「あ、あれ。ここ、どこだろ~」
キリノが目を覚ますと、そこは自分の部屋だった。
でも、何かが違うとキリノは感じる。そもそも、なんでワタシねてたんだっけ?

「あ、目が覚めたね~」
部屋に少女が入ってきた。その姿を見てキリノは目を丸くする。
「あ……」
少女がニコニコと照れ笑いを浮かべながら、次に出る言葉を待つ。

「ワタシが2人!?」
「みたいだね~」

そう、そこにいた少女の姿はまさにキリノ、いやキリノ本人だった。

「いや~、びっくりしたよ~。家の前でアタシそっくりな女の子が倒れてるんだもん。
 大丈夫? 名前思い出せる?」
「……千葉キリノ」
「ほえ? それはあたしなんだけど」
「ワタシも千葉キリノなんだよね……室江高校剣道部3年生」
「あ、アタシは2年生……ってことは……」

2人同時に叫んだ。

「過去のワタシなの!?」「未来のアタシなの!?」

叫んだあと、2人は状況を確認するため、お互いの個人情報を話し合う。
キリノは元々、頭の回転は悪くないし物事を柔軟に受け入れる器量があった。
それでも、部活や学校、誕生日、コジロー先生とパン、タマちゃん……
自分で自分のことを自分に話している感覚は奇妙なものだった。
話してみて、二人とも嘘をついていないと確信もできた。
だが微妙に引っかかる点もある。

「ん~、どうもアタシの記憶と微妙に違ってるみたいね~」
「ここは、ワタシの過去じゃないってこと? え、とパラなんとかワールドってやつだよね」
「パラパラワールドだっけ? 併行世界ってやつなのかなあ」
「それそれ! 平衡世界ってやつ!」

パラレルワールドで並行世界が正しいのだが、本人たちは
素直に納得してしまった。

「でも、アタシも気をつけないとコジロー先生クビになっちゃうのかな」
「うん、あの半年間の寂しさはあなたに経験させたくないかな……
 でも、コジロー先生が帰ってきてくれてワタシ本当にうれしかった」

顔を染めて、年上のほうのキリノがつぶやく。
「あのとき、ワタシは先生のことがね、本当に好きだって」
「ちょ、ちょっと待って! アタシ別にそんなんじゃないよ?」
「へ?」

もう1人のキリノがきょとんとする。
「な、何があったかわからないけど、そりゃ最近ちょっとかっこいいかもしれないけど
 アタシとコジロー先生は別にそんな……ねえ~」
2年生のキリノが必死に否定する。
「うーん、やっぱりワタシの世界とはかなり違うのかなあ」
そんな話をしていると、玄関から声が聞こえてきた。

「あ、お客さんだ」
キリノが同時に叫んだ。
「ん、そうだ! アタシの代わりに接客してみない?」
2年生のキリノが妙案とばかりに、意外な提案を切り出した。
「え? ワタシが?」
「なんか、この世界とあなたの世界の違いが見えてくるかもよ」
「ん~、まあ面白そうだからいいか」

そんなこんなで接客に出ると、そこにはコジローの姿があった。

「あ! コジロー先生!」
「ん、キリノか。どうした、なんか変だぞお前」
キリノが見たこの世界のコジローは、やっぱり自分の世界と同じような感じがする。
でも、どこか顔つきが精悍で大人のかっこよさがあるような気もした。

「いったい、今日はどうしたんですか~」
「ああ、今日はゴタゴタ色々とあってなあ。自炊する時間がなかったんで惣菜を買いに」
「ええ!先生自炊してたんですか」
「いや、最近始めたんだ。俺がかっこよく生きなきゃ生徒に示しがつかないしな」

かっこいい、この世界のコジロー先生はなんだかすごく成長している。
あたしの世界のコジロー先生も、
ワタシたちのために学校を辞めたり生徒のために行動してたり、かっこいいとは思うけど、
この世界のコジロー先生とは方向性が違うような……

「しかし、なんかお前、いつものキリノらしくないよな……・いや、スマン。何言ってるんだ俺」
「え、と……それは……」
キリノは考えた。
この世界のコジロー先生に話せば、もとの世界に戻る方法が見つかるかもしれない、と。
根拠は何もないけど。

「ごめんなさい!」
そのとき、奥からわたしが飛び出してきた。
「こーいうことなんです」

2人のキリノが並んでコジローに話しかける。
ショックで倒れたりしないだろうか、と2人は考えた、が

「お前たちもかよ!」
「はへ?」

コジローが発した言葉は意外なものだった。

「お前たちもって……まさか」
「あー、その俺も2人になっちまったというか……俺のアパートに来てみるかキリノ」

どっちのキリノに話しかければいいかわからないので、
とりあえず、2人を見ながらコジローは言った。

「あー、アタシがいつものキリノですよ」
「ワタシは3年生のキリノです」
「んー、時間も同じか……やっぱり、同じ世界の俺なのかな、アイツ」

なんだか、ややこしいことになってきたが
とりあえず、3人はコジローのアパートに向かうことにした。




「お、おかえり俺。おおおっ!」
アパートに入ってきた3人を見てコジローが叫んだ。
「キリノまで2人になってんのかよ。どうなってんだ、こりゃ」
「どうも、お前の世界のキリノらしいぞ、話を聞いてみるとさ」

コジロー同士が話し合っていると、突然キリノが駆け出して
自分の世界のコジローに抱きついた。

「せんせぇ~!! よかった……アタシ、もう会えないと思ってたよぅ」
「おい、キリノ。待てって俺たちが見てるから!」

ああ、よかった。やっぱりワタシのコジロー先生のほうがかっこいい。

せんせぇ、せんせぇと言いながら抱きついているキリノを見て
口をぽかんと開けながら、玄関のコジローがキリノに話す。
「お、おい、アレ。その向こうの俺たちってそういう関係なのか?」
「え、あ、はい? いや、そうなんじゃないっすかね~」

顔を真っ赤に染めてキリノが応える。
(アタシ一瞬うらやましいと思っちゃった……)
隣のコジローに考えが伝わったらイヤだな、とキリノは恥ずかしくなった。

「おい、生徒に手を出すなよ、俺!」
「だ、だしてねーよ!」
「せんせぇ~」

コジローが、玄関から上がりながら2人に話しかけた。
やっぱり、アタシのコジロー先生のほうがかっこいいよねえ、とキリノは心の中でつぶやく。
「先生、とりあえず2人に話を聞いてみましょうよ」
「お、おう、そうだな」

抱きついているキリノを引き離して大人っぽいコジローが
ほっぺにキスマークのついたコジローに事情を聞いた。

内容をかいつまむと、こんな感じである。
コジローが帰ってきた日から一ヶ月立ったある日。
練習の途中に、突然コジローが倒れたらしい。
なんでも、栄養失調だとか……。
すぐに目を覚ますと思いきや、1週間たっても目を覚まさないコジロー。
そんななか、心労がたたってキリノも突然倒れ……気がついたらこの世界である。

「んー、ここにきた原因はわかったけどなあ……」
「じゃあ、また倒れればいいんじゃないですか」
「どうやってだよ」

「それなら、ワタシにいい案が……」

抱きついていたキリノがごにょごにょと、もう1人のキリノに囁いた。
「ひょえー! アタシ、大胆!」
「お、おい。何の話なんだ」
「なんでもないっす。よし、じゃあ、えとアタシの世界のコジロー先生は
今日、アタシの家に泊まってください。弟の部屋貸しますから」

「は?」
2人のコジローが叫んだ。




 なんだか、よくわからないうちに、もう1人のコジローはキリノの家に連れてこられた。
「いったい、なんなんだよ。キリノ」
「だから、倒れるまでやれるようにセッティングしたんすよ」
「へ……倒れるまでやるって……何を」
 そこまで、言いかけてコジローは思わず赤面した。
「おおお、お前、何考えてんだキリノー!」
「いいじゃないっすか、別にアタシと先生じゃないんですから。
 あくまで可能性っすよ、可能性。パワハラワールドです」
「パラレルワールドだろ」とコジローは突っ込む。

「でも、なんだか、あの子。アタシより素直に生きてるような気がして
 うらやましいです。あ、いや、別にアタシがコジロー先生のことをとかじゃないですよ!」

 なんだか、必死に否定する自分がこっけいに見えるがうらやましかったのは事実だ。
「わかってるさ。教師と生徒でそんな関係になるわけないしな」
 キリノは違うはずなのに、心がズキズキ痛んだような気がした。
「そ、そっすよー、あんな情けない感じの先生とラブラブになるわけないっすよ」
「そーだな~。なんか、アイツ俺より頼りなかったしなあ」

「でも、この世界の先生はかっこいいかもしれないです……よ?」
「ん、何か言ったか」
「いえいえ」

聞こえないようにキリノはつぶやいて、やっぱり恥ずかしくなった。

2人がアパートに戻ると、もう一つの世界のコジローたちの姿は見えなくなっていた。

走り書きのメモがある。
ありがとう、ワタシ。 PS.素直じゃないと後悔するよ~ BYキリノ
「戻れたのかな?」
「戻ったんじゃないですかねえ。やれやれ。あ、お茶でも飲みますか? 今、いれるっすよ」
「ここ、俺の家なんだけど……まあ、一杯くらい付き合うかキリノ」
「へへへへ、先生。お茶っ葉いいのあるっすねー」
2人の何気ない会話が生み出した暖かい空気が部屋を包んでいた。


「ん、ここは……戻ったのか」
コジローがアパートで目を覚ます。隣にキリノは……いない。
「夢だったのか? それにしても……」
あの自分は、自分で言うのもなんだがかっこよかったとコジローは思った。
「俺も、もてるのかな。大人の強さを……ははは」

「んー、せんせぇ~」
自分の部屋でキリノは目覚めた。
「あ、あれ。夢?」
そこまで言いかけて、制服のポケットに入っている紙に気づく。

そこには、
先生とお幸せにね~。 PS.アタシは別にそんな関係じゃないよ BYキリノ

と書かれた紙が入っていた。
そういえば、アパートから出て行くときにあの子がポケットにねじこんだっけ。
キリノは、コジローの声が聞きたくなり、携帯電話にかけてみる。
それに、先生の反応も知りたいしね、と1人で舌を出した。

電話の呼び出し音が鳴り、そして
「コジロー先生、あのね……」
キリノがささやいた。
最終更新:2008年05月23日 20:54