を止めてきて!」
「お、落ち着いてサヤ先輩。ここでやるとかいってるわけじゃないですから!」
「ここでも、どこでも何考えてんのよあの2人。校内一の奥手カップルが
 いつの間に、あんなバカップルになってんの。信じられない!」
「もー、サヤったら夫婦の会話に突っ込むなんてヤボだよ~」
 キリノの返答にサヤが泡を吹きながらつぶやく。
「ふ……ふうふ?」
「あ、まだ結婚してなかったっけ」
「キ、キ、キリノー。親友として言うわ。その男と結婚しちゃダメよ」
「えー、そうでもないよ。結婚しても優しいし、子ども一杯作ったし、夜も……エヘヘ」
「おいおい、キリノ。サヤを困らせるなよ」
 はーい、と舌を出してからキリノはふたたびコジローに寄り添う。
 部員たちは、このわけの分からない状況に未だ戸惑っていた。
昨日まで、オレンジタルトがどうの、おかえりセンセーといって抱きついたことがどうのと 
初々しかった2人が、まるで今日は新婚のアツアツカップルではないか。
「え、と皆練習始めませんか?」
 この状況に、ついていけないタマがおずおずと提案する。
「そ、そうね。それがいいわね。よーし、やるぞー!」
 部員たちは、なるべくコジローたちを視界に入れないようにして練習を始めることにしたのであった。



「じゃあ、さっちんは今科学者なんだ~」
 未来のそうざい屋ちばでは、コジローとキリノ、そしてサトリの会話が続いている。
「はい、なんとか大学に入って大学院にも入って、今は大学の研究室で物理学や薬学……
といっても趣味でタイムスリップとかばっかり研究させてもらっています」
「すごいな。ドジは治ったのか?」
「はい! それが私の研究第一号【ドジを治すクスリ】です。
 なんか、これ。アルツハイマーやボケにも効果があるらしくて色々賞をもらえました」
「賞?」
「はい、ノーヘルとかなんとか」
「ノ、ノーベル賞じゃない。すごいな~さっちん」
「でも、クスリなんで定期的に摂取してないと戻っちゃうらしくて、
今回クスリ飲むの忘れてて……本当にごめんなさい。だから、お2人を元の時代に戻しに来ました」
 そういって、サトリはガサゴソと光線銃のようなものを取り出した。
「この光線を浴びると、物質の時間情報と時粒子が……とにかく、心が過去と未来で入れ替わるんです」
「す、すごいなそれは」
「用意はいいですか?」
「おう、いつでも」
「まって、せんせー!」
「どうしました? キリノ先輩」
「どうせなら、一日だけ未来を堪能したいんだけど」
「何言ってるんだよ。キリノ」
 おいおい、とコジローはキリノの頭をなでる。
「だって、今って夫婦なんでしょ? 夫婦生活体験したいなーって」
「……そうですか。じゃあ、この銃は置いていきますから戻りたくなったら使ってください」
「あ、おい東!」
 サトリはさっさと出て行ってしまった。
「えへへへ、先生」
「お、おい。子どもたちが帰って」
「まだ、来ないですよ。出て行ったばかりですもん」
 どさっとキリノはコジローに覆いかぶさった。
「お前、太ったな~」
「幸せ太りってやつじゃないんですか?」
 そして、2人は──。


「さて、と」
 翌朝、ベッドから身を起こすとコジローは隣のキリノに話しかける。
「そろそろ、戻らないか?」
「ん、んー」
 キリノは、ベッドから起き上がって光線銃をつかんだ。
「そうっすね。結構堪能できました。子どもたちかわいかったっすねー」
「そうだな」
「そいじゃほいっと、これでいいのかな」
 光線銃を2人でつかんで自分たちに光線を浴びせてみる。
たちまち、意識が遠のき……。

「タァー!リャア!」
 そこは、室江高校の剣道場だった。どうやら、2人は元に戻ってきたらしい。
「戻ってきたらしいっすね、あなたー」
「おいおい、やめろってキリノ。あいつらがビックリするから」
 しかし、何故か部員たちは一生懸命2人の方を見ないように見ないようにしている。
「なんか、あったのか。おい、サヤ」
「わわわわわわ、わたしは先生と生徒がそんなこんな関係でも別にいいと思うのよ!
 思うというかでもここではそういうことはよそで」
「落ち着けよ、どうしたんだよサヤ」
 部員たちの様子は明らかにおかしい。よく見ると、自分の袴が微妙にはだけている。
「なあ、キリノ。そういえば、未来と過去で入れ替わってたっていってたな」
「そうっすね」
「何やってたんだ……あいつら。っていうか俺たち」
 この年、コジローとキリノに第1子が誕生して結婚を余儀なくされるのだが……まあ、そういうことである。