「遅くなってごめんね」

突然呼び出されて、
突然謝られて。
そして、何のことだかわからなくて、
そして、―――――。




仕事を終え帰る人で適度に混雑した夜の電車を降り、改札を抜ける。
制服じゃなくてスーツを着込み、
自転車ではなくて、徒歩で職場に通うことに時間の移り変わりを感じる。
家までは歩いて15分。
自転車に乗っていたあの頃であれば2分の道のり。


そんな差が私に物想いふける時間を与える。



大学を卒業してはや二年。
学生だったあの頃のように、竹刀を振ることだけができる生活ではなくて、
デスクワークをこなす傍らで、練習に励む日々。

自分は変わりたくなんてなくても、
私を取り巻く環境がそれを許さなくて流される毎日。

――いつから私はこうなってしまったんだろう?


アニメのヒーローに憧れていた自分。
自分自身の正義で行動出来ていた、あのころの強い自分。


その全てが、遠い昔のようで、
もう二度と戻ることのない過去のようで、胸の奥が痛む。



Prrrrrrr、Prrrrrrr


メールの着信を知らせる無機質な電子音。

また、仕事の連絡だろうか?
そんなことを思いながら、丸みがかった白の携帯電話を開く。





From ユージくん
Sub お仕事お疲れさま。

本文 遅くにごめんね。
   突然だけど、今から会えないかな。
   無理なら、連絡もらえる?
   大丈夫なら、室江高の武道館の前に来てくれるかな。



突然の、そして久しぶりのユージくんからのメール。


歩みの先は自宅じゃなくて、室江高。
昔の私なら、父に連絡の一つも入れていたであろうが、
それもいつの間にかなくなっていた。

そんなことにも時の流れを感じる。



――なんなのかな?




そういえば、このごろ会えてなかったな。


思えば、彼との関係も不思議な気がする。
大学時代は噂されたりもした。
すごく恥ずかしかったけど、
不思議と悪い気はしなかった。
うんぅ、あの頃の自分は意識してなかったのかもしれないけど、
きっと、きっと、とっても嬉しかったんだと思う。

…でも、これといった言葉はなくて、
ただ、お互いに剣の腕を高めあい、
励まし合い、
たまに、ご飯を一緒に食べるくらいの関係。





昔のことを思い出している間に、
いつの間にか、目の前には室江高の正門。






あの頃の、
先輩と先生と友人と剣の腕を磨いていた日々が鮮やかに蘇る。


懐かしさを噛みしめながら門をくぐり、
武道館の前へと足を運ぶ。



瞳に映る、暗がりの中に立つユージくん。

何故だかわからないけど、
少し胸が締め付けられる。


息を整え、スーツの襟を正し、
――唇にリップを滑らす。



そして、あなたの元に歩を進める。





「ユージくん、遅くなってごめんなさい」

頭を下げる私。

「うんう、こっちこそ急に呼び出したりしてごめんね」

声が耳に届くだけでなんだか"ほっ"とする。
あったかいような、くすぐったいような。


少しの間の沈黙。
ちょっと不思議に思って、あなたの目を見る。

『えーと』って、言葉を詰まらせながら、
何かを考えている目の前のあなた。

「遅くなってごめんね」


――?
遅くれてきたのは私の方だけれど?
なんで謝るの?

一瞬の間に頭の中を駆け巡る疑問。
そう、一瞬の間。

だって、すぐに言葉の続きが私の耳に届いたから――。




「タマちゃん…、いや……、珠姫、

――――しよう」




自然と涙が零れおちる。
あぁ、これがしあわせなんだ、ってそう思う。

そして、いつの間にか、
私はあなたの胸に抱きついて、
あなたの腕の中で泣いていて、
あなたに髪をなでられている。



ひとしきり泣いたあと、
名残惜しくも、あなたの胸を離れる。

私もあなたにきちんと伝えないといけないから。
そう、あなたが私に言ってくれたように。
相手の心に真摯にこたえるのが、私の正義だし、
何より、今の私が一番望んでいることだから。

だから――、
だから、胸を張って精一杯の気持ちを込めてあなたにこう告げる―――。




「不束者ですが、私こそよろしくお願いします」





移りゆく時間の中で、

変わっていくもの、

変わらないもの。

願わくば、この関係が、

変わらないものでありますように―――。
最終更新:2008年05月12日 23:25