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”二年前の私に教えてあげたいです、私、せんせーと結婚するんだよー、って。”

すがるように腕をより強く絡め、笑顔でこちらを覗き込みながら……その猫口はのたまう。
見知らぬ人の家の上空にはためく、無数の鯉幟を二人で見上げつつ。

(―――二年前っつーと、確か…)

咄嗟にあの頃に思いを馳せる。
まだ剣道部が―――俺とこいつの二人しか居なかった頃。

(じゃあ、もし仮に……あの頃の俺だったら、どう感じるのだろう?)

そう考えて、頭の中を整理してみるものの…実際、鼻で笑うだけだろうな、とは、思う。
確かにあの頃から、こいつとの繋がりに―――何か特別なものを感じていない訳ではなかったが。
それがこのように、自分の中でのモラルを飛び越える程に強い思いになるまでとは…
おそらく言っても自分も、誰も信じるまい……あるいは目の前の、一人を除いては。

「……お前はさ。いつ頃からその―――俺なんかと。こうなりたいって、思ってくれてたの?」

単なる口を突いて出ただけの言葉ではあったが…
思えばちゃんと聞いた事が無かった、こいつのそういう所。
自分の方の答えが曖昧なのに相手に答えを求めるのも奇妙な話ではあるが、聞かずにはいられない。
それを尋ねると、やはりこいつも良く分かっていなかったのか…
ニコニコの笑顔のままで頭脳を回転させているみたいだ。
それがやがて、チーン、と言う音がしたような気がして……今度はネコ目を見せたかと思いきや。

「あたし…剣道を始めた時から、これだけは、って決めてた事があったんですよ」

「もし…心のそこから…剣道を楽しめなくなっちゃった自分がいたなら…」

「その時は、剣道、やめちゃおうって」

その言葉は、軽い衝撃となってコジローの背中を走り抜ける。
まさかこいつの口から「剣道を」「やめてしまおう」等と言う言葉が出るなんて。
でもそれは、当たり前の事かも知れない。強がりでも、ホントはとても弱いコイツの事。
意外と素顔を覗いてみれば―――いま目の前で語る素直な言葉にも、奇妙な説得力がある。

「だから、2年の時と、3年の時……ホントはあたし、剣道を辞めてるはずだったんですよ」

「一度目は、辛くて…二度目は、先生が居なくて…もう、諦めようって、思いかけてて……」

絡めた腕を、なおいっそう強く握る。こちらの腕が痺れるくらいだ。

「でも、その二回とも、居てくれて、帰ってきてくれて……ちゃんと止めてくれたのは、先生だった、でしょ?」

だから、と多少涙ぐんだ目でその先は言葉にならず、ただこちらを見上げるキリノ。
親指で軽くその涙をぬぐうと、少し背をすぼめ―――唇が触れる。
そのまま名残惜しげに離れると、やはりどちらからとも無く、照れ笑い。

「やっぱ、日中からこういうのは……慣れんなあ」
「でも、嬉しい、です。よ…?何だか通じ合っちゃったみたいで、ふふ」

そのまま、しばらく何ともいえない沈黙が続くと。
キリノが当然、こちらの理由を求めてくる。

「先生は何で、あたしでよかったの?」

―――もちろん、その答えは同じ。

「気付いた、からかな……いや、今だって何故か忘れてて、ついさっきお前の話で思い出したのかも知れないけど」

「一度目の時は……お前が居たから。顧問として付いていてやらなきゃ、くらいの気持ちだった」

「でも、二度目……お前の目を見て、ちゃんと”ただいま”って言えた時かな」

「あの時―――”ああ、ここが俺の居場所なんだな”って、感じたんだよ」

「俺が、帰って来る場所には……いつもお前が居てくれなくちゃ、って」

だから、と言葉を続けようとするコジローの口を。
今度はありったけに背伸びしたキリノが強引に塞ぎにかかる。

「んむっ…ぷあっ……ま、まだ答え途中だけどいいのか?」
「…十分です、センセー…」

そのまま抱擁し合い、沈黙する事数分。
徐に目が合うと、やはり言わずにはいられなかった、その先の言葉を―――

「だから…だから俺は……お前の事が…好きなんだよ。お前以外なんて、考えられない」
「あたしも、だから…先生が好き。……大好き!」

『ずっと、そばにいて…』

折り重なる言葉を、そして二人を祝福するかのような晴天の下。
ばさぁ、と言う音と共に上空の鯉幟がひとつ、強くはためく。
それに気付いた二人が見上げると、またも、どちらからともなく。

「こいのぼり……あの頃のあたしたち剣道部みたいっすね…」
「そうだな…お父さん鯉が俺で、お母さん鯉がお前で…」
「青のお姉ちゃんがサヤで…緑がさっちんで…?」
「あのちっこいのがダンか…じゃあ、その上のがタマだな」
「ピンクの子がミヤミヤで、タマちゃんの上にいるのがユージくん、かぁ…」

二人して「あの頃」の感傷に浸っていると…
キリノは何か、決意を新たにしたように、更に強く腕にしがみつきながら。

「あたし達も、頑張らなきゃいけませんね!センセー?」
「が、頑張るって、何をだよ…」

またまたとぼけちゃって、といやらしい笑みを浮かべつつ、なおも笑顔で見つめるキリノ。

「……目指せ!団体戦!っすよ」
「そ、そりゃちょっと…多過ぎないか?」

振り回す者が、振り回される側に回り。
その関係性に、若干の変化がもたらされようとも―――

――――一生を共にする二人の歩みは、まだ始まったばかり。