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ウ(私は川添さんに苦戦の末、勝利した。勇次と一緒に優勝するという約束も果たした。なのに……)

 ウラの脳裏に焼きついているのは試合後の珠姫の表情。最初は悔しそうだった。しかし少しして笑顔で握手を求めてきた。
 そして珠姫の瞳には更なる闘志の炎が宿っていた。あんな子は初めて見た。興味を持ったのだ、勇次だけでなく珠姫に。

ウ(知りたい。室江高校の、勇次の、そして川添さんの力の秘密を。でも九州(ここ)はそれを知ることはできない)

 ウラは決心した。自分に足りないもの、自分が求めるものを探し、手に入れるために

ウラ父「ウラ……何て言った?」
ウ「はい、父さん。私、室江高校に転校します。自分に足りないものを探す為に、そして川添さんと勇次と共に自分を磨く為に」
ウラ父「剣道を再開したのは嬉しい! だがしかし、父を置いて転校だと! 父は認めんぞ! そもそもユウジとは誰だ!」
ウ「関係ありません。肝心なのは、私の意志ですから。それと勇次は私の将来の伴侶です。異論を聞く気もありませんから」


 室江高校に新しい風が吹くまであと少し。その風がそよ風になるのか、嵐になるのかはまだ誰も知らない


玉竜旗大会も無事に終わり、時は8月下旬の真夏日。珠姫と勇次は室江高校へ向かっていた
いつもなら部活が目的なのだが夏休みの宿題が終わっていない部員のフォローも兼ねていた
珠姫と勇次は自転車登校なのだが、自転車の走行音は一つだけだった

タマ「ユージ君、あたし重くないかな?」
ユ「そんなことないよ。おんぶでも抱っこでも平気なくらいだよ」
タマ(してもらおうかな……)

そう、珠姫と勇次は二人乗りで登校していた。これは玉竜旗大会が終わってから始まったことである
当然ながら親バカ珠姫父は猛反対。しかしなぜか『この世ならざる剣気』にあてられ、有耶無耶のうちに許したのだった
二人が仲睦まじく登校していると勇次の携帯から着信音が鳴り響き、勇次は自転車を優しく停めると携帯を見始めた

ユ「あ、ウラさんからのメールだ。…………へぇ、そうなんだ」
タマ「(榊さん、いつの間にユージ君のアドレスを……)ど、どうかしたの?」

勇次が『ウラ』の名前を出した途端、珠姫はちょっと不機嫌になった。これがヤキモチだということはとっくに理解していた
努めて冷静に尋ねた珠姫だったがちょっと噛んでしまい動揺してしまった。しかし鈍感な勇次は気付いていなかった

ユ「うん、ウラさんがね、9月に室江に来るんだって。タマちゃんもウラさんに会いたいでしょ?」
タマ「そう、だね。でも9月なんて半端な時期に遊びに来るんだね」
ユ「……まあ、ウラさんってマイペースだし、大胆な所もあるし……ね」
タマ「(むぅ……)急いで! ユージ君。早くしないとみんなが待ちくたびれてるよ!!」

勇次の言葉の不自然の間に、珠姫は勇次が玉竜旗大会でのウラからのキスを思い出していたことをすぐに見抜いた
ヤキモチを焼いた珠姫の大声に勇次は驚きながらも自転車に乗って室江高校へと急いだ
その際、珠姫は勇次の背中に決して大きくは無いが柔らかく弾力のある胸を押し付けていた

ユ「タ、タタタタタマちゃんの胸が俺の背中に!! 何で? どうして? いや、今は全力で漕ぐことを考えよう!」
タマ(ユージ君、耳まで真っ赤にしてる。あたしのこと意識してくれてるんだ、嬉しいな。今度からたまにやってみようっと」

今回の珠姫の行動に鈍感な勇次もパニック状態に陥った。珠姫の胸の感触を背中に感じ、大いに珠姫を意識していた
首謀者の珠姫は勇次の耳が真っ赤にしているのを見て、心の中で喜んでいた。彼女の背中にいる『何者』も同様だった
煩悩を振り払うが如く、勇次は一心不乱にペダルを漕いであっという間に室江高校に着いた。そして急いで道場へと走った。すると、

サト「うわああああああああん!! ユージくん、タマちゃん、助けて~~~」

道場で大泣きしてる聡莉が目に飛び込んできた。そのお陰で、さっきのウラのメールの件も珠姫の胸の感触も一時的に忘れてしまった
どうやら聡莉は夏休みの宿題を何故かボールペン(しかも赤、青、紫)でやってしまったあげく、正しい答えがたった2割
しかも宿題『だけ』は全て終わっていたので始末が悪い。顧問のコジローも一緒になって聡莉の宿題のやり直しをしていた
結局この日は聡莉の作業だけで一日を費やしてしまった。ウラのことを忘れていた珠姫と勇次は、2学期になって驚くのだがそれはまた後の話。





二学期が始まって一週間。聡莉は全力で自転車を漕いでいた。遅刻しそうな時間帯でもないというのに
はっきり言うと聡莉は追われていた。七色のモヒカンとピンクのあごひげを蓄え、トゲトゲを付けて所々を破ったりして改造した学生服を着た男に
聡莉は半泣きしながら、追われるまでの顛末を回想していた

サト(岩石も犬も避けられたのに、寝タバコしてるあの人はしっかり轢いちゃうなんて私のドジレベルってどんだけなのー!)
チ「待てやボケアマ! 人の寝タバコタイム邪魔しくさって速攻逃げるたぁいい度胸してんじゃねーか!」
サト(轢いたことはどうでもいいの? 絶対におかしいよ、あの人! 何が何でも振り切ってみせる!)

聡莉は道の真ん中に落ちていた岩石と犬を連続ジャンプで見事に回避してみせた。しかしその後の寝タバコしてるチンピラだけは轢いてしまったのだ
確かに聡莉は生粋のドジっ娘だが、今回に限って言えば単に運が無かっただけである
自転車と生身での走りなので差は広がっていた。もう少しで振り切れたのだが、聡莉が急に止まってしまった
見れば歩行者用信号が赤だった。信号を守っている場合ではないのだが、真面目な聡莉は律儀にも信号を守った
反射的な行動に聡莉は混乱していた。だから気付かない。彼女の横にいる、この辺りでは見かけない紺のロングスカートの制服を着た女子高生を

サト(バカーー! 私のバカーー! 交通ルールは大事だけど今日だけは……)
チ「ゼェ、ゼェ、ゼェ……。よ、ようやく、止まりやがったか。○○とか△△とか××とかしてやっからな」
サト「ああ、さようなら、私の家族。そして剣道部のみんな、今までありがとう」

今日ほど自分の真面目さを後悔したことは無かった聡莉。その間にチンピラが追いついてしまった
チンピラが並べ立てる言葉の意味は分からないながらも、聡莉は普通の人生との別れを予感していた
いやらしい感じで聡莉へと手を伸ばしてくるチンピラの手を誰かが払い除けた。それは聡莉の横にいた見慣れない制服を着た女子高生だった
黒のストレートのロングヘアーをなびかせて、女子高生はチンピラから聡莉を庇うように体を移動させた

?「彼女が何をしたかは知らないけど、女性に対してその振る舞いは許せない。勇次の爪の垢を煎じて飲ませたいわね」
チ「てめぇ! なに邪魔してくれてんだコラ! てめぇもまとめて料理してやんぜ! つーかその前にボコる!」
サト(え?? どうしてこの人がここに??)

自身の行動を邪魔されたことに腹を立てたチンピラはいきなりその女子高生に拳を振り下ろした
しかしその女子高生は難なく避けて、学生鞄から脇差程の大きさの木刀を取り出し、延髄と後頭部に一発ずつ打ち込んた
崩れ落ちるチンピラを背に女子高生が聡莉の方へと近づいて来た。聡莉はそこでようやくその女子高生の正体に気付いた
女子高生が聡莉に話しかけようとしたが、後ろからチンピラのうめき声が聞こえてきたので、方向転換して木刀を構え直した

チ「て、てめぇ、やってくれんじゃねぇか……。許さねぇ、てめぇらもユウジって『ベキッ! ゴスッ! ドカドカッ! メキャッ』……」
?「勇次に手を出すとか言わなければ一撃で済ませようと思ったのに。でもこれなら記憶は「あ、あの、榊さん」ん? あなた確か、東さん?」
サト「わ、私のことを覚えていてくれたんですか? 光栄です! でも、助けてもらっておいて何ですけど、これは……」

女子高生、ウラは助けた人物が聡莉ということに今の今まで気付かなかった。チンピラを相手にすることに集中していたのだ
聡莉は現時点で剣道最強の女子高生であるウラが自分のことを覚えていてくれたことが嬉しかった。反面、チンピラに対する容赦の無さに驚いていた

ウ「あなたは決勝で私達相手に二人抜きをしたのだからよく覚えてるわ。それとそこの男のことは気にしないで。勇次に手を出す輩には当然の報いよ」
サト「な、なるほど、私も肝に銘じておきます。ところで榊さん、今日はどうかしたんですか?」
ウ「私、今日から室江高校に通うことになったの。よろしくね東さん」
サト「へー、そうなんですかー、おめでとうございますー…………えええええっ!」
ウ(やはり室江高校の剣道部のみんなは面白いわ。放課後が楽しみね。早く会いたいわ、川添さん、そして私の勇次)

実はウラは室江高校剣道部『部員』のことはよく覚えていた。とりわけ、聡莉は印象が強い方だった
ウラは聡莉からの質問に冷静に返した後の、ノッておいて驚くという聡莉のリアクションを心底楽しそうに見ていた
こんな個性的な面々がいる室江高校剣道部と本格的に出会うことになる放課後を楽しみにするウラであった



ウラと聡莉が運命的(?)な出会いをしている頃、珠姫と勇次は今日も仲良く一緒に登校していた。もちろん勇次の自転車での二人乗りで
とはいえ二人乗りは基本的に認められていないので、勇次は学校が見えると自転車を止めて珠姫を降ろしていた
そこからは歩いての登校である。珠姫と勇次では体格に差があるので歩く早さに差が出るのが普通だが、勇次は珠姫に歩幅を合わせてくれていた
勇次としては無意識なのだが、珠姫はその気づかいがたまらなく嬉しかった。その嬉しさを表現する為に珠姫は毎日、勇次の手を握ってきた。勇次も拒む事はしなかった

「タマちゃん、わざわざ駐輪場まで付いてきてくれなくてもいいんだよ? 俺だったら別に一人でも平気だから」
「迷惑……かな?」
「え?」
「あたしはただ、ユージ君とこうして少しでも一緒にいたいだけなんだけど、ユージ君が嫌なら手を握るのも……」
「そ、そんなことないよ! 迷惑だなんて思ってないから! タマちゃんに負担が掛かってるんじゃないかって思っただけで、タマちゃんのことが嫌とか全然無いから!」

勇次としては優しくしたつもりだった。しかし珠姫にはその言動がショックだったのか、落ち込んでしまった
珠姫が落ち込んだのを見た勇次は本気で驚いていた。どうして珠姫が落ち込んだのか一瞬理解出来なかったが、理由がすぐに分かるとすかさず珠姫を宥めた
拒絶されなかったことが珠姫は嬉しかった。その気持ちを表すかのように、握っている勇次の手を少し強くした
いくら鈍感な勇次でも先の珠姫の言動、ここ最近の珠姫の行動にはドギマギさせられていた。珠姫がこうなった原因を勇次は思い返していた

(これってやっぱりウラさんが原因だろうなぁ。タマちゃんがここまで独占欲強いとは思わなかったな)
(よかった、ユージ君に嫌われてなくて。ユージ君に嫌われたら今のあたし、どうなっちゃうのかな?)
(確かに最近のタマちゃんは大胆だけど、タマちゃんはあくまで妹みたいなものだから欲情するのはマズイよな。タマちゃんも俺のこと、兄貴みたいなものだと思ってるだろうし)

原因は正しく見抜いていたが、珠姫が抱いている気持ちにも自分自身の気持ちにも大きな勘違いしていた勇次。ここで勇次らしさを出す辺りが彼らしい
考え込んでる間に、二人は駐輪場に到着していた。勇次が自転車を停める作業に入ったので珠姫は一時、勇次の手を離した
勇次が自転車を停めて珠姫の所へやって来ると、そっと手を差し出した。さっきの続きをするつもりだった勇次だったが、珠姫はその手を取らなかった
珠姫は上目づかいで勇次を見つめた。最近の勇次はこの動作に逆らう事が出来なくなっていた

「タ、タマちゃん……? えっと、さ、さっきみたいに手を繋いで登校するんじゃないの?」
「ね、ねえ、ユージ君。腕を組んでもいいかな?」
「…………え? な、何で?」
「あ、い、嫌ならいいの。ごめんね、変な「い、いいよ」ホ、ホント? ありがとう、ユージ君」

勇次は珠姫の提案が理解出来ていなかった。しかし珠姫の悲しげな表情を見て、深く考えるのを止めて珠姫のお願いを聞き入れた
嬉しくなった珠姫はギュッと勇次の腕に自分の腕を絡めてきた。その際、珠姫の小さくも柔らかい弾力のある胸が勇次の腕に当たっていた
そのことに珠姫は気付いていなかった。天然な行動の結果だった。しかし気づいている者はそれどころではなかった

(まただ! またタマちゃんの胸が! 落ち着け、落ち着け俺! タマちゃんは幼なじみ、タマちゃんは妹みたいなもの……)
《でかしたわ、タマキ! わが娘ながら天然にして最高の手よ! あの榊って娘がいないうちにユージくんのハートをゲットよ!》

勇次は自身の腕に感じる珠姫の柔らかな胸の感触と必死で戦い、珠姫の守護霊たる母親の椿は娘の行動を我が事のように喜んだ
珠姫は自分のしたことに気付くことなく、勇次と腕を組んで登校できる喜びで一杯だった。そして勇次と共に校舎へと向かった
室江高校の誰もが珠姫と勇次のことは『単なる仲良し兄妹』としか見ていなかった。ある二組を除いて
一組は室江高校屈指のバ……ラブラブカップルの都と段十朗、もう一組はさっき出会ったウラと聡莉である。



 駐輪場へ自転車を走らせていた都と段十朗はその途中で、腕を組んで校舎へ向かっている珠姫と勇次を見かけた。
 自転車を駐輪場に停めた都は後部座席から段十朗が降りるのを待つと、どちらからともなく手を繋いで校舎へと歩き出した。
 その途中で二人の話題に上ったもの、それは先ほど見かけた珠姫と勇次、正確にはここ最近の珠姫のことであった。

「さっきもそうだけど最近のタマちゃんってユージくんに積極的にアプローチするようになったよね、ダンくん」
「そうだな~。悪くない傾向だが、俺にはちょっとタマちゃんらしくないように見えるぞ~」
「ダンくんもそう思った? 実はあたしも。玉竜旗の後からだからいきなりってわけじゃないけど、タマちゃんの場合は急ぎ足に見えるのよね」

 玉竜旗大会以降、勇次への想いを完全に自覚した珠姫は勇次に対して積極的になっていた。
 その積極的な珠姫の行動に剣道部部員も顧問の虎侍も最初は驚いていたが、徐々に慣れてきて珠姫の成長の顕れとして受け止めていた。
 しかし中には都や段十朗のように珠姫の成長を喜ぶ反面、焦りとも感じられる行動を懸念する者もいたりする。
 都は珠姫が勇次に対して積極的な行動を取るようになった一番の原因のことを思い出していた。

「榊さん、か。ユージくんに惚れていきなりキスする行動力は侮れないけど、タマちゃんが焦ることはないと思うのよねー」
「たしかにな~。でもタマちゃんにしてみたら榊さんの登場はタマちゃんの人生の中でトップクラスのインパクトだったんだ。焦るのも分かる気がするぞー」
「それはそうかもしれないけどその榊さんは福岡でしょ? ユージくんとはあれ以上の接点は無いみたいだし、タマちゃんの取り越し苦労よ、きっと」

 実はこの時点では都も段十朗も、勇次とウラが玉竜旗大会が終わってからメールのやり取りを行っていることは知らないのだ。
 その事実を知っているのは珠姫だけであり、このことも珠姫の積極的行動に拍車を掛けていたりする。
 都の考えに段十朗はキリッとした顔(都にしか分からない)で、自分の考えを都に伝えた。

「恋愛は理屈じゃないんだ。時にはらしくない行動に出てしまうこともある。でもそれも全てタマちゃんの成長につながるんだ。タマちゃんだけじゃない、ユージも、そして榊さんも」
「ダンくんステキ! そうよね、今のタマちゃんはらしくないけどそれが成長につながるならあたしたちがとやかく言うのは止めた方がいいわよね」
「そのとおりだぞミヤミヤ。俺の気持ちをカンペキに察してくれるなんてさすが俺の彼女だな。ミヤミヤが彼女で俺は幸せ者だぞ」
「もうダンくんったら♪ あたしもダンくんが彼氏で幸せ者よ(まあタマちゃん達のことはあたし達が言わなくてもきっと……)」

 段十朗の言葉を聞いた都は彼の言い分に納得して、珠姫達の行動に何も言わないことを決意した。
 二人は人が近寄りがたい甘ったるい雰囲気を出しつつ歩いていたが、それは都が黙って考え込んでしまったことで消えてしまった。
 いきなり黙ってしまった都を見た段十朗は、都の具合が悪くなったのではと心配になって都のことを見つめていた。
 段十朗の視線に気付かないで考え込んでいる都を現実に引き戻したのは、彼女を心配する段十朗の呼びかけだった。

「……ヤミヤ、ミヤミヤ。どうかしたのか?」
「えっ? 急にどうしたの? ダンくん」
「急にじゃないぞー。何度呼びかけても返事が無いから心配したぞ」
「大丈夫、ちょっと考えごとしてただけだから。心配してくれてありがとうダンくん」

 都は段十朗に心配をかけて申し訳ないと思うと同時に、段十朗が心から心配してくれたことを嬉しく思いつつ校舎へ入っていった。
 段十朗は都を彼女のクラスへと送り届けると自分のクラスに向かおうとしたが、都の後ろから近づいて来た人物を見て足を止めた。



「お早う、栄花くんにミヤミヤ。今日も二人とも仲がいいね」

 都と段十朗の前に現れたのは、二人よりも先に校舎に入っていった勇次だった。
 本当ならすでに自分のクラスの1組にいるはずの勇次がどうして逆方向からやって来たのかを尋ねようとした都だが、勇次が自らその理由を語った。

「おはよう、ユージくん」
「おはようだぞー、ユージー」
「お早う。いやータマちゃんったらなかなか腕を離してくれなくってさ、今さっきタマちゃんのクラスに送ってきたばかりなんだ。慕われるのは嬉しいんだけどね」

 端から見ればただの惚気に聞こえなくも無い勇次の説明だが、勇次本人にその気は全く無かったりする。
 そんな勇次の説明を聞いた都と段十朗は、心の中で今の勇次についての感想を述べていた。

(はぁ? 何さわやかに言ってんの、この無自覚二股男は。ダンくんの友達じゃなかったら木刀で殴殺ものね)
(ようやくユージにも甲斐性が出てきたかー。普通ならいいことだけど、今のユージだと問題があるから困ったもんだ)
「どうしたの? 二人とも。俺の顔に何かついてる?」

 黙り込んでしまった二人を見た勇次が自分に何かあるのではと尋ねたが、二人は首を横に振って否定した。
 安心した勇次がふと時計を見ると、いつの間にか朝のHRが始まる時間になっていたので段十朗を促して自分のクラスに戻ろうとした。
 しかし勇次はその前に都に対して頭を下げて謝った。

「栄花くん、そろそろ教室に向かわないと間に合わないよ。急ごう! あ、それとゴメンねミヤミヤ。今日の昼休みなんだけど……」
「分かってるわよ。タマちゃんと屋上で二人っきりでランチなんでしょ? あたし達は気にしてないから大丈夫よ」
「本当にゴメンね。俺としてはやっぱりみんなでお昼したいんだけど、タマちゃんにせがまれちゃって」
「(だから気にしてないって言ってんでしょ! まったく面倒な男ね!)だから平気だって。タマちゃんのお願いくらいはちゃんと聞いてあげないと、ね?」

 そう、二学期に入ってからというもの、勇次と珠姫は二人っきりで屋上でお昼を過ごしていた。
 最初は剣道部員の誰もが驚いていたが、ここ最近の珠姫の行動を見ていたのですんなりと受け入れられた。
 むしろ珠姫の恋する乙女的行動に勇次以外の人間はとても微笑ましく、また珠姫の成長を嬉しく思っているほどだ。
 内心では勇次に対して毒づいている都からの言葉を受けた勇次は都に会釈すると、先に行っている段十朗に追いつく為に早歩きで追いかけた。

「ユージ、タマちゃんとのお昼デートのことで俺たちに気を遣うことなんてないんだぞー」
「デ、デートとかじゃないから! ただ一緒にお昼ご飯を食べてるだけだから! か、からかわないでよ栄花くん」
「でもまー、榊さんがいたら自粛しないといけないだろうなー。よかったなユージ、榊さんが九州で」
「栄花くん、それはちょっと笑えないよ……(あ、そういえば夏休みのあのメールってまさか……)」

 早歩きで追いついてきた勇次に段十朗が軽くからかいの言葉を投げかけると、勇次は顔を赤くさせて否定した。
 その後でウラの名前を出されるとさすがに勇次も笑えなくなり、それと同時に夏休みにもらった一つのメールのことを思い出し、ある可能性が頭をがよぎった。
 勇次が導き出した可能性の通りにウラが転校してきて、しかもすでに室江高校にいることなど勇次は知る由も無かった。

---

 時は珠姫と勇次が腕を組んで校舎へと入っていった頃まで遡る。
 都と段十朗とは違う角度から珠姫と勇次の仲のいい様子をついさっき学校に到着したウラと聡莉が目撃していた。
 駐輪場に向かっていた二人だが急にウラが黙り込んで立ち止まってしまった為、聡莉も動くに動けなかった。

(どうしよう……。朝からタマちゃんとユージくんのあんな姿を見て榊さん怒ってるのかな? 私に出来ること……何もないよー!)

 聡莉はウラが立ち止まった原因がさっきの珠姫と勇次と思い、自分ではどうしようもないことを理解するとパニックに陥った。
 その場で立ち往生してしまった二人だが、実はこの時点でもの凄く注目を浴びていることに全く気付いていなかった。
 片や他校の制服を着ていて凛とした美しさが目を引くウラ、片や玉竜旗大会で優勝したメンバーの一人でドジっ娘剣道少女として有名になった聡莉、注目されるのも当然だった。
 少ししてウラが歩き出したのを受けて慌ててウラに付いて行った聡莉はさっきの珠姫と勇次のことを聞いてみた。

「あ、あの榊さん。さっきのタマちゃんとユージくんのことなんですけど……怒ってます?」
「怒る? どうして私が? 羨ましいとは思ったけど怒ってはいないわ」

 ウラは聡莉の質問の意味が本当に分からないといった感じで小首を傾げながら聡莉の質問に答えた。
 聡莉はというと、ウラの答えが意外過ぎて一瞬だけ頭が真っ白になったがすぐに落ち着きを取り戻して再びウラに尋ねた。

「でもさっき榊さん、急に立ち止まって黙り込んだじゃないですか。あれって怒ってたんじゃなかったんですか?」
「なるほど、東さんにはそう見えたのね。心配させたようでごめんなさい」
「い、いえ、勘違いしたのは私の方ですから……。じゃあさっきはどうして急に立ち止まって黙り込んだんです?」
「川添さんの積極的な行動に感心してたのと、これから私がどうやって勇次にアプローチするかを思案してたのよ」

 いきなりウラが謝ってきた事に、聡莉は戸惑いつつもウラが思ったよりも素直な性格をしてるのだと感じた。
 その後のウラの急に立ち止まった理由を聞いた聡莉はただただ驚くしかなかった。

「それだけなんですか? タマちゃんがユージくんにベタベタしてるのが許せないとか思わないんですか?」
「どうして? 私と勇次は恋人同士じゃないわ。私が勇次に一目惚れしただけ。そんな私が川添さんの行動をとやかく言う権利があると思う?」
「た、確かにそうですね……」
「今日こうして川添さんが勇次にアプローチしてる姿を見て思ったわ。やはり川添さんは私のライバルに相応しいって。もしも何もしてないのなら拍子抜けしてたけど」

 聡莉がウラの考え方に感心していると、気付いたら駐輪場に到着していた。
 ウラがわざわざ自分に付いて来てくれた事を嬉しく思いつつ、聡莉はウラに職員用玄関までの道のりを教えた。
 別れ際に聡莉はウラに会った時から気になっていた一番聞いてみたいことをウラに尋ねた。

「どうしてウチの学校に転校してきたんですか? もしかしてユージくんと一緒にいたいからなんですか?」
「それもあるわね。勇次のことをもっと知りたいし、傍にいたいと思ったから転校してきた。でもそれだけじゃない。知りたいの、室江高校剣道部の強さの秘密を」
「わ、私たちの剣道部の秘密ですか? 無いと思いますよ、そんな大層なものは。明るく楽しいくらいしか……」
「そうゆうところよ、私が知りたいのは。私には無いものをあなた達は沢山持ってる。ここなら私は今以上に強くなれる、そんな気がするの」

 ウラの転校の理由に勇次のことが含まれていたことは予想通りだったが、剣道部が理由ということは聡莉にとっては予想外だった。
 自分の部活の様子を思い浮かべていた聡莉はとてもウラが求めるようなものは無いと思っていたが、ウラの迷いの無い表情を前に下手なことは言えなくなった。
 そしてそれぞれが向かう場所に歩き出そうとした時、意外な一言が聡莉の耳に入ってきた。

「今朝はありがとう聡莉。また放課後に……どうかした?」
「あの、今、私のことをサトリって……」
「あなた達はお互いのことを名前やあだ名で呼び合っていたから私もそれに倣おうって思ったんだけど、いきなりで不快に思ったかしら?」
「そんなことないです! むしろとても嬉しいです! みんなのことも名前で呼んであげると喜ぶと思いますよ。私も榊さんのこと、名前で呼んでもいいでしょうか?」
「そうしてくれると嬉しいわね」
「分かりました! じゃあ放課後に道場で。ウラさん」
「ええ、またあとでね聡莉。放課後、楽しみにしてるわ」

 ウラが自分のことを名前で呼んでくれたことに、聡莉はウラが自分達に歩み寄ってくれていることがとても嬉しかった。
 そのウラもまた、自分が少しづつ変わっていることにわずかな戸惑いと感じつつも、今の気持ちはとても心地良かった。
 そして今度こそウラは職員用玄関へ、聡莉は教室へと向かった。
 しかし少しして聡莉はとんでもない大ポカをやらかしてしまったことに気が付いた。

(しまったー! ウラさんに職員室の場所を教えるの忘れてたー!!)



 聡莉がウラに職員室の場所を教えなかったことに気付いた頃、ウラも聡莉に職員室の場所を聞かなかったことに気付いた。

(いくら職員用玄関の場所を聞いても職員室がある場所を聞かなかったら意味が無かったわ。ちゃんと聡莉に聞いておかなかった私のミスね)

 聡莉が大ポカと捉えていたことをウラは自分の落ち度と反省していたが、この場合はウラの判断が正しい。
 ウラは改めて近くの生徒に職員室を聞こうとしたが、周りの生徒はウラを遠巻きに見ているだけでウラに近づこうとしなかった。
 
(この時期に転校して来た私は、ここの生徒からしたら異端なのかもしれない。みんなが避けるのも無理ないわね。男子からの視線が多いことが気になるけど)

 ウラはこのように考えていたが、実際はかなり違っていた。
 室江高校の生徒はウラを避けていたというよりは近寄りがたかっただけなのである。
 ウラ自身は自覚は無いが、彼女は美少女というカテゴリーに入っており、それゆえに男子からの注目は高かった。
 さらにウラが持っている凛々しい佇まいは女子を惹き付けるが、その凛々しい佇まいゆえに誰一人として近寄ることが出来ないのが現状だった。
 途方に暮れていたウラだったが、人気の無い階段の横の死角になっている場所から聞き覚えのある声がしたのでそちらへと向かった。

「はい先生。今日も愛情たっぷりの特製キリノ弁当ですよー」
「いつも悪いなキリノ。それにすまんな、俺たちが教師と生徒って関係のせいでこんなコソコソさせる羽目になっちまって」
「それは言いっこナシですよ。あたしはこうして先生と一緒にいられるだけで嬉しいんですから」

 ウラが目撃したのは、見た感じ恋人としか思えない雰囲気を出している虎侍と紀梨乃だった。
 とても職員室の場所など聞ける雰囲気ではないのでウラは黙って去ろうとしたが、

(やっぱり石田先生と千葉さんだったわね。この二人、恋人同士だったのね。意外とお似合いのカップルに見えるわ。私も勇次とああなりたい……あ)
「ありがとなキリノ。俺もキリノに好かれて、キリノを好きになって本当に良かっ……さ、榊?」

 二人の仲のいい姿を見て、自分も勇次とああなりたいと考えていて去り損ねたウラと虎侍の視線が合ってしまい、その場を動けなくなってしまった。
 虎侍の言葉が途切れたことを不審に思いながらも、紀梨乃は虎侍の視線が自分に向いていないことに気付いた。
 紀梨乃は虎侍が今、この時間で彼氏たる虎侍が自分以外の女性を見てると直感で感じ、虎侍の襟首を掴んで自分の顔の正面へと向けさせた。

「先生ひどいですよ! あたしというかわいくてピチピチな恋人がいながら他の女の子に目移りするなんてー。あたしのこと、飽きたんですね、シクシク」
「(自分でかわいいとか言うなよ……いやかわいいけど)わ、悪い。でもな、分かりやすいウソ泣きは止めろ。いや、そーじゃなくて実はそこにいるんだわ、榊が」
「榊ってあの榊さんですか? どれどれ……あーっ! ホントだ、榊さんだよ!」
「お久しぶりです石田先生に千葉さん。今日からよろしくお願いします」

 虎侍が紀梨乃の後ろを見るように促すと、紀梨乃は言われるがままに振り返った。
 紀梨乃はウラの姿を確認すると、ウラがここにいることの不思議よりも喜びが勝ったのかウラに抱きつこうとした。
 しかしウラが突然、礼儀正しくおじぎをして挨拶してきたので紀梨乃は勢いをそがれてしまい、虎侍と共にウラに倣って頭を下げた。
 ウラと紀梨乃と虎侍、この三人の出会いは妙な場所と妙な雰囲気という、妙な出会いだった。

 ウラ本人にその気は無いのだが、今の彼女の立ち位置は紀梨乃と虎侍の教え子と教師という秘密の恋人の逢瀬に割って入った闖入者である。
 普通の人ならそそくさと逃げる所だが冷静かつマイペースなウラは、その場から逃げることなく二人にフォローを入れた。

「安心して下さい。お二人のことは秘密にしますから。大丈夫、桃竜にも教え子と教師のカップルがいましたが順調のようでした。さあ続きを」

 フォローに全くなっていないウラのフォローに、紀梨乃も虎侍もただただ呆然とするしかなかった。
 もちろんウラが促すように先程の続きを行うような精神は二人には無いので、今日の朝の逢瀬はこれにてお開きである。

「いや、続きって言われてもなぁ……」
「そうだよねぇ、人に言われてすることでもないし、榊さんが見てるのにいちゃつくのは……」
「ああ、確かに千葉さんの言う通りですね。すみません、失念してました。私は席を外しますのでその後でお二人は先程の続きをどうぞ」

 しかしマイペースなウラは紀梨乃の言葉を受けて、席を外した後でなら先程の続きをすると判断して踵を返した。
 立ち去ろうとするウラの肩を虎侍は慌てて掴んで引き止めると、一番気になっていたことをウラに尋ねた。

「待て待て待て待て! もう今朝の用事は済んだから榊はここにいていいんだぞ! ……そういやぁどうして榊がここにいるんだ?」
「はい。今朝、偶然にも聡莉と出会って職員用玄関の場所を教えてもらったのはいいのですが職員室の場所を聞くのを忘れまして。困っていた所にお二人の声が聞こえてきたので……」
「へー、榊さんってさとりんに会ったんだー。ところでさ、さとりんのことは名前で呼んでるのは何で? あたしもキリノって呼んで欲しいなー♪」
「それは、私もあなた達に倣って名前で呼ぶことにしたけど、いきなりは不躾かと思って。聡莉は喜んでくれたけど、こういったことは私苦手でどうすればいいのか……」

 初めて見るウラの困惑した表情を見た紀梨乃はウラの不安を取り除くかのように、そっとウラを抱きしめた。
 いきなりの紀梨乃の行動に最初は戸惑ったウラだが、紀梨乃に優しく抱きしめられた効果なのか安心を覚え、気付けば先程の不安は霧散していた。

「大丈夫だよ。うちの部員はみーんな榊さんを受け入れてくれるから。だから安心してみんなと接してくれればいいから。ね?」
「……ありがとう紀梨乃」
「いやいやそんなー。あたしは大したことしてないよー。ところでニックネームなんだけどウラランかウラ様、どっちがいい?」
「(ウラランはともかくウラ様って偉そうで困るわね)じゃあウラランでお願いするわ」
「おっけー。じゃあこれからよろしくね、ウララン♪」

 本当は普通に名前を呼んで欲しいウラだったが、紀梨乃の厚意を無碍に出来ないので無難にウラランのニックネームを選択した。
 ようやくウラと紀梨乃の自己紹介が終わったと判断した虎侍は再度、ウラに転校してきた理由を尋ねた。

「やっと自己紹介みたいなのが終わったな。榊、さっきの質問の答えだけどな、それは俺が知りたい答えじゃない。どうしてお前がウチの学校にいるんだ?」
「簡単なことです。今日から私、室江高校の生徒ですから。石田先生は教師なのですから私が転校してくることは知ってるのではないのですか?」
「あ、あーあー、そういえばそんなこと言ってたっけなー。それはまあいいとして、転校の理由はやっぱりユージなのか?」
「当然です。勇次と同じ学び舎、同じ部活で二人の時間を大切に育む為の転校でもあります。それに愛する人の傍に居たいと思うのは至極当たり前のことですから」

 虎侍はからかうように勇次の名前を出して転校の理由を尋ねたのだが、ウラの迷いの無い転校の理由と勇次への想いの告白を聞いて、ちょっとだけ尊敬した。
 そして好きなものに対してハッキリとした性格が何となく珠姫と似てる、紀梨乃と虎侍は揃ってそう思った。

 それから虎侍はウラを職員室へと案内する為に紀梨乃と別れたのだが、いつもしているキスが出来なかったことを残念に思っていた。
 職員室に通されたウラは今日からお世話になる担任を紹介されてクラスへと案内された。
 担任に紹介されてから入ってくるように言われたウラは上を見上げて、自分のクラスが2年5組だということを理解した。

「では今日から新しいクラスメートを紹介します。榊さん、入って」

 教室から担任の呼ぶ声が聞こえたので、ウラは教室の扉を開けたがそこで思わぬ歓迎を受けた。

「あーーーーっ! あんたは福岡の桃竜学院の榊心じゃないのーー!」
「(まさかこんな歓迎を受けるなんて予想外だったわ)というわけで鞘子から紹介を受けたように、福岡から来ました榊心です。みなさん宜しくお願いします」

 いきなりの鞘子の絶叫にも似た自分の自己紹介をされてしまったウラだが、この先が楽しみだという気持ちも生まれていた。
 なお鞘子だが、ウラが転校してきた事実に思考回路がストップしてしまい、二時間目が終わるまで固まったままだった。



 昼休み、勇次と珠姫以外の剣道部員は道場で昼食を摂っていた。
 二学期に入るまでは青空の下で健康的なランチタイムを楽しんでいたのだが、二学期に入ってからはそれが出来ない状況に陥っていたのだ。

「はい先生、あーんしてください、あーん」
「……なぁキリノ、どうしてもやんなきゃダメか?」
「とーぜんです! そうしなきゃ先生のお弁当、もう作ってあげないもん」
「拗ねられてもなぁ……。二人っきりなら平気なんだが、人前でするってのはどうにもな……」
「そうですか……先生のあたしへの愛ってそんなモンだったんですね。あたしは先生のこと、すっごく大好きなのに……」
「分かった! 分かったからそんな顔すんな! あーんの一つや二つ、どこでだってやってやるから!」

 剣道部員が屋外で昼食を摂れなくなった理由、それは紀梨乃と虎侍の教え子と教師カップルのせいなのである。
 学校では比較的大人しくしている紀梨乃だが、昼休みになると虎侍といちゃつきたい衝動が爆発してしまうのだ。
 紀梨乃にも問題はあるが、それ以上にそんな紀梨乃に対してとことん甘い虎侍が紀梨乃のワガママを聞いてしまうことが大問題だったりする。
 ラブラブな2組のカップルの甘い空気に当てられるのが日課になっているのは独り身の聡莉と鞘子だが、今日は聡莉一人で拷問同然の空気を味わっていた。

(うう、独りでは宮崎さんと栄花くん、先生とキリノ先輩のカップルが出す空気に耐えられない……。桑原先輩、早く来て下さい!)
「ゴメンゴメン、遅れちゃったよ」

 グロッキー寸前の聡莉だったが、そこに遅れて鞘子がやって来たことで何とか持ち直した。
 紀梨乃は鞘子が珍しく昼食に遅れてきたことが気になり、その理由を尋ねた」

「遅かったねーサヤ。何かあったの?」
「今さっき、ウラを一人で静かにごはん食べられる場所を教えて別れてきたトコ。まあずーっとクラスメートから質問攻めにあってんだから仕方ないけど」
「へー、ウラランってサヤのクラスに入ったんだー。いいなー、うらやましーなー」
「ウラさんって桑原先輩のクラスなんですか? 偶然って凄いですね」

 ウラが室江高校に既に転校してきたことを知ってる紀梨乃と聡莉はそれぞれの反応を見せた。
 しかしウラが転校してきたことを知らない都と段十朗は、驚きながら鞘子に尋ねた。

「ウラってもしかして榊さんがウチに転校してきたんですか?」
「そうなのかー? それはビックリだぞー。ユージとタマちゃんがいたらもっとビックリしてるだろうなー」
「あれ? でもそのわりには2年生は静かだったよ。サヤ、なんかあった?」
「ウラがあまり騒ぎになるのは困るって言ってたからだけど、でも一番の理由はあたしはアレだと思うわ。スゴイわ、あの子」
「何だ? 榊が何かやらかしたのか?」

 ウラとのことを思い出していた鞘子は、その時のことを遠い目をしながら思い出していた。
 鞘子の態度が気になった虎侍がウラがしたことについて聞いて来たので、鞘子は一字一句正しく伝えた。

「一人の男子がデートしようって言ったらウラが『ごめんなさい。私には勇次という添い遂げるべき人がいますから』って言ったからに違いないわ」
「サヤ、それ絶対に違うから。単にウラランのお願いをクラスのみんなが聞いてくれただけっしょ」
「キリノの言う通りだな。しっかし榊の振り方はハッキリしてるんだな。まあユージへの想いってのは相当なモンだってのは分かってるけどな」
「……そっか、あたしの勘違いだったか。あ、でもそうするとウラに注目が集まるのは時間の問題ね。まあ屋上に行ったから大騒ぎにはならないと思うけど」

 ウラのはっきりしすぎた振り方を聞いた一同は、何となくウラなら当たり前だという結論に至った。
 その後で鞘子が漏らしたウラが屋上に行ったという事実に、鞘子以外のみんなは顔を青くさせた。

「サヤ先輩、榊さんをどこへ向かわせたって言いました……?」
「ん? 屋上にだけどそれがどうかした?」
「それはマズイだろ……。屋上にはユージとタマが一緒にメシ食ってんだぞ、仲良く」
「あっ…………。も、もしかして、あたしってばやっちゃった……かな?」
「ま、まあやっちゃったことはしょうがないよ。今は血の雨が降らないことを祈ろうよ……」
(血の雨は大げさだけど、修羅場みたいなものはありそうだな。ユージ、がんばれ~)

 鞘子は勇次と珠姫が屋上にいることをすっかり忘れていてウラに屋上の場所を教えたのだが、後悔しても遅かった。
 せめて平穏無事に昼休みが終わって欲しい、道場にいる全員が心を一つにしてそう願ったのだった。



 時は鞘子がウラに屋上の場所を教えた頃に遡る。
 鞘子は最初はウラを道場に連れて行ってみんなで一緒に昼食を摂ろうと誘ったのだが、

「気持ちは嬉しいけど、初めて道場に足を踏み入れるのは放課後の部活が始まる時間と決めてるの。ごめんなさい」

 このようにきっぱりと断られたので、鞘子は最初のウラが行きたがっていた静かな場所と聞いて真っ先に思いついた屋上への道のりを教えた。
 その前にウラが昼食を持っていないことに気付いた鞘子は、購買へ寄り道してBLTサンドとアイスカフェラテを買って、それをウラに渡した。
 最初はウラが鞘子が買ってきた物の料金を払おうとしたが、鞘子が今回だけはサービスと言って断ったのでウラは素直に厚意に甘えることにした。

「ありがとう鞘子。この恩は絶対に返すわ」
「そんなに気にしなくても大丈夫だって! あたしがウラにそうしたかった、ただそれだけなんだからさ」
「鞘子は本当に優しい人なのね」
「褒められるのはやっぱり照れるわ……。じゃあ、あたしはこっちだからまた教室でね! ウラ」

 鞘子はウラが自分のことを凄く評価してくれることが、恥ずかしくもあり嬉しかった。
 ウラもまた、鞘子の厚意がとても嬉しく、鞘子にいつか恩返しをしようと心に誓った。
 そして鞘子と別れたウラは教えられた通りの道を行き、屋上へと向かっていたが道中投げかけられる視線を不思議に感じていた。

(やはり私は注目されてるようね。無理も無いわ。この学校では見かけない桃竜の制服を着ているのだから)

 ウラが注目されているのは制服だけではなく、彼女が持っている美しさと凛々しい佇まいも理由なのだが、ウラ自身はそのことに全く気付いていなかった。
 屋上へと向かう途中でウラは室江高校の女子の制服のスカートと、自分が着ている桃竜のスカートを見比べていた。

(ここの制服のスカートって短いわね。プライベートでも膝が見えるようなスカートは穿いたことが無いから見られるのは恥ずかしいわね)
(でも勇次に見られるのは……嫌じゃない。勇次は室江高校の制服を着た私を見てどう思ってくれるかしら? 褒めてくれたら嬉しいな)
(ああ、放課後まで待てない。早く勇次に会いたい。でも一度決めたことはちゃんと守らないと……)

 他の生徒からの視線はどちらかというと苦手なウラだが、勇次に対しては全く別で少し心地いいくらいだった。
 自分が室江高校の制服を着た姿を勇次に見せている姿を想像して僅かに頬を染めつつ、勇次に会いたい気持ちを募らせていた。
 しかし一度決めたことは曲げたくないウラは何とか自制していると、気付けば屋上の入り口に着いていた。
 ウラの目に真っ先に飛び込んできたのは、勇次にお弁当を食べさせようとしている珠姫となすがまま状態の勇次だが、ウラには勇次しか目に入っていなかった。

(男子三日会わざれば活目して見よとは言うけど勇次、玉竜旗で会った時よりもさらに素敵にカッコよくなってる。……どうしよう、気持ちが抑えられないけど少しなら大丈夫よね?)

 久しぶりに勇次を見たウラは、勇次が自分の中の一ヶ月前くらいの勇次よりも数段いい男に見えていた。
 勇次へ向かって早歩きで近づくウラに、勇次と珠姫は二人の世界に入っていたので事が起こるまで気付かなかった。

「こんな所で会えるなんて運命的なものを感じるわね、勇次」
「う、うううううウラさん!! な、なんでココにいるんですか!」
「もちろんあなたの傍にいたいからよ。将来の夫のことをもっとよく知り、今以上に愛したいもの」

 いきなりウラが横から現れて、しかも勇次に抱きついてきたことに抱きつかれた勇次はもちろん、珠姫も驚きを隠せなかった。
 勇次はウラの情熱的な愛の言葉に戸惑いを、それ以上に抱きついてきたウラの胸の感触に不謹慎にもドキドキしていたが、何とか我を取り戻して珠姫の方を見てゾッとした。

「~~~~~~~~~~~~っ(榊さんが、ユージくんに抱きついてる。……あたしもしたいのに。それにしてもユージくんがちょっと嬉しそうなのはヤダな……)」
(た、タマちゃんが怒ってる……)

 珠姫は怒り半分、羨ましい気持ち半分なのだが勇次から見た珠姫は頬を膨らませ、目に少し涙を浮かべていたので100%怒ってると取るのは無理も無いことだった。
 こうして勇次、珠姫、ウラは運命的な修羅場な出会いを果たすのだった。



 久しぶりの再会を果たした勇次、珠姫、ウラの3名は屋上にあるベンチで静かに昼食を摂っていた。
 勇次と珠姫は隣同士で座っているのだが、ウラだけは二人と少し離れた場所に座っていた。
 自身の抑えられない感情を行動で示したウラは勇次から慌てて離れて以来、黙々とBLTサンドを食べている。

「それにしても驚きました、まさかウラさんが転校してくるなんて。教えてくれてもよかったのに」

 この沈黙を破ったのはこの3人の中で一番気づかいとかが得意な勇次だった。
 勇次の気づかいを感じ取ったウラは最初は嬉しかったが、最後の一言できょとんとしてしまった。

「え? 教えたわよ、私。8月の終わり頃のメール見なかったの?」
「八月の終わり頃のメール……ですか。……ああっ! で、でもあれだけではさすがに……」
「そう、私と勇次のコミュニケーションはまだまだのようね。珠姫の域に到達する日は遠そうね」

 ウラは自分の考えが勇次に伝わらなかったことを残念に思っていたが、実はウラのメールに問題があることを本人は気付かない。
 8月の終わり頃にウラが送ったメールは『9月になったら室江に行きます。その時はよろしくね、勇次』というウラらしいシンプルなものだった。
 あのメールだと誰にも伝わらないと言おうとした勇次だったが、ウラの真面目な表情を見て何も言えなくなってしまった。
 再び訪れた沈黙だったが、それをすぐに破ったのは意外にもウラの謝罪だった。

「勇次、さっきは軽率な行動をしてごめんなさい。それに珠姫も。フェアじゃないことをして反省してるわ。ごめんなさいね」
「け、軽率だなんてそんなことないですよ! 俺だったら全然怒ってないですから(むしろ嬉しいとはタマちゃんの前では言えないけど)」
「あたしも同じです。あれくらいのことでフェアじゃないって榊さんが謝ることはないと思います」
「ありがとう、そう言ってくれて私も安心したわ。それから珠姫、私のことはウラでいいわよ。私もあなたのことは名前で呼ばせてもらってるから」

 ウラの正直な人となりに勇次は親近感を覚え、珠姫はそれに加えてあらゆる意味でライバルのウラに対する警戒心が薄れていった。
 雰囲気が穏やかになったところで、珠姫がウラに転校してきた理由をストレートに尋ねた。

「あの、ウラさんが転校して来た理由ってユージくんですか?」
「ええ。でも本当の理由は室江高校剣道部があるからよ」
「ウチの剣道部ですか? それってどうゆう……」
「その質問に答えてあげたいところだけど、そろそろお昼休みも終わりだからまた後でね」

 ウラが指摘するとおり、気付けばお昼休みが終わりそうな時間になっていた。
 スッと立ったウラはひとまずお別れの挨拶をした後で、勇次と珠姫にとって当たり前のことを尋ねてきた。

「じゃあね勇次、珠姫。また放課後に道場で。……2人に聞くわ。剣道は好き?」
「もちろんですよ! 剣道って燃えるし楽しいしワクワクするじゃないですか! ね、タマちゃん」
「うん。あたしも剣道は大好きですが、同じくらい感謝もしてます。剣道があったから今のあたしがあると思いますから」
「ありがとう。その答え、その笑顔を見てやっぱりここに転校して来たのは正解だったわ」

 勇次と珠姫の答えを聞いたウラは二人に柔らかな微笑みを浮かべてお礼を言うと、屋上を後にした。
 ウラがどうしてあんなことを聞いてきたのか考えていた二人はチャイムが鳴るまで考え込んでいた。
 チャイムの音に慌てた二人は大急ぎで自分達の教室へと戻り、ギリギリのところで五時間目の遅刻は免れたのだった。



 勇次と珠姫とのランチに満足したウラを教室の前で待っていたのは鞘子だった。
 鞘子はウラの体をまるで何かを確認するような手付きで触りまくっていた。
 ウラはされるがままだったが、鞘子の手が止まった所で本人にこの行為について尋ねた。

「いきなりどうしたの鞘子。真剣な表情だったから抵抗しなかったけど、私にそのテの趣味はないから」
「ちがうちがう! あたしだってそんな趣味ないから! それよりウラ、どこか怪我してない? 刺されたりしなかった?」
「別に何も。刺されてないし怪我もしてないわ。屋上で勇次と珠姫と予想外の再会を果たして、楽しくランチしただけよ」
「そこで修羅場になって……楽しく、ランチ? ドロドロの修羅場になったりしてないの?」

 鞘子の口から出た修羅場という言葉を聞いたウラは、何となくではあるが鞘子が昼ドラの影響を受けていると感じ取った。
 ウラの予想は大正解で鞘子は昼ドラみたく、勇次と珠姫とウラが三角関係で何だかドロドロしたドラマを起こしてると予想していたのだ。
 自分の予想が大外れしたことに安堵する鞘子の頭をウラが優しく撫でていた。

「心配してくれてありがとう。鞘子は本当に心の優しい人なのね(妹がいたらこんな感じなのかも)」
「い、いーのいーの! あたしが単に突っ走って勘違いしただけなんだから! ほら、授業始まるから早く教室入ろ!」
「フフッ、そうね」

 頭を撫でられた鞘子は恥ずかしさで顔を真っ赤にさせながら、慌てて教室へと入っていった。
 その様子を見たウラはこの先、楽しい学校生活が送れそうだという確信を持つのだった。