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室江高校武道館に元気のいい声が木霊する。
「うっしゃあ、キリノ勝負だ!タマちゃんランドのリベンジといくよ!」
宣戦布告をされたキリノは、不適に歯を光らせながら笑ってみせる。
「ほほう、体調は万全かいサヤ?」
サヤはドンと大きな胸を叩く。
「おうよ、もうおケツも大丈夫!今度は負けないよ~」

「あ、ちょっと待って」
キリノは面を脱いで鼻息の荒いサヤに待ったをかける。
「なにさキリノ?」
「まだあたしのコンディションが整ってないのさ……
サヤとやるならいつでも100パーセントのあたしでやりたいからね!」

「おうおう、嬉しい事言ってくれるじゃない。
ならこっちもウォーミングアップで素振り1000回だ!うおおおおおおお~」
ぶんぶん高速で素振りをするサヤをミヤミヤが宥めた。
「サヤ先輩、そんなにやってたらバテちゃいますよ」
が、火のついたサヤの耳にミヤミヤの言葉は届かず、
目を血走らせながら素振りを加速させる。

キリノはそんなヒートアップするサヤに背を向けるとコジローのすぐ傍まで近づき、
微笑みながら顔を近づけた。
「先生、頭撫でてください」
「……はあ?」
キリノの要請にコジローが気の抜けた声を上げる。
「ほら、IH予選であたしめちゃくちゃ調子良かったじゃないですか」

「……そうだな、最後の試合以外は全てストレートで2本先取だったし。
まったく、普段からあれぐらい力を出しきれれば」
「へへへ、それはまあ置いといて。あの後自分で考えたんですよ……
なんであの日に限ってあたしはあんなに勝つことができたのか」
そりゃおふくろさんが倒れて試合に集中できたからじゃね?
とコジローは心の中で呟いたが、あの頃のキリノの落ち込みようを思い出したので
その事は口にせずキリノの言葉を促した。



「ふーん。それで、自己分析の結果は?」
「ふふふ……ジンクスだったんですよ!」
予想外の返答にコジローの口がぽかんと開く。
「ジン……クス……?」
「先生に頭撫でてもらったからです!だからあたし勝てたんですよ!!」
うんうんと2回ほど得意げに頷くキリノに対し、コジローはしばし言葉を失う。
「……なアホな」

「いえいえ、その日だけじゃないんですよ?
ほら、ミヤミヤが初めて打ち込み稽古した時や、
1年の時初めてあたしが外山君に勝った時とか」
確かにIH予選の日、コジローはキリノの頭をくしゃっと撫でた。
(だけどそれ……確かお昼の休憩後だよな?
頭撫でられる前の午前中もキリノは勝ちまくってたし)

コジローは胸中の思いを口にしようとするが、
先にキリノが言葉を続けコジローの疑問は喉元で掻き消える。
「他にも大抵あたしの調子が良かった時って先生に頭撫でてもらった時なんです。
去年の秋の大会や、先輩達相手に3人抜きした時だって」
(こいつはいつ俺に頭撫でてもらったか全部覚えてるのか?)
などとコジローが半場呆れ顔になると、
キリノは顧問の表情から心中を読み取り弁明する。

「そんな変ですかねぇ?試合で勝てたり絶好調だったりした日って気持ちがいいから、
色々細かいことも覚えてるもんじゃないですか」
「そういうもんかね?」
コジローが頭を斜めにすると、キリノも同じ角度へ傾ける。
「そういうもんっす。じゃあ先生、早速お願いします!」
「お願いって……」

キリノは自らの頭を指で示した。
「もちろんジンクスですよジンクス、ほら、早く早く」
有無を言わさぬキリノの態度にコジローはため息を吐く。
「ああ、わかったよ」
コジローが頭を撫でると、キリノはえへへと表情筋を緩め、面を被った。
「よーし、これであたしは無敵だよ!」



サヤは近づいてきたキリノに向かって竹刀を突き出す。
「へへん、あたしだって準備は万全さ!行くよキリノ!」
「応っ!」
ダンとサトリが手を振って二人の応援をし始めた。
「がんばれ~キリノ部長~」
「サヤ先輩も頑張ってください!」
一年の後輩たちが見守る中、2年の二人は試合さながらの集中力で向かい合う。

二人が竹刀を交差させて10秒もしないうちに「胴―――っ」と叫ぶキリノの声と、
重く乾いた音が館内に響き渡る。
「へえ、すごく綺麗に入りましたね」
皆より少し遅れて更衣室から出てきたユージが、コジローの横で呟いた。
(確かに……今朝のキリノ、かなり調子いいな)
IH予選の時を髣髴とさせるほど、今のキリノの動きはキレがある。

「うう……ま、まだまだーっ!」
気おされたサヤはいつもより大きく叫んで闘志を奮い立たせるが、
15秒後には「面―――――っ」と叫ぶキリノの声が武道館の外まで届いた。
「今のは……キリノ先輩の声……わっ」
遅れて朝練にやってきたタマキは、
上履きを下駄箱に入れた直後いきなりサヤに抱きつかれ目を白黒させる。
「うわーん、タマちゃん、キリノに瞬殺されちゃったよーーっ、慰めてーーーっ」

「すごいぞキリノ先輩、1分と経たないうちに2本先取だ~!」
「なんというか、今日のキリノ部長神がかってます!」
ダンとサトリはキリノの強さを称え、照れたキリノは面越しに後頭部をぽりぽりと掻く。
「へへへ、あたしがすごいんじゃなくてなでなでのおかげだけどね」
(おいおい、マジでさっき頭撫でた効果なのか?)

驚き目を丸くするコジローへ、面を取ったキリノはにっこり笑いかける。
「だから言ったじゃないすか、勝利のジンクスだって!」
コジローは腕組みをして唸り声を上げる。
(元々キリノは精神的にムラが有る奴だが……
ジンクスがあるって自分に暗示をかける事で実力が発揮できるようになったのか?
……にしても頭撫でられるだけでスイッチ入るなんて安上がりだなこいつ)


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


「ありがとうございます、宮崎さん~」
泣きながらお弁当を頬張るサトリの頭をサヤとキリノがよしよしと撫でる
「はいはい、もう泣かない。それにしてもミヤミヤのお弁当は一級品だね。
この肉じゃがの味付けってみりんとかつお……あ、コジロー先生だ」
昼休み、お弁当を開く剣道部女子部員達の元へ笑顔のコジローがやってきた。
「おーいお前ら、なんか分けてくれよ」

「またですかいこの人は」
呆れ顔のサヤを無視してコジローはニコニコしながらミヤミヤに話しかける。
「ダン早退したんだろ?ミヤがダンに作った弁当、俺が代わりに処理してやるよ」
「あら残念ですね、それならとっくにサトリのお腹の中です」
とたんにコジローの顔がショックで引きつる。
「な、なんだって?何でそんな真似を?!」

必死な形相で詰め寄るコジローに気圧されたサトリは、うな垂れながら謝る。
「す、すいません!あの、私がお昼前にずっこけて自分のお弁当箱をひっくり返して……」
「ちょうどダン君がいなかったから、優しいミヤミヤがさっちんにお弁当あげたんだよね」
コジローはその場にへなへなと座り込んだ。
「うう……ミヤの弁当あてにして昼抜いてたのに……」
「あの、……梅干ならありますけど……」

おずおずとタマキが梅干を差し出そうとすると、
キリノとサヤがその手を掴んで止める。
「駄目だよタマちゃん、ちょっと優しくするとこのおっさん調子に乗るし」
「大体タマちゃんちっさいんだからいっぱい食べなきゃ」
「はあ……」



コジローは地面の上でがっくりと膝を追ったままうつろな目で天を仰ぐ。
「うう……腹減りすぎて幻覚が……」
キリノは軽くため息を吐くと、自らのお弁当を差し出した。
「あたしのお弁当なら分けてあげてもいいっすよ、先生。
あたしもちょっとミヤミヤのお弁当つついてたから、結構残ってますし」
「おお、いいのかキリノ!」

目を輝かせて立ち上がるコジローにキリノはにまーと笑いかける。
「でもその代わり……」
コジローは額に汗を浮かべあとずさる。
「な、なんだ?金ならないぞ!」
キリノは手を左右に振って乾いた笑みを浮かべた。
「いくらあたしが血迷っても、生徒の弁当つっつきまわす貧乏教師に
お金借りるわけないじゃないですか」

「じゃ、じゃあ何が望みだ!」
「今日の午後、小テストあるんで頭撫でてください」
そんな事かとホッとしながらコジローはメンチカツを摘み上げる。
「剣道以外でも効くのか、この験担ぎ?
おお、やっぱうめーなヒリノんきのふぇんひふぁふ」

「先生、はやくはやく~」
「わーたよっ、ほら」
コジローはメンチカツを摘み上げる方とは反対の手で柔らかな髪を撫で上げる。
「これでいいか?」
「へへ、これでばっちりですよ!」



武道館の施錠を終えたコジローは、ソフトボール部の二人と一緒に歩く
キリノとサヤを見つけ、手をあげながら近づいた。
「「あっ、コジロー先生だ。ちわっす」」
「お前ら、そろそろ暗くなるから早く帰れよ。ソフトも部活終わったんだろ」
キリノは咥えていた棒アイスから口を離し、
少し興奮気味に口を開いた。
「せんせー、苦手な数学で80点取れました!これもなでなでのおかげです!」

「……マジかよ」
キリノの傍らで涙目のサヤが悔しそうに呟く。
「さっき吉河先生に会った時に聞き出したんすよ……
うう、今回はキリノに2倍差で負けた……」
「ふふ、こりゃもう本物ですよ、このジンクス。
というわけで先生、今度もお願いしますよ、可及的速やかに!」
慌てふためくキリノの様子にコジローは眉を顰める。

「……今度はなんだってんだよ」
「早くしないとアイス溶けちゃうんで、とにかく早く!」
半分液状になったソーダアイスが棒を伝い手に垂れないよう、
キリノは必死にぺろぺろ舐めながらコジローにねだる。
「アイス?アイスがどうかしたのか?」
「アイスの当たりが出たらもう一本もらえるんです!
溶けちゃう前に早く、当たったら先生にもお裾分けしますから!!」

苦笑しながらコジローはキリノの頭を撫でる。
「まあいいけど。……ほら、これでいいか?」
「よーし、これでもうひょっとふぁめれば……」
キリノは一気に水色のアイスを頬張り、棒を全体の中ほどまで空気に露出させる。
「……ほら!」

「マジかよ!」
「「「ええ、すごいじゃんキリノ!」」」
棒切れの真ん中にこげ茶色で書かれた「当たり」の文字を確認した瞬間、
その場にいた5人は興奮した声を上げる。
「ほらほら、当たったじゃないですか!」



(偶然とはいえ凄いな……ちょっと鳥肌立ったじゃねえか!!)
「よーし、じゃあ早速駄菓子屋さんで交換してきましょう、行こう皆!」
音頭を取って校門まで駆け出そうとしたキリノに、コジローが情けない声を上げる。
「あ、こらキリノ、俺まだ仕事あるから学校出れねえよ」
「じゃお先生は仕事がんばってください。駄菓子屋さんもうすぐ閉まる時間だし」
「話が違うじぇねえか、俺のお裾分けはどうなったんだよ!学校まで持ってきてくれよ!」

サヤは半眼でコジローを眺める。
「先生、駄菓子屋さんから学校まで歩いてたらアイス溶けますって。諦めて下さい」
「うううう……アイス……」
「しょうがないなぁ、はいこれ」
キリノはアイスの棒を「当たり」の文字の下からぼきりと二つに折る。
そして「当たり」の文字がついている方を自分が持ち、
残り少ない食べかけのアイスが残っているほうをコジローに与えた。

「はい、残り物でよければ」
「ってお前、これはないだろこれは。
もうほろんろのほってないじゃねーか、いやうまい」
「結局食うじゃん!!」
(ってサヤ、突っ込むとこそこ?)
ソフトボール部の二人は奇異な物を見る目で剣道部の3人を見つめる。

「いやー、あたしって一生のうち1回は棒アイスで当たりを引くのが夢だったんだよねえ」
何の躊躇もなく自らの食いかけアイスを異性の教師に与えるキリノ。
「うぁい、やっぱ棒アイスはソーダ味ふぁな。この毒々しい色合いがぁんとも……」
何の逡巡もなく少女の食いかけアイスを頬張るコジロー。
「うーん、ここまで来ると偶然とは考えられないなぁ……本当にあるのかねえ、ジンクス」
何の葛藤もなく二人の異常なやり取りを受け入れるサヤ。

違和感を覚える自分達が普通じゃないのか。
なぜ自分達がマイノリティーにならねばいけないのか。
それとも今の光景が異常とは思えないほど、
剣道部内ではキリノの食べ物――しかもキリノが口をつけた物――を
コジローが口にするという行為が日常的に行われているのか。

「どうしたの二人とも、早く行くよ~」
校門近くで手を振るキリノとサヤの笑顔、
そして校舎へと消えて行くコジローの背中を見比べた後、
ソフトボール部の二人は釈然としない表情のまま目を合わせ苦笑する。
「「ま、いつものことだし」」
と同時に呟くと、キリノ達の後を追った。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「よーし、じゃあ先生、いつもの奴頼みます!」
コジローの前まで歩み寄り、キリノはいつもの様に頭を差し出した。
「……い、いつもの奴って、こ、ここでか?」
「はい、ここでです。試合前の今以外、
いつやるっていうんですか?勝利のためのジンクスなのに」
「い、いやお前、だってここ……」
鎌崎高校剣道部員の視線が、対戦高の顧問と部長に突き刺さる。

今は試合前、ただでさえタバコの一件やタマキと岩堀の接触で場がぎすぎすしている中、
キリノのほんわかした物腰と表情は異様だった。
「さすがになんつうかここではお前……」
「えー早くやってくださいよ~、あたしが勝てなくてもいいんですか?」
コジローの正面で瞼を閉じ、少し顔を上向きにさせるキリノ。
そんなキリノの仕草を見たとたん、
鎌崎高校剣道部の面々が小声でひそひそと呟き始めた。

(え、何あれ?キスしようとしてんじゃない?)
コジローは思わず唾をキリノへ吐き掛けそうになるのを必死に堪える。
(いやいや、教師と生徒でキスとかありえないっしょ)
(ほら、さっき勝利のジンクスとか言ってたじゃない)
(なんでそれでキスする事になるんだよ)
(ほら……春の選抜で有ったじゃん、魔法のキス。智弁和歌山だっけ?)


(あー、あれか。……いやいや、いくら勝つためでもないっしょ。
男同士でも大概だけど、教師と生徒だよ?)
(でもあの体勢と、あの子の嬉しそうな表情って……そうじゃね?)
14の瞳に凝視されいたたまれなくなったコジローは、
キリノの手ぬぐいが取れそうな勢いで少女の頭を乱暴に撫でまわす。

「ちょ、先生、心こもってないですよ」
キリノが手ぬぐいを直しながら抗議するが、コジローはキリノの側をさっさと離れる。
「いいから早く整列しろ!ほら、試合始まっちまうぞ」
「……ふぁ~~い」
キリノは少し頬を膨らませると、不満そうに室江生徒の列に加わった。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


「じゃあ先生、キリノ部長、俺達はここで」
「お先に失礼します」
ユージとタマキは軽く会釈して一緒に電車を降りる。
「おう、気をつけて帰れよ」
「じゃーねー、タマちゃん、ユージ君。道草しちゃ駄目だよ~~」
タマキとユージを見送り、電車内でコジローと二人きりになった後、
キリノは鞄の中からDSを取り出してゲームを始めた。

並びあって座っている二人の間に会話が途絶えたまま2分ほど時が過ぎる。
「えーと、キリノ」
しばらく携帯を弄っていたコジローは恐る恐る横目でキリノに尋ねる。
「……なんすか?」
コジローの方を見もせず、液晶の画面を見つめながらキリノが答えた。
「……なんか少し不満そうだな。せっかく全勝できたのに」
「……あたしは一本取られちゃいましたけどね」

「それでも勝ちは勝ちだろう?」
キリノは顔の角度を変えず瞳だけ動かしコジローを睨む。
「先生が本気で心を込めて撫でてくれればストレートで一本勝ちでしたよ」
「……ま、その、乱暴な撫で方してすまん」
タッチペンを動かす手を止め、キリノはコジローを問い詰めた。
「……ほんとに悪いと思ってます?」

「ああ、思ってるさ」
キリノはいたずらを思いついた子供のように、口の端を少し吊り上げ笑った。
「じゃそのお詫び代わりにもう一回撫でて下さい」
「まあ別にいいけどさ。今度は何のためにだ?
期末試験か?それともRPGでレアアイテムでも欲しいのか?」
「恋愛ですよ。……告白しようかなって」

教師と生徒はしばし無言となり、
二人きりの空間にガタンゴトンという電車の音だけがやけに大きく響き渡る。
コジローは不自然に視線を逸らしながら教え子に問い質した。
「……へー、誰にだよ」
「あ、気になります?」
「……うーん、別に……ま、お前のことだから趣味のわりい相手だろうけど」
「そうですね……身長が180センチ以上あるんですよ、彼」

「へー」
「で、勉強ができて全教科90点以上取れるんです」
「ほお、学生か」
「運動神経はすごくてスポーツ万能!」
「文武両道、か。ダンみたいな奴だな」
「おまけにすごいお金持ちで」


聞いていたコジローの顔が苦々しげに歪む。
「……なんか聞いてるだけでムカついてくるんだが……」
「だから、あたしの告白がうまくいくよういつものヤツお願いしますよ」
憮然とした顔のままコジローはため息を吐いた。
「全く、なんで生徒の色恋沙汰が上手くいくように祈らにゃいかんのだ」

「自分が恋愛で恵まれてないからって、生徒の恋は応援しないなんて小さいですねぇ」
「へえへえ、どうせ俺は器が小さい駄目人間ですよ」
茶化しながらキリノの顔を覗き込んだコジローは息を呑む。
見つめ返すキリノの表情は、IH予選の時のように真剣そのものだった。
「先生……彼とはもう、結構いい感じなんです。
だから……少しでいいから、撫でて下さい」

本気……なんだな。
思わず口に出しそうなその一言を、コジローは全力で飲み込んだ。
「そうか………………わかったよ、大人気ない真似してすまなかった」
コジローはキリノの頭へゆっくりと手を伸ばし、丁寧に頭を撫でた。
「……今のなでなで、ぎこちないけど心がこもってますね」
「ま、生徒にゃ幸せになって欲しいからな……」
コジローは大きく息を吐きながら天井を見上げる。

「上手くいくといいな、告白……」
呟いたコジローの横で、キリノはきょとんとした顔で首を斜めに傾げる。
「先生、言葉じゃ応援してても表情が硬いですよ、テンション低いし。
そんなに教え子の恋愛が上手くいくのが許せませんか?」
「別に許せる許せないじゃねえけど……
とにかく、あれだ、その、もしそいつと」

「……おお、早速上手くいきました!」
嬉々としてキリノが持ち上げたDSに映るのは、
恍惚とした男の顔と『ヘブン状態!!』と書かれた七色の文字。
呆然としていたコジローが“告白”の真意を知るのに、たっぷり30秒は要した。
「……告白ってゲームかよ!そんなのに本気だすな!」
「そりゃ本気になりますよ。お母さんがはまってて……」

「お袋さんが?」
キリノはこくりと頷いた。
「このゲーム出てくる男キャラの声優、ジョニーズのアイドルなんすよ。
ベストエンドでクリアするとアルバムモードで甘~~いメッセージを
囁いてくれんですけど、ゲーム下手なお母さんがベストエンドを見るために毎晩朝まで
このゲームで遊びまくってて、このままだといつぞやのように倒れそうで」

道理で頭を撫でる様頼む時、必死な顔をするわけだ。
コジローは苦笑しながら納得した。
「相変わらずだな、お前のお袋さん」
「でもこれでお母さんも倒れなくてすみそうです。先生のなでなでのおかげですよ」
嬉しそうに微笑むキリノを見てコジローもつられて笑う。
「ま、告白がうまくいってなによりだ」

「これだけ御利益があるなら、現実世界の告白も先生にお願いするのが一番ですね。
試合も勉強も恋愛も、なでなでがあれば万事OKですよ」
おいおいと呆れ顔でコジローが後頭部を掻いた。
「つうかお前は、これから受験やら就職やら結婚やら、
人生の分岐点を迎えるたびに俺に頭撫でてもらうつもりか?」

「おお、それはいいですね!出産の時とか先生に撫でてもらえば
珠の様な子がポーンって生まれますよ」
「……お前になんかある度、俺はお前の頭撫でるため呼び出されるんかい」
気だるそうにため息を漏らすコジローへ、キリノは無邪気な提案をした。
「面倒なら、先生がこれからずっとあたしの近くにいてくれればいいだけじゃないですか」
「さも当たり前のように言うな。来年にはもう室江にいられるかどうか分からないのに」

「コジロー先生は来年もいますよ」
キリノは胸を張って宣言する。
「あたし達が全国へ連れて行ってあげますから。
先生があたしの頭を撫で続けてくれれば楽勝ですよ、ね?」
キリノはまるで子供に言い聞かせる母親のような眼差しでコジローに同意を求めた。
「はいはい、わかったよ。これからはちゃんと心込めて頭を撫でさせて貰います」
「ふふ、分かればよろしい」

その後、師弟はどちららともなく二人で笑みをこぼす。
と、しばし笑っていたキリノが突然口に手を当てながら俯いた。
「……でもそうですね、確かに今のままだと全国は辛いかな。
今日もあたし一本取られちゃったし」
「……おいおい、頼りになること言った直後なのに。不安にさせるなよ」
「うーん、どうせならもっと強力なジンクス探してみます?」

「もっと強力なジンクス?」
キリノは腕組みをして眉間に皺を寄せる。
「そうです、なでなでに変わるもっと強いジンクス、なんかないかな……」
キリノは彷徨わせていた視線をコジローの唇に合わせた瞬間、
何か思いついたのかぽんと手を叩く。

「そうだ!魔法のキスとかどうですか?なんせ甲子園で通用する位ですし、
剣道でも絶対効果ありますって!」
言うやいなや、キリノは顔をコジローに対して直角となるように角度を変え、
ぷにぷにのほっぺたを教師の目と鼻の先へ近づけた。
「ちょっと試しにやってみてくださいよ、ほらほら」
コジローは乾いた笑いをあげながらキリノの側頭部へチョップをかます。

「ははははは、お前は馬鹿か!試合の前にんなことしたら、
勝負にゃ勝てても俺の教師生命終わっちまうだろうが!!」
キリノは手刀の一撃を受けたこめかみを擦りながら口を尖らせた。
「えー、どうせ全国行けなかったら教師生命終わるじゃないですか。
それなら一回ぐらい試してみましょうよ~」
「ああ、それもそうか……………………………………
いやいや、駄目、絶対!」


終わり
添付ファイル