「飲み物買ってくるからここで待ってて」

だきっ


「タ、タマちゃん?」
「…行っちゃやだ」



「あったかい…」
「いま夏だよ、タマちゃん」
「…。ユージくんのばか」

酔っているとはいえ、いつもと違うタマに困惑するユージ

「大丈夫だよタマちゃん。俺はどこにもいかない、だから安心して」

なだめるユージの言葉に、しがみついた腕の力を緩めるタマ。
ユージは安心させようと、いつもの笑顔でそっと頭を撫でようとする、が…
延ばした手は、頭に届く前に振り払われる。

振り払う動作のままその手を掴み、
不満げな瞳でユージを見つめるタマ。

「子供扱いしないで…」

タマはするりと、懐に飛び込んできた。
要は正面から抱き着かれた形になっていた。

その日のタマは「いつも」と違い過ぎた。
このままでは自分も「いつも」では居られなくなる気がした。
なんとかタマを落ち着かせようと思うユージだが
発する言葉を選び終わる前に、

「…えへへ、やっと捕まえた」

胸の中のタマが嬉しそうに呟いた。
思わず背中に腕を回してしまうユージ。
それを受けてタマはきゅ、と強く抱きしめ返して来る。

「ユージくんが悪いんだからね」
「え?」

聞き返すと、タマはそのまま顔を上げ、
瞳に微かに涙を浮かべて言った。

「抱き締められるとこんなにあたたかいなんて知っちゃったら…もう離せないよ…」

頭に電気が走るような感覚を覚えた。
そして気付いた。
タマの「やっと捕まえた」という言葉の意味に。
つねに冷静で、大人でいようとする自分が
タマを遠ざけていたという事実。
自分の鈍感さを痛感し、腹が立つのと同時に
ユージの中でも「いつも」が崩壊していくのを感じていた。


「タマちゃん…俺も…」

「俺も君を離したくない…!!」



しかし、タマからの返事は無かった。





「…すぅすぅ…」



「ね、寝てるー!?」

急な脱力感に襲われるユージだが、
タマの身体を預かっている状態なのを思い出してすぐさま体勢を立て直す。

「しょうがない、起きそうにないし…」

ユージはタマをいったんベンチに寝かせてから
タマの身体を背負う形で担ぎ直すと
数駅離れた川添道場に向けて歩き始めた。

身体が小さい女の子とはいえ、酔った人間一人を背負って歩くのは決して楽ではない。
もちろんタクシーを呼ぶという選択肢はあったが
その日のユージには、それはあまりにももったいない気がした。



翌朝。
タマはいつもの布団で目を覚ました。
自分の家、自分の部屋、見知った天井。

そして、昨夜何があったのか記憶を辿っていくうちにタマは顔を赤くする。
立ちながら寝てしまうほど酔っていながら、タマは昨夜の記憶があった。
つまり自分がユージに何をしたか、何を口走ったか。
思い出すにつれ、赤かった顔が今度は青っていく気がした。

「も、もう、ユージくんと顔合わせられない…」
しかし、タマは思い直す。
あのユージくんの事だ。
学校に行けばいつものように、いつもの笑顔で笑いかけてくれるはずだ、たぶん。

いつも通りに身支度を整え、学校へ向かう。
お父さんによると、昨日夜遅くにユージくんが私をおぶって来てくれたらしい。
心配するお父さんに何もない、と言い張ったものの
何かしたのは私の方なのです。
ごめんなさい、タマキは悪い子です。


そんな事を考えながら通学ルートを進んで行くと
途中の土手で聞き慣れた声に呼びとめられる。

「おはよう、タマちゃん!」
「お、おおお、おはようユージくん」

ちゃんと起きれた?
気持ち悪くならなかった?
などと聞かれ、それに返事を返すタマ。


ほら、いつものユージくんだ。
ちょっと残念だけど、それこそがユージくん。
それが私が好きな男の子なのだった。

「ねえタマちゃん」
「うん?」
「ちょっと手、繋いでみていい?」

唐突なユージの申し出。
「え。…どうして?」

「あたたかくていいかなって」

そう言って、ユージは手を差し出す。

「夏だよ、いま」

笑いながら、タマもその手を握る。
温かい手を通して、心臓の音が聞こえる気がした。



どうやら。
今日は「いつも」より一歩先にいるみたいだ。
最終更新:2008年05月04日 21:40