老夫婦と天国の剣道部

「もしも、生まれ変わったら今度は何になりたいですか?」
「生まれ変わったらキリノと離れてしまうかもしれないからなあ……
 あの世でずっといっしょにいるほうがいいな」
「あら、奇遇ですね。あたしもですよ」

「そんなふうに話していたのに、またあたしをおいていっちゃうんですね……」
縁側で、おばあちゃんがポツリと寂しそうに言葉をもらした。
その言葉を聞いて、あたしの胸が痛くなる。
コジローおじいちゃんが亡くなってから半年……
あんなに元気だったおばあちゃんは、急に老け込んだみたいだ。
久しぶりに、家で素振りをしたかと思うと蛍光灯を割っちゃったり、
中田さんのおばあちゃんは、とっくに亡くなってるのに
「タマちゃんにメンチカツを差し入れしないとね」とか言ってたり……

そんな、ある日。
おばあちゃんは、またポツリとよくわからないことをつぶやいた。
「そろそろ、あのときと同じくらい時間が経っちゃいますよ。
 あたし、もう待つのは嫌っすよコジロー先生。」
そういえば、コジローおじいちゃんは先生だったっておばあちゃん言ってたっけ。
あのときっていうのが、何のことかわからないけど。
その翌日、しばらくしておばあちゃんは眠るように息を引き取った。


川に映る自分の姿は高校時代のアタシの姿。
ああ、アタシやっと死んだんだ……とキリノは思った。
でも……どこに行けばいいんだろう。辺りは霧に包まれてるし
たぶん、この川が三途の川ってやつだからこれを渡ればいいのかな。
あの人が、迎えにきてくれてもいいのにとキリノは不満そうにつぶやく。

しばらく歩くと、橋が見えた。橋を渡って川の向こう岸に下りる。
もう、後戻りはできないんだろーな、とか考えていると遠くに建物が見えた。
その建物は、懐かしい匂いのする……

そこは、剣道場だった。室江高校剣道部のあの剣道場。

キリノは駆け出す。駆けて、駆けて、勢いよく扉を開いた。

「おかえり」

そこには、自分がであったころの優しい笑顔をしたコジローの姿があった。
そして、もう会えないと思っていた仲間たち──。

「おかえり、キリノ(先輩)」
みんなが語りかける。そして、コジローが走り出してキリノを抱きとめた。

「ただいま……」
キリノはもう、自分が泣いているのか笑っているのかさえもわからない。

「手首だけで振る癖、結局治んなかったよな」
「いいっすよ。時間はいくらでもありますから」
「すまなかったな。また半年も離れちまって……」
「いいんです。いいんですよ。これからはずっと一緒ですから」

剣道場の扉が閉じる。そこに漂っている幸福感に包まれて──。
最終更新:2008年05月04日 21:24