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――――その竹刀の軌跡は、白く、輝くように。

「面ェェーーーんっ!!!」

コジロー先生の放った竹刀が、小太刀を捨て、上段に構えなおした石橋先生の面を捕らえる。
ユージくんの持つ白旗が勝者を示す―――勝負あり。
礼を終え、あたし達のところへ帰って来る先生。
勝ったのだ―――コジロー先生は。

しかしその余りの激戦の内容に、労う事も出来ず…
ただ唖然と、帰って来る先生を見守るしかできないあたし達。
ゼエ、ゼエと息切れしながら先生があたしの横に座り、ゆっくりその面を取ると、開口一番。

「……俺、勝ったん、だよな…?」

その眼は未だに半信半疑といった様子で、宙空をぼんやりとうろついている。

「…ええ、カッコよかったっすよ、先生?」

自分から声は掛けられず、でも確かめるようにこちらに尋ねる先生に…
なんとかその質問に答えようと言葉を搾り出す。すると。

「そうか…勝てたのか……俺…」

先生は自分の震える手を見ながら、今更その勝利の喜びを噛み締めているようだった。
つられてこちらもやっと、その喜びの意味を一緒に感じる。
未だに信じられない、と言う様子で固まっている、あたしを含む部員たちを尻目に。
まずタマちゃんがお祝いの言葉を述べると、皆もそれに続く。

「おめでとうございます、先生」
「そうだよ!おめでとー!」
「すごかったです!」

そのまま皆先生の元に集まり、ちょっとした祝勝会のムードだ。
少し乗り遅れたあたしは、特に何を言う事も無くふい、とその場を下がり…
一方の鎌崎高校の方へふと目をやってみると―――
タマちゃんに敗れ、「負ける事の悔しさ」を思い出したらしい向こうの部長さんが何かをまくし立てている。

「……おい、オッサン」
「ハァ…ハァ…俺は、オッサンじゃねえ……何だ、岩堀」
「惜しかったんじゃねえか?……紙一重ってとこだろ」
「ふん…負けは負けだろ、お前等も俺も、負けちまった…」
「………」
「…すまねえなあ顧問らしいとこ見せてやれなくてよ」
「教えろよ」
「あん?」
「その紙一重……埋める方法、知ってるんだろ?アンタなら」
「!!!……まぁな、だがその前に……!」

「その口の利き方をまず何とかしろゴルァァァ!!!」

「(―――!!)」
「(――――!!)」

……そのまま視線を切り、その声を遠くする。
向こうには向こうの事情があるのだろうし。余り聞き耳を立てるのもよくない。
そうこうしてるうちにコジロー先生をとりまくお話は終わり、皆から解放された先生はややグッタリしている。
その隣に屈み込み、まず、さっきは言えなかった一言を。

「おつかれさまでした、センセー」
「キリノか…」

まだ疲れている先生にそれだけ言ってすぐに立とうとすると。
先生の方から待てよ、と言う声がかかる。そして

「キリノ……ありがとうな、応援、くれただろ?」
「(おう…えん?)」

確かに試合中、声は出していたつもりだったが…
先生の言いたい”応援”と言うのはまた違う意味を持っている気がした。

―――そうそれは、自分の試合中に何度か感じた事のある不思議な感覚。

先生の後押しの言葉が、自分の背中を押してくれるような。
頭の中にハッキリと聞こえるその声が、戦い方を教えてくれるような。
そして今日は、先生の試合中に―――逆に自分がそれを送るのをハッキリと感じた。
先生の目があたしの目で、先生の耳があたしの耳になったような感覚。

”いつもどおりの先生の剣道をすれば、勝てます――――”

なんとか考える事が出来たのは、それだけだった。
でも…その時、先生は……掛け声に混じって、確かに「おう!」と応えてくれた気がする。
それを思い出すと―――ドクン、とひとつ、高鳴る鼓動。

「(……おりょ?)」

考えれば考える程に、急激に心臓の鼓動は早まっていく。
そしてあたしからの返事を待つ先生が、「ん?」という笑顔をこちらに向けると―――
その鼓動は更にどうしようもないほどに加速してゆく。

「(……ありゃりゃ、これは…)」

その、やり場のない気持ちの行き場を求め、自分がとった行動は―――
先生に小指をそっと、差し出す事。何故かは分からないが、そうする事で心は僅かばかりの平静を取り戻す。

「……先生、指切りしましょー」

そのあたしの行動に、少し不思議な顔をした先生が…
いいけど、何の約束だ、と当たり前の疑問を返す。

「(え、ええっと…)」

あれあれ、と脳内をフル回転させても答えは出るはずもない。
しかしそこに、あたしの後ろから……石橋先生がやって来る。

「…おい、コジロー!」

一瞬あたしから視線を切り、石橋先生の方へとその視線を向ける先生。
先生が面倒臭そうに、何ですか先輩、とあしらおうとすると…
その石橋先生の形相に、ややのまれかかる先生。

「―――玉竜だ」
「……はぁ?」
「玉竜旗で、再戦だっつってんだよ!」

その言葉の意味を掴めず、呆けている先生に―――
差し出した小指をパーに変え、背中をばちん、と一発。

「ッ痛ぇーな、キリノ……何するんだよ?」
「玉竜旗!あたし達も出るんですよね!?」
「!!……そう、だな…」

再び先生の目に火が灯る。

「…OKっす!やりましょう先輩!」
「今度は俺とお前の勝負じゃないぞ……俺が育てたこいつらが、お前んとこの部に勝つ!」

気が付くと、石橋先生の後ろには、今日戦った鎌崎高の部員―――
岩堀君や近本ちゃんや皆が揃い踏み、部長の岩堀君は不敵な笑みを浮かべている。
それに、ふ、と少し目をやると、あたしの方をちらと見、それから石橋先生の方へと目線を動かす先生。

「―――次も勝つのは俺らっすけどね!!……なあ、キリノ?」
「はいっす!……負けないっすよ!」

そう、再戦の約束を交わし、去って行く石橋先生と鎌崎高校の部員たち。
ふう、と肩をがっくり落とし、今度こそ疲れた、という様子の先生に―――
もう一度、小指を差し出す。

「先生、約束しましょう」
「またか……こっちは何を約束したいんだ?」
「次もあたしらが勝てたら、ごほうびに―――」

ご褒美、という言葉にギクっ、という表情を浮かべる先生。
ひとしきりその反応を楽しむと、おもむろに。

「―――ラーメンおごってくださいね」

緊張と弛緩。なんだそんな事かよ、と退屈げに小指を差し出す先生。
あたしの指と先生の指が絡まる。

「ゆーびきりげんまん!」
「ゆーびきった!」

そのまま、二つの手が離れ…
にひひ、と笑顔を浮かべるあたしに、少し不思議そうな顔の先生。


―――この日交わされた、二つの約束。

―――そのうちひとつのホントの意味は、まだ内緒。