強盗「金を出せ。」
包丁が突きつけられた。手元には竹刀。自分が最も信頼する道具。
それでも、強盗に勝てる気なんてしなかった。
コジロー「はい・・・。」
弱弱しくコジローがレジから出した大金をつかんで、強盗が逃げていく。
コジローにできることは、無力さに打ちひしがれ、膝を折ることだけだった。


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キリノ「でも、そういえば先生はなんで大学で剣道部に入らなかったの?」
コジロー「まぁ・・・な。なんとなく離れたくなったんだよ。」
キリノ「むー。もったいないですよ!」


昨晩、キリノにそう聞かれた。
高校時代、思いっきり燃えた剣道。全てを費やした剣道。結果を残せた剣道。
大学に入り、それをあっさり捨てた。

コジロー「なんとなく部活には入らなかった・・・か。」
そう呟きながら、竹刀を振り下ろす。あのときのようないい音がした。

ユージ「おはようございます。相変わらず早いですね。」
コジロー「おう、ユージ。早く着替えろよ、相手してやるぜ。」
ユージ「はい!」
素直に喜ぶユージ。尊敬できるほどに、この少年は剣道を愛している。。
コジロー「・・・理由なんて要らないよな。」
ユージ「え?」
コジロー「いや、なんでもない。」



あの夜、今までの自分を全て否定された気がした。自分が12年間頑張ってきた剣道を。
竹刀なんて。木刀なんて。
ナイフにもかなわないし、銃弾の前にはただの棒切れでしかない。
それを痛感させられた。

強くなったと思っていても、実際は弱いままだと思った。
自分が今までやってきたことはなんだったんだろう。無意味だったのだろうか。
そう思ったコジローは、剣道を、捨てた。

それからの数年間。室江高校でも惰性で剣道と付き合ってきた。
―どうせ役に立たないんだから。―
―真剣にやりこむ意味なんてないんだから。―

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コジロー(バカなことしたよなぁ。)
今更ながら後悔する。後悔しても仕方がない、そうはわかっていてもやはり悔しい。
コジロー(俺は人を叩きのめすために剣道を始めたのか?)

違う。

ユージ「でも、俺は剣道が好きなんだ。」
目を輝かせて、剣道部に入る力強い少年がいた。
タマ「私、剣道が大好きになりました。」
剣道に改めて惹かれた少女がいた。
キリノ「みんなで全国を目指しましょー!」
決して強くなくても、それでも剣道を楽しむ少女がいた。



ユージ「先生、着替えてきましたよ。稽古つけてください。」
コジロー「よーし、来い!」
ユージ「はい!」
遠慮ないユージの打ち込み。ほぼ同格の二人なだけに、コジローとしても気が抜けない。
だからこそ、楽しい。 負けるかもしれない、でも楽しい。

コジロー(なんてことはない。俺は、剣道が好きなんだよな。)
実際に役に立つとか立たないとか、そんなことはどうでもいい。
単純に、剣道が楽しい。忘れていた気持ち。
でも、その気持ちを、みんなと会って思い出した。

後悔は決して役に立たない。だから、今からでも遅くない。もう一度、剣道に打ち込もう、そう決心した。

だから、キリノが大学で剣道をする、と行ったとき嬉しかった。
剣道を想い続ける人間がいるから。自分がそのような人間をつぶさずに済んだから。
そして、決意した。
-あいつと一緒に、剣道を続けよう-
と。

コジロー「なぁ、ユージ。」
ユージ「なんですか?」
一呼吸おいて、問いかける。

コジロー「お前、剣道は好きか?」
ユージ「もちろんじゃないですか!」
迷いもなく。笑顔でユージは答える。

そこには、昔の、高校時代の自分がいた気がした。
最終更新:2008年05月05日 15:30