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ダン「追いかけてこいよ、ミヤミヤー!」
ミヤ「待ってよー、ダンくーん♪ うふふ、つかま~えた。」
サヤ「うわぁ、相変わらずラブラブだねぇ。」
キリノ「うーん、二人とも幸せそうだねぇ。」
ダン「おーう、俺はミヤミヤといる時は幸せだぞー!」
ミヤ「私もよ、ダンくん♪」

」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」

キリノ「んー・・・夢・・・か。」
目覚ましとともに目が覚める。大学生になって最初に見た夢は、二年ほど前の会話だった。
今日から新学期。いや、新入生。今日からキリノとサヤは大学生になる。

弟「ねーちゃん、ご飯できたってよー、早く起きなよー!」
弟のたっくんが外から声をかける。大学生になって新しい朝だ。
妹「早く起きないと遅刻しちゃうよー!」
キリノ「ほいほい。今起きるよー。」
服の乱れを直し、起きあがる。これから新しい四年間が始まる。

キリノ「なんでこんな夢みたんだろうねぇ。」



キリノ「おっはよーん、サヤー。」
サヤ「おお、キリノ、おっはよう!そういえばキリノも今日は一限からなんだっけ?」
キリノ「だよー。英語だね。」
二人は今年から早應大学の大学生である。先日入学式を終え、いよいよ今日から授業が始まる。
教育学部と文学部、入学した学部は異なるが、二人とも大学で剣道を続けるつもりであり、友情は続きそうである。
サヤ「英語・・・ってことはクラス授業かぁ。私は文学史だからどうも大教室っぽいよ。」
キリノ「いかにも大学っぽいねぇ。」
サヤ「うんうん!大学だよねー!」
サヤは「大学」という響きに甘美なものを感じ取っていた。たいていの学生は、一ヵ月後にはそのような思いは失ってしまうのだが。
キリノ(サヤは最後まで新入生のようにキラキラしてるんだろうなー)
いつもパワフルな親友がたまにうらやましくなる。
サヤ「で・・・キリノ。キリノは大学行ったら剣道部はいるの?」
キリノ「もっちろーん。って、あれ?サヤも大学入っても剣道続ける気なんでしょ?」
石橋先生からノートをもらってるのに、と付け加える。
サヤ「あ、それはもちろんね。でも剣道だってサークルと体育会があるでしょ?どっちにしようかなって。」
キリノ「あ、なるほどねー。」
サヤ「大学生活をほとんど剣道に費やすか、いろいろなことやるか。剣道部のほうが思いっきり打ち込めるとは思うけれど・・・でも・・・」
キリノ「うーん、ちょっと難しいね~」
いつものように、口を猫のようにして悩むキリノ
キリノ「私は、教師になりたいから。」

それは、あの時決めたこと。コジローがいなかったとき。
剣道をはじめとする「部活の楽しさ」を教えられる人間になりたい、そう思った。



サヤ「って、すごいね・・・」
キリノ「うん・・・。」
人・人・人。見渡す限り人。
日本でも有数の大学であり、有数の規模でもある早應大学。それだけあって、キャンパスは人で埋め尽くされており、目当ての教室に行くだけでも一苦労である。
サヤ「入学式のときよりもすごくない?!」
キリノ「入学式は一年生とサークル勧誘の人だけだったからねぇ。でも今日は四学年ほとんどが集まってるから。」
サヤ「これは鍛えられそうだわ・・・。入学式のときでもきつかったってのに・・・。」
キリノ「入学式・・・か。」
サヤ「キリノ?」
キリノ「あ、いや、なんでもないよ?」

入学式。親子連れの人もいれば、友人たちと一緒の人たちもいた。そして、仲よさそうなカップルたちもいた。おそらく高校時代からのカップルなんだろう。
キリノ(ミヤミヤとダンくんも、来年はあんな感じになるのかなぁ。)
学力は明らかにダンのほうが上だが、なんだかんだ同じ大学に行ってしまうのだろう。そんな感じがする。
キリノ(カップル・・・か)
当然だが、キリノの入学式に一番きて欲しい人はこなかった。
室江高校の入学式が同じ日にある以上、やむをえないことである。
キリノ(コジロー先生の復職はもちろん嬉しいんだけどねぇ。ちょっと複雑かも。)
とっくに家族公認なのだからコジローもいてほしかったが、そうはいかない。その日はキリノは家族だけで過ごした。

キリノ「しょうがないんだけどね。」
サヤ「え、な、なにが?」
キリノ「なんでもないよー。ほら、早くいこ!授業はじまっちゃうよ!大学では無遅刻無欠席めざすんでしょ!」
サヤ「あ、うん。」
何かがほころびかけていた。気づかないほどに小さなほころび。



サヤと別れて、いよいよ初めての教室に飛び込む。いきなりクラス授業というのはちょっとドキドキする。
キリノがドアを開けると、そこにはすでに数名の男女が座っていた。
女子A&B「おはようございまーす!」
いきなり元気な声をかけられる。
キリノ「・・・おはようございます!」
(うわぁ、仲良くできそう、嬉しいな!)
キリノの大学生活がはじまる。希望にあふれた大学生活。そこの先に幸せがあると信じて。

椅子に座ると、既に男女がそれぞれ談笑を始めている。
やはり最初のうちは、男女に分かれて座る傾向があり、キリノたちも女子で固まって、自己紹介をしている。
レイナ「私、宮本玲奈。」
セリナ「私は一条芹菜よ。セリナとか、リナって呼んで!」
チサト「あたしは片桐千里。」
キリノ「あ、千葉紀梨乃、です。」
レイナ「って、敬語はやめようよー。」
なぜか、同年代なのに敬語を使ってしまった。フレンドリーを自負するキリノには今までになかったことである。相手もすぐにそれを制する。
キリノ「あ・・・。うん!よろしく!キリノって呼んでね!」
セリナ「うん。私のこともレイナって呼んじゃってね。」
(きれいな人だなぁ・・・しかもいい人っぽい。)
素直にそう感じた。どことなく雰囲気がミヤミヤに似ている(裏の顔があるかはおいといて)。
周りの人を見ると、みんなしっかりとした化粧をし、きれいな服をきている。
(あー、最初敬語使おうとしたのはそのせいかも。)
なんか、いかにも大学生っぽい気がした。
(ふふ、タマちゃんもミヤミヤに対してこんな感じだったのかな。)
セリナ「あ、英語の先生来たよ。」



英語のあとは教育概論。同級生数名とキリノで一緒に行動。
どこでも最初のうちの行動は同じで、その日はずっと高校時代の話をしていた。
セリナ「えー、キリノって中学から高校までずっと剣道やってたんだ!」
レイナ「なんか・・・意外。」
キリノ「へっへー!インターハイ出たんだよ!でもそんな意外かなぁ?」
チサト「意外だよぉ。剣道って感じしないもん。」
レイナ「だよねー。キリノかわいいのに。竹刀振ってる感じとかしない。」
チサト「どっちかというとバレー部っぽい。」
キリノ「そんな、私かわいくなんかないよー、あ、でもね。私の高校の剣道部かわいい子いっぱい集まったんだよ。ほら、この写メみてみて。この子はタマちゃんっていうんだけど、一番強いんだよ!」
レイナ「うわー、かわいい!この子が剣道部のエースなの?!」
チサト「お人形さんみたい。しかもインターハイチームだしねぇ・・・。」
セリナ「あー、逆にこっちの人すごい美人!先輩?」
キリノ「いやー、むしろ後輩でねぇ。ミヤミヤって言うんだけど、このころは高1だったかな?」
チサト「・・・ちょっとショックかも。今の私よりかっこいい・・・。」
キリノ「うんうん、ほんとこの子はかっこいいんだよー。」
レイナ「ホント、剣道部かわいい子おおいねー。男子も結構わるくな・・・一人変なのいるけど。」
その人がミヤミヤの彼氏で、しかも部長なんだよー、というと、予想通りの反応が返ってくる。
そんな他愛のない会話が繰り広げられる。その中でも、やはりキリノは気づけば会話の中心になっていた。
キリノ(嬉しいなぁ、これからの大学生活が楽しそうで!)



帰り。キリノはサヤと待ち合わせて、帰りの電車にのっていた。早應大学には全国から学生が集まるため、キリノやサヤのように電車で長時間通学する学生は珍しい。
実際、キリノのクラスにもサヤのクラスにも、同じ方面の電車で帰る人はいなかった。
キリノ「どうだったー?」
サヤ「いい・・・すごくいい!大学ってすごくいい!あたしゃ燃えてきたよ!大学でやってやる、やり遂げるんだ!将来は芥川賞を取るんだ!」
キリノ「おー、燃えてるねー。」
サヤ「で、キリノは?」
キリノ「へへ、あたしも。クラスのみんなもすごくいい人たちだったし。」
サヤ「・・・うん。よかったね。」
キリノ「うん!」
密かにサヤもキリノを心配していた。コジローがいない大学生活。遠距離恋愛ではないけれど、毎日のようには会えない二人。だからサヤはキリノが心配だった。
平気なように見えて、強がっていることがあるキリノだから。
サヤ「で、キリノは決めた?部活かサークルか。」
キリノ「うん!私は部活にするよ!打ち込みたいから。教師になりたいから。大学たのしいし、大変だろうけど両立してみせる!・・・サヤは?」
上目遣いでサヤにキリノが問いかける。心底期待する目
サヤ「うん、あたしも部活にするよ。高校時代も大変だったけど、執筆と両立したしね、そのほうが楽しい紀がするよ。」
あれは両立したって言えるのかなー、と心の中で思いつつ、キリノは嬉しかった。
また剣道に打ち込めることが。またサヤと剣道ができることが。



キリノ「ただいまー。」
そうざい屋・ちば。キリノの実家。そこに帰り着くと、予想外の人物が出迎えてくれた。
コジロー「おう、おかえり。」
キリノ「えっ?!先生、どうしたの?!」
コジロー「今日は新学期はじまったばっかだからな。授業も午前で終わったんだよ。そう毎日会えるわけじゃないから。こういう日ぐらいは、な。」
キリノ「ああ、そういえば高校の最初の一週間って短かったっけ。」
弟「ねーねー、先生!はやくゲームの続きやろうよ!」
妹「つづきつづきー!ってねーちゃんだ!」
弟「あ、ほんとだ、おかえりー!」
キリノ「ただいまー。二人ともあんまコジロー先生を疲れさせちゃダメだよ!」
コジロー「大丈夫だって。こっちもいい息抜きになるしな。一緒にゲームやれる奴がいるってのはいいわ。」
弟「ほらー!先生もこう言ってるじゃん!っていてっ!」
調子にのらないの、といいながらポカッとたっくんの頭を小突くキリノ
キリノ母「もう完全に家族の一員ねぇ・・・跡継ぎになってもらえそうにないのが残念だけど。」





夕食の時間。キリノ父を除く千葉家と、コジローで大きなテーブルを囲む。
キリノ母「どうだった?大学は。」
キリノ「うんうん、楽しそうだよー。」
コジロー「剣道部にはもう入ったのか?」
キリノ「うん、そのうち入るつもり。でも、そういえば先生はなんで大学で剣道部に入らなかったの?」
コジロー「まぁ・・・な。なんとなく離れたくなったんだよ。」
キリノ「むー。もったいないですよ!そんな悪い人からはメンチカツ没収!いけ、たっくん!」
弟「おーう!」
コジロー「っておい!俺のメンチカツ!」
弟「いいじゃん、コジロー先生今日は部活やってないんでしょ?いただき!」
パクッ。
コジロー「・・・俺の・・・メンチカツ・・・。」
キリノ母「はいはい、おかわりはいくらでもありますから。先生どうぞ。」
コジロー「・・・すみません。いつもお世話になりっぱなしで。」
キリノ母「いえいえ、先生もいずれ大事な家族になるんですから。」
弟「あ、お母さん、俺もー!」
妹「おにーちゃん、食べすぎ。」
いぬ「ばうあう!」



コジロー「それじゃ、そろそろお邪魔します。」
妹「先生、またねー!」
弟「また勉強教えてねー!」
コジロー「おう、また今度な。」
キリノ「あ、送りますよー。」
コジロー「いいって・・・どう考えても立場が違うだろ。」
キリノ「おりょ?じゃあせめてお見送りしますねー」
そのままコジローが扉を開けると、同時に冷たい風が吹き込んでくる。
コジロー「うおっ、さみっ。」
キリノ「まだ夜は冷えますからねぇ。昼は暖かいんですけれど。」
コジロー「んだなぁ。大学生になると帰りも遅くなりがちだから、お前も気をつけろよ。」
キリノ「ほいほーい。」
門のところまでたどり着いたところでコジローが身を翻す。
コジロー「・・・」
キリノ「あれ?どうしたんですか?」
コジロー「あまり遠慮はするなよ?四年間しかない大学生活なんだからな、思う存分満喫してこい。」
キリノ「あ・・・」
コジロー「それこそ、もしも俺との予定と大学の予定・・・例えばクラス会がぶつかったら大学の予定を優先して構わないからな。大学の人とも充分仲良くしたいだろ?」
キリノ「えへへ、バレました?少し葛藤とやらをしてたんですよ。」
コジロー「ったく・・・お前は気を使いすぎなんだっつーの。んじゃ、行くからな。」
キリノ「はーい。・・・せんせい?」
コジロー「ん?」
キリノ「ありがと。」
コジロー「おう。ってぇ」
キリノの唇がコジローの唇に触れる。やや高い位置にキリノがいたからこそ成功した不意打ち。計画的犯行。
コジロー「ったく。いつもお前は不意打ちだな。」
キリノ「コジロー先生が隙だらけなんですよ。剣道部顧問としては微妙ですなー。」
コジロー「うううううるせえ。お、俺は帰るからな、じゃあな!」
照れ隠しのように、早歩きで去っていくコジロー。顔が真っ赤だから全然照れを隠せていない。
キリノ「もう、相変わらずコジロー先生は照れ屋さんだなぁー。」
そう独り言をつぶやいたキリノ。照れくさいから不意打ちしかできない自分の事は棚に上げていることは自覚済みである。
自分の顔が真っ赤なことも自覚しつつ、胸を昂ぶらせながら家に戻っていく。

その光景を二階から見ていた弟と妹に、あとでキリノがからかわれたのはまた別のお話。



サヤ「ドキドキするねぇ」
キリノ「うん・・・。」
今、キリノとサヤは剣道部の活動場所である武道館の前にいる。
早應大学は私立であるためスポーツ推薦の学生も多い。剣道部もその例に漏れず、全国でも有数の強豪である。
サヤ「よし・・・行こうか!」
キリノ「うん!」

サヤが勢いよく扉を開ける。
サヤ「たのもー!」
キリノ「サヤん・・・道場破りじゃないんだから・・・。」
いきなりのサヤの行動で、キリノもろとも変な注目を浴びてしまう。
女性「あら、新入部員かしら?」
キリノ「は、はひ。ぜひよろしくお願いします。」
日ごろにょほほ~んとしているキリノには珍しく、緊張のあまり噛んでしまう。
上地「ふふ、私は部長の上地っていうの。よろしくね。じゃあとりあえず二人とも入部届け書いてくれるかしら?」
言われるままに入部届けを書いている間、ふとした疑問がサヤに沸き起こる。
上地「ええと、千葉紀梨乃さんと、桑原鞘子さんね。」
サヤ「あ、あのー、上地先輩。男性の方はいらっしゃらないのですか。」
上地「あら、知らなかった?うちの剣道部は男子と女子に別れてるの。ふふ、残念?」
サヤ「いや、かえって燃えてきます!・・・あまり男子にいい思い出ないですから。うう・・・。」
キリノ「サヤ・・・もう外山くんと岩佐くんのことはいいじゃん・・・ダンくんとユージくんだっているんだし。」
サヤ「うう・・・ダンくんはミヤミヤといちゃついてるし・・・ユージくんはタマちゃんといい雰囲気だし・・・なまじ男子がいるからあてつけられるんだ・・・いっそ男子がいなければ・・・」
キリノ「・・・そっちも気にしてたんだ。」
上地「ふふ、面白い後輩が入ってきたわね。ちなみに高校はどこかしら?」
キリノ「あ、室江高校です。この前はインターハイなんて出ちゃったりしました。」
上地「あら、予想以上に期待の星が来ちゃったかしら。でも、ここはそういう人も多いから、甘く見ちゃダメよ!」
サヤ「わかってます!頑張ります!」



サヤ「剣道さいこーう!男子なんて、男子なんてー!」
一気飲みをしてハイテンションになったサヤが暴れて(?)いる。結局あのあと軽い練習に参加し、今は新歓コンパに参加している。昨日のコジローの一言のおかげで気楽に参加できる。
ちなみにサヤは初めてのお酒を飲み、酔っ払っている。
最初は飲むのをためらっていた(桑原家はタバコとかに厳しい)サヤだが、先輩の薦めでいざ飲み始めると一気にハイテンションになってしまった。
キリノ「でも、思ったより部員の数が少ないですねー。」
上地「ええ、女子剣道の人口がやはり少ないからね。うちでも毎年新入部員は4~5人よ。それでもチームは作れるし、少数精鋭で頑張るつもり。あなたたちが入ってくれて本当に嬉しいわ。」
キリノ「えへへ・・・私、頑張りますね!」
上地「あなたたちなら大丈夫よ。二人とも思った以上に強いのね、本気出さなきゃ勝てそうにないわ。高校時代、いい指導者に会えたのね。」
(いい、指導者・・・。)
剣道を教えてくれた、という点だけで言えばコジローより珠姫のほうが重要かもしれない。それでも、部活を支えてくれたのは紛れもなくコジロー。だから、キリノは自信を持って答える。
キリノ「はい、私たちの自慢の顧問です!」
上地「あら、これじゃうちの顧問の立場が危ないかも?」
先輩A「そうだよねー。うちの顧問わりと適当だし。」
先輩B「でも自由にやらせてくれるし、それが強さになってる気もするよ。」
キリノ「あはは、そこは私たちの顧問も似たようなものでしたよ。でも、やる気になるとほんと一生懸命やってくれるんです。嬉しかったなぁ・・・。」
先輩たち「・・・」
キリノ「あ、あれ・・?先輩?」
先輩A「かわいいー!」
先輩B「すっごい健気な感じ!」
サヤ「キリノ、かわいいよー!」
キリノ「え?え?えええええ?」
サヤと先輩二人に抱きつかれてしまう。ちょっと苦しい。
上地「ふふ、二人ともかわいいわよ。」
大人の余裕で笑みを浮かべる上地。
キリノ(先輩・・・大人だなぁ。)
二年間、ずっと「みんなのお姉さん」だったキリノ。それだけに、新鮮な気分だった。



レイナ「おっはよ、キリノ。」
キリノ「レイナちゃんおっはよ~ん。」
セリナ「相変わらずキリノは今日もかわいいねぇ。」
キリノ「え、そんなことないよー。リナもレイナも美人だし。」
セリナ「ふふ、ありがと。」
キリノ(また、かわいいって言われた。)
嬉しい。嬉しいはずなのだが、何か引っかかる。
昨日上地や先輩に可愛がられてからなんとなく感じていた「違和感」。
キリノ(あれれ、私素直じゃなくなってる?)
気にしないのが一番。そう自分に言い聞かせる。



勉強を終えて、次は部活。
サヤ「さー、いこっか!」
キリノ「サヤ、あれだけ昨日酔っ払ってたのに今日は元気だね・・・。」
サヤ「え?あたし昨日、そんなに酔っ払ってた?おかしいな、カクテル二杯しか飲んでないんだけど。」
キリノ(あー、激弱なんだ。しかも笑い上戸。)
サヤ「まぁいいや、行くよ、キリノ。」
キリノ「わわわ、ちょっと待ってよ、サヤ。にょわっ。」
サヤに強く引っ張られて、キリノがつい転倒する。
サヤ「ご、ごめんキリノ。大丈夫?」
キリノ「あたた・・・だいじょーぶだよぉ。」
サヤ「ごめんね・・・。でも、その靴歩きづらくない?」
キリノ「うん、ちょっと歩きづらいかも。」
その靴は、コジローが卒業祝いに買ってくれたおしゃれな靴。安物でもなく、かといってキリノに不釣合いな「けばけばしさ」がなく、とてもキリノに似合っている。
キリノ「大学入ってから私服だからねぇ。靴選びってむずかしいなー。」
サヤ「だよねぇ。制服ってラクだったし。でもあたしは私服好きだけどね。」
そういうサヤの服装には、いかにも長身のサヤにふさわしい「かっこよさ」が漂っていた。
もともとサヤとミヤミヤは室江剣道部でも「大人っぽい」雰囲気を持っていた。
私服を着ることが多くなった大学生になって、改めてその魅力に気づく。
キリノ「・・・サヤ。」
サヤ「ん?どうしたの?」
キリノ「サヤってかっこいいね。」
言われた瞬間、真っ赤になってあわてるサヤ。
サヤ「なななななにいってるのいきなり。」
キリノ(しかもかわいい面ももってるし。)
チクリ。その瞬間、キリノはまた胸が痛んだ気がした。



プルルルル
コジロー「はい、石田です。」
キリノ「やっほー、先生、元気?」
コジロー「おう、キリノか。元気だぞ。今日もいろいろあってな。」
キリノ「いろいろって?」
コジロー「ダンとユージが抽選会で出かけててな。代わりに東が代理部長やったんだが、もうこれがひどくてな。あれは笑えたぜ。」
キリノ「ダメですよー、さっちんも一生懸命頑張ってるのに。」
コジロー「はは、そうだな。・・・ぷくく、でもやっぱり笑っちゃうわ。」
キリノ「ちょっとあたしも見てみたかったかも。」
コジロー「おう、たまには見にこいよ。日曜以外は毎日練習やってるし、今度の日曜も練習試合やるからさ。お前もいい部長だったし。今後もお姉さんっぷりを発揮してくれ!」
キリノ「はい!あ・・・でも・・・。部活があるからあたしもあんまり暇じゃないかも。」
コジロー「お、そうか。まあしょうがないな。剣道続けるって決めたし、それは出ないとな。頑張れよ、応援するぜ。」
キリノ「えへへ、ありがとセンセ。」
コジロー「って、わりぃ。いきなりだけど電話切るわ。」
キリノ「どうしたんですか?」
よく耳を済ませると、受話器の向こうからもう一人男の声が聞こえる。よく聞き取れないが、コジローの家に来る男性といえばそんな多くない。
コジロー「・・・先輩が泣きながら入ってきた。たぶん、吉河先生と何かあった。」
キリノ「うわぁ。心中お察しします。じゃあ、きりますね。」
コジロー「ああ、じゃあな。」
プツッ
電話が切れる。
キリノ「うん、寝よう。」
コジローと話すとすごくスッキリする。その幸せをかみ締めて、キリノはベッドに入る。
キリノ「おやすみ、先生。」



セリナ「でさー、ほんとひどいんだよね、あいつ。」
チサト「うわー、それはデリカシーないねぇ。」
友人三人組が、きゃいきゃい騒いでいる。いくら「大人」な大学生でも一度騒ぐと止まらない。
キリノ「おっはよー。何はなしてるの?」
レイナ「あ、キリノおはよう。いやね、セリナの彼氏の話。」
キリノ「おおー、どうしたのー?」
セリナ「いやね。彼氏と学部と違うし、ここんとこ私もちょっと新歓とかいっぱい出たから数日間あってなかったんだけど。
それで昨日あったら「お酒の飲みすぎで太ったな」とか言うんだよー!私もちょっと気になってたけど、そんなズカズカ言われるとへこんじゃうわ。」
レイナ「まぁまぁそれだけ彼氏がしっかりセリナのこと見てるって証拠だよ。彼氏が今いない私よりいいじゃん!」
チサト「そうだよー。」
セリナ「そうなんだけどね・・・。そういえば、キリノの彼氏はどうなの?」
キリノ「ほえ?」
予想に反して自分に話題をふられ、戸惑いが生まれる。
レイナ「あ、そういえばキリノにも彼氏いるんだよね。」
チサト「そうそう、指輪なんてしちゃってさ。どんな人?」
キリノ「え、えーと・・・。」
レイナ「って、あっ、先生来ちゃった。」
セリナ「しょうがないね、また今度じっくりキリノには聞かせてもらうわ。」
キリノ「あははは・・・。」


キリノ(彼氏・・・かぁ。)
その言葉一つで、キリノは家で思い悩んでいた。
間違いではない。コジローとはすでにそういう関係、むしろ家族ぐるみの関係になっている。
本当はすぐに結婚する予定だったが、キリノが大学に行くということで、卒業するまでは待とうということになった。結婚しているとなると大学生活はなかなか面倒くさいからである。
しかし、コジローのことを「彼氏」というのはなんか違和感 ―むずがゆさとは別の― がある。
例えばダンはミヤミヤの彼氏だし、仮にユージがタマと半ばよそよそしくつきあったとしても、そのときはユージはタマの「彼氏」と言っていいだろう。
それでも、コジローのことを「彼氏」として言うのはどこか抵抗感がある。
昨日とはうってかわって、もやもやとした気分で夜を過ごす。
キリノ「むー。先生に電話しちゃおっかな。」
そう呟いて、キリノは携帯電話に手をかけた。



上地「めぇぇぇぇんっ!」
道場で上地をはじめとする剣道部の声がこだまする。
キリノ「こてぇぇぇっ!」
サヤ「でやぁぁぁぁぁ!」
キリノとサヤも、先輩に負けず大きな声を出し、稽古に励んでいる。
先輩A「小手っ!」
キリノ「あっ・・・。」
先輩B「小手あり!」
先輩がキリノから小手をとる。いくらインターハイ経験者のキリノでも、先輩からすればいきなり新入部員には負けられない。
キリノ「ありゃ、負けちゃいました。」
先輩A「いやぁ・・・さすがキリちゃん強いなあ。危ないよー。」
先輩B「来年は期待していいかも。中明大学に今年は勝てるかな。」
先輩A「去年負けちゃったからねぇ。横尾とかいう先鋒の新人がすっごく強かった。」
キリノ「ほえー。」
上地「これなら、二人とも今度の練習試合に出してもよさそうね。」
上地が優しく声をかける。もっとも優しさの中にも凛とした声があり、さすが部長と思わせる。
キリノ自身が室江部長のときにはなかった「力強さ」を備えている気がした。
サヤ「でも、いいんですか?いきなり試合でちゃって。」
上地「ああ、大丈夫よ。練習試合だから枠とかあるわけじゃないし。もしかしたらこっちのほうが人数多くなっちゃうかもしれないけど、
その場合向こうの人が二回出てくれたりするわ。練習試合だからそこらへんは柔軟にきくのよ。」
サヤ「あはは、賭けとかなければ二回でても問題ないもんねぇ」
キリノ「あー。そんなこともあったねぇ。」
上地「あら、それ以前話してくれた顧問の方の話?」
サヤ「そうでーす。」
先輩A(ほんとあの二人、高校時代の顧問の話するとき楽しそうだよね。)
先輩B(特にキリちゃんのほうがねー。見てみたいかも。)
上地「じゃあ、今度の日曜日は試合だけど大丈夫かしら?」
サヤ&キリノ「はい!」



サヤ「試合かぁ・・・。久しぶりだね、インターハイ以来。楽しみだねぇ。」
キリノ「だねぇ。私もドキドキしてる。って・・あ・・・。」
日曜日。それは今度室江の練習試合がある日。滅多にない、キリノがコジローと、室江高校のメンバーと会える日。
キリノ「どうしよう・・・。」
サヤ「うーん・・・あたしもそれ出たかったけど。ま、しょうがないんじゃない?」
キリノ「・・・だよね。」



キリノ「・・・てことになっちゃって。」
コジロー「ああ、そうか。わかった、試合頑張ってこいよ、練習試合だからって手を抜くんじゃないぞ。」
キリノ「剣道部どころかサークルにすら入らなかったコジローせんせーに言われたくないでーす。」
コジロー「こんにゃろ。」
キリノ「えへへー。」
日課のようになってきたコジローとの電話。平日はあまり会えないからこそ、この電話が二人をつなぐ。
高校・大学と進んだ以上キリノは一人暮らしをするお金はないし、コジローが今の段階で千葉家に住み込むわけにもいかないので、しばらくはこの関係が続くことになる。
キリノ「でも、ごめんね。タマちゃんたちにも謝っといて。」
コジロー「ああ、気にするな。」
キリノ「うん。ありがと先生。」
コジロー「おいおい、近頃お前はお礼言いっぱなしだぞ。みずくせぇな。」
キリノ「そっか、そうだね。」
コジロー「おう、もっと頼ってくれて構わないからな。」
キリノ「えへへ、ありがと先生。んじゃ、きるね。」
コジロー「またお礼言ってるよ、お前は。んじゃな。」

プープープー。

キリノ「なんだかんだ、コジロー先生は大人だね・・・。」
キリノ「でも・・・少しは「寂しい」って言って欲しいかな。」
胸が痛かった。一つではなくて、二つ痛いところがある気がした。


キリノ「おはよーん。」
大学生活が始まってからちょうど二週間が経った。すでに多くの人が溶け込み、キリノも例外ではない。
また、剣道についてもキリノとサヤは、練習試合で十分に結果を残した。おかげでここ最近はキリノも気分が良い。
チサト「あ、キリノおはよう。ねぇねぇ、今夜の予定空いてる?」
キリノ「予定?うーん、部活はあるけれど、7時には終わるかな。」
レイナ「あ、それなら大丈夫じゃない?剣道場ってすぐそこよね。」
チサト「そうだね。今日の7:30からクラスコンパをやろうってことになったの。
ほら、まだ男子とはほとんど話してないでしょ?これじゃあんまりクラスっぽくもないし。これる?」

―俺のことは気にせず参加しろよ―

その声がキリノの頭の中で反芻する。嬉しさと切なさが半分入り混じったが、やはり大学での友人も大切にしたい。
キリノ(ここは出ておいたほうがいいかな。)
キリノ「うん!行く!」
チサト「そうこなくっちゃ!」
セリナ「これで全員参加じゃない?」
レイナ「女子はそうだね。あ、いや、野衣は来れないっぽいよ。」
セリナ「え、どうして?昨日まで行くいくっていってなかった?」
チサト「・・・彼氏に思いっきり振られて、ショックで立ち直れないらしいよ・・・。」
セリナ「うわぁ・・・。」
キリノ「あれ、確か野衣の彼氏って・・・。」
レイナ「うん、社会人。やっぱり社会人と学生の恋愛ってうまくいかないのかなー。」
その言葉がズキリと響いた気がした。

その日、キリノは剣道部で驚異的な強さを発揮した。
他のことを、考えたくなかった。



クラスコンパが始まった。こういうコンパは、最初はやはり男女に分かれて、そのうちつながりができてくる傾向がある。
今回もその例に漏れず、最初はいつもの女子メンバーで会話している。

レイナ「野衣の彼氏、あんまり本気じゃなかったらしいよ。野衣、遊ばれてみたい。」
チサト「えー!なにそれ、ひどくない?!」
セリナ「ひどいね・・・でも、現実、よくあることだよねー。年下を弄ぶのって男にも女にもいるし。」
キリノは剣道からそのまま参加した(もちろんシャワーは浴びた)ため、多少疲れがとれないでいる。それだけに、この話題がつらかった。
チサト「確かに、実際社会人からすれば学生なんて子供なんだろうし、本気でつきあうってのはやってらんないのかもね。」
セリナ「やはり、遠距離と年の差カップルってのは難しいね。」

―耳が、痛い。―

レイナ「いいなぁ、芹菜は。学部は違っても学校同じだし。同い年でしょ?そういう点では苦労しなさそう。」
チサト「そういえば、あたしの通ってた町戸高校にも、大学生と付き合ってた子いたよ。浅川って子なんだけど。」
キリノ「あ、その人知ってるかも。」
かろうじて、無難な内容に返事を返す。
レイナ「へぇー、それはどうだった?」
チサト「しょっちゅう喧嘩してた。かなりうまくいってないっぽいよ。ハタからみるとやはり浅川のほうが子供で依存してたし。彼氏がめんどくさくなったんだと思う。」
セリナ「やれやれ。年上とつきあうってのは夢物語っぽいけど、実際はそう甘くはないね。」
レイナ「うん。まともな例聞かないよ。」
それがつらくて。不安が押し寄せて、キリノはその場から抜け出したいほどに悲しくなった。
それでも、三人に悪意はないし、この二週間でとってもいい友人たちだと思えている。だから、耐えた。

キリノ「・・・」
セリナ「あ、あれ?どうしちゃったの、キリノ。」
レイナ「あ、あははごめんね。そういえば重い話しちゃったよね。キリノは明るい話題のほうが好きだったね。」
チサト「じゃ、じゃあ今度はキリノの話聞かせてよ!そういえばあれ以来聞いてないよね。」
三人が必死にフォローをする。それが、嫌でもキリノに一つの結論を自覚させる。
それでも、健気なキリノは、かつて一年前にしたように。コジローがいなかったときのように。気丈に振舞う。
キリノ「いや~、なかなか勉強になるなって思って、ちょっと黙りこくっちゃったよ。大変ですなぁ、大学生の恋愛も。」
セリナ「確かにねぇ。少女マンガにときめいてた子供時代が懐かしいわ。」
レイナ「うわー、その発言ってオバさんっぽいよ?」
チサト「で、キリノの彼氏は?どんな人?」
キリノ「え、えー。恥ずかしいなぁ。」



そんな話題で盛り上がりが戻ってきたところに、一人の男がやってきた。本日クラス会を開こうと提案してきた男子。
普通よりちょっとユルそうな雰囲気の男子である。

黒田「こんちわー、本日の幹事の黒田でっす。みんな楽しんでる?」
セリナ「あ、黒田くん。結構いい感じよ。あっちも男女仲良くなってるんじゃない?」
黒田「だよね!やってよかったわ。千葉ちゃんも楽しんでる?」
キリノ「うん、楽しいよー。」

満面の笑顔を向けるキリノ。それをみてか、黒田が攻撃態勢に入る。

黒田「あー、千葉ちゃんかわいいなぁ、もう。」
キリノ「あはは、ありがと。でもそんなことないよー。レイナとかセリナとか美人だし。もちろんチサトもね。」
黒田「千葉ちゃんも負けてないって!あ、ちなみに俺彼女募集中だから。」
チサト「うわっ、黒田くん軽っ!」
チサトがジト目。半分「なんであたしは対象にならないのよ!」と言う意味も含んでいる気がするが。
黒田「いやいや、軽くないって。単に一目ぼれしちゃっただけ。」
黒田がおどける。
レイナ「残念でしたー。キリノには彼氏がいるのよ。他あたんなさーい。」
黒田「えー、そいつは残念だなぁ。よく会ってるの?」
キリノ「うーん、最近ちょっと会えてないかな。」
黒田「つか、よく彼氏、今日ここに来ること許してくれたね。」
セリナ「いや、普通そんなの気にしないでしょ。そこまで束縛する彼氏ってかっこ悪いわよ・・・。」
黒田「いやー、でもやっぱりそこは愛の差ってやつで。本当の本当にその子が大大大好きならば、やっぱりとめるって!」

黒田は軽い性格の割には恋愛経験がほとんどない。それだけに、このような発言が出てくる。
だが、同じく恋愛経験が豊富とはいえないキリノには、もっともらしく聞こえる。
―俺のことは気にせず参加しろよ―
その言葉が、キリノに今度は重くのしかかった。

黒田「まっ、千葉ちゃんもそんな彼氏とは別れちゃいなよー。どうせすぐ別れることになるって。」
レイナ「うわー、最低。」

冗談半分で、そんな会話が繰り広げられた。黒田も、もちろん真剣に言ったわけではない。
半ば冗談である。しかし、キリノの心を傷つけるにはその冗談で十分だった。



帰りの電車。人目を気にせず泣きたかった。

結局、あのあと二次会には参加せず帰った。
キリノ「ごめん、あたし明日も部活あるから今日は帰るねー。また明日っ!」
セリナ「ごめんね、キリノ。」
キリノ「ほえ、何が?」
セリナ「黒田くん調子に乗せちゃって。あたしと高校一緒なんだけど、昔っからああいうナンパ体質なんだよね・・・。根は悪い人じゃないんだけど、別れちゃえとかはないよね。注意しとく。」
キリノ「あはは、いいよいいよー。あたしも別にそれで別れる気はないしっ!」
半分自分に言い聞かせていた。大丈夫だと信じて。
レイナ「結局、キリノの彼氏のこと聞けなかったね。」
チサト「このおっ!隠してるんじゃないわよっ!」
キリノ「えー、別に隠してないよー、じゃ、それもまた今度ね!」
女子「バイバーイ。」

嘘。隠していた。黒田との会話は嫌なものだったが、その反面コジローのことを話さなくて済んだことにはほっとしていた。
キリノ「最低な・・・一日。」
今日はあまりにも重すぎた。
前々から感じていた疑問。違和感。
それが一気に、最悪な形で解消された。

サヤがかっこよくなった。前からかっこよかったのに、さらにかっこよくなった。
上地、さすが上級生。凛としていて。強くて。優しくて。
セリナ、レイナ、チサト、みんなキリノから見ると大人っぽい美人だった。
キリノ(黒田くんも含めて、みんな、私のことをかわいいって言ってくれる。)
キリノ(今日も、不安を隠せなかった自分は、いっぱいみんなに気遣ってもらえた。)
キリノ(あたしは・・・)

―あたしは、子供っぽいんだ。―



その残酷な現実が、胸を突き刺す。自覚したくなかった現実。

「みんなのお姉さん」だった剣道部部長時代の自分。その自分が今、珠姫のように「かわいい子役」になっている。その現実がつらかった。
高校時代、確かにキリノは総合的に見れば「お姉さん」だった。しかし、大学でその立場は崩れた。
多くの新入生が、入学前の準備として化粧やらをするのに対して、もともと化粧をするタイプではないキリノ。
さらに、今まで「お姉さん」だったことが油断につながったのか、大学にあがるときに特別な何かをしなかった。結果として、キリノには未だ「少女」らしさが残ってしまっている。

ただ単に子供っぽいだけならまだここまでショックは受けない。しかし

「やれやれ。年上とつきあうってのは夢物語っぽいけど、実際はそう甘くはないね。」
「うん。まともな例聞かないよ。」
「確かに、実際社会人からすれば学生なんて子供なんだろうし、本気でつきあうってのはやってらんないのかもね。」

この言葉を聞いた、今のキリノには、何よりも堪える。

キリノ「コジロー先生・・・大人だもんね・・・社会人だもんね。」
そういえば、ここ最近、必ず電話は自分からかけている。コジローは家にもこない。
キリノ「先生、大人だもんね。私がクラス会に出ることも全然反対しなかったもんね・・・」

「いやー、でもやっぱりそこは愛の差ってやつで。本当の本当にその子が大大大好きならば、やっぱりとめるって!」
「まっ、千葉ちゃんもそんな彼氏とは別れちゃいなよー。どうせすぐ別れることになるって。」

黒田の言葉が、頭にこびりついて離れない。

キリノ「先生も・・・あたしのこと、めんどくさい・・・のか・・・な?」
キリノ「あ、あれ?」
泣いてるつもりはない。おさえてるつもりだった。しかし、気づけば涙がポロポロ、まばらながら流れている。
電車は既に降りていた。それが幸いだったが、そのことを自覚したのがようやく、というほどに考え込んでいた。
キリノ(あ、あはは、嫌だな。これじゃまるでフラれて帰ってるみたいじゃん。)
キリノ(まだ・・・フラれてなんかない・・・のに。)
キリノ(まだ・・・。)
そう、「まだ。」その言葉でキリノは自分を追い詰めていく。

キリノ「ただいま・・・。」
キリノ母「あら、おかえり。疲れてるみたいね。」
キリノ「今日、先生きた?」
キリノ母「コジロー先生?いらしゃってないわよ。むこうも部活が忙しいんじゃないの?あなただってなかなか早く帰ってこないし。」
キリノ「うん、そうだよね・・・。じゃ、あたし寝るね。疲れちゃった。」

―すぐに結婚してくれなかったのも、それが理由なのかな・・・。―



日曜日。一人でいると落ち込みそうだと感じたキリノはサヤの家にいた。
普段は、こういうときこそコジローと会うべきなのに。いけなかった。

サヤ「なんか、あたしんちで遊ぶのもひさしぶりだねぇ。」
キリノ「うん、大学ではほぼ毎日会ってるんだけれどねー。」
サヤ「大学入ってから初めてだよねぇ。でも、いいの?」
キリノ「んー?何が?」
サヤ「いとしのカ・レ・シと会わなくて。近頃会ってないんでしょ?」
サヤがおどけてキリノをからかう。半分、自分に彼氏がいないことからの嫉妬もあるのかもしれない。

-彼氏。-

-そう、彼氏なんだよね。―

もう、キリノにはなぜその言葉が抵抗あるのかもわかっている。
それは、年の差。
9歳も年上のコジローが彼氏であることにコンプレックスがあるのではない。
むしろ、他人に誇れる人が自分を好いてくれていることは嬉しい。
コンプレックスは、自分。
年下の自分が、「大人の人」を彼氏と呼ぶ資格があるのか。
どうしても自信が持てなくて。
彼氏と呼ぶことに抵抗を感じていた。

キリノ「うん。先生も疲れてるっぽいから。休ませてあげなきゃ。」
サヤ「・・・いいの?キリノ、会いたいんでしょ?」
キリノ「えへへ、そこは大人にならなきゃ。」
自分に言い聞かせるように。
キリノ「・・・でも、それで仲たがいしたら嫌だよね・・・難しいね。」
つい、思わず。サヤは親友だから、不安を漏らしてしまう。
サヤ「キリノ、あんまり無理しちゃダメだよ。恋愛経験のないあたしが言うのもなんだけどさ、そういうのって溜め込むのが一番ダメだと思うんだ。」
キリノ「うん・・・。わかってる。」
上の空でキリノが答える。こりゃダメだ、という表情のサヤ。長年の付き合いで、これがキリノのSOSサインだということは理解していた。
サヤ「・・・うん。ねぇねぇ、キリノ。」
キリノ「んー?」
サヤ「ごめん、これからあたしでかけなきゃいけないんだ!」
キリノ「え?え?あたし今来たばっかなんだけれど・・・。」
サヤ「ごめんごめん!すっかり予定忘れててさ!だからごめんねぇ。今日は遊べないわ!」
キリノ「ちょちょちょ!サヤー!?」
以前キリノがサヤを強引に入部させたときのように、無理やりサヤが玄関にキリノをひっぱる。
サヤ「というわけで、今日、キリノは暇になっちゃったから。困ったねー。キリノやることなくなっちゃったねー。」
サヤ「でもいい天気だねー。家に帰って家族と過ごすなんてもったいないねー。」
サヤ「そうだ!こういう日は彼氏と過ごそう!」
サヤがテレホン○ョッピング顔負けの胡散臭い一人芝居をかます。
サヤ「というわけで、いってらっしゃーい!」
そのままサヤは玄関の鍵をかけてしまう。こんなことは13年間つきあってきて初めてだ。
キリノ「やれやれ・・・サヤがまた飛ばしちゃってるなぁ。」
キリノ「でも・・・サヤ。ありがとう。」
溜め込んでいたものが、少しだけ楽になって。キリノはコジローのアパートに向かった。



コジローのアパートが近づいてくる。
少し気分はラクになったはずだが、やはり一歩一歩近づくたびに、足取りが重くなる。
会いたいはずなのに。一番、一緒にいると安心できる人なはずなのに。
会いたい気持ちと、不安が同時にキリノにこみ上げてくる。

キリノ(え、あれは・・・。)
コジロー「すいません、わざわざ吉河先生が・・・。」
吉河「いいんですよ、うちの人がこれないのが悪いんですから。」
コジロー「・・・ほんとすいません。」
玄関でコジローと吉河先生が談笑している。吉河先生は美人で、気遣える大人で。
事情を知らない人から見れば、いかにもお似合いのカップルに見える。
キリノ(自分とコジロー先生が並んでたら、絶対ああは見えないんだろうな。兄妹にしか見てもらえないんだろうな。)

コジローと吉河先生、二人がそんな関係じゃないことはキリノもわかっている。
コジローの性格からしても、吉河先生の性格からしても、石橋と吉河が別れてコジローとくっつくなんてありえない。
コジローが浮気するなんてありえない、それはキリノにもわかっているが、それでもキリノは自虐的になってしまう。負のスパイラル。

そんなキリノに気づいた人がいた。
吉河「あら、あれはキリノさんじゃないかしら。」
コジロー「え?あ、本当ですね。おーい、キリノー!」
コジローが大きな声を出す。ちょっと恥ずかしいが、それでもホッとする。
吉河「ふふ、それじゃあ、お邪魔虫は退散しますね。」
コジロー「す、すいません。」
吉河「ふふ、大切にしてあげてくださいね。」
そういいながら吉河先生が階段を下りてきて、キリノとすれ違う。
吉河「ごめんなさいね。」
キリノ「・・・ほえ?なにがですかー?」
吉河「旦那さんお借りしちゃって。」
キリノ「い、いや別に怒ってないですよー。やだなぁ吉河先生、別に先生に嫉妬しませんって。」
若干理由はズレているが、不安を悟られてしまったことは意外だった。ついあわてて取り繕ってしまう。
そんなキリノに吉河が耳元でつぶやく。
吉河「コジロー先生ってば、あなたの話題ばっかり。愛されてるわねー、うらやましいわ。」
キリノ「え・・・?」
吉河「ふふ、お幸せにね。ほら、早く行って上げなさい」
キリノ「は、はひ。」
予想外の展開に、パニック状態に陥る。
キリノ(先生、まだあたしのこと・・・好きでいてくれるんだよね?)
だから、打ち明けようと思った。ため込むのはやめようと思った。
コジローなら、聞いてくれると思えたから。



キリノ「こんちゃーっす。」
コジロー「おう、よく来たな、あがれよ。」
キリノ「はーい。」

促されるままに座るキリノ。コジローがお茶を持ってきた。大好きな、緑茶。
コジロー「ほれ、以前お前が薦めてくれたお茶だ。」
キリノ「ありがとー。あ、いいにおい。おいしい。やっぱりあたし、このお茶好きだぁ。」

キリノがリラックスしたところを見計らって。コジローが口を開く。

コジロー「で、どうしたんだ?さっきはなんか暗そうだったぞ。」
ここで遠まわしなことを言っても仕方がない。そう思ったコジローは核心に触れる。
キリノの口は重いが、それでも、少しずつ、言葉をつむぎだしていく。

キリノ「うん・・・。私、先生と釣り合わないのかなぁって。」
コジロー「え・・・?おいおい、なにいってんだ。こんな言い方もなんだが、俺たちいいコンビだと思うぜ。」
キリノ「うん、一緒に部活とかやってたときは私もそう思ってた。でも・・・ね」
コジロー「・・・」
キリノ「コンビとしては良くても・・・その・・・こういう関係としてはどうなのかなって・・・。自信なくなっちゃった。」
少しずつ、少しずつ。想いを打ち明けていく。
ちょっと気を抜くと、また涙をこぼしそうになる。
昨日も、一昨日も、泣いたばかりなのに。



泣かないように。必死に、キリノは言葉を出していく。
その時間が終わり、それまでうつむきながら話していたキリノが顔を上げる。


コジロー「く・・・」
キリノ「・・・?」
キリノが顔をあげたその先には、頬を膨らまして、いかにも爆発しそうな顔をしたコジローの顔があった。


コジロー「ぷくく・・・あっはっは!なんだ、そんなくっだらねーこと気にしてたのか。」
大きな口をあけてコジローが笑う。
信じられない光景だった。今までのシリアスな雰囲気を一気にぶち壊された気がした。
キリノ「ちょっ、そんな笑わないでくださいよー!こっちゃこれでも真剣に悩んでたんですから。」
コジロー「だって・・・くく。お前、サヤと一緒にいすぎてサヤの病気がうつっただろ。」
キリノ「病気ってなんですか!」
コジロー「いやいや、やっぱり、考えすぎだよ、お前。あっはっは!」

コジローの笑いが止まない。止む気配がない。
そんなコジローをみてると、キリノも今までずっとシリアスに考えてきた自分がバカみたいな気すらしてきた。
なんか急に肩が軽くなったかも、そんな気もした。

コジロー「なぁ、お前が思う大人っぽい人って誰だ?」
キリノ「え・・・例えば室江ならユージくんとかミヤミヤとか。あとはやっぱり吉河先生とか、コジロー先生とか・・・。大学の子たちもみんな大人っぽいし・・・。」
ようやく笑いが収まったコジローが、笑顔で問いかけてきた内容に、思いつく限り、大人っぽい人を挙げてみる。
コジロー「そのユージやミヤミヤのお姉さんとして部長やってたのはお前だろうよ。
しかもユージなんてちょっと剣道入り込むと熱血しちゃうし、ミヤミヤなんて未だにダンとバカップルだぞ。もうつきあって三年経つのに。
ある意味、小学生以上にまわりがみえてねぇよ。」
キリノ「あ・・・。」
コジロー「俺と吉河先生なんてこの前、他の先生の目をサボって格ゲーで対戦しちまったぜ。
ハタから見ると、年甲斐もなくゲームにハマってる、ってなるんだろうな。
そういや、お前のお母さんも未だにジョニーズにキャーキャー言ってるんだろ?」
キリノ「た、確かに・・・。」
そういわれると、距離を感じていたコジローが近づいてきた。すごく、手の届きやすい位置に。
コジロー「サヤも含めた大学の友達だって、大差ねぇよ。サヤ見てみろよ、外見なら確かにかっこいいけど、中身はあれだぜ?
どうせお前も数ヵ月後にはいかにも大学生っぽくなってるんだろうな。」

ここで、コジローの顔が、真剣なものに変わっていく。それでも穏やかで、優しくて。
心に入ってくる、そんな表情だった。

コジロー「・・・でもよ、誰にだって、子供っぽい部分があるんだって。俺にだってあるし、もっと年上の人にだってある。
うちの親父だって、あの年して普段はべらんめぇ口調だけどよ、お袋と二人のときなんてガキみたいな行動しょっちゅうとってる。ワガママ小僧みたいだぞ。」
コジロー「人間どこかしら、子供っぽい部分上がるし、むしろそこが個性・持ち味が生まれる理由なんだよ。
全ての面においていかにも大人、冷静であってみろ、そんな人間つまんねぇよ。」
コジロー「だからよ・・・。お前が持つ子供っぽい面ってのは、お前の個性であって、お前のいいところなんだよ。」



その言葉が嬉しかった。子供っぽくない、仮にそう言われていたら納得できる気がしなかった。
でも、コジローはそうではない。それでいて、自分を受け入れてくれる。

コジロー「だから、自信なくす必要なんてない。お前はそのまま生きていけばいいんだよ。
ヘタなことすると、お前のいいところを全部失っちまう。
そのまま生きていけば、自然に成長もするさ、実際俺だってまだまだ成長途中だしよ。」
キリノ「そっか・・・そうだよね。」

勇気がついてきた。今なら、本気で笑える気がした。今、キリノは自然な笑顔をしている。
そんなキリノを見て、コジローがタンスから何かを取り出す。
コジロー「あー、実を言うとな、ちょっとしたものを用意してある。」
キリノ「え?何をですかー?プレゼントですか?」
コジロー「いや、こんなものだ。」

コジローが取り出したのは、数枚の書類。一番上の紙を見ると「婚姻届」と書いてある。
コジロー「もう俺の書くべきところは埋めてだな。あとはお前が名前を書いて印鑑を記入すればできあがりだ。」
キリノ「え・・・でも・・・。結婚するのは・・・」
コジロー「ああ、お前が大学を卒業してからだ。でも・・・」
言いにくそうに。
コジロー「なんか、落ち着かなくてよ、気づいたら書かずにはいられなかった。」
コジローはキリノから目線を外す。相当照れくさいのだろう。
キリノ「・・・あ、あはは。センセー!四年後っすよ?!いくらなんでも気が早すぎでしょっ!」
コジロー「うっせーよ!・・・ちくしょう」
キリノ「あはは、先生かっわいー!・・・でも、すごく先生の言うことわかりました。」
コジロー「だろ?俺だってこんなもんなんだよ。」
いつもどおりの自分を取り戻せた。ひさしぶりに、本当の笑顔。
こんなに気分がいいのは何日ぶりだろう、そう思えた。


コジロー「でも、嬉しいぜ。」
キリノ「え?なにがですか?」
コジロー「お前がすぐに、胸のうちを打ち明けてくれたことさ。基本的にお前はためこむ性格だろ?」
キリノ「あれ、バレてました?」
コジロー「教師なめんな。バレバレだ。」
キリノ「えへへ・・・。」
コジロー「教師ってだけじゃないぜ。こんな頼りない俺でも、お前の彼氏なんだ。」
堂々と言い放つ。「俺はお前の彼氏だ」と。

―嬉しいのはあたしですよ、先生。―

照れくさくって、その言葉は出せなかった。そのかわり。
気づけば、キリノはコジローの胸に身を寄せていた。



テレビはN○Kがつけられている。ちょうど、高校剣道の九州大会が放送されていた。
相変わらず桃竜学院が圧巻の強さで勝ち進んでいる。そんな様子を、コジローと、コジローの腕の中に抱かれたキリノがみていた。

コジロー「・・・実はサヤからさっき電話があってな。『なにキリノを悲しませてんだあんたはー!』って怒られちまったわ、あはは。」
キリノ「サヤが・・・。」
コジロー「『あんたのリードが適当だからキリノが泣いてんのよ!どうにかしなさい、この適当顧問!』だってよ。あいつ大学入ってからさらに口が悪くなってねぇか?」

(違う。)
サヤの口の悪さは怒りの強さに比例する。サヤは、コジローに本気をぶつけてくれた。
(ありがとう、サヤ。大好きだよ。)

サヤが温かい。コジローが温かい。吉河先生も、そして今まで気づかってくれた友人たちも。
そこに、抵抗感を感じる必要はない。自分にだってできることなんだから。してきたことなんだから。
ここ数日、自分がされることが多かっただけ。
自分が子供っぽいせいで足りないところは誰かが埋めてくれる。
逆に、他人が子供っぽいせいで足りないところは、自分が埋めることができる。

心に余裕が生まれたのか、小悪魔の笑みを浮かべてコジローに話しかける。
キリノ「ねー、先生?」
コジロー「んー?なんだ?」
キリノ「あたしと会えなくてさびしかった?」
少しの間。顔を真っ赤に染めたコジローが答える。
コジロー「・・・たりめーだろ。これでも、年上だからって、かなり我慢してたんだよ。」
キリノ「えへへ。」

不安なのは自分だけじゃない。子供っぽいのも自分だけじゃない。
気にすることなんかない、どこに子供っぽい面があるかは人それぞれなのだから。
自分を見失う必要なんかない。自分を見失わなければ、必ず誰かが側にいてくれる、自分のいいところを見てくれる。

だから、実際、こうして一緒にいてくれる人がいることがうれしい。
キリノ(先生・・・私は先生と一緒にいられれば幸せだよ。)

審判「面あり!」
激しい剣道のビートがテレビの先から聞こえてくる。
そのビートが、自分を勇気付けてくれている気がした。



―それから二週間がたった。―

五月のはじめ。ついにキリノとサヤの公式戦デビュー。大学に入って始めての公式戦。
先鋒・キリノ。次鋒・サヤ。
先鋒だけあって相手の人もかなり強そうだ。正直、勝てるかどうかはわからない。

先輩A「がんばれキリちゃん!絶対勝てるよ!」
サヤ「いけーっ!キリノーっ!ぶったおせーっ!」
剣道部員の仲間が後押ししてくれる。

チサト「キリノーっ!がんばってねー!」
レイナ「うわぁ、キリノかっこいいよ!」
セリナ「私は運動苦手だからあこがれちゃうなぁ。」
クラスの友人たちもわざわざ剣道場まで応援に来てくれた。

キリノ(えへへ、かっこいいって言ってもらえた。)
コンプレックスはもうない。それでも、やはり「かっこいい」といわれるのは気分がいい。
キリノ(これも、もしかして子供っぽい発想なのかな?ううん、でもこれが私だし!)
自信を持って竹刀を握る。
―私は、私のいいところを存分に出せばいい。―



コジロー「おーい、キリノー!がんばれよー!」
ふと、気づくと二階席からコジローがぶんぶん手を振っている。横には石橋先生もいる。

(そういえば、相手の中明大学の中堅は横尾さんだっけ。)

来るなんて、一言も言ってなかったのに。おそらくいきなり現れて驚かせようという腹だろう。
そんな行動だって、考えてみれば子供っぽいかもしれない。
(しかも手なんて振っちゃって。)
でも、それでいい。それが人間なのだから。

上地「あら、あの方がもしかして高校時代の顧問の方?」
サヤ「そうなんですよー!てっきとーな人なんですけどねー。」
先輩B「確かに面白そうな人ねー。」
剣道部員たちがコジローのことを気にかけている。

セリナ「あ、あれがキリノが普段言ってた剣道部の顧問の先生じゃない?」
レイナ「かもねー。話してた感じと似ているかも。あとで確認してみようか。」
チサト「けっこうかっこいい人じゃない?」
二階で友人たちが話しているのも聞こえる。普段は冷静なセリナなども、
恋愛話となった瞬間、女子高生顔負けのエネルギーを見せている。

みんなコジローが気になっている。
もう迷いはない。だから、キリノは心を決める。

―あとでみんなに紹介しなくちゃね。これが私の彼氏です、って。自信を持って。―

―えへへ、みんなどんな反応するか楽しみだなぁ。―



そんな思いを抱きつつ、開始線に立つ。その瞬間、雑念も取り払われる。
審判が、声を挙げる。それが、開始の合図。


「始め!」


始まったのは、剣道の試合と、キリノの大学生活。


                              ―完―