コジロー「一生懸命、せいいっぱいでいい。お前のできることをしよう。」

キリノの引退試合。
この言葉にすがって戦い抜いた。結果はともかくキリノはこの、せいいっぱいという言葉が大好きだった。
そしてキリノには部を引退する際に一つ決めていたことがあった。

コジロー「ん?なんだよ、改まって…」
キリノ「先生…わたし、先生が好きなんです!卒業するまで黙ってようと思ってたけど、もう抑えきれない…、どうすれば、どうすればいいですか…」
コジロー「…お前のことは好きだ、けど、やっぱ教師と生徒の恋愛ってのは許されない…。お前の気持ちには気付いていたし、お前も俺の気持ち、わかってたんじゃないかとは思うんだが…
だからもし、違う出会い方をしてたなら俺はお前と恋に落ちたかもしれない…。」
コジローはやんわりと、だが教師と生徒という関係である以上の確実な拒絶を示した。
キリノはそれが悔しかった。もう一歩で届きそうで届かない二人の距離。それを詰めようとした自分を突き放すコジローが嫌だった。
我儘なのもわかっている、しかし、やはりショックだった。

キリノ(もう、先生と合わせる顔がないよ…勘違いじゃなかったらきっと先生も私のこと好きだったハズなのに…)
帰り道、子供が二人路地で遊んでいた。おままごとをしているようだ。男の子は嫌そうにしているが、女の子の我儘に付き合っているらしい。
キリノ(子供はいいなぁ。自分の気持ちを抑える必要もないし、素直に自分を表現できて。私も素直で真っすぐなのが取り柄だと思ってたのに…)
その時だった、嫌々だった男の子が痺れを切らしたのか立ち上がり、女の子の悪口を言いながら走りだす。
キリノ(ちょ、そっちの車道は危…!!)
キリノ「ぼくっ!危ないっっ!!」
キリノは瞬発的に男の子の方に駆け出していた。


一方のコジローも帰宅してからずっとキリノの言葉を思い出していた。
コジロー「……学生は学生同士で恋をするのが一番いいんだよ、俺みたいな安月給でだらしない大人のどこがいいんだ…。あいつに俺はふさわしくない…。」

トゥルルルル トゥルルルル…
コジロー『はい、石田です…』
サヤ『先生ー!キリノがっ、キリノが……っ』
コジローは何か嫌な予感がした。
コジロー『ど、どうしたんだよ、…泣いてちゃわかんねーだろぉが!』
サヤ『……キリノのお母さんから電話があって、帰り道で…キリノ、事故にあったらしくて…救急車で…』
意識が飛びそうだった。
コジロー『病院、病院は…わかるのか?今から行くぞっ』



コジロー「キリノっ!」
そこには目立った外傷もなく、ただ頭に包帯を巻いている以外はいつもと変わらぬキリノとその家族がいた。
コジロー「よかったじゃないか、…心配したんだぜ?」

…違和感。なんでキリノの家族はこんなに静かなんだろう…
サヤ「キーリーノー、こいっつー、ホントに心配したんだぞっ。あたしゃ、一時は泣いちゃったよ。」
……特に反応がない…。あのひまわりのような笑顔で謝るキリノの反応を期待していたサヤは驚いた。

とにかく打ったのが頭だったのでショックがあるのかもしれない、そう思ったコジローはその日は早急にサヤと共に退散することにした。

次の日、剣道部のみんなにキリノの事故について伝えた。そして、迷惑かもしれない、そう思いはしたが、みんなでお見舞いに行くことになった。

病院につくと、キリノのお母さんがいた…が、コジローだけは部屋に入るのを断られた。
キリノ母「どうもあの子、先生だけは会いたくない、って言ってるんですよ。…すみません。何があったのか…。
家でも先生の話ばかりするくらいあの子、先生のこと大好きだったのに。昨日先生が来てくれた話をすると、『先生は嫌いっ』の一点張りで…。」
部屋の中からはキリノの笑い声が聞こえた。だが、それはコジローの知っているキリノの笑い声とはなにか違う気がした。

しかたなく、自動車でみんなが出てくるのを待つことに。
コジロー(嫌い…か。)
心当たりが無いわけではないコジローだが、まさかキリノがそんな反応をするとは思いたくなかった。

ユージ「戻りました。」
みんなが車に乗り込む。
ダン「どぉしてせんせーは病室に入らなかったんだぁ?」
サトリ「キリノ先輩、もうすっかり元気になってましたよ。」
サヤ「でも…なんか、…なんかいつものキリノじゃない?気がした。」
ユージ「そうですね。急に泣きだしちゃったり、怒ったり…」
コジロー「キリノが…、泣く?…怒る??」

また次の日。それでもコジローはお見舞いに行き、キリノの母から医師の話を聞かさせられた。どうにも、キリノの頭の中は“退行”という状態になってるらしかった。
詳しくはよくわからなかったが、今のキリノは考え方が少し幼くなっているらしく、これは普通は弟や妹が産まれた子供が親に構ってもらいたく、
赤ん坊の真似をしたりする現象なのだが、お母さんの話によると、事実、小さい頃のキリノもたっくん達が産まれた際にやっていたそうだ。
そして今のキリノは、まさしく、10歳程度の知能しかないと言われた。
キリノの精神年齢はこれ以後も退行を続ける可能性があるらしい。そしてあまり症状が進むと死に近づくこともあると聞いた。

キリノの中でだけ時は逆流していた。



「夢をみている。」

夢の中ではキリノは今、自分がどうなっているか、それを客観的に見て、反省することもできた。でも目が覚めた時、この記憶はなくなる。またあの我儘な私はやりたいようにやるんだろう。
子供みたいに素直になりたい。そう思った自分にとって、今の状態は悪くない気がした。
ただ一つ、幼く、素直になった自分がコジロー先生を嫌いだというのは予想外だった。
もしかしたらフラれたという記憶だけが残ってしまって先生をどれだけ好きだったのか、忘れてしまったのかもしれない。



キリノの休学が決まった…。とても今のままじゃ高校の進度についていくのは難しく、回復の兆しが見えないようなら退学も考えている、と両親は言っていた。

コジロー「まずは、キリノに好かれることからはじめよう…」
小学生になってしまったキリノは何が好きだろうか…自分にはよくわからなかった。
コジロー「しかし幼くなっても弟や妹に対してはお姉ちゃんなんだな。」
たっくんのマイブームはどうやらブレイドブレーバーだった。病院であまりに叫んで回るのでキリノはそれを注意している。
コジロー「あー、最近ヒーローショーやったり劇場版になったりとやたらプッシュされてるからなぁ。」
キリノに叱られてしょげているたっくんに声を掛けてあげたところ、レッドブレイバーに声が似ていると言われ、二人は仲良くなった。
それを見ていたキリノ。
以後、コジローへのあたりは幾分和らいだ。

キリノの病室に通って何ヵ月が経つだろう、依然、症状の改善はなく、キリノの精神は小学生低学年ほどになっていた。
キリノの親も店を親戚に任せたりすることもあったが、やはり毎日定刻にいられるわけではなかった。
だからであろうか、自分に懐くキリノを見て、コジローは引退試合のあと、あの時、教師と生徒ではなく、男と女としてキリノに向き合いきれなかった自分を思い、泣きそうになって顔がぐにゃりと歪む。

キリノ「せんせぇ、泣かないで。大人の男の人はお父さんとお母さんが死んだ時じゃないと泣いちゃいけないんだよ。」
コジロー「へ、へへ…、先生変な顔してたか?」

子供特有の我儘や気分の上下はあるものの、落ち着いた時には子供の頃からやはりキリノはキリノで優しい子だったのだと知った。

それが悲しくもあった。
キリノにあいさつすると、コジローは病室、病院を出た。駐車場まで一人とぼとぼと歩いて行き、そして…

泣いた。



「夢をみている。」

私はやはり先生のことが大好きだ。…だから病室の窓から淋しそうに帰っていく先生を見たとき、今になっても先生は自分のことを好きでいてくれていることを確信した。それが心苦しかった。
私は現実の自分を認識しているが、現実の自分は私を認識できていない。やはりこんなに先生のことが好きなのに、幼い自分にはそれが伝わらない。現実の自分も、もう先生を嫌いじゃないのだろう。
もう、嫌だった。最初こそ我儘な私を応援してる節もあったものの、もう我慢できない、…最初から先生がこんなに苦しむのが見たいわけじゃなかった。

なにかして…どうにかして…元の関係に戻りたい。

泣いた。



キリノが失禁をした…

幼くなっているとわかっていてもこれはさすがにもう回復をあきらめるべきなんじゃないか…、心が折れてしまった。。
コジローはこれからはキリノを保護者的立場から見ていく必要を覚悟した。

ある日、キリノと紙ヒコーキを作った。
キリノが折る紙ヒコーキはぐしゃぐしゃで飛ばないのでコジローが折ったものをキリノに持たせ、その手をコジローが支えて飛ばしていた。
コジロー「ほらっ、びゅーんっ。すげぇな、すっげぇとんだぞ、キリノ。」
頭をなでてやる。するとやはりキリノもヒコーキを折りたいと言いだした。
だが、いくらやってもうまく折れない。
キリノは泣きだしてしまった。
コジロー「ほらっ、ほら、泣くなよ。一生懸命、せいいっぱい頑張って折ってたキリノはかっこよかったぞ。な。」

キリノはどこかで聞いた言葉に似ている、と思った。。大好きだった人が言ってた気がした。
そしてその大好きな人と同じ言葉を言ったコジローのこともなんだか好きになった。

キリノ「せんせぇ、私、大きくなったらせんせぇと結婚するっ!」

コジローは何も言わずに遠く淋しい目をした。



コジロー「キリノの元を……離れよう…」
いいオジさんとして、キリノの近くで影に日向に長くないであろう彼女の一生を傍で見守ろうと思った。
しかし、自分が女として愛したキリノを思い出してしまった以上、一緒にいることはあまりに辛かった。

コジロー「じゃあ、また明日。早く寝るんだぞ。」
キリノには何も伝えていなかったが、何かを感じ取ったのか、今日のキリノはごねた。すごくごねた。
コジロー「……じゃあ先生としりとりしようか。」
これがキリノとの最後の遊びだと思った。
だが、布団の下で手を繋ぐキリノの暖かさに安心したのか、いつのまにかコジローも病室の布団にもたれて眠ってしまった。



「夢をみている。」

俺は道場の入り口の前にいた。
中からは声が聞こえる。
???「面、面っ、面っっ」
コジロー「まだ手首だけで振るくせ治らないのかよ。」
そこには顔は見えなかったが、確かにわかる。自分のもっとも愛しい人がいた。。
???「なら先生が稽古付けてくださいよぉ」
コジロー「だっりぃなぁ。」
???「あんた顧問でしょー!!」

情景が飛んだ。

コジロー「姓はブレイバ、名はブレイバ。その名もブレイバブレイb…」
???「せんせぇ、せんせー、せんせぇせんせぇ」
………
コジロー「ただいま…」

また情景が飛んだ。

この場面になるとチクチクと何かが痛くなってきた。
コジロー「ん?なんだよ、改まって…」
???「先生…わたし、先生が好きなんです!卒業するまで黙ってようと思ってたけど、もう抑えきれない…、どうすれば、どうすればいいですか…」

ここだっ!!俺がずっとやり直したいと思い続け、待ち続けたのは。夢の中のおぼろげな感情がふきとび、頭の中はクリーンになった。。
……もちろん、夢であることは最初からわかっていた…。
それでもハッキリと今言いたかった。例え夢であれ、これを逃すとコイツにちゃんとした答えを与えることはできそうにない。

コジロー「俺達は高校教師と女子高生という関係だ、世間体もあまりよくない。それに、お前のことを思うと、俺はふさわしくないと思う。
???「えっ……」
コジロー「……が、ユージが言うには俺は自分のことばっかりのダメダメな大人らしいからな、お前のこと、世間のこと、そんなこと関係ない。俺は俺自身がしたいようにやる!!俺の望みは…ずっと一緒にいたい……、これだけだよ。キリノ…」
霧が晴れた。俺の前には涙を浮かべたキリノの顔があった。
キリノ「わたしもです…。先生…」

そのままキリノを引き寄せて口付けをかわした。



「夢をみている。」

私は道場の中でたった一人づ素振りをしていた。
入り口から靴を脱ぐ音が聞こえる。
キリノ「面、面っ、面っっ」
???「まだ手首だけで振るくせ治らないのかよ。」
そこには顔は見えなかったが、確かにわかる。自分のもっとも愛しい人がいた。。
キリノ「なら先生が稽古付けてくださいよぉ」
???「だっりぃなぁ。」
キリノ「あんた顧問でしょー!!」

情景が飛んだ。

???「姓はブレイバ、名はブレイバ。その名もブレイバブレイb…」
キリノ「せんせぇ、せんせー、せんせぇせんせぇ」
………
???「ただいま…」

また情景が飛んだ。

この場面になるとチクチクと何かが痛くなってきた。
???「ん?なんだよ、改まって…」
キリノ「先生…わたし、先生が好きなんです!卒業するまで黙ってようと思ってたけど、もう抑えきれない…、どうすれば、どうすればいいですか…」

ここは一番見たくないシーンだったなぁ。まぁ夢なんだからもしかしたらOK出ちゃうなんてことも。。

???「俺達は高校教師と女子高生という関係だ、世間体もあまりよくない。それに、お前のことを思うと、俺はふさわしくないと思う。
キリノ「えっ……(やっぱり…)」
コジロー「……が、ユージが言うには俺は自分のことばっかりのダメダメな大人らしいからな、お前のこと、世間のこと、そんなこと関係ない。俺は俺自身がしたいようにやる!!俺の望みは…ずっと一緒にいたい……、これだけだよ。キリノ…」
霧が晴れた。わたしの前には真剣な眼差しの先生の顔があった。
キリノ「わたしもです…。先生…」

そのまま肩を抱かれ、引き寄せられて口付けをかわした。



コジローは目を覚ました。頬には涙が流れていた。
ふとコジローが目をやると、キリノもなぜか涙を浮かべた状態でゆっくりと目を開いた。
キリノ「先生…私、長い長い夢を見てた。先生がどれだけ苦しんだか、それでも私を好きでいてくれたことも全部わかった、ありがとう。」
コジロー「…お前、戻ったのか?今の夢、お前も見てたのか!?」
キリノ「はいっ、先生のプロポーズもしっかり覚えました☆彡俺の望みは…ずっと一緒にいたい……、これd…」
コジロー「ちょ、さすがに恥ずいからやめてくれっ!」
そして二人はまたキスを交わした。

数ヵ月後。。
キリノは高校には行き直さないそうだ。今は自分のやりたいことを俺んチに住み着いて探している。

キリノ「わたしー、可愛いものショップがやーりたーいなー♪」
コジロー「まぁ何をするんでもいい、ただ、やると決めたなら一生懸命、せいいっぱいやれよ!」

キリノ「…………せんせ……。」
コジロー「んぁー?」

キリノ「大好きっ!!」
そこにはひまわりのような笑顔があった…。

最終更新:2008年05月02日 22:05