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「家に帰れば、冷えたビールが1本あるはず、うん、楽しみだな~」
 川添道場での修行で確かな何かをつかんだコジローは、
大人としての楽しみ、すなわち冷えたビールが待つ自宅へと帰宅する途中にあった。
「ビール、ビール、と待てよ」
 そういえば、つまみが何もなかったな、とコジローは少し逡巡したのち
「そうだ、キリノもまだ帰ってないだろうし、あいつん家のそうざい買ってくか」
 と1人つぶやいて車を方向転換、そうざい屋ちばへと向かうのであった。

 そうざい屋ちばの近くにある駐車場に車を止めて、彼はそうざい屋のカウンターを覗き込んだ。
「あれ? 誰もいないのかな」
「いるよ~~」
 声のするほうをみると犬のぬいぐるみを抱いた少女がこちらをニコニコと見上げている。
「お、おじょうちゃんが店番してるのか、お母さんは?」
「今、ちょっと奥で作業中~。何を買いにきたんですかお客さん~」
「キリノのやつ、こんな妹がいたのか」
「おりょ~? お姉ちゃんのこと知ってるの~?」
 コジローは、少女に自分が室江高校剣道部の顧問だと伝えた。
「あー、じゃあ、あなたがコジローせんせーなんだ~。よく、お姉ちゃんが話してるよ~」
「おい、あいつどんなこと話してるんだ?」
「うふふ~ひみつ~」
 そんな会話を少ししたのち、コジローはメンチカツを3個購入した。
「はい、お釣りで~す。……ねえ、せんせー」
「ん、なんだ?」
「剣道ってたのし~のかな~?」
「ん、そうだな……」
「お姉ちゃん、剣道部から帰ってくるといつも楽しそうなんだ~。最近は、なんだか特に楽しそうだけど~」
「興味あるのか?」
「すこし~」
 コジローは、少し腕を組んでから答えた。
「楽しいぞ、すごく。大切な仲間もできるだろうし人生の目標も見つかるかもしれない。
 人をぶったたく楽しさに目覚めたやつもいたりするが……少なくともやって後悔はしないさ」
「ふ~ん、あたしも高校生になったら剣道部に入ってみようかな~」
「おー、ウチならいつでも大歓迎だぞ」
 もっとも、俺がクビになってなければだけど、と心の中でコジローは付け加えた。
「じゃあ、キリノによろしくな。あとお母さんにも元気になってよかったですね、と伝えといてくれ」
「は~い」

 その日の夕飯。
「あ、おねえちゃん。今日コジローせんせーがお惣菜買いに来たよ~」
「え? ホント? もー、アタシがいるときに来ればサービスしてあげるのにー」
「残念だったね~、お姉ちゃん~」
「好きな男より女友達を優先した結果だね」
「ちょ、あんたたち、何言ってるのよ! もー」
 たっくんと妹にからかわれながらも、キリノはなぜか嬉しそうに照れている。
「でも、わかんねーなー。そのコジローせんせーってどんな感じだったんだ?」
「ん~、なんか冴えない男の人って感じだった~」
「あんたたちねえ……」
「あ、でも~」
「でも?」
 剣道のことを語っているときの顔はちょっとかっこよかったかも、
と言おうと思ったが、なぜか姉に言うのはちょっとはばかられるような気がして
「ひみつ~」と妹はごまかした。
 剣道か……中学に入ったらアタシもやってみようかな~。
 あー、でも1人でやるの恥ずかしいし~、かずひこ君でも誘ってみようかな~。
「お姉ちゃん、今度練習試合なんでしょ~、がんばってね~」
「ありがと? ところでコジローせんせー、アタシのこと何て話してたの?」
「んふふ~、だから、ひみつ~」
にこにこと笑う妹の顔に、クビをかしげ続けるキリノであった。