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風がそよぎ、夕涼みに丁度いい空気が道場に流れ込む。
稽古と掃除が終わり、帰路に就くまでのそんなまどろみの時間。
たっぷりとその心地好さを楽しんだキリノとサヤがそろそろ帰ろうか、とすると、興味深いやり取りが耳に届く。

「ユージくん、じゃあ…」
「うん、行こーか、タマちゃん」

別に普段通りのやり取りには聞こえるのだが、
「帰る」ではなく「行く」と言うのが、何か引っ掛かる。
加えていつもと少しだけ違う(主にタマの方の)その雰囲気。
おせっかいな老婆心だとわかっていながら、念を押してあげずにはいられない。

「おりょ、お二人さんこれからデートかい?」
「…いいねえいいねえ、秘密の下校デートってやつ?青春だねえ」

「いえ、違いますよ。タマちゃんがDVD借りに行くんで、俺も行こうかと」

その質問という形のやっかみであり、後押しに。
ユージがさすが、とも言うべき速さで即答すると、
隣に居るタマには悪いと思いつつも、失笑を漏らすキリノとサヤ。

「あっはっはー、そっかそっかあ」
「いやいや、さすがはユージくんだ」

先輩二人の笑いの意味が分からずただぽかんとする二人に、
不意に息を飲み込んだキリノがんっ、そう言えば、という顔をみせ自分のカバンを漁ると―――ある。

「……ねえ、もしおジャマじゃなければあたしも一緒に行っていいかな?」
「ええ、全然構いませんけど。ねえタマちゃん?」
「うん」

自分にも、先週借りたビデオを返す予定があったのを忘れる所だった。
街中にあるビデオ屋には、家からより学校からの方が近い。そう思って持って来た筈なのに。
キリノがそう言うと、サヤは残念そうに

「んー、あたしも行きたいとこなんだけどねえ…」

と漏らすと、家の用事があるからパス、と言い残して先に帰ってしまった。
かくて未だ道場に残るキリノユージタマの3人に、窓の戸締りを終えたコジローから追い出しの声がかかる。

「おい、お前らまだ居たのかよ?入口締めるからもう出ろよー」
『はーい』

先生の声に追い立てられるように外に出ると、自転車置場へ。
その向かう途中に、ふと胸に沸いた疑問をひとつ。

「…でも、タマちゃんでもレンタル屋さんで借りる事ってあるんだねえ。てっきり買っちゃうのかと」
「普段はそうなんですけど、販売版とレンタル版との違いをチェックしようかと…」
「あはは、あは、そっかあ」

その言葉を聞き、ややもすれば呆れ気味の自分の反応と…
”保護者”ユージのそれを照らし合わせてみると。
彼の目には些かのタマに対する倦厭も侮蔑もなく、
ただにそのような手に負えなさも含めて彼女なのだと、そういう気持ちがありありと表れている。
……やがて、1年生の置場が近付き、二人と離れると。ぽつり。

――――ちょっとだけ取り消し…やっぱ、エラいわ。ユージくん。

思う。いや、しかしそれだけでは少し足りないところがある。

――――それとも…あの子に付き合わされてれば……そりゃ、ああいう子にもなるのかね。

と、キリノがひとまずは結論付け、西陽に十分暖められたサドルに跨ると…
二人が待つ校門までは、ほんの僅かな時間であった。


▽▽▽


せーの、でぐいっと大きなガラス戸を押すと、チャイムの音が鳴り、
同時に冷房の効いた店内のひんやりした空気が流れ出す――――
レンタルビデオ屋”メテオン”。
あまり大きなお店ではないが、街中にあり便がよいので割といつも繁盛している。
品揃えは、中の上と言ったところ。週末には100円レンタルデーが実施され、その時期はいつも込み合う人気店である。
……ともかくも。

「んじゃっ、あたしビデオ返して来るから。ごゆっくりねーお二人さん」

と言い、まずキリノがその場を離れると、
楽しげに談笑しながらアニメのコーナーへ向かう二人。

―――やっぱり、お邪魔だったかな。

その背を遠目に見遣りながら、ふとそう思っていると。
軽くタマの方に熱が入ったらしく、ジェスチャーを加えながら何かを楽しげに解説している。
それをいかにも楽しげに聞いているユージ。いや、おそらく話の内容は殆ど分かっていないのだろうが…
肝心なのは”嬉しそうに何事かを話す女の子を楽しげに見ている男の子”という、その距離感。

―――…いいなあ。

向こうにも、それはまあ、色々な問題があるには違いない。
サヤと一緒になって笑ってしまった部分にしても、勿論そう。
しかし……いや、むしろ、だからこそ。
精神的な事はともかくとするにせよ、物理的にはいつも近くにいられるあの二人を…
自分の身を置く環境と比べてみればやはり、”羨ましい”と思うのも、キリノには無理ならぬ事ではあった。

「……で、ここに来てしまうと。あちゃー…」

自分も、よほど単純だ。
返却口にビデオを押し込み、軽く自嘲しつつキリノが立つ場所は、先日の…
変なカップルが主演の、変なオムニバスの、変なシリーズもののコーナー。
自己嫌悪にうんざりしながら手近なのをひとつ、手に取ってみると。
相変わらず、箱の裏にはぎっしりと小さい文字でストーリーが網羅されている。


それは小さな小さな恋のお話。
まだ片想いだった頃の女の子が、
彼のからかうような言動に振り回されながら
改めて自分の気持ちを確認していくお話。

「ふ~む…あたしも…」

これくらいちゃんと女の子女の子出来れば、何か違うのかな。
恥じらうよりも気安さ、切なさよりも楽しさの方が遥かに勝る今の関係においては…
そこに居心地の良さは覚えるものの、やはり普通の、こう――――ドキドキするような感じ。
それについては薄い、と感じざるを得ない。……満足は、しているのだけど。
続けてもう一本、その隣にあるものも。


眠りこける割合歳のいった王子様が、
お姫様のキスで目を覚ますお話…ではないけど。
こちらは幾らかサバサバとした性格をしている女の子が
そのエキセントリックな行動で周囲に奇妙な誤解を広める、と言うお話らしい。

「確かに、近くには…いられるんだよねぇ」

普段の自分の日常を、他人の目から客観的に見て…
自分と先生もこれくらい近くに居るようにも見えるのだろうな、とは何となく思う。
しかし現実はどうなのだろう。傍に居る時も、そうでない時でも。
”信頼”はある―――おそらくそれは自分に対してだけの特別な物だと、そう感じてもいい程のものが。
でも、それ以上となると……覚束無いのが現状、という気がする。

―――なんだか。詰まる所、欲求不満なのかいあたしは?

案外その程度の事が、包み隠さざる本音なのかも知れない。
急になんだか可笑しくなり、くすくすと笑みを零しながら次のを物色する…
すると次に手に触れたのは、決着編と脇に銘打たれたタイトル。
どうやら完全な続きものらしいが、構わず裏を覗くと。


それは少し、欲張りなお話。
前作から続く賭けを終えた主人公と女の子が、
実はその賭けに勝ち負けなど、初めから無かった事に気付き…
そして最後には、お互いに一番望む物を手に入れる事が出来た、二人のお語。

「……何でも、行動に移さなきゃ始まらない、か…」

それは他にも数多ある「成功例」を見てもつくづく思う。
もちろんそうするにも、問題は山積されているのだけど。
立場の事とか、断られた場合の事とか。……でも。

―――そんな事、先に考えてるのって、結局、臆病なんだろうなあ…

急になにか少し居た堪れなくなり、箱を置いて去ろうとするが、塞翁が馬。
もう一組の、ややこしい問題を抱えたカップルがそこにいる。

「キリノ先輩?どうしたんすか顔色悪いですけど」
「……ッ!?あ、あれ?お二人さんどーしたの?」
「アニメ、探してたのがすぐ見つかりましたから……あ、剣道」

隣のコーナーからタマが目敏く手にした箱には、
こうタイトルが振られている――――"ヒューマニストとエゴイスト"
キリノがまさか、と思いつつタマの手ごしに箱の裏面を覗き込むと……やはり。
夥しい文字を読み下していく二人の雰囲気が見る見る間に変化するのを、表情ではなく空気から感じ取る。

「……なんだか変なお話だね」
「…うん」

タマの手が一旦ケースを翻すと、正面のジャケットが見える。
その俳優の様子はやはり、キリノの目から見ても―――遜色なく、眼前にいる二人そのもの。
後ろにいるキリノのオロオロをよそに、何やらピリピリの雰囲気を残したまま話を続ける二人。

「…でも、俺だったら流石にここまでは気は回らない、と思うんだけど」
「……そんなことないよ」

簡単なやり取りではあるが…そこから察する事ができるには。
どうやら、どちらかと言うとユージよりもタマの方が
作品に自分たちを重ねて見ている傾向は強いらしい。
キリノは、その様子を一通り窺うと。

―――まあ、そりゃそうだよね。

思う。タマの気持ちは、おそらくは自分の気持ちとおんなじだと。
しかも自分とは違い、対象となる相手と一緒に見ているのだから…
これはもう、針の筵だと言ってもいいかも知れない。
そして実際にそんな戸惑いを覗かせつつ、次にタマが手に取ったタイトルは…


ライバルの出現により大きく変わっていく人間関係。
そこに戸惑いを覚えながらも、周囲の協力により、
正しい答えを掴み取って行く小さなヒロインの物語。

―――あ、あたしも出てるんだ。

後ろでキリノが覗き込みながら軽く一人ごちていると、
今度はタマの方が先に感想を述べる。

「……こんなに…」
「ん、どうしたのタマちゃん?」
「…なんでもないよ」

ユージには理解できず、
端で見ているだけのキリノには良く分かる、その言葉の続き。

―――素直になれない、よね、タマちゃん?

やはり、自分と重ねて考えた場合に。
自分もタマも、世間一般にイメージする所の「素直さ」がない、わけではないと思う。
……では何故、こんなにも「このこと」に対してその素直さは発揮されないのだろうか?
それはきっと、そのビデオのタイトルが示す通りの―――”初恋”なのだからではないだろうか。

―――そういう意味では、もしかすると自分の方がむしろタマちゃんよりも後輩なのかも?

何か、そのギャップに可笑しさを感じたキリノがにへら、とひとつ笑いを浮かべていると、
次にタマが手に取ったビデオは――――"「変わっていくもの」と「変わらないもの」"

それは叙情的に、しかし色鮮やかに綴られる、”数年後”の出来事。
大人になった二人が、尊い日々を通じ、満を持して結ばれる…お話。

「…タマちゃん」
「……ひへっ、な、なに?ユージくん」
「大丈夫?ボーっとしてたけど」
「う、うん。平気だよ…」

そのやり取りを後ろで眺めながら、うんうんと頷くキリノ。
おそらくタマは今、先週、「数年後」を見た時の自分と―――
同じような感覚を味わっているに違いない。
宙に浮くような、でもどこかで違うような、不思議な感覚。

―――ふふっ、そこはあたしは、一週間前に通過しているっ!

何を張り合おうとしているのかは自分でも良く分からないが、
とにかく得意気な顔をぶら下げたキリノがエッヘン、と反り返ると、
背中が後ろを行く人に当たる。

「あっ、すいませ…」
「…おい」

その低い、聞き覚えのある声が、三人をまとめてぎょっとさせる。

「せ、せんせー…?」
「お前らな、下校中に堂々と制服で寄り道すんなよ…」
『……スイマセン』

物色しながら屈み込んでいたのを慌てて立ち上がり、
微妙な緊張感を漂わせるユージとタマ……に、キリノ。
しかしコジローはぬっ、とキリノの方に手を伸ばすと。
身構えるキリノをよそに、後ろの棚からひとつ、ビデオを手にヒョイと持ち上げる。

「おっとと、あったあった」
「そ、それ…借りるんすかセンセー?」
「ん、んん…なんかマジマジ見られると恥ずかしいんだが…借りるよ、どした?」

コジローが手にしたそれは―――
やはりキリノが見ていたシリーズと同じ物。
何となく事情を察したユージとタマを含め、
三人が三人、そのタイトルと解説文に注目しようとするが…
そのコジローの手は照れ臭いのか、すぐに後ろ手に回してしまう。

「なっ、なんなんだよお前等、その熱視線は…俺が借りちゃマズいのか?」
「い、いえいえっ、センセーがそんなの借りるなんて、変なの、って思っちゃって」

キリノの微妙な疑問に、また照れ臭そうに頬をぽりぽりと掻くと。

「いや、これ…けっこう好きでさ。お話も面白いし。よく見てるんだ」
「……けっこう、好き…そうっすか。いや、ええと、んんん…」

そう言うなり、困惑のキリノがなかなか言葉を紡げずにいると。
少し訝しがりながらも、その様子が可哀想に思えてか、後ろの二人に話をふるコジロー。

「…そういやタマ、ありがとーな。面白かったよ、嵐の山の…何だっけ」
「……鉄巨人、です先生」
「おう、そーだそーだ。それそれ」
「…どこが良かったですか?」
「ん、あぁ、えーっと…」

うっかり発した、それが最後か。
曖昧な見方のコジローに、たちまちその場で開講されるタマの猛・講義。
キリノはとりあえず助かった、と胸を撫で下ろすものの…
もちろんその講義は他の2人をも巻き込み、ヒートアップ。
――――気が付けば、時間は19時を回っている。
それにどうにか気付いたタマがどうにかその勢いを鎮め、

「あ…ごめんなさい、つい…」
『い、いいんだよ……?』

辛うじて受講生三人がそう、ひねり出すと。
時計をちら、と見やり、さしものユージも疲れきった様子で、

「じゃ、じゃあタマちゃん、借りる物も借りられたし、帰ろうか…?」

と持ちかけると、その倍以上も憔悴したコジローとキリノも深くそれに賛同する。
そうしてタマの方も少し渋りながら頷くと、さよなら先生と部長、と言い残し、去っていく二人。
それに対して、気をつけて、という言葉がハモったかと思うと…
復活してきた少しの気まずさを含みつつ、目線を合わせないでそこに立つ、もう二人。

「…で、お前は帰らないの、キリノ?」
「いえ…なんとなく…」

自分が帰るに帰られない理由はもちろん、わかっている。
先生が棚から抜き取ったあのタイトル。

―――あれは結局、何だったんだろう?

見てみた所で、別にどうなると言うわけでもない。
しかし、直接聞く事は出来ずとも……気にせずにはいられない。
すると―――こつん。キリノの額に軽く当てられる、ビデオケースの角。

「面アリ、ってか?」
「えっ…え?」

そのまま狼狽するキリノの手に、笑顔と共に、渡される箱。

「お前の考えてる事くらい、分かるっての……ほら」
「これ……」
「あいつらの前じゃ、流石に恥ずかしいだろ?……まだこんなに、カッコよくはいかないけどさ」

そこに記された、そのタイトルは―――――