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「やあっ! やあっ!」
 道場に素振りの音が響き渡る。少女が竹刀をふるたびに、
ビュッと竹刀が空を切り、彼女の汗が飛びちる。
 手ぬぐい代わりにしている白いリボンで後ろ髪を束ねた少女は、
親がどこかの外国のハーフなのか、綺麗な金髪を風に揺らしている。
「お、頑張ってるじゃないか」
 携帯電話を手にした顧問が道場に足を踏み入れながら声をかけた。
「コジロー先生! ……彼女っすか?」
 さっきまで顧問、コジローが電話をしていたであろう相手を推測しつつ
からかうように少女が答えた。
「ああ、そうだよ」
「ふーん……ここ、道場っスよ」
少女が興味ないとでも、言わんばかりにクビをふる。
「わりーな、最近会ってないからさ」
「……先生、結婚とかしないんですか。付き合い長いんすよね」
「まあ、いずれは考えてるんだけどな。今はお互い忙しくてさ」

コジローは照れつつも、いかに自分の彼女がすばらしいかを語る。
「ま、言わなくてもお前は知ってるか。なにせ」
「それより、せんせー、稽古の相手してくださいよ」
コジローの言葉をさえぎって、少女が不満を漏らす。
「肝心の2年がお前だけじゃなあ……まあ、もう少ししたら1年入るし、
桑原も戻ってくるだろ。お前、1人じゃなくなるさ」
「ほんとっすか? あたし、団体戦やりたいっすよ~」
「まあ、もう少し待ってくれや。さ、今日はそろそろ終わりにするぞ」
「はーい」
不満気な声を出しつつも、少女は素直に従った。


「じゃあな、そうそう、後でお前の家によってくよ」
「あー、じゃあみんなで待ってますね~」

コジローは、そう少女に声をかけると車で自宅へと戻っていった。
少女は笑顔で、コジローを送り出す。
だが、ふとその笑顔に陰りが見えた。

「……彼女か」

そう、つぶやくと心がチクリと痛くなる。
理由は簡単だ。
自分は、あの人のことが好きだから。
コジロー先生の口から、理想的な彼女の姿を聞くたびに胸が張り裂けそうになるのだ。
自分とコジロー先生が結ばれないことはわかっているのに。
なぜなら──。

「ただいま~」
そうざい屋ちば。彼女の自宅にたどり着くと、少女は先ほどの憂いを隠すかのように
大声でそう叫んだ。
「あら、お帰り。そんなに大声出さなくても聞こえるよ」
「よう、おかえり」
母親と彼女の兄妹であるたっくんがリビングから顔を出して少女に応える。

「あ、おかえり。……どしたの? 元気ないよ」
階段を下りながら、彼女の姉妹が尋ねてきた。
それに対し、少女は笑顔で応えようとしたがどうしてもぎこちない笑顔になってしまう。
なぜなら、彼女の心を悩ましているのはその姉妹本人だからだ。

──千葉紀梨乃。

あたしの大好きなコジロー先生の恋人で、あたしの大好きなおねえちゃん。



「いやー、すいません。いつも、いつも夕飯にお邪魔しちゃって」
「いえいえ、先生はキリノの将来の旦那さんですから当然ですよ」
「もー、やめてよ。おかーさんったら~」

コジロー先生とお母さん、それにおねえちゃんたちが談笑しながら食卓を囲んでいる。
先生があたしの家にいる、とてもうれしいはずの光景。
見慣れたいつもの光景。でも、あたしはなぜかちっともうれしくないんだ。

少女は、そんなことを思いながらメンチカツに箸を伸ばした。
「いやいや、俺もそのうちとは考えてるんですが……すいません」
「いいんですよ~、結婚はいつでもできますからね。ねえ、キリノ」
「お母さん、お姉ちゃん困ってるよ」
さりげなく口を挟む。姉のことを心配しているわけではない。
そんな話は聞きたくないから、自分はワガママなのだ、と少女は思った。

「あら、そうかしら。それにしても、2人も娘が先生のお世話になるなんてねえ」
「まさか、室江で剣道部に入るとは思わなかったよ。物好きだよな~。
 姉ちゃん見てるから、剣道臭いの知ってるのに」
兄のたっくんが不思議そうに少女に言った。
「高校ほとんど行かないで、ジョニーズの活動してる人に言われたくないですよ~だ」
少女は、兄に軽口を返す。

「でも、本当に驚きましたよ。紀梨乃そっくりの女の子が道場の門を叩いたときは」

コジローが何の他意もなく、素直な気持ちをもらした。
だが悲しいかな。それが、少女の心に傷を残す。
あたし、お姉ちゃんになんか似てない。
お姉ちゃんは猫派だし、あたしは犬派だし、あたし──。
「そんなに似てるっすかね~」
「似てない!! 似てない!!」
あたしは、思わず叫んで立ち上がり、恥ずかしくなって2階に駆け出した。

「なんか……まずかったですかね。俺」
「すいません、先生。難しい年頃なんですよ、あの子も」

少女の心のうちまではわからない彼らは、困ったように顔を見合わせた。
だが、
「先生、あたし、ちょっと行って来ます」
「キリノ、別にあんたがいかなくてもいいんだよ」
「ううん、あたしじゃなきゃたぶん駄目だと思う、せんせー」
「……わかった。頼むキリノ」

コジローは、とキリノの真剣な様子を察したのか。
それとも、喋らなくても互いの考えがシンクロするかのように伝わったのか。
キリノの意思を汲み取って、彼女に2階へかけていった妹のことを頼んだ。

「わるいね、キリノ。まったく、あの子もどうしたのかしら」
「それは、あたし、なんとなくわかるから……だから……ね」

キリノは、そういうと階段をゆっくりと上がっていった。

──あたしはバカだ。
少女は、自分の部屋に飛び込むとベッドに顔をうずめた。
階段を誰かが上がってくる音が聞こえる。
きっと、お姉ちゃんだ。お姉ちゃんは全部わかってるんだ。
ベッドから起き上がりドアの前へ歩き出す。ふと、机の上の鏡が見えた。
そこには、見る人が見ればキリノの高校時代そっくりな少女の姿が写っている。
でも、あたしは、お姉ちゃんじゃない。……昔、姉に見せてもらったアルバムを思い出す。
そこには、やはり今の自分そっくりな少女が写っていて隣には先生の姿があった。
でも、この鏡には隣に先生は写らないんだ。

ノックの音が聞こえた。
「キリノだけど……入っていい?」
「勝手にして!」

少女は叫んでベッドへとまた駆け出す。顔をうずめると同時にキリノが入ってきた。
「……ごめんね」
「何が?」
ベッドに顔をうずめながら少女が応える。
「コジロー先生とのこと」
「別に、あたしはなんでもないもん! お姉ちゃんなんかキライ!」
あたしは何を言ってるんだろう。ただのワガママ娘だ。
少女は後悔するも、言葉は止められない。
堰を切ったようにあふれ出す。
「なんで、あたしは妹なの。なんでもっと早く生まれてコジロー先生に会えなかったの?
 なんで、お姉ちゃんにそっくりなの? なんでよう……」
「ごめんね」
「あやまらないでよ……」

少女は、ガバッとベッドから顔を上げてキリノを刺すように見つめる。
「あたし、お姉ちゃんにあこがれてた。だから、剣道も始めたの。
 剣道は楽しいし、大好き。でも、コジロー先生も好きになるまでは似たくなかった!」
「……あたしたち、来月籍を入れるの」

姉が残酷な現実を突きつける。こんなときになんでそんなことを言うのか。
「ごめんね。アタシもコジロー先生が大好きなんだ」
「ずるいよ……お姉ちゃん」
わかってた。最初から、アタシはかなわないことぐらい。
アタシがどんなにスキでも、コジロー先生が愛している人はお姉ちゃんなんだ。
だから、あえて姉が現実を突きつけて悪役をかってでているのもわかる。
姉は、優しいのだ。アタシは、きっとそんな優しいところは似ていない。
少女は、ひとしきり嗚咽したあと急にすっと晴れやかな顔になって姉に応えた。

「おめでとう。お姉ちゃん」
「……ありがとう。ほら、早く降りましょう。お母さんたち心配してるよ」
「うん、もう少ししたら行く」
キリノは少女を促すと先に階段を降りていった。

少女が階段を降りようとすると、携帯にメールが入っていることに気づいた。

From:桑原かずひこ
件名:元気出せよ

姉ちゃんから聞いたんだけど、コジロー先生、お前の姉ちゃんと結婚するらしい。
いや、ほら、あのさ。お前、なんかコジロー先生に熱はいってたからさ。
……お前、可愛いからほかにも恋人できると思うんだ。
うちのバカねえちゃんよりよっぽど可愛いしさ。いや、じゃなくて
とにかく! あー、もうバカー。なんかわかんねーや。
PS:また、ウチのバカ姉貴にゲーム機壊された。

滅茶苦茶なメールにぷっと、少女は噴き出す。
立て続けに、メールが来た。

From:桑原さやこ
かずひこから今の剣道部の話を聞いてて思ったんだけど、
あの、その、死なないでね!
ほら、アレ駄目人間だから、あなたにはもったいないと思うの。
キリノは悪趣味だしさ、ぶさいくな人形部屋にいっぱいあるでしょ~。
とにかく! あー、もうあたしのバカー。なんかうまくいえないんだけど
あの選択はないから! あんたのお姉ちゃんは男選びで失敗してる! うん!
PS:かずひこのゲーム機、また壊しちゃった

少女は、さらに噴出した。
そしてなんだか、心が軽くなる。
あたしには、こんなに自分を心配してくれている人たちがいる。
ワガママでお姉ちゃんを困らせるわけにはいかないんだ。
だって、お姉ちゃんが好きだから。コジロー先生よりも、誰よりも。
あたしのあこがれたアタシのお姉ちゃん。

机の上の鏡を見た。
そこには、キリノに似ているけれど確かに違う少女の姿が写っていた。

少女は、側にある竹刀を握る。自分の鼓動が聞こえるようだ。
──素振り。
そして、あたしには剣道があるんだ。コジロー先生との絆の。
部員が1人しかいなくても、アタシのために剣道場を閉めないで残ってくれた。
そんな先生を、アタシのワガママで傷つけてはいけないんだ。きっと。

階段を降りて、少女はコジローに笑顔で話しかけた。
「先生! ごめんね~。学校で嫌なことあってさ~」
「おいおい、大丈夫かよ。心配したんだぞ」
「それより、聞いたよ。先生。おめでとう!」
「お、おいおいキリノ。お前……」
「いーじゃないですか、そのうちわかるしお母さんたちにも言うつもりだったんですから」

お姉ちゃんたちが楽しそうに笑いあっている。
まだ、心のどこかがチリチリと痛む。

今夜は、倒れるまで素振りしよう。
明日は、かずひこも来るだろうし、久しぶりに係り稽古だ。
部員も増えるだろう。きっと、団体戦だって出来る。

「先生!」
「ん、どうした?」
「アタシ、やるっすよ! 先生の婚約祝いに剣道部を全国大会に導きますよ~」
「なんだよ、急にやる気出して。まあ、そうだな。お前ならできるさ。頑張れ」

「   」

先生が、アタシの名前を呼んだ。
なぜだか、それが嬉しくて……ごめんね、お姉ちゃん。前言撤回。
アタシ、まだあきらめられないかも。
うかうかしてると、ステキな旦那様をアタシの魅力で奪っちゃうからね!

キリノは妹の顔を見る。そこにはひまわりのような笑顔が浮かんでいた。


──これは、今よりも6年後の未来の出来事である。

おわり