バンブーブレード2 第1話 おやじとおふくろと

「はい、はい。わかりました。石橋先輩。じゃあ、また今夜」
ボサボサ髪の男子が、道場で携帯をいじくりながら話している。
「やあっ! やあっ!」その隣で、一心不乱に素振りを続ける金髪の女の子。
「虎乃。うっさい」携帯をいじくっていた男子が気だるそうに言った。
「道場だよ。コジロー……彼女?」
「まあな」
「石橋先輩と話してたくせに」
「聞いてたのかよ。んじゃ、帰るわ」
「ちょっと! 相手してってよ!」
ぶんぶんぶんーっと手ぬぐいを振り回しながら彼女が不満を漏らす。
「腹が減って動きたくない。それに、肝心の2年がおまえだけじゃなあ……」
確かに、そこは広い剣道場でありながら、練習している人間も顧問の姿も見当たらない。

「兄妹なんだから、もう少しやる気出してよ。ほら、あれ見てあれ」
彼女が指差した先には、
室江高校剣道部が全国で団体戦優勝を果たしたときの賞状が立てかけてある。
「お母さんたちのように全国を目指そうよ!」
「5人いないし、男子と女子じゃ団体戦組めないだろ。
だいたい、正顧問はやる気ないあの顧問だし、
副顧問のオヤジは出張ばっかで使えないしなあ」
「ぶ~、仕方ないじゃん。お父さんは全日本にも出てるんだし、
 それに先生は……もう、いいから練習の相手しろー!それそれそれー」
「うわっ、お前竹刀を振り回すな! あぶねっつの!やめろ!」

この場に彼らの両親がいれば、きっと懐かしくなるような光景。
これが現在の室江高校剣道部の実情であった。



「ごちそうさまでした。あ、洗い物するので食器はつけといてください」
「あ、ああ」
「少し、出かけてきます。おじいちゃん。帰ってきたら道場に顔を出しますね」
「気をつけて行って来るんだぞ」

どこにでもある食卓風景。
川添道場の主であり、おじいちゃんと呼ばれた老人は充実した幸福感を味わっていた。
「母さん……タマだけでなく、孫も本当にいい子に育ってくれたよ……
 そういえば、タマ。あの子は部活には入らないのかね」
タマと呼ばれた女性がたくあんをかじりながら、父親に答える。
「ん~、よくわかりません。あの年頃の女の子が何を考えているのか……。
 あんまり、話してくれないし無口で……誰に似たんでしょう」
「タマちゃんも、あのくらいのときはそんな感じだったね」
「タマちゃんとは、馴れ馴れしいぞ!! ユージ君」
「いえ、あの」
ユージ君と怒鳴られた男性がたどたどしく答える。
「一応、僕たち夫婦なんで……その、昔からこの呼び方ですし」
「ああ、母さん……タマに悪い虫がつくのを止められなかった私を許しておくれ。
 あのとき、あのとき部活に入れていなければ……」
「ええー」
「あ、お父さん。あたし今夜は試合だから、夕飯はユージくんと一緒に食べてください」
「ユージ君とだとぉ!!」
「ちょ、あのお父さん?」
ダダダダッと玄関にかけていく老人。
「お前は部活に入らなくていいぞー!! 悪い虫はおじいちゃんが追い払ってやるからなあ~」

いいぞーと反響音が響くほどの声であたり一面に老人の叫び声が響き渡っていった。



「ただいま」
「あ、おかえりコジロー。まーた部活さぼったのね、この子はほんとにもー」
そうざい屋ちば2号店、コジローの自宅に帰ると母親があきれた顔でコジローをこづく。
「いてっ、なにすんだよ。おふくろ~」
「このさぼり癖は……やっぱりつけた名前がいけなかったのかねえコジロー先生」
「ひ、ひ、ひ人のせいにすんな! 俺はそんなにさぼってなかったぞ」
コジロー先生、と呼ばれた男性。コジローの父親。虎侍が反論する。

「なんだ、帰ってたのかよ親父。試合はどうしたんだよ」
「今日は試合だが、結婚記念日だからな。
まだ開始まで時間があるから、家によらないとキリノが寂しがるから……」
「も~、何いってるんですか~」

そういいながら、人目もはばからずオヤジに抱きついてスリスリしているおふくろ。
「言ってろ……バカップルが。その間に部活に顔を出せよ」
吐き捨てるようにして、2階にあがろうとすると母親にぐいっと首根っこをつかまれた。

「部活には正式な顧問がいるでしょ。お父さんはあくまで副で手伝いなんだからいいの!」
「そうだぞ。大体お前もさぼってるじゃないか」
「オヤジもおふくろもいい加減にしてくれよ。人がいないから仕方ないだろ」

ふう、とため息をついて母親が割烹着で手を拭きつつ言い放った。

「人がいないからじゃないでしょ。あの子が部活に入ってくれないからじゃない」
「ち、ちちち、ちげーよ! うっせーよ! 違うからな!」
なぜか、狼狽してコジローは家の外に飛び出した。

「おや、図星かい」
「ちげーよ、ババァ! 出かけてくる!」
「ああ、川添道場に行くならうちのメンチカツ差し入れしてやってくれ。
 キリノの作るメンチカツは絶品だからな。ほら」
「もー。また子供増えちゃいますよ?」
「ふざけんなぁぁ!」

そういいつつも、メンチカツをひったくるように受け取って
コジローはそうざい屋から飛び出していった。

「いやあ、素直じゃないねえ」
「本当だな。まるで高校時代のキリノみたいだな」
「やだ、何いってるんですか。素直じゃなかったのはあなたでしょ。コジロー先生?」
「おいおい、人に抱きついてスリスリしたのはどこのどいつだ~」
「誰もが頼りにしてるんだ、とか思ってたのはどこの人ですか~
 あれ、声に出てたの気づいてました?」
「内村さんと練習したときに、俺見てニヤニヤしてたくせに」
「キリノ、頼む!って顔で見てたのは誰でしたっけ?」

そうざいを買いに来たお客さんが、思わず声をかけるのをためらうような
のろけあいが続く。ある意味、これはそうざい屋ちばの名物でもあった。
「お、いけね。こんな時間だ。それじゃ行ってくるよキリノ」
「行ってらっしゃい。えへへ」

「また、お母さんたちのろけてるよ」
「ほっときなさい」
近くにいた娘たちは、付き合ってられないとばかりにせっせとメンチカツを揚げ続けていた。



「くそっ、なんだかんだいって来ちまった……」
川添道場の門の前で、コジローはひとりごちた。
「メンチカツを届けるだけだ!」
誰に聞こえるわけでもないのに、言い訳をしながらコジローは門をくぐった。
「すいませ~ん。石田ですけど。誰かいませんか~」

「あ、この声はキリノ先輩のところの息子さん」
ユージがつぶやくと、その声を聞くやいなや老人が駆け出す。
「悪い虫かぁ!」
2階の窓から身を乗り出して、老人が叫んだ。

「む、虫?」
コジローが反芻して窓を見上げると、
勢いがあまりすぎたのか、老人は窓から転落した。

「あ、危ない。おじいさん!」
「お前のじいさんになったおぼえはな~~」
転落しながら老人が口走る。
さらに! その光景を見ていた人々が口々に叫ぶ。

「あ、サッカーボールも!」
「ねこが!」

その瞬間

物陰から少女が飛び出し、ほうきで老人、サッカーボール、ねこを叩くと
それぞれを飛んできた場所に押し戻した!

「あ……中田……」
中田と呼ばれた少女は振り返ると「大丈夫? コジロー君」と物静かに答えた
「あ、ああ」
──やっぱり。この子はすごい。

コジローは、少し考えこんだあと言葉を振り絞るように少女に話しかけた。

「お前さ、剣道部に入れよ」
少し考えたあと、少女は静かに、だがきっぱりと答えた。
「興味ないです」







キー バタン(扉の閉まる音)


ふぁんふーふふぇーふぉ2

ヒマラヤ山脈に立っているコジロー。
ふんどし一丁。
叫ぶ

「これCMの意味あんの!」

アイキャッチ



「ってことがあったんだよ」
「ふ~ん」
夕飯のメンチカツをほおばりながら、コジローが母親に今日の顛末を話した。
「いやあ、やっぱりタマちゃんの子供だねえ」
「だなあ。まあ、そういうことがあったんなら次はあれだ」
「厳しい上級生のしごきいじめ特訓! そこに現れる正義の味方!」
「ってパターンできっと部活に入るぜ」

二人で意味不明に盛り上がっている両親を横目で見ながら
コジローは2つ目のメンチカツに箸を伸ばす。

「でも、どうして。あの子にそんなにこだわるの?」
長女が横からメンチカツをさっとかすめとってコジローにたずねた。
「あ、いやそれは……」
賭けをしたからなんだよなあ……とは妹にはいえない。
そう彼は考えながら隣のコロッケに箸を伸ばす。

「また、ろくでもないこと石橋先輩とたくらんでるんでしょ~」
次女がコロッケをさっと箸で掴み取ってからからかった。
「ぬわ! ちげーよ」
違わないんだよな……とコジローは心の中でつっこみをいれる。
そう、賭けなのだ。石橋先輩が率いる町戸高校剣道部の女子と室江の女子で団体戦。
勝ったほうは、おごりで回転寿司1ヶ月食い放題だ。
大家族でこづかいも夕飯のカロリーも足りない自分にとっては、
こんなチャンスを逃すわけには……

「いかない!」と叫んでとなりのいいだこのから揚げに箸を伸ばすコジロー。
「おいし~」だが、すでにそのから揚げは3女の口の中に納まっていた。

「ぐ……とにかく5人の女子を集めるんだ! そんで団体戦を石橋先輩とするんだよ!」
「げほっ、げほっ」父親がむせてメンチカツの破片を机に飛ばす。
「ちょっと、大丈夫?」母親があわてて水を持ってきた。
「げっほ……ふー……あ、ああ、すまん。キーワードで聞くがスシか?」
なぜかオヤジは知っているらしい。「スシだ」とコジローは答えた。
「スシか……いや、まあきっかけはそういうもんだな、うん」
「どうしたの? スシがどうかしたの?」

なぜかあせるオヤジとよくわからないといった顔をしているおふくろを尻目に
長女がやれやれ、とつぶやく。「まあ、やる気になったのはいいことだあね」

「おうよ! 俺はやるぜ!」と煮物の皿にコジローは箸を伸ばす。
「がんばってね~」その煮物は4女が平らげていた。

「お兄ちゃんはお父さんの駄目なところがそっくりだからね~。あんたは似ちゃだめよ~」
母親が、幼い5女をあやしながら語りかける。
「……キリノ。お前、その知ってたのか」
「何がですか~」
「いや、昔、スシが、その……」
「あたしのためにやる気になったんですよね?」
「う、うん。そうだよ? 愛してるよキリノ」
「いきなり、どうしたんですか?」

なぜか、うろたえまくるオヤジを尻目に俺はこうはならない、
おふくろにデレデレするような男にはならないぞ、と心に誓いつつ、
コジローはおかずに箸を……

「って、何もねぇーっ!」
絶対に勝とう、と彼は心に誓うのであった。
最終更新:2008年04月30日 20:09