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宛先:kojiro@****.ne.jp
件名:こんばんわ
本文:キリノです。今日はお疲れ様~
    他の高校で練習試合するのっていつも緊張しますねー
    でも、皆もいい経験が出来たと思うし、よかったよかった!
    センセーと石橋先生の試合も、結果はあんなだったけど…
    でも、うん。あたし的には先生、けっこうカッコ良かっ

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―――――ぱたん。
そこまで勢いよく鳴り響いていたプッシュ音が突如として止み、閉じられるキリノの携帯。
同時に自室のベッドにばったりと倒れこむと、空の方の左手を力いっぱいに横に振る。

「いや……ナイナイ。ナイから」

流石にそれは行き過ぎだろう。変な誤解をされてしまってはこの先の人間関係に影響が出かねない。
第一、こんな事にかこつけて事を進めようとするのも何か姑息で自分らしくない。

(言いたい事があったら、直接言えばいいじゃん)

それが本来、いつもの自分だ、と思い切ると、誰もいない天井向けて、大きく3回。

「カッコ良かったですよ」
「カッコ良かったですよ」
「カッコ良かっ…」

しかし3つめの途中で、今日見た試合の光景が思い出されると、唇の動きも止まる。
それと同時に自分の顔が瞬間湯沸かし器のようにどんどん沸騰していくのが、わかる。
昨日までとのその大いなる違いに、さすがに自分でも苦笑を禁じえない。

(そっ、か…)

思えばずっと前から自分の中にこんな気持ちがある事は…分かっては、いた。
しかしまあそれは、屈折的ながら、手のかかる子に向ける母親の気持ちのようなもので…
まさかそれがこんなにも、痛いほどの胸のトキメキに通じるものだとは、キリノ自身思いもしていなかった、と言うのが本音であった。

(…それじゃ、なおさら。)

躊躇っている場合ではない。
もちろん他にも相手の迷惑や、もし断られた場合の振舞い方など考えなければいけない事は山のようにあるが、
そんな事を行動に移す前から気にして立ち止まるのは、それこそ、もっと自分らしくない。
キリノはそう思い立つと、削ろうとした”カッコ良かったですよ”に、より具体的で直接的な表現――――好き、ということ。
その一文を加え、おそるおそる、祈るような気持ちで送信ボタンに指をかけようとする………と、その時。

―――――――ピリリリリ。

それまでのメールの表示が消え、画面に現れる「着信中 せんせー」の文字。
二重の驚きのあまり、握っていた携帯をこぼしそうになる。
出なければと思うのに、緊張のあまり手が震えてなかなか通話ボタンが押せない。
急げば急ぐほど手が震えてしまったが、なんとかボタンを押す事ができると、恐る恐る耳にあてた。

「もしもし」

もちろん聞えてくるのは、間違いなくいつものあの声。

「キリノ?」
「は、はい?」

少し慌てたその返事が裏返ると、電話の向こうで面白そうに笑う声がする。

「なんだお前…試合終わったのに、まだ緊張してるのかよ?」

余裕を感じさせる、おどけるようなその態度も、昨日までとは全く違った意味合いに感じられる。顔が熱い…
ちょっと自分は、はしゃぎ過ぎているんじゃないだろうか。
そう必死に言い聞かせ、どうにか落ち着いたふりをして答える。

「そんな事はないですけど…何の用事っすか」
「うん、実はな…」

ゴクリ、と生唾を飲み込む音が聞こえてはいけないと思い、通話口を塞ぎ、耳元に意識を集中させる。

「今日の試合で、お前の取られた面のことだけど…」
「はっ、はい?」
「いや、あそこの動きは、もーちょっと…」

内容の頓狂さに、もう一度、声が裏返る。
その後は先生の技術的な講釈が続いたが、ほとんど耳に残ってはいなかった。
その話が終わると、少々あきれ気味にその行動の意味に突っ込んでみる。

「…もしかしてこの電話、今日試合した皆にかけるつもりだったんすか…?」
「ええっ、いけないのか?俺も少しは教師らしくしなくちゃって思って始めてみたんだが…」
「気持ち悪いから、あたしだけでやめとくのが無難っすよー」
「そ、そうか…むむぅ…」

――――――ふふっ。
あまりにも取るに足らない会話に、自然と口元が緩む。
先程のトキメキドギマギやらはどこへやら、最高に落ち着いている自分。それを実感できるこのやり取り。

(やっぱり、今はまだこれ位でいいんだよ…ね。)

そう思うと、封じたあの言葉が――――
最も気楽なカタチで、出せそうな気がした。


”先生も、カッコ良かったっすよー?”


その言葉に少し照れたのか、電話の向こうから、内容と裏腹の小さな返事。

「……惚れ直したか?」
「いえー、ぜんぜん。ふっふっふ」
「…そっか、はは」


少し残念げにも聞こえたその言葉から、その後の「おやすみなさい」まで――――
小一時間、二人の部屋から楽しげな談笑の声が途切れる事は、なかったらしい。