コジローとキリノ、そしてサヤが帰った後のある日の道場。
残る2年生組に、忍と誠を巻き込んだ”会議”は続いている。

「…ですから、昼食の時に皆で姿を消しちゃえばどうですか…?」
「アンタ…なかなか使えるじゃないの。ダンくんはどう?」
「わかったぞぉ、でも、サヤ先輩はどうすんだぁ~…」
「確かにサヤ先輩は面倒そうですよね…」
「どうしましょう…もし下手に知られて、バラされたりしたら…」

「……じゃあ私がご用事って事で、誘い出しちゃえばOKかしら?」
『よっ、吉河先生?聞いてたんですか?』
「まあ、あの二人放っておいても中々進展なさそうだもんねえ」
『いえ…協力して貰えるのはいいんですけど…』
「あっ、大丈夫大丈夫、私、ノーマルもイケる口だから」
『(あんた…産休じゃなかったんかい…)』

ともあれ、このようにして……
世話焼き7名+腐女子1名による
”いい加減、白黒ハッキリさせなさい”会議は閉幕の運びとなった。
狙いは明日開かれる、小さな市民大会。
新生・室江高にとっては―――小さいとは言え、鳳凰旗以来の公式戦となる。

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「いやー、午前の個人戦は惜しかったねえ、さっちん?」
「い、いえ…まさかまたタマちゃんと一回戦で当たっちゃうなんて、思いませんでしたけど…」
「…まあでも、今回は一本取ったんだから、大した物じゃないか。タマから一本取ったの、今日はお前だけだぜ?」

約束の、昼食タイム。和やかな会話は続いている。
既にサヤは吉河先生に引き摺られ、どこかへ連れ去られてしまった。
ユージとタマは道場の人が来ているので挨拶に行くといって出払い、
忍と誠はお兄ちゃん達や友達と一緒に食べるといって既に居ない。
よってここで自分とダンくん、そしてサトリが姿を消せば……計画は完成する。
ミヤミヤはそう思い、ひとつ黒い笑顔を浮かべ、半分しか食べてないお弁当箱を畳むと。

「ダンくん、ちょっと私レイミに会わなくちゃいけないの~、怖いから、ついてきて~」
「もちろんさまいすい~とはに~」

一人取り残されようとするサトリに、ギン、と眼光をくれるとサトリも黙ってそれに付き従う。
結局、その場に残るのは―――コジローとキリノの二人のみ。
午後の部までの時間はたっぷりとある。……計画、成功である。ここまでは。

「はー、なんか皆出払っちゃいましたねえ」
「ン…そうだな、何やかや忙しなさそうだったな、あいつ等…どうしたんだ?」
「さあ…まあ、お茶でも淹れましょーか。今日は宇治の玉露ですよ」
「おう、くれくれ。…何やらお前の弁当沢山食ったせいか、今日は眠くてな……渋いのを頼むぜ」
「もー、いつかみたいに眠りこけてちゃダメっすよ?顧問なんだから」
「あ、ああ…あん時ゃ、済まなかったよ……お前にゃ特に、だな…」
「ふふ、いいんですよ。もう過ぎた話です……ハイどうぞ」
「ゴメンな……いただきます」

ずずず、と二つの音が混じり合う背後に…ひとつ、ふたつ、みっつ……合計7つの、目という目。

「―――お茶、飲んでますね…」
「見りゃ分かるわよ…でも、ねえ……」
「ふつー、ですね…」

元祖・普通人のユージに言われずとも…
その光景は、部員たちの期待とは裏腹に…余りにも、日常でありすぎた。
そこへ後ろからひょっこり顔を出す、8番目の目―――すなわち、吉河先生。
さも不満気に顔を出した彼女は、開口一番にこう告げる。

「じれったいですねえ……ここで暴漢でも現れると話が進め易いんだけど…」
『(いやいやいやいや、あんた教育者……ですよね?)』

各人が一斉に心の中で突っ込みを入れる中。
じっと二人を見ていたタマがおもむろに宙空を指差すと。

「あ…暴漢、です…」

その指先に見えるは……サヤだ。だが少し様子がおかしい。
彼女を連れ出したはずの吉河先生に一斉に視線が集中する。
しかしサヤはふらふら、と何か呟きながら確実にコジローとキリノの居る方へ近付いていく。

「女の子は…男の子が好きにな~る…ぼぉぉい、みぃぃつ、がぁぁぁる…」

その、余りにも酷い有り様に……
吉河先生に対する部員たちの視線は、糾弾の性質を強く帯び始める。

「ちょっ、あれは何ですか!?」
「……っていうか、誰?」
「あああれは、サヤ先輩じゃないぞぉ~」

少してへ、と言う具合に自分の頭を軽く小突きながら、吉河先生。

「う~んと、普通の女の子に戻って貰おうと思って、”説得”してみたんだけど…強すぎたかしら…?」
『(あ、あんたなー!!)』

そして一方の、当事者たちは。
ふらふらと寄り付くサヤの様子のおかしさに、心配を隠せないコジローとキリノ。

「だ、大丈夫……サヤ?」
「お、おいおい。無理すんな、よ…?」

そのまま、二人の傍に胡坐をかいて座り込むと…
気遣う二人の顔を見てけらけらけら、と吹き出すように笑い出す。
そしてその大きな笑い声が収まると、途端に真剣な表情を向けるサヤ。

「二人は…そんなにラブラブなのに、ちゅーもしないのって、変じゃない?」

その口調、その表情はまさにいつものサヤなのだが…
言っている内容は完全に呂律が回っておらず、意味をなさない。
が…そんなものでもコジローとキリノには十分にクリティカルな物であったようで。
お互いの顔をひとつ見つめると、途端に顔を赤らめる二人。

「な…何言ってんのよサヤ。私ら別にラブラブじゃないって~」
「そ、そうだぞ。仮にも先生と生徒の関係で……出来るわきゃないだろう、そんな事」

それにぶぅー、と不満な顔を見せると、今度は赤ん坊の様に駄々をこね始めるサヤ。

「ヤダヤダ!二人がちゅーしてるとこが見たいの!……見・せ・て?」

どうにも、収まりのつかないサヤに…
まずキリノの方がどうしよう、と言う視線をコジローに向けると。
コジローの方もキリノを見やり、視線がばっちりと鉢合い、互いの目線が釘付けにあう。
そのままゆっくりと、顔を近付けるキリノ。

「……センセー…」
「…おっ、お前までノせられてどうするんだよキリノ!?」

火の出るようなキリノの視線に何とか目を背けながら、必死の抵抗を見せるコジローに…
その後頭部を押さえつけようとする、謎の力が働き―――
そのまま強引に、二つの唇が重なり合う。

(………!!)

そしてひとしきり押さえ付けた後二人の頭から手を離すと、子供のように無邪気に笑い転げるサヤ。

「ニャハハハ!……おめでとーキリノ、せんせぇ……次は――」

―――しかしそこまでで、サヤの思考は断たれた。
ばちん、という音が一閃すると、背後からタマの放った竹刀の一撃が、彼女の意識を刈り取ったのである。
そのままぞろぞろ、と姿を現す部員たち一同……と、何故か吉河先生。
呆けるコジローとキリノに、深々と頭を下げる8人。

『……ごめんなさい』

その行動に、始めは呆けていた二人だったが、次第に意味が掴めて来ると。
額に血管を浮かべ、露骨に怒りを顕にするコジロー。

「あのですねえ、吉河先生…」

そのまま、全員に詰問のひとつでも、という勢いのコジローに、しかし隣のキリノは。

「でも…あたしは…良かったっす、よ…?」

コジローはそれに、む、と憮然とした様子を一瞬覗かせると…
急に顔を崩し、いわゆる「デレ」の表情で。

「ま、まぁ…キリノがそう言うなら…」

そう言うなり、矛先を収めるコジローを見た部員たちは…

『絶対尻に敷かれるな、この人…』

と思ったとか思わなかったとか。


そして後にこの日は――――

キリノとコジローにとっては、”ファーストキス記念日”。
部員たちにとっては、”血のブルーサンデー”
そしてサヤにとっては、”何かが目覚めた日”

――――として、記録される事になる。



終わり
最終更新:2008年05月11日 00:54