世の中には自分とソックリな人が三人いると言う。お昼の某長寿番組でも長い間ネタになるくらいだから本当の事な
のだろう。一生に一度はお目に掛かりたいものである。
 そして、似ているのはなにも顔の話だけではない。世の中には声が似た人もいるのである。
「……あ、あの店員さん」
「う、うおぉぉぉぉ!!!!俺は今、猛烈に感動しているぅぅぅ!!!!これを人生と呼ばずして、何を人生と呼ぶの
だぁぁぁぁ!!!!」
「あ、あのお会計を……」
 今回はたぶんそんな話。

「CLANNAD……?」
 アニメショップの帰り道、珠姫は手にしたDVDを眺めて呟いた。
 これは自身が買った物ではない。アニメショップの店員に(無理矢理)渡された物である。

 レジで号泣をして客をドン引きさせていたその店員は、レジに来た珠姫に向かって今見ていたアニメの素晴らしさを
熱く語り、そして「感動は皆で分かち合うもの!これを君にプレゼント朋友!!」と言って渡して来たのだ。断るずべ
を知らない珠姫は言われるままにDVDを貰ってしまう。どうでもいいが、己の職務中にアニメを見るのはどうかと思う。

(これ、ちょっと話題になっていたアニメだ……ちょっと得したかも)
 さて、そうして渡されたDVDはアニメ雑誌にも多数掲載された超有名作であった。珠姫も名前だけなら知っていた。た
だ原作が美少女ゲームであり、所謂恋愛物であった為そちらに興味の無い珠姫はスルーしたのだ。
 とは言え、こうしてダダで貰えれば見るのに吝かではない。寧ろ、話題作が見る事が出来る、という情念がふつふつ
と湧いてくる。
(早く帰って、見よう)
 珠姫は逸る心を抑えて、足早に帰って行くのであった。

 さて、結論から言ってしまえば、珠姫はこのアニメに嵌ってしまった。気が付けば貯金を叩いてDVD全巻買ってしまっ
たのだ。なんと言う店員の孔明な罠なのだろう。シバチュウもアニメショップに走りそうな罠である。
(とても、良かった……こんなに涙が出るなんて思わなかった)
 既に最後まで見終わり、二週目に突入している。序盤は風子シナリオという、この作品内でも特に評価と人気の高い
シナリオであった。珠姫もまた例に漏れずこのシナリオを気に入った。特に、皆が風子の存在を忘れていく中で、主人
公の悪友である春原が一瞬だけ風子の事を思い出すシーンが好きだった。
(やっぱり、ここがいい。絆が垣間見られて。友達だったと思えて)
 涙腺を潤ませて、画面に目を貼り付かせる。と同時に奇妙な感触に取り付かれる。それは春原が喋るたびに増幅され
る。そう、アニメを見ているときによくある現象「あれ?この声どっかで聞いたことあるぞ」である。
 春原陽平、彼の声が誰かに似ているのである。しかも他のアニメではなく、もっと身近な存在の声に似ているのであ
る。あーでもない、こーでもない、と脳内で検索をして答えを探す。その結果導き出されたのは……
(そっか、ユージくんだ。ユージくんの声に似ているんだ)
 彼女の幼馴染である、中田勇次であった。もっとも似ているのは声だけであり、性格は180度違う。
 ヘタレの称号を欲しいままにする春原とは雲泥の違いだ。例えるなら、鏡餅の上で燦然と輝く橙が勇次なら春原は鏡
開きの時に誰にも見向きされずに捨てられる餅のカビた部分である。……少々言いすぎであるが。
(……でも似ているのは声だけ。ユージくんのが断然かっこいい)
 頭の中で彼の勇姿を再生している珠姫の顔は薄らと赤みを帯びていた。もっとも彼女はその事に気が付かない。それ
は青い鳥。何時の日かその存在を認識する事ができるのであろうか。

 翌日。いつもの道、いつもの朝の空気を体に浴び、これまたいつもの同伴者に珠姫は言う。
「ユージくんは金髪にしないでね」
「へっ?何で」
「何でも」
「う~ん、よくわからないけど。わかったよ。と言っても、染める気なんて全くないけどね」
 その言葉を聞き満足する。
「ユージくんはユージくんだもん」
 ずっと変わらずに歩んで行きたい。そう願わずには入られなかった。
 そんな、いつもとほんの少し違う朝であった。




おまけ

 奇妙な泣き声を聞き草むらを掻き分けると、一匹の小動物がいた。
「子豚……じゃない。これは猪の子供」
 背中に走る横縞からうりぼうとも呼ばれる猪の子供がそこにいた。珠姫が優しく抱き上げると、気持ち良さそうに鼻
を鳴らす。
「かわいい」
 そのあまりの可愛さに撫でようとしたその時、校舎の向こうから一陣の風が吹いた。その風は珠姫の手からうりぼう
を引っ手繰ると、ラクビーの様に肩で地面を滑る。物凄い砂埃が立っていた。
「ユージ……くん?」
 砂埃の向こうから表れた風の正体は勇次であった。
「タマちゃん。この子はちゃんと山に返してくるから安心して。絶対に飼うとかいっちゃダメだよ!」
 何の事かよくわからない。が、勇次の頼みであるなら断れない。
「う、うん」
 その言葉に安心したのか、息を一つ吐き立ち上がる。そして珠姫の両肩を掴み、必死の形相で見る。なんだか血の涙
を流しているような気もする。
「タマちゃんはタマちゃんのままでいいから、ネ!」
 何が何だかわからないが、勇次の迫力の前に珠姫はただ頷くしか出来なかった。
最終更新:2008年08月25日 21:08