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「こんの…バカ息子が!オラ、頭下げねえか!」
「いててて、なんなんだよ親父…」

―――いやマジで痛い。額から血ィ出てるだろこれ。
親父は物凄いテンションの高さで俺の後頭部を鷲掴みにし、石畳に押し付けている。
とは言え…突然押し掛けられてこんな事を始められても、とどうやら困惑顔のあちらの夫妻。
そう……ここはキリノんちのお店「惣菜ちば」の――その店先。

「本当に申し訳ねえ、千葉さん…キリノちゃんを、お宅の愛娘を……このバカッタレが…!」
「俺にゃ、なんで親父が出てくるのかがわかんねえよ…」
「るっせえ!大体てめえってこの唐変木は……教え子だけにゃあ手を出すなと、あれほど!あれほど!」
「まあ、虎侍にそんな甲斐性があるとは思わなかったけどねえ、オホホ……初めまして千葉さん?え~と、虎侍の母でございます」

抜け目無いお袋のフォローに、はあ、とやはり仕事着のまま困った顔を浮かべているキリノの父と母。
当のキリノはというと……くそ、お前その顔、必死で笑いを堪えてやがるな??
こんな事になってるのはそもそもお前が内緒で俺の実家に遊びに行ったりしたからだろーがっ!
しかし、何をどう誤解させたらこうなるんだ……畜生。

「…ま、まぁまぁお話がよく分かりませんが、どうぞどうぞ家の方へお上がり下さい」

キリノの母親の勧めに従い、家に上がらせて頂く俺等家族三人と、饗応役のキリノ。
通された応接間で4人、暫く待っているとキリノの弟――たっくんと妹が、お茶とメンチカツのかごを持って来る。

「おお、ありがとうねえ…」

まだ幼い兄妹を見て、途端に顔をほころばせる親父。
さらにお袋も続けてありがとうね、と言うとたっくんは勢いよくキリノに話をふる。

「ねーちゃん結婚するんだよね?いつするの?もうすぐ?」
「おしあわせにー」

―――途端に凍り付く場。もう帰らせてくれないか。
親父は泣きながらごめんよ、ごめんよと二人の小さな手を握って咽いでいる。
いや、まあ、二人ともよく分かってないみたいだし。そもそも親父が謝ってもしょうがないのだが。
お袋は楽しそうなのかなんかよく分からない表情で、メンチカツを齧ると、あらおいしい、とか呟いてやがる。他人か、あんたは。
キリノは……弟妹の冷やかしに少し頬を染めつつも、こぉら、ダメでしょ、と二人を叱っている。
俺は…一体どうしろって言うんだ、この空間で。
そんな憔悴し切っている所へ、店をどうにか捌いたらしいキリノのお父さんが入って来て――俺達一家の向かいに座る。

「…すいません!」

またもや親父が、開口一番にそう言うと…俺の額を今度はガラスのテーブルに押し付ける。
痛い。ていうか机割れるって!親父!おーやーじー!!
そんなこちらの苦悶をよそに、何故かどこか楽しそうなキリノの父親。
はっはっは、と仏のような笑みを浮かべている所へ、更に今し方店を閉めたのであろう、キリノの母親が飛び込んで来た。
その腕に抱えるのは大量の――ブライダルだの何だのと書かれた――結婚情報誌。ん??
―――けっこん・じょうほう・し?

「いやーお待たせしました石田さん、で日取りはいつにしましょう?式場は?衣装は?ゲストは?料理は?引出物は?」

オホホあらやだ気が早いかしら、と、そこまで物凄い勢いでまくし立てるキリノの母。
おいおい、と言いながら窘める様子もなく、笑っているキリノの父。
……そしてポカンとなる俺達一家。
たまらずに親父が喋り出すが―――

「い、いや今日はですな、こいつのしでかした不始末を謝罪に」
「オホホいえいえこういうのは本人達の気持ちの問題ですから――よね?キリノ」

キリノがそれに、うん、と少し頭をかきながら答えると。がっくり肩を落とし、沈むうちの親父。どんまい。
―――しかし、このキリノの家族。これはもう。この子にしてこの親あり、なんでものですらなく……
見た目の特徴だとか、そんなものを超えて、1ミリの無駄もなく―――キリノの家族そのものであった。
ともあれ、うちの男衆が俺を含め完全に受けに回っている所で。メンチカツをひたすら食べていたおふくろが口を開くと。

「千葉さん」
「はい?」
「このメンチカツ、とってもおいしいわあ」
「まあ、ありがとうございます」
「うちでもこの位のクオリティのお弁当を出したいんですけどねえ」
「あらまあ、お店はコンビニだとか?じゃあ、この子たちが一緒になった時には」
「あっ、そうですねえ。業務提携といきましょうか、うふふ」

……本人たちの頭越しに商談を始めやがった。
場がカオスに包まれる中、親父が足で俺の足の小指をつつくと、小声で。

(……おい、どういう事だよ?)

こっちが聞きてえよ、と困った顔をしてみると、親父が続ける。

(俺は、お前がその――キリノちゃんに手を出したもんだとばっかり)

―――はあ。
深く溜息をつくと、差し向かいに居る、にこやかに微笑む金髪をにらむ。
この親父のあわて者っぷりもおそらくは相当な物なのだろうが―――俺には分かっていた。
……おそらく元凶は、あいつだ。

ともあれまあ、この親父を完全に無視するわけにもいかない。

「なんも、やってねーよ……はは」

そう口にすると、ピシ、という音がなり、更に凍り付く場の空気。
……ん?俺なにか変なこと言ったっけ?
気付けば―――どうやら俺とキリノの二人だけが、その違和感の正体に気付けずに居る。
しばしの沈黙の後、まずはキリノ母が娘に対し、先鞭をつける。

「あんた…奥手にも程があるでしょ」
「やー婚前交渉はアウトでしょ」

続いて仏の顔を崩さないキリノ父がはっはっは、そうかそうかと豪放に笑い飛ばせば、
対照的なうちのお父様はこめかみに血管を浮かべてらっしゃる。
お袋の方も、流石に少し呆れ気味のようだ。

「こぉの…ドカイショなしがぁぁ」
「俺なのかよ!?」

怒りに任せ、俺にチョークスリーパーをかます親父。
ぐええ、本気で落とす気だろこれ。
そんな俺と親父をそっちのけで、勝手に話を進めるお袋。

「まあ虎侍はそんなもんだろうねえ…ねえ、キリノちゃん?」
「は、はいっ」
「もう一回だけ、聞かせて貰える?…この子のどこがそんなに気に入ったのか」

”もう一回”だと…?やはりキリノがこの事件の元凶であるのは間違い無い。
しかし、あいつが俺のどこを…と言うのは確かに気にならなくもない。
顔か?性格か?それともやはりあいつの事だから剣道関係の何かか?

「…えと…全部、ですけど……うわひゃあ…」

そう言って途端に顔を真っ赤にするキリノ。
ああ畜生可愛いなあもう……って違うだろうが!!
俺がこんなになってるわけを、はーなーせー!

「聞いたでしょ虎侍?」
「…げほ…なにがだよ?」
「愛の告白。まだだったんじゃないの?」

お袋の言葉が通ると、何やら部屋がピンク色に染められたかのように生温い空気になる。
ずっといるキリノの弟妹達は手に汗を握ってこの状況を見守っているようだ。
先走りまくったキリノの母とうちの親父だけが蒼褪めていて、うちのお袋はニヤニヤしている。
向こうのキリノ父の表情は…読めない。キリノは顔を真っ赤にしながら猫口になり、後ろ頭をかいている。
―――――俺に、どうしろと!?
戸惑う俺に諭すようにお袋が告げる。

「お店にやってきたこんな可愛い子がねえ、いきなり”息子さんを私に下さい”なんて言うものだから…」
「な、な、な、な…」
「それでよく聞いてみたら、虎侍の事が好きだって言うし、お父さんはカンカンになっちゃうし。まあ面白そうだから止めなかったけど」

………できれば止めてくれ。今度からでいいから。
ともあれ事態の8割くらいは把握できた。
やっぱり、こいつが、と恨めしい目線をキリノに送るが…照れてんじゃねえよこのバカヤロー!
誰のせいでこんな目にあってると思ってるんだ…可愛い顔しやがって、くそ。

「…それで、アンタの方からは何も言わないつもり?」

相変わらずマイペースで俺を責めるお袋。
どうしろ…どうしろと…言うしかないのか…これは。

「…キリノ」
「…はい、センセー」
「えっと…あの…俺も…」

俺がモジモジしていると、親父が俺のケツを蹴り飛ばし…
何故かキリノに抱きつく格好になってしまう。

「いってえな親父!なにする…ん?」
「せ、センセー…」
「お、おわぁっ!?キリノ、すまん」
「ううん…」

気がつけば、ほとんど俺の身体とキリノの身体は密着している。
どうにもこうにも否応無しにその目を覗き込めば…
流石の俺でもこんな時に何を言うべきか位は、わかっている。

「俺も、全部―――好きだ、キリノ。お前の事が」

そう言うなり、ぱちぱちと両家(?)から拍手が沸き起こる。
そして花束贈呈…ではなく、お袋から最後のネタばらしが贈呈される。

「上手く行って良かったわねえ、キリノちゃん」
「いえいえ、お母様とお父様のおかげです!ホントに、ありがとうございました!」
「いーってことよこのくれえ」
「オホホこの子ったら全くもう…商談の続き、しましょうか?石田さん」
「はっはっはっは」
「ねーちゃんおめでとー」
「おめでと~」

は?は?は?は?は?
――――――何だ、これは?
完全に呆ける俺に、キリノがペロと舌を出し、言った言葉は…

「ごめんなさい、先生……
 みんな協力してくれるって言うから…
 でも、先生が奥手だからいけないんだよ?」


真の策士、という奴は―――自分の親はおろか、相手の親すら手駒にするもの、らしい。




終わり