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 練習試合の帰り道。駅に向かう途中の小道でコジローは占い師に呼び止められた。
 丸く曲がった背に、頭まですっぽりと覆っている紫色のフード。男か女かもよくわからない。
 そして、台座の上に置いてある石には「当たるも八卦、当たらなくても儲け」と
微妙に改変された怪しげな成句が刻まれている。
 さらに、その上には水晶球とタロット、振り子に風水盤と
一通りの占い道具がそろえられているところが、かえってうさんくささをかもし出している。
「いや、俺お金ないんで……」
 コジローが断って歩き出そうとすると、今度は「そこのどんぐり!」と
ダンに矛先を変えて呼び止める。
「ダン、相手にするな!」とコジローがジェスチャーするが、
「ええ~、面白そうじゃないですか~。おじさま、あたしとダンくんの相性を占ってくださらない?」
 と、猫をかぶっているミヤミヤが余計なことを吹き込む。
「あいにく、ワシは前世しかわからんのじゃ」と、占い師は変声機でも使ったような
キーンとした電子音のような声で、フードをいじりながら喋った。
「じゃが、お前さんとそこのどんぐりは前世から相性が最高じゃな」
「ええ! 本当に?」とミヤミヤが素で驚いた。
「うむ、ちなみにどんぐりの前世はダークアイQと出た」
「なんじゃそりゃ」コジローがすかさず突っ込む。
 これは、絶対インチキだ。間違いない、とコジローは確信した。
「ほら、いくぞ。お前ら」
 これ以上関わってられないとばかりに、生徒たちを引っ張って歩き出すコジロー。
「待って、先生。あの……あたし、占って欲しいんですけど。その相性を」
 キリノが恥ずかしそうに占い師に話しかけた。
「ふむ……そうじゃな。……おお! そこの男とお前さんは前世で結ばれとるな」
 占い師がコジローを指して叫んだ。その瞬間、キリノの顔が明るくなる。
「え、ええ? 先生、この人本物っすよ」
「んな、わけあるか!」コジローがあきれたように言葉を返す。
「どうせ、でたらめ言ってるだけだ、こんなの」
「なんだと、小僧。ならば、見てくるがいいわ!」
占い師はいきなり振り子を振り出した。
「お前はだんだん眠くなる~。眠くなって前世でそこの少女と結ばれている世界を見る~」
「だれがそんな手に引っかかるか! ……あ、あれ? 世界がN分の1にゆらぐ~」
憤りながら、振り子を見ていたコジローがバッタリと倒れた。
「せ、せんせー!」キリノがあわててコジローに駆け寄るが、
コジローの意識は急に途絶え……そして、彼は奇妙な夢を見た。


「起きて、起きてくださいな」
「う、ううん。あれ、ここはどこだキリノ」
木造の質素な小屋でコジローは目を覚ました。
「もう、何寝ぼけてるんですか」
頭に、かんざしを挿したキリノがあきれた目でコジローに応える。
なぜか、彼女は学生服ではなく、着物を着ていた。それは、赤茶けた感じの質素な着物で、
ところどころに縫いこまれたひまわりの模様が、唯一派手な感じを出しているともいえる。
「ど、どうしたんだ。その格好。文化祭かキリノ?」
「何いってるんですか、それにアタシはキリノじゃなくてキリ。おキリですよ。コジローさん」
「お、おキリ?」
あわててコジローは、周りを見渡す。そこは、かびた感じの木造小屋だ。
「す、すまない。今は平成何年だ? 首相は誰だ」
「は、主上? 何いってるんですか。今は、元禄で徳川の時代だって
 コジローさんがいつも寺子屋で子供たちに教えてるんじゃないですか」
「は?」
コジローは、ぽかんと口を開ける。
ま、まさか、本当に前世というやつを見ているのか!?





 コジローは、とりあえずおキリと名乗ったキリノそっくりな少女に話を聞いてみることにした。
 おキリは、訝しがりながらも「寝ぼけてるんですね」と言って、一つ一つ丁寧に
コジローが求めている情報を話してくれた。
 いわく、ここは元禄の世であること。コジローは、川添藩に仕える貧乏藩士で
(ここでも貧乏なのかよ、とコジローはがっかりしたが)藩に仕えるだけでは食い扶持が足りないため、
剣術道場を開いていること。そのついでに、子供たちに蘭学や国学、歴史を寺子屋で教えていること。
そこで、知り合ったおキリとつい先日祝宴をあげたことなどである。
 とくに、最後の祝宴に関してはやたら強調された。
「んふふふ~、わかりましたか~。先生」おキリが話しかける。
「あ、ああ」、ここでも先生と呼ばれているのかよ、とコジローはひとりごちる。
「あら、いけない。コジローさんって呼んでいいんだっけ」
 キリノ、いやおキリが舌をぺろっと出して笑う。その仕草も表情もキリノそっくりで、
なぜかコジローは胸が痛んだ。
「あ、そろそろ出ないとまずいんじゃないですか」
「へ?」 コジローは聞き返す。どうやら、今日は彼が使える川添城に行かなければならないらしい。
ボロが出る前に逃げ出そう。彼はそう考えて、なんとかごまかしつつ家の外へと飛び出した。
 だが、そこには彼女がすでに先回りしている。
「駄目ですよ~。考えていることくらいわかるんですから~」
そういって目を輝かせる彼女に引っ張られ、コジローは城に連れて行かれてしまった。

 川添城では、先にやってきたほかの武士たちが居住まいを正して藩主を待っている。
コジローが座れる場所を探していると、「どうしました? こちらにどうぞ」と老人が声をかけた。
その武士は、成明高校の林先生そっくりな武士だ。コジローは、その武士に呼ばれたあと、
自分の身分で座れるであろう場所にあたりをつけて腰を降ろした。
「日本史は専門外だけど、なんとかわかるな。ああ、社会科の教師でよかった……」
「おい、釈迦がなんだって?」隣に座っている武士が聞き返す。その顔は石橋先輩そっくりだった。
「ハハハハ、なんでもないでござるよ」ござるでいいんだろうか、と考えつつコジローが適当に答を返していると
やがて、藩主の川添三十郎が姿を見せた。

「みなのもの、楽にしていいぞ」藩主が口を開く。
「今日集まってもらったのは、ほかでもない。姫のことだ」と、 藩主がため息をついて一同を見渡した。
 姫か、この藩主がタマのオヤジさんみたいだから、きっと姫はタマなんだろうな、
とコジローは考えたのち、この状況に慣れてきている自分に苦笑した。
「また、姫が抜け出しましたか」石橋先輩が藩主に聞き返す。
「うむ、供を連れて街に歌舞伎の無礼怒!無頼派を見に行ってしまったようだ」
「姫は本当に伝記物がお好きですな」林先生が笑いながら応える。
「笑い事ではない、その供のなかに中田藩の子せがれがいることが問題なのだ」
「あの青年なら、じつによく出来た青年ではないですか。
 姫とも大変仲がよいことですし、姫もあの青年になら……」と林がなだめようとするが
「いかん、いかんのだ! タマキにはまだ早い。早すぎるのだ!」
 なるほど、ようはこの世界のユージとタマキは藩主の息子とお姫様で、
いづれ結婚してもおかしくない仲なのか、とコジローは推測した。
「石田コジロー!」
 突然、(おそらく)自分を呼び止められてコジローはふいをつかれたように飛び上がった。
「は、はい!」
「これは、我が川添藩の剣術指南でもあるお主にも責任があるのだぞ」
「は、はあ……」剣術指南なのに貧乏なのかよ、とコジローは思ったが口にしなかった。
「今すぐ、姫を連れ戻してくるのだ!」
「殿!」
 そのとき、着物を振り乱して美しい女性が走りこんできた。
「つ、椿……」
「また、環姫のことも考えないで勝手なことをいってるんですか。一国の藩主ともあろう方が情けない」
 この人が、タマのお母さん……の前世なのかな、とコジローは考えた。
「別にいいじゃないですか。勇二殿はタマキの許婚なんですから」
「それがいかんのだ! ええい、石田、早く探してこんか」
「はっ!」
巻き込まれてはかなわないので、コジローは逃げるようにその場を後にした





 プゥオオオオオオオオオオオンと尺八の音がする。

 待て~い! 邪なる牙を剥きてわろうは悪漢・死按摩(ですあんま)。
 吾が吾らがある限り、危難上等 極みの舞
 御身に正義抱く武士に 候ふ剣に 重ねしこそ
 極限炎剣 必殺仕置集団 無礼怒! 無頼派!

「赤無頼派! 上段! 上段!」
「ひ、姫……夢中ですな」
 中田勇二が汗を拭いながら歌舞伎に食い入るように見入っているタマキに語りかける。
 タマキは夢中で歌舞伎を見ながら、登場人物に声援を送っていた。
「おのれ、無頼派! この恨みはらさでおくべきか」
「なれば、何度でも決着をつけようぞ」
 無礼派と死按摩の剣戟の場面は、タマキのお気に入りだ。
 いくら変装しているとはいえ、さすがにタマキの姿は目立つのか町人がときどきユージのほうを見る。
 これはばれてるんだろうなあ、とユージは汗を拭き続けていた。


 時は戻って現代。
「先生、先生。しっかりして!」
 キリノがコジローを揺さぶるが、コジローは気絶したまま占い師の机に倒れている。
「あ、あれ? ちょっと、聞きすぎたかしら」
 女言葉でオロオロしながら、占い師が言葉をつないだ。
「ちょっと! どういうことなんですか!」
 キリノが、激怒しながら占い師を問い詰めた。
「え、え~と、本当に前世の世界にいってる……のかも」
「かもって何ですか! かもって!」
 竹刀袋から竹刀を取り出して、キリノが叫んだ
「ご、ごめんなさ~い」
 その途端、占い師は水晶玉を投げ出して逃走した。
「あ、ちょっと待て~! このインチキ占い師~」
 追いかけようとするも、あっという間に占い師の姿は見えなくなってしまう。
「先生……戻ってきてよう」
「せ、先輩……大丈夫ですよ。コジロー先生は、きっと戻ってきますよ。前みたいに」
 涙ぐむキリノを見ながら、タマが励ました。


 一方その頃、コジローは室江の街をさまよっていた。
 よく、考えたらどこで歌舞伎を公演しているのかもわからない。
 そこで、彼はおキリに聞いてみるか、と思い立ち家に帰ってみることにしたのである。
 家に帰ると、おキリがコジローの胴衣を裁縫しながらウトウトとしていた。
コジローが家に入ると、彼女が目を覚ました。そして、パ゚アーッと顔が明るくなると、
裁縫道具を床に置いておキリは駆け出した。そのまま、コジローに抱きつく。

「せんせぇ~!」
「おわ! どうしたキリ……おキリ!」
「なんか、怖い夢を見ました……」
 おキリがポツポツと夢の内容を語る。その内容は、コジローがいなくなったときの
室江高校剣道部の風景そのものだった。
「お、お前、なんでそんな夢を」
「どこにもいかないでください」
 ぎゅっとおキリがコジローを抱きしめる。その姿がキリノと重なった。
「大丈夫、どこにもいかないよ」
 コジローは、その姿に自分の心を偽ることが出来ず、おキリを優しく抱き返した。
「好きだ。キリノ」
その言葉を発した瞬間、だんだんと視界がぼやけていく……。





「好きだ、キリノ」
「ひょ、ひょええええ。せ、せんせ~。み、みんな見てます! みんな」
コジローは、キリノを抱きしめていた。現実にいる室江高校剣道部3年生のキリノを。
「え、お、ぬおおおおおおおおおおお」
 我に返ったコジローは、抱き寄せていたキリノを見て、わけもわからずあせった。
キリノは、されるがままに、しかしなぜかうれしそうに抱かれている。
「……せ、せんせいって」顔を真っ赤にしながらタマがつぶやく。
「あーあ、とうとうやっちゃた」サヤがニヤニヤしながらコジローをからかう。
「男は素直が一番だぞ~」ダンが偉そうに語る。
「先生。教師なんですから自重してくださいよ」中田の子せがれ、じゃなくてユージが呆れる。
 ここは現実だ、とコジローは安堵する。戻ってこれたのだ。

「せ、せんせい。ちょっと、恥ずかしいです」
 キリノが恥ずかしそうにうつむく。その声を聞いて、コジローはあわててキリノから体を離した。
「でも、よかったです。先生が気がついて」 目に涙をためながらキリノが、顔を上げた。
「すまん、キリノ……でも、あの占い師、ありゃ本物だわ」
 コジローが、ぽりぽりと頭をかきながらキリノに答えた。
「ところで、さっきの告白は本当なんですよね?」
 キリノがまっすぐ、コジローの目を見た。
「いや、あれは、その……前世の妻に言ったんだよ、前世で!」
 コジローはごまかしながら、その場から駆け出した。
「あ、ずるい! キリノってちゃんと言ってたじゃないですか、せんせぇ~」
「いやいやいや、それはあれだ。前世の妻の名前がキリノで……」
「嘘だ~!」
 キリノが笑いながら、後を追いかけていった。

2人の姿が見えなくなると、物陰から占い師が姿を現した。
「ふう……酷い目にあったわ」
「あ」
 タマが占い師の姿に気づいた。「まだ、いたんですね。いったい、何のようですか」
「いやねえ、川添さん。まだ気がつかないの?」
 占い師がフードを取る。その下から出てきた顔は……
「吉河先生!?」サヤをのぞく全員が声を合わせて叫んだ。
「いやあ、桑原さんのアイディアで催眠術で倒れた石田先生を
千葉さんに介抱させるっていう作戦だったんだけど、あんなに催眠術が効きすぎるとは思わなかったわ」
「え、ええ~」その説明を聞いて、一同に微妙な空気が流れた。
「ほんとは、あのあとあなたは本当はキリノが好きって催眠術をかける予定だったんだけどね~」
「なんか、前段階でうまく言っちゃったみたいね~」サヤが悪びれずに続けた。
「こ、この人たちは……」 ミヤが、ブラックのオーラも出せないほど疲れきった声でつぶやいた。
「でも、コジロー先生はいったい何を見ていたんでしょうか?」 タマが疑問の声を発した。
「おおかた、えっちな夢でもみてたんじゃないか~」
「え、もし、キリノをそういう目で見てたとしたら失敗ね。そんなの許せないわよ!」
 サヤが拳を固めて歯軋りする。
「許せないって、いえるような立場じゃ」ユージがやれやれとクビをすくめた。

 街路樹に、秋の彩りがつき始めた住宅街をコジローとキリノが走り抜けていく。
逃げるコジローを追いかけるキリノは、
たとえ逃げてもコジローがもう目の前から消えることがない安心感を味わっていた。

「ところで」タマが静かな声で、しかしはっきりと告げる。
「サヤ先輩、吉河先生……私、この騒動のせいでクリスマスクリスタルズの
放映時間に間に合わないことに気がつきました。もちろん、今日に限って録画もしていません。」
2人は、ゆっくりとタマのほうを振り返る。
「ヒ……ヒイイイイ!」

「覚悟はいいですか?」そう宣告するタマの目は、まごうことなき人斬りの目であった。