(…なんでこんな事になっとるんだ?)
 威厳のカケラもなくクダを巻く酔っ払いに、何故か付いて来ている男子生徒が一人。
 しかし問題なのはここが確か俺の部屋だ、という事だ。
「先輩、飲み過ぎは身体に毒っすよ。ほら、生徒の手前もあるでしょう?なあ、岩堀くん」
「俺は別に…どうでもいいっすけど」
 やれやれ。この子もなんでまた付いて来て…っと、理由は聞いたんだった。

”――――本気の出し方、忘れちまうぞ?”

 俺のあの発言が彼に与えた影響というのは、まあそれなりに中々のものだったらしい。
 副部長の…何て言ったか、髪の長い子。あの子とメル友になったキリノから事情は粗方聞いた。
 それはそれで教師冥利に尽きること、なのだが。
(がしかし…問題なのは…)
「コジロー俺、本気の出し方忘れちまったよぉ~」
 ……その意味を問うた相手が悪かった、という事だろうか。ああしかしこの先輩はどこまで。
 ともかく分からないなら本人に聞きにいこう、という事で師弟揃って俺の部屋を叩いた、までは良かったんだが。
 しかし俺にだって自分の経験を教えようにも限界と言うものがある。
「…まあ、朝陽を見る事っす…よ?」
「なんだそりゃ、おいもうちょっと真面目にヒントをくれよ!」
「何スか?朝陽って」
 ……だって本当の事なんだもん。
 そうこうしてる内に先輩の酒は進み―――――今に至るのだが。

「ヒック…しかし、いいよなあお前らは…」
「はあ…?」
 ”お前ら”って、俺と岩堀くんの事か?共通点なんか、あったっけ?
「ちゃんと応援してくれる子がいてさ…オイ、岩堀」
「なんスか?」
「近本とは、どこまでいっとるんだ」
 ぶほあっ。思わず水を吹きそうになる。生徒相手にこの先輩は…
 ん……しかし、その話の内容で、俺?
「……なんであいつと俺が」
 まったくだ。いやまてまて。なんか勝手に決められて話が動いているぞ。
「…お前は!まだそんな事言っとるのか!?バカヤロォォォ!!」
 だから先輩、窓開けて叫ぶのはやめてくださいっす。近所迷惑っすよ。
「はぁはぁ…んじゃあコジロー、お前の方はどうなんだよ?」
「どう、って言われてもっすね…」
 俺、そんな奴いたっけか?…いやいや、いねーぞそんなもん。
 まったく思い当たるフシがない。
「俺は…原田に聞いて知ってんだぞ…世話焼いて貰ったり、色々してるそうじゃあないか」
「世話…?」
 世話焼き。ああ、その単語からなら。
 金髪のしっぽを揺らしながら微笑む誰かの姿が浮か・ばない・ことも・ない、が…
(待て待て待て待て待て!違うだろう俺!?)
「…お、今一瞬固まったな!?さてはマジなのかお前?」
「マジっすかこ…コジロー先生?」
「ちょ、ちょっと待って下さいよ!いや違いますって!」
 流石にそれはない…が、「ない」って言い切るのもこの場合少し違う…
 くそ、どうすりゃいいんだ。テレビでもつけて矛先をぶらすか。ピッ。

”濃厚圧縮!新食感アイス・コアミルク!新発売!”

「む!…かわいいなぁ」
 …先輩、そのデレ顔は無いっすわ。
 しかし、どうやら追求は収まったらしい。よかったよかった。
 ――――って、コアミルクの子ってこんな普通の顔だったっけ?あれ?


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 同日同時刻。惣菜ちば2F。
(…けっこう、カッコよかった…と。)
 日記を書き終え、キリノの筆が止まる。
「いやー、あたしも何書いちゃってんだかねえ…」
 気が付けば、日記の分量は物凄い事になっていた。
 少し適当なところで区切らねば、一生終わらないのではないか、と思うほどに。
 内容は試合の感想、と言うよりも最早、主観を書き散らかしただけのような体にしかなっていない。
「さすがにこれは誰にも見せらんないなー…」
 そう言ってノートを大事に引き出しにしまうと、ベッドの中へ。

(おやすみ、センセー)
最終更新:2008年08月06日 21:08