コジローが剣道部に復帰してから1ヶ月ほど立った。
その日、キリノはコジローの専門でもある政経を選択していたことを正解だったと改めて確信していた。
なぜなら、彼女の授業を担当するのはほかならぬコジローだったからである。
「じゃあ、教科書の20ページを開いて」
聞きなれたコジローの声が、妙に耳に心地よい。
一生懸命板書している姿は、この人ってこんなに可愛かったっけ、とキリノの心をくすぐる。
隣の席では、同じく政経の授業をとっていたサヤがにやつきながらこちらをチラチラと見ている。
2年の時からいっしょだった2人組みの親友と、何やらこそこそと話しているようだ。
「キリノ……よかったよね」
「だって、キリノってば誰が見てもコジロー先生が……」
「す……?」
「ラブ……?」
コジローのほうを見ているから、ところどころしか聞き取れなかったが
自分をダシにして何やら話しているようだ。
そんな色恋沙汰とかじゃないのに……と彼女は思う。
別に、アタシはそういう仲になりたいわけじゃ……。
そのとき、板所しているコジローが力を入れすぎたのかチョークを追ってしまった。
床に転がるチョークを見て、キリノはあわてて拾おうとする。
偶然、チョークを拾おうとしたコジローと手が触れてしまった。
なぜか恥ずかしくなり、キリノは顔の全体まで真っ赤になってしまう。
コジローも、思わず手を引っ込めた。
どうしよう……とキリノは考える。まるで、アタシがコジロー先生のことを
好きでしょうがないみたいじゃないか、と恥ずかしくなっている少女。
ふと、周りを見るとクラスメイト(とくに親友2人+サヤを含む女子)は
ニヤニヤと自分とコジローを見つめている。
男子の何人かは、悲しそうな目で自分を見つめている。
なぜだろう、とキリノは考えた。彼女が考えている間も女子はニヤニヤとキリノを見ている。
やがて、キリノが答を出す前に友人の1人がキリノに話しかけた。
「大丈夫、あたしらはアンタの味方だから!」
「えっ……?」
「障害が多いほど燃え上がるもんね」
親友2人が何をいっているのかわからない。
思わず、サヤのほうに助けを求めた。サヤはニコニコと笑いながらこちらに話しかける。
「よかったねー、キリノー」
何がよかったのか。ぷうっと頬を膨らませるも、確かにうれしいという感情があることは
否定できない。アタシはおかしい、とキリノはおちこむ。
この前、タマハウスにいってからだ。こんな気持ちに自分が左右されるのは。
まったく、なんで、どうしてなんだろうと彼女は考える。
ふと顔を上げるとコジローの講義は終わりに差し掛かっていた。
胸が痛む。コジローの顔を見る。ああ、アタシきっと……と逡巡してみる。
アタシは……コジロー先生のことが!!
でも、それを言う勇気は彼女にはまだなかった。
最終更新:2008年07月28日 18:10