※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

二人並んで自転車をこぐ少年と少女。
いつもの光景、
「じゃあまた明日ね、タマちゃん」
いつもの挨拶。
「……ねぇユージ君」

「ん?」
少女は俯き、わずかに逡巡する。
「…………」
そして上目遣いになりながら幼馴染に尋ねた。
「あたしって……つまんないかな……」
(もしつまんないって言われたら……どうしよう……)
少年の答えに怯える少女の頬はわずかに赤らんでいる。

わずかに間を空けた後、少年は爆笑した。
「あははははははははははははは」
予想だにしないリアクションをされ呆然とする少女の前で、
彼はさらに彼女を混乱の底へ叩き落す。
「そんなコトないよ!タマちゃんが一番おもしろいよ!」

笑いすぎて涙目になりながら、ずばがーんとショックを受けている幼馴染へ
無邪気に手を降りつつ彼はその場を後にする。
「それじゃーねー」
その行動が後に恐ろしい悲劇を生むことになるなど、
この時の少年にはまだ知る由も無かった。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


室江高のお昼休みは火曜日と木曜日に放送部主催のラジオ番組が流される。
木曜日は各部が順番でDJをして生徒の悩みに答えたり
部活紹介をするプログラムだった。
そしてついに今週剣道部にDJの役が回ってきたのだが……
「……どうしてよりによってこの二人なんだ」

『というわけで始まりましたランチタイムレディオ、
先週のソフトボール部二人の紹介でやって来たのは剣道部2年桑原鞘子と』
『同じく剣道部1年、東聡莉です!』
放送室のガラス越しに1日DJの二人を眺める3人の男達は、
テンションの高い彼女たちと対照的に不安そうな表情を浮かべていた。

「だからどうしてこの二人なんだよおい」
落ち着かないコジローの声に比較的冷静なダンが答える。
「サヤ先輩は、ラジオDJになるのが夢だったらしいぞ~」
「あいつの引き出しにはいくつ夢が眠ってるんだ?
……まあサヤがこういうの好きそうなのは分かるけど、なんで東まで」

苦笑しながらユージがわけを話した。
「東さんはとある受験対策の本で、人前で喋る経験が面接の練習になる、
って書いてあるのを鵜呑みにしちゃったみたいで……」
「剣道部のNo1暴走娘とNo1天然娘が喋ることになったわけかよ……
どう考えても混ぜちゃ駄目だろうこの二人!
だいたいキリノとミヤミヤはどうした!社交性のあるキリノや、そとづらのい……」
ダンの視線に気付きコジローは慌てて咳払いをする。

「じょ、上品なミヤミヤとかだろ、適任は。まだ下手なことしない分、
喋れないタマにやらせたほうがなんぼかマシだ!」
「まあまあ先生、とりあえずほら、小型マイクを使えば生徒の皆には聞こえずに
中のサヤ先輩と東さんにこちらから声を伝えられますし、
何かあったらこれで止めればいいじゃないですか」
ユージのもっともな説明を聞いてもコジローの表情は晴れない。

「まあそうなんだけど、それでもあいつらならなんかやらかしそうで怖いんだよ……。
大体なんで放送室に竹刀持ち込んでるんだあいつら」
「後の部活紹介で素振りをやるらしいぞ~」
「……テレビならともかく、ラジオで素振りして何が伝わるんだおい。
やっぱりあれだ、今からでもいいからお前ら代わってこい」
「もう無理ですよ、放送始まっちゃったし」

コジローの不安を知ってか知らずか、明るく元気にサヤがプログラムを進める。
『それじゃ次はお悩み相談のコーナーです、さとりん適当に紙選んでね』
『はーい、では一枚目はこれ……えーっと、ラジオネームは彼氏一筋さんですね。
「あたしは今付き合って1年以上になる彼がいます」。わあ、恋愛相談ですよ!』
『いいねいいね!なんだか甘酸っぱいねえ……で、で、続きは?』
『「彼は勉強も運動も出来てその上人格者です」』

『けっ』
『ああ、先輩、始まって30秒でやさぐれないでください!』
『……で、そいつはハイスペック彼氏がいてなんの不満があるってのさ』
『ええと、!………………』
いきなりサトリの顔が耳まで紅潮する。
『どったの?そんなに赤面して』

『あ、あの……なんかこれ、読んじゃっていいんでしょうか?って、ああ、先輩!』
サヤはサトリの手から紙片を取り上げた。
『いいっていいって、悩んでる子のためだもん、読んじゃおーよ。
えーと何々、ふんふん、「あたし達は中学卒業と同時にキスまで済ましたのですが、
!…………それから3ヶ月近く経つのに、その先はまだです」……』
とたんにコジローが口からつばを吐きながら小型マイクに叫ぶ。

「って、おいおい、サヤ、それストップストッ……
あ、こらおいダン、なんで小型マイク取り上げるんだよ!
それがなきゃ中の二人に指示できねえだろ」
「いいからコジロー先生、ちょっと黙ってくれないかな~」
(うう、なんだこいつのマジな雰囲気は……)
ダンから立ち上がる真剣なオーラに思わずコジローの動きが止まる。

『「高校に入ってからは彼に誘われて同じ部活に入ったので、
中学の時より一緒にいる時間は増え」…………あれ、これって』
サヤがガラス越しにダンを見ると、ダンは黙って頷いた。
無言のやり取りの後、サヤは相談の続きを読み上げる。
『ええと……「一緒にいる時間は増えたのですが、
あたしからそういう事を誘っても彼はお前を大事にしたいからと
あたしのモーションをきっぱりと断るため、その先まで関係が進みません」』

サトリは頭から湯気を出しつつ呟く。
『そ、その……それは彼の言う事が正しいと思います!
別に高校生でその先まで行かなくてもいいと思いますし、ええ』
『「彼があたしを大事にしてくれるのはよく分かっているつもりです。
でも、その分あたしは不安になるんです……あたしは勉強も運動も彼にはかなわない。
彼に劣るあたしには、愛してるって言葉だけじゃ不安なんです。馬鹿なあたしは、
キスより深い行動で彼のものなんだって証明してくれないと駄目なんです」』

「あいつを大事にしたかっただけなのに……逆にそれがあいつを不安にしてたのか~?」
ダンは両手をぎゅっと握り締めると、廊下へと踏み出した。
「お、おいダン!どこ行くんだよ!」
『うう……確かに自分が人より劣っていると、色々気を使っちゃいますよね。
私もドジで頭が悪いから、いつも皆に迷惑をかけているんじゃないかと不安なんで、
少し彼氏一筋さんの気持ちが分かるかも……
でもこんなヘビーでアダルトな問題、到底私にはアドバイスできないですよ』

『……大丈夫ささとりん、もう言葉は要らない、そうだろ?』
サヤが紙片から目を上げダンと目を合わせると、
廊下に半身を乗り出していたダンはやったら男前の笑顔で頷き、
小型マイクをコジローへ投げてよこすと身を翻し駆けていった。
それを見届けた後、サヤはすっきりした顔で彼氏一筋の相談が書かれた紙を丸め、
放送室端っこの屑籠へ投げ捨てる。
『もう大丈夫だってさ。だからこのお話は終了終了』

『ええ!お手紙読んだだけで悩みが解決したんですか!
なんだかよく分からないけど、すごいです、びっくりです!さすがDJの卵です!』
「……今ダンとサヤの脳内でどんな会話が成立したんだ?」
「ま、まあ、とりあえず踏み込んだお話にならなくてよかったですね。
なんだかきわどい相談だったみたいですし」
「いやいや、あんなお悩み最後まで読みきった時点で十分踏み込んでるよ!
放送部の連中もぽかんとしてるし、後で絶対俺怒られるじゃねーか!」

コジローに襟首を掴まれたユージは苦しそうに顔を歪ませる。
「お、俺に突っかかられても……」
「ああ、それもそうか。おいお前ら、今度はちゃんとした物読めよ!」
小型マイク越しのコジローの大声に、サトリは吃驚して主人に怒られた犬のように俯くが、
サヤは涼しい顔のままサトリを促した。
『んじゃつぎ行ってみよーかさとりん』

『ええとじゃあ次は……ラジオネームスメル大好きさんですね。
ええと、「DJの方々、初めましてー」。はい、初めまして!「早速ですがあたしは、
学生なのに社会人の人を好きになってしまいました」、わあ、今度も恋愛相談ですよ!』
『うわあいいねえ、……って、この字は……』
ドクンとサヤの心臓が音を立て、不意に鼓動が早くなる、
『あれ、どうしたんですか?きゃっ』

サヤはサトリの手から紙片をふんだくると、
食い入るようにその字を眺めはじめた。
『……「あたしが好きになったその人は……今仕事が大変で……
ら、来年仕事をクビになるかもしれなくて」!?』
「へー、どこにでも大変な奴はいるもんだな。
他人事じゃねーから身につままされるぜ」

一人ごちるコジローを、ユージが小声で注意する。
「先生駄目ですよ、小型マイクの近くでひとり言喋ったら。
中の二人に聞こえて集中力を乱しますから、必要無い時に何か喋るのは良くないです」
コジローは小さな声で謝った。
「ああ、すまんすまん」
(どおりでさっきからサヤがこっちを睨んでるわけだ)

『「しょ、正直、自分の気持ちを告げれば、大変な状況に置かれているあの人の
迷惑になるのは分かっているのですが……それでも毎日彼と接する時間が多いため、
自分の気持ちは抑えきれずむしろ膨れ上がり続けています」……
社会人……彼と接する時間が多い……アレか?アレなのか?アレでいいのか?』
「おいサヤどうした、お前は剣道部の代表としてマイクの前に立ってるんだぞ。
せめて日本語として意味の通じる言葉を喋れよ!」
コジローの突っ込みも、呆然とするサヤの耳には届かない。

『「自制心と好きな気持ちの板ばさみで、なんだか色々いっぱいいっぱいで……
こんなあたしはどうすればいいんでしょうか」…………』
『これまたなんともヘビーストかつアダルティな……どうなんでしょう先輩』
『諦めろ!』
『早いしひどいし短いし!もうちょっと建設的なアドバイスは……』
『あたしに建設的な助言なんて一つも無い!』

「ま、サヤの云う事ももっともだな。俺が言うのもなんだが、
クビになるかもしれないポカする奴なんか駄目人間だろうし。
その生徒もそんな甲斐性なしとっとと諦めたほうがなげびぃっ」
ガラスが割れる高く鋭い音と人の倒れる低く鈍い音、
そしてふわあああああんという気の抜けたハウリング音が立て続けに学校内へ響き渡る。
「ああああっ、サヤ先輩の投げたマイクがコジロー先生の頭に直撃したー!」

『お前が言うなぁあああああぁっ、お前が、お前がどこぞのばばぁと、
くだらんいざこざを、そのせいでキ……スルメ大好きはああああっ』
『先輩、スメルですスメルっ』
『スメル大好きはなぁ……あいつは!』
割れたガラス越しにユージがサヤを宥める。
「さ、サヤ先輩、先生はもう気を失ってますよ!
それにマイクの前でそんなに逆上していたら、DJになるなんて夢のまた夢です!」

その声で少し落ちつきを取り戻したサヤは席に着き、サトリに命令する。
『……さとりん、次』
サヤの乱心にがくがくぶるぶると震えていたサトリは、
半泣きになりながら新たな紙を選ぶ。
『……さとりん、何泣いてるのさ』
『ななな、泣いてません!これぐらいで涙を流すようじゃ……
面接に、受験戦争に勝てません!』

ユージは失神しているコジローの頭に冷えピタを張りながら、心の中で突っ込む。
(……マイクを投げつけるような面接官なんていないと思うんだけど)
『じゃ、じゃあこの紙を……えーと何々……ヒーローはいいですさんですね。
「皆さんこんにちは」。はい、こんにちは。「今回はあたしの人間関係について
ご相談したいことがあります。あたしには10年前以上前からいっしょにいる
異性の幼馴染がいます」……人間関係の相談というより、なんだか……』
『おお、幼馴染物の男女とは王道だね、甘酸っぱいね、スイーツだね!それでそれで』

機嫌を直したサヤを見て、サトリも普段の落ち着きを取り戻す。
『ええと、「その男の子はあたしが他校の男子に絡まれたり
大会で怪我をした時とか、辛い時や苦しい時いつも傍にいてくれます」』
『……ってあれ?それ、まさか……というかヒーローはいいですってどう考えても……』
『どうしたんですか先輩?』
『……あいやいや、なんでもないなんでもない。続けて続けて』

『「あたしは人付き合いが苦手なほうですけど、
その男の子とならそれなりに喋れるし、
彼になら他の人にも出来ないような相談をすることもよくあります。
だけどこの前彼は……あたしが真剣に相談をしていたら、
いきなりあたしの前で笑いだしたんです」』

思わずユージが呟く。
「うわあ、酷い男もいるもんだ」
その声を小型マイクが拾いサヤの耳に届けた瞬間、彼女の体がわずかにピクリと動いた。

『「彼の考えていることが、なんであたしの相談を笑い飛ばしたのかが分かりません。
それに……彼に笑い飛ばされた時、なぜあたしがとてもショックを受けたのかも。
あたしはどうすれば彼に笑われずすむんでしょうか。
なんであたしは彼に笑われた時ひどく動揺したのでしょうか。
こういう相談を書くのは初めてなので分かりにくいかもしれませんが、すいません。
よろしければ、相談に乗っていただけないでしょうか」』

そこまで一気に読んだ後、サトリは眉をたわめながら考え込む。
『うーん、これってやっぱり、ヒーローはいいですさんは自覚して無くても、
その幼馴染の事を……ってどうしたんですかサヤ先輩!
まるでナイアガラの滝のように涙を流されて!』
サトリの声に驚いたユージがサヤを見ると、
確かにサヤはぽろぽろと大粒の涙を流していた。

『大丈夫だよ、ひくっ……別にその男の子も悪気があったんじゃないよ!
ただどうしようもなく女の子の気持ちが分からないだけだから!
そうだよねユージ君!!』
「え、え、なんで俺に同意を?」
『いいから答えて!』
サヤの剣幕に押されたユージは、腕組みをして考えを述べる。

「女の子の真剣な相談を笑い飛ばすなんてとんでもない奴ですよ。
身近にそんな酷い男がいたら、俺なら竹刀でぶん殴ってやりますね」

ユージがそう答えてから0.5秒後、彼の顔にサヤの投げた竹刀が深々とめり込んだ。



終わり