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サヤ「めぇんっ!」
パシィッ!
ユージ「面あり一本!勝負アリ!」

道場に鋭い声が鳴り響く。コジロー室江高校に戻ってきてから一ヶ月、部員一同は
インターハイにむけて稽古を重ねていた。

サヤ「やったぁ!ついにキリノに勝った!」
ダン「おー。サヤ先輩かっこいいぞ~」
サヤ「でもまだ通算成績じゃ負け越しだかんね。キリノもう一回やるよ!」
キリノ「おっけーい」

コジローが戻ってから、室江剣道部の成長は著しい。やはり吉河先生が顧問をやるよりコジローのほうがいい指導ができるのは当然だし、なにより今のコジローはやる気がある。
また、外山・岩佐騒動をのりこえて迷いがなくなり結束も強くなったこともあるのだろう。
特に、あの事件で多大な苦悩を抱えた三年 - キリノとサヤはまさに心機一転、迷いなく全力で剣道に打ち込んでいる。
今では全力のタマにも粘りを見せ(それでも一本をとることはできないが)、東とはかなりいい勝負をしている。

コジロー(ほんと・・・戻ってきてよかったな・・・)

吉河先生、林先生などに感謝をしつつ、その場にいられる喜びをかみ締めた。だからこそコジローは決意した。

コジロー(俺は顧問だ。絶対にこいつらの夢を守ってみせる。)
コジロー「よし、ダン。お前も個人戦出るんだからな。かかってこい!」
ダン「おー!」

コジロー「それじゃ、今日はこれで解散だ。今後しばらく練習が続くからな、はやめに寝るんだぞ。」
ダン「礼!」
一同「ありがとうございました!」

サトリ「ああっ、そういえば数学の宿題が明後日までにあるんですよね!やらなきゃ!」
ミヤ「なに、あんたまだあれやってないの?確か出されたの二週間前じゃない?二日でやるにはだるい量よ?」
サトリ「あう・・・その・・・二週間前からやろうやろうと思ってたんですけれど、ノートを忘れたり、その次の日は教科書忘れたり、次の日はねすごしたり、その次の日は範囲じゃないページをやったり、その次の日は・・・」
ミヤ「・・・もういい。」
そう言われてさらに落ち込む聡莉を見かねたユージが助け舟を出す。
ユージ「東さん。明日、俺の答えを見せてあげるよ。今回は体調を最優先させなきゃね。」
キリノ「さすがユージくん。紳士だねぇ。」
ユージ「剣道に燃える仲間を放って置けませんよ。」
気合の入った声で答える。一番ユージが燃える瞬間。
サヤ「さ、さすが・・・」
コジロー「なぁダン。俺は教師としてとめるべきなのか?それとも剣道部顧問として黙認すべきなのか?」
ダン「先生。時にはやさしさを見せるのも大人だぞ。」
コジロー「なんでそんな上から目線なんだよ!おら、お前ら早く帰れ!あと、一年生は後片付けたのむぞ。大変だろうが、二三年のために協力してやってくれ。」
誠「はい!」
忍「・・・はーい。」
明らかに異なるテンションで一年生が答える。

二三年生が帰った後、一年生二人、そしてコジローは道場の掃除をしていた。部活で疲れているため無口になりがちだが、かえって退屈さから疲れがましたのか、忍が口を開く。

忍「先生、聞きたいことあるんですけど。」
コジロー「ん?なんだ?」
忍「先生と、三年のキリノ先輩ってつきあってるんですか?」

予想もしない質問にコジローがつい吹き出す。

誠「し、忍ちゃん。いくらなんでもそこまでストレートに聞くのはどうかと思うよ・・・」
コジロー「お前、なにわけわかんない妄想してるんだ!」
忍「えー、だって・・・」
コジロー「だいたい、林先生とか吉河先生が必死に助けてくれてこの学校に戻ってきたっていうのに、
ここで生徒とつきあったりしたらまたクビだろうが!お前は俺を飢え死にさせる気か!」
忍「でもー・・・私たちが初めて来た日に、二人で抱き合ってたじゃん。」
素直になれ、とばかりに忍がジト目で問い詰める。誠が静止するが聞く耳など持たない。

コジロー「あー、いやあれはあいつがああいう性格だからな。俺が黙って出て行ったってのもあるんだろう。深い意味はねーよ。あれが子持ちの教頭先生でもああなっただろうな、はは。」
ばかばかしいとばかりに切り返すコジロー。それに対して忍の目は冷たい。
忍「・・・ふーん。最低。」
コジロー「おいおい、仮にも先輩に対して最低呼ばわりはないだろ。それがキリノのよさでもあるんだぞ。」
忍「キリノ先輩に対して言ってるんじゃありません!ふん!ほんと最低!」
もういい、と言って忍はコジローから目線を外す。明らかに苛立ちを見せながら掃除を続けた。
誠「し、忍ちゃん。そんなめちゃくちゃに箒かけちゃ埃が飛び散るだけだよ・・・」

:::::::

コジロー「やっべ、遅くなった。まだ特売のもの残ってるかなぁ。売りきれちまったかな・・・」
車の中で独り言をつぶやきながら・・・コジローの頭の中では忍の一言がこびりついていた。

―キリノ先輩に対して言ってるんじゃありません!ふん!ほんと最低!―

そこまで言われて、言葉の意味がわからないほどコジローもバカじゃない。

コジロー「要するに鈍感、って言いたいんだろ、あいつは。ったく、思い込みの激しいやつだ。別になんにもねーっつーの。」

実際、あれからコジローとキリノの間に特別な何かがあったわけではない。普通に顧問と部員。政経の先生と受験生としての生徒。普通に授業で接し、部活で接する。
腹が減ったら弁当をたかる。いつもどおりだ。
決して抱きつかれたことに対して何も感じなかったわけではない。
だが、もともとキリノは剣道に強く打ち込む正確だし、感極まってついやってしまったんだろう。何かと男に無防備な面もあるし、深い意味はないはずだ、コジローはそう思っている。仲がいいことは自覚していたが、そもそも剣道部は全体的に仲がよい。

コジロー(ま、馬が合うんだろうな。結構似てるってサヤにも言われたっけな。そう考えるとキリノは高校生の性格じゃねぇなぁ。)
軽く苦笑しながら運転を続ける。同時に、お腹も笑い声をあげた。
コジロー「あー、しょうがねぇ。コンビニでメンチカツでも買って帰るか!」

翌日も、剣道場では竹刀の音、掛け声が鳴り響いていた。コジローがキリノに一生懸命稽古をつけている脇では、ミヤとダンが相変わらずのバカップルを繰り広げつつも稽古をし、サヤがそれをみてへこみ、ユージとサトリが照れくさそうに観察していた。
サトリ「あ、そういえばタマちゃんはまだなんですか?」
ユージ「ああ、今日タマちゃんは日直なんだよ。そろそろ来るんじゃないかな。」

タマ「すみません、日直で遅くなりました。」
コジロー「おう、ご苦労さん」
だが、タマはコジローに答えず外のほうをみていた。
コジロー「どうした?なにかあったか?」
タマ「いえ・・・なんでもないです。」
コジロー「? そうか。まあ早めに着替えて練習に加わってくる。俺はちょっとこれから会議に出てくるからな。」
タマ「はい。」

タマ「ユージくん。さっき、私が来るとき、道場を外から眺めてる人がいた気がするの。」
ミヤ「なんだろ、それ。まさかストーカーじゃないでしょうね。レイミとかレイミとか。」
サヤ「ミヤミヤ・・・怒りが表情に出てるよ。」
ダン「安心しろ、ミヤミヤ。俺がついてるだろー!」
ミヤ「ダンくん・・・ありがとう。」
サトリ「あ、もしかして入部希望者じゃないですか?内気な人なのかもしれませんよ?」
キリノ「おー、そうだったらいいねぇ。まだ一年生二人だけだからねー、やはり五人揃えたいよねー」
誠「そうですね。でもどんな人なんだろ。」
他愛ない会話で期待を膨らませているなか、タマキは思った。

-他校の制服着てた気がする。あとどっかで見たような気も-

三日後。朝練にも関わらず、部員全員が威勢の良い声を上げている。自由参加の誠と、なんだかんだいいながらも忍も参加している。

キリノ「小手!」
サヤ「あ"-!また負けたぁ!」
キリノ「へっへっへー。まだまだ負けられないよーん」
サヤ「むきー!もう一回!」
キリノ「おっけー☆」
向き合いながら、キリノが呟く。
キリノ「サヤ、なんとしてもインターハイでようね!」
サヤ「・・・うん!まずは同じ地区の強敵、東城高を倒して、鈴木凛さんのいる秀玉高も倒すんだ!そしてインターハイだ!」
キリノ「うん!」

コジロー(・・・いい気合だ。充実していて、それでいてトランスキリノのときみたいに妙な気負いも負担もない。これなら、いけるかもしれないぞ。)

ピンポンパンポーン

コジローが笑顔を浮かべるさなか、校内アナウンスが入る。

「石田先生、石田先生。校長室におこしください。」

コジロー「・・・なんだ?こんな朝練の時間に。」
忍「解雇じゃないですか?」
コジロー「おまえ・・・されてたまっか!」
ユージ「先生・・・今度は何したんですか?」
コジロー「お前までかい!まぁいい、行ってくる。ダン、後は任せたぞ。」
ダン「おーう、任せろー。」

コジロー「失礼します、石田です。」
校長室に入る。そこには校長、教頭がいた。二人とも優しい人で、今日も実際温和な顔をしている・・・が。
その目にはどこか厳しいものを含んでいた。
コジロー「・・・?」
教頭「石田先生。聞きたいことがありますが、よろしいですかな。」
コジロー「は、はい。なんですか?」

校長「石田先生が、剣道部員と個人的な恋愛関係になっている、という話を耳にしてね。」
-またか。-
コジローはため息をつきながら、疲れた感じで返答する。
コジロー「またその噂ですか・・・。確かにうちは部員もみんな仲いいですし、部内にもカップルが一つぐらいあるようですけれど、
自分は何もしてないですよ。なんか学生の間でいろいろも噂あるらしいですね。でも高校生活にありがちな、根も葉もない噂ですよ、そんな噂信じないでください。」
苦笑して答えるコジロー。しかし、校長たちの顔に ―優しい顔だが― 決して笑顔はない。

校長「生徒の噂話じゃないんだよ。」
コジロー「え・・・?」
教頭「電話があったんですよ。・・・新聞社から。」
校長「室江高校の顧問は生徒に手を出しているという話は本当か。本当ならば由々しき問題ではないか。とね。教育崩壊だとかずいぶん食いつかれてしまってね。
私たちとしても放置できなくなってしまっているんだよ」
コジロー「そ、そんな。神に誓えますよ!そんなことありえません!クビをかけてもいいです!」
校長「お、落ち着いてちょうだい、石田先生。私は君を信頼してるし、以前の行動だって勇気或る行動だと思っているんだよ、うん。もうあまり君や剣道部に厳しい処遇も下したくないしね。」
教頭「学校としてもできる限りの協力はするから、なんとしてでもこの疑惑を抑えてほしいんですよ、要するに。
疑われるような軽率な行動を避けて、あともしかしたら数回記者たちに話してもらうこともあるかもしれない。」
コジロー「・・・わかりました、疑惑を解いて見せます。」
校長「ごめんね。石田先生。本当にごめん。」
コジロー「いえ、校長は何も悪いことしてませんよ!悪いのは半端な噂話を信じて煽るマスコミですから。それじゃ、失礼します!」
コジローが校長室から出たときには、朝練はもう終わっていた。

そのあと、一日に4コマの授業を担当したが、ほとんど身は入っていなかった。三年のクラスは一つもないにもかかわらず。

ミヤ「おはよう、サトリ」
サトリ「あ、おはようございます、宮崎。今日は早いですね。」
ミヤ「ダンくんが朝早く学校に行かなくちゃ行けないらしくて。部長になってからダンくんってばさらにかっこよくなっちゃって、もう」
サトリ「あはは、ほんと栄花くんすごいですよね。」
そんな他愛ない会話を続けながら教室に向かう二人。そんな中、人だかりができていることに気がついた。
ミヤ「あれ、なんだろう。」
サトリ「新聞っぽいのが壁に貼ってありますね。・・・・?!」
視力が2.5もあるサトリは、遠目から新聞を見た瞬間自分の目を疑った。それぐらい、嫌なことが書かれていたのだ。
新聞には剣道部のことが堂々と書かれていた。ただ書かれていただけではない。

―鬼畜教師!生徒に手を出す剣道部顧問I!―

本文には、あらん限りの剣道部への批判、中傷。
教師であることを自覚できないだとか、教師失格だとか、剣道部はだらしがないだとか。
そして、論より証拠とばかりにそこには、目線こそ入れられているものの、コジローとキリノの写真が貼られていた。知る人が見れば誰でもわかるように。
キリノのマッサージをするコジロー。 キリノ頭をなでるコジロー。 コジローに抱きついて顔をうずめるキリノ。

サトリ「これ・・・コジロー先生が戻ってきた時のですよね。」
ミヤ「・・・」
他には、コジローとキリノがいかにもカップルのように昼飯を食べる瞬間が写真にうつされていた。
ミヤ「これは確か、部員全員でお昼を食べたときよね。」
サトリ「はい!明らかにわざと、ひどくみえるように工夫して撮ってます!確かこのとき先生はメンチカツをつまんだだけですし、このお弁当はみんなでおいしくいただきました!」
興奮きわまって変な言い回しになったサトリ。だが怒りは抑えられない。
サトリ「誰がやったことか知らないですけれど、石田先生は立派な先生です。こんなやり方で陥れるなんて許せません!」
都がなだめる中、後ろから青ざめているサヤが近づいてきた。
サヤ「・・・」 
ミヤ「先輩・・・。」
サヤ「っ!」
サヤは思い切ったように人を掻き分け、新聞を乱暴にむしりとった。二つに裂けたがそんなことはいちいち気にしてられない。
サヤ「・・・許せない!キリノも先生も頑張ってるんだ!こんなやり方絶対に許せない!」
サトリ「はい、そうです!」
サヤ「いい、二人とも。これはキリノには内緒だよ。先生がいなかったときからもわかるように、キリノは自分で追い詰めちゃうタイプだから。私たちがなんとかするんだ。」
二人「はい!」
そのとき、さらに後ろから、のん気そうな - それが人を幸せにするぐらい元気な声がきこえてきた。
キリノ「おやおや?三人ともおっはよーう!どしたの、集まっちゃって!」
サヤ「キ、キリノ!あはは、おはよう。今日も元気だねぇ!」
キリノ「おりょ?もちろん元気だよー?で、三人ともなにしてるの?」
サトリ「え、えとー」
ミヤ「今日は朝練がなくて、なんか違和感あるなって話をしてたんですよ。体に染み付いちゃってるんだなぁ、って思った、そういう話をしてたんです。」
サヤ「そ、そうそう!うちらもいよいよ部活らしくなったなーって、そういう話。んじゃキリノ、さっさと教室いこいこ!」
心の中でミヤミヤグッジョブ!と言いながらサヤはキリノを教室に追いたてる。キリノも特に疑うわけでもなく、一緒に教室にむかう。
キリノ「それじゃ二人とも、また部活でねー」
二年生二人「はい!」
うまくごまかせたと安心した三人。実際キリノは三人に対してなんの疑問は持たない。

だが、いくら鈍感なキリノといえども、周囲から突き刺さる視線には気づかないわけがなかった。

さらに三日後。午後練習。
一緒に剣道場に向かう二年生五人組、そしてたまたま居合わせたコジロー。三年生は今日は補講があるらしく参加できない。
一年生が先に準備をしてくれているはずだし、時間は十分すぎるほどにある。だからこそ、やはり都をより底上げしなくてはいけない。なんせタマキだって勝てるとは限らない上位大会。勝てる駒を一つでも増やさなくてはいけない。
そう思いながらコジローが武道館の扉をあけた先では、道場の真ん中で誠と忍が何かをみていた。随分と多い紙の束である。

コジロー「おう、どうしたそりゃ。なんかの勧誘チラシか?」
誠「え、そ、その。なんでもないです。」
忍「はい、ななななななんでもないです。」
明らかに不審な二人に対して、二年生も疑問を抱かずにはいられない。
サトリ「なんなんですか、それ。意地悪しないで見せてくださいよー。」
忍「だ、だめです!秘密です!」
都がにらみをきかせる
ミヤ「いいから見せなさいよ。言うことききなさい。」
忍「で、でもぉ・・・」
しかし、なんせ分量が多い紙の束。そこから一枚ぐらい奪い取ることは容易だった。
都が奪い取った紙を見ると、そこには

-劣悪、剣道部!乱れているのは顧問だけではない!-

という大見出しのもと、また剣道部への誹謗中傷が、紙面にぎっしり詰まっていた。
ダンと都の写真を貼り
「所かまわず不謹慎な行為を繰り広げる剣道部員。これが武道家のすることか!」
ユージとタマが接近、というかユージがタマの世話をしている写真をはりつけ、その隣には・・・
サトリ「これ、確かこの前中田くんに勉強をうつさせてもらったときの・・・」
学食で、二人がなかよさそうに写っている写真をはりつけた。そこには
「優男、部活公認の二股!剣道部入部はこれが目的?!」
という記事が。ユージが。あのユージが。怒りをあらわにしている。
他には、いくつか -コジローとキリノも含めて- 男女がいかにも付きあっているかのように見える写真を集めて、紙面には
「まるで剣道部は合コン部。」だとか、剣道の技である「突き」に関する下品なキャッチフレーズなどスポーツ誌や週刊誌顔負けの記事がちりばめられている。
それだけではなく、コジローが一度自主退職するにいたったあの事件、外山と岩佐が過去に行っていたいじめについて、
また「いじめは現在も進行中!部員は同学年でも上下関係が厳しく、下っ端は奴隷状態!」などと書かれている。

ミヤ「なによ・・・なんなのよこれ!誰の仕業なの?!」
誠「校舎中にバラまかれてたんです。自分たちのクラスは先生の都合で早く終わったんで、かなり回収できたんですけど・・・。」
忍「それでも結構の人に見られちゃったと思います。」
自分たちの兄のこともたくさん書かれてるだけあって、二人の表情もかなり暗い。
コジロー(・・・二人ともつらかっただろうな。)
そう思いながらも、コジロー自身も書かれていた内容、特に自分とキリノに関しては気にせずにいられなかった。
そして、同時にかなりの危機感を感じずにはいられなかった。
ダン「先生、俺たちが恥ずかしいことなんてまったくしてない部活なのは俺たちが一番わかってるぞ」
コジロー「ダン・・・」
ダン「確かに俺とミヤミヤは仲がいいけど、しっかりとお互い良識をもって行動してるし、ユージが二股なんてしてないこともみんな知ってる。自信持とうぜー。」
いつもの間延びした声。だが、そこには強い意志が表れている。
コジロー「ああ、そうだな。みんな、こんな嫌がらせに負けんなよ!」
おー!と部員一同。もちろん、このぐらいで室江高校剣道部の結束は崩れたりしない。その後は充実した練習が今日も繰り広げられた。

だが、個人的心情に傷は残る。
特に、この紙面をたまたま拾ってしまった三年女子の二人には。

翌日。朝から雨が降り続いていた。
ミヤ「嫌だな・・・雨。」
そういいながら都は髪をいじくる。どうにも集中力が続かない。それは都だけではなく、ほとんどの二年生がそうだった。
もちろん、本来抜群の集中力を誇るタマキとユージも例外ではなく。

昨日、あのあとコジローは新聞社からも苦情が来ていることを話した。このチラシからもわかるように、明らかに剣道部を陥れようとしている人間がいること。
しばらくは私生活に気をつけて耐えること。ただし、自分とキリノ、ということは隠し、あくまで剣道部の問題として。

もちろん、いくら悩んでも解決されるような問題ではない。だがどうしても気にせずにはいられないのが実情である。
こんな心理状態でインターハイ予選など出ても勝ち抜けるとは思えない。ああ嫌だ。せっかく剣道が楽しめるようになったのに、こんな気分になるなんて。
そんなとき、都の携帯電話が鳴った。



ミヤ「ったく・・・一体何の用よ。つか、なんで私の番号知ってるのよ。」
レイミ「うわーい、ホントに都ちゃん来てくれたぁー。」
都合の悪い質問はスルーして、レイミが歓喜の声をあげる。
都はレイミに呼び出され、喫茶店に来ていた。ボディーガードとしてタマキ、サトリ、そしてダンもついてきている。こうでもしないと発狂しない自信がなかった。
ミヤ「で・・・?どうしてもきいてほしい話ってなによ?」
苛立ちながら問いかけると、レイミは真剣な顔で答えた。
レイミ「あのね、半年ぐらい前から都ちゃんストーキングされてるみたい。気をつけてほしいなー、って。」
都はあきれた顔で
ミヤ「あんたがそれ言うの?」
と答えたが、レイミは意にも介さず続けた。
レイミ「私が都ちゃんを見に行こうとすると、必ず誰かがいるんだよね。結構何人かいるみたいなんだけど、しょっちゅう都ちゃんに貼りついてるみたい。
ひどいよね、都ちゃんには私がいるのに。しかもー、カメラもってパシャパシャ撮ってるんだよ?都ちゃんの写真とっていいのって私だけだよねー。」
はいはい、と疲れた顔で頷くミヤ。
ストーカーにあったら危ないんだよー!と危険性をアピールするレイミ。
相変わらず宮崎さんはモテるなぁ、と感心する珠姫と聡莉。
だが、男二人は違った。
ユージ「ねぇ、小田嶋さん・・・だっけ?そのストーカー、宮崎さん以外にも写真撮ったりしてなかった?」
ダンも、そこが聞きたいとばかりに頷いた。
レイミ「いちいちそんなの見てないよー。あー、でも確かに同じ制服の子が近くにもいたかもー」
ユージ「それ・・・どこかわかる?」
レイミ「えーとね・・・確かあの制服は・・・東城だったと思うよー?」

サトリ「ねぇ、ダン君。なんでストーカーのことあんなに聞いたんですか?」
ミヤ「もしかしてダン君、ストーカーから私を守ろうと・・・」
だが、そんな都に対して珍しくダンは厳しい顔を崩さずに言った。
ダン「あのチラシや新聞の写真・・・誰が撮ったんだろうな。」
サトリ「え・・・?」
ユージ「やはり、その東城高校の人が撮ったと考えるべきなのかな。」
ダン「たぶん。ストーカーじゃなくて、俺たちの写真を撮ってあの記事を作ることが目的なんだろ。」
ようやく話が飲み込めてきた女子。
タマ「東城・・・」
その瞬間、タマキの中で一気に紐が解けた。
タマ(この前見た・・・あの人・・・)

ユージ「あれ、どうしたのタマちゃん。」
タマ「ユージくん。私がこの前見た人も東城高校の人だった。」
ユージ「!!」
タマ「見覚えあって、忘れられない顔なのにどういう関係だったか思い出せなかったんだけど。思い出した。」
一呼吸おいたあと、タマキが続けた。



タマ「あの人、私を以前閉じ込めた人だと思う。」



東城高校にて-
女子A「ねぇねぇ、室江でのあのチラシ、効果抜群っぽいよ?」
女子B「やったね。頑張った甲斐があるもん」
女子C「正直、室江強いもんねー。この前の突きとか私ビックリしちゃった。」
女子B「そうそう、小西先輩でも勝てないとかありえないよー。」
女子C「でもー、これで室江剣道部が活動停止になればまず上に進めるのは私たちだし、仮に出てきたとしてもガタガタっしょー!」
女子A「そうそう!いいんだよ、あんな人たち。いかにもラブラブでむかつくしー」
女子B「キャハハ、それはあんたの嫉妬じゃん」
女子A「うるさいなー。あんただって彼氏いないくせに。」
女子B「私には小西先輩がいるもーん。」
女子D「三人ともこんなところいたのー?ミーティングはじまるよー。」
女子ABC「あ、はーい。すぐ行くー。」
女子C「・・・この計画は私たち三人だけの秘密だよ?」
女子A「わかってるよ・・・」

翌日。生徒指導室で、コジローはキリノと忍を除いた部員全員を集めて会議を行っていた。キリノは今日は担任と進路相談を行っているらしい。短大か普通の大学か悩んでいるようだ。
コジロー「・・・つまり、あれだな。お前があの日様子がおかしかったのは、東城高校のやつらに閉じ込められたり、足をおかしくされたからなんだな?」
タマ「はい・・・。」
コジロー「ったく、なんであの日言わなかったんだ!」
タマ「・・・ごめんなさい。」
コジロー「まぁ過ぎたことだ。もういい。だが今度はちゃんと言ってくれよ。俺は顧問なんだ。力になってやれることもあるんだから。」
やれやれ、といった顔でタマキと頭をポンとたたく。まだ溜め込む癖があるんだなぁ、と実感。
タマ「はい、ありがとうございます。」
サヤ「しっかし、あの噂はやっぱり本当だったんだね。汚い奴らだね、許せないよ私は!」
誠「あ、あの・・・」
コジロー「ん?」
誠「その・・・兄や、忍ちゃんのお兄さんのことはどうして知られちゃったんでしょう。」
コジロー「ああ、あれは残念ながら結構有名な話なんだよな。他校の生徒との揉め事ってことで広まったし、うちの生徒も結構いろんなところの生徒に話しちまったらしい。」
誠「・・・そうですか。」
学校だけではなくかなり広域に広がってることにショックを隠せない誠と忍。
サヤ「ねぇ、先生。」
サヤは言いにくそうにしていたが、決心して告げた。
サヤ「あのチラシは私もキリノも見ちゃったんだけどね。実はもう一つあるの。壁に貼られてた新聞。その・・・先生とキリノの特集なんだよね。」
その瞬間、コジローの胸にズキリと衝撃が走った。
―またか。またその話題か。―
今、一番触れたくない話題だった。剣道部の危機だというのに、それだけでなく個人的な関係まで。
だから、あえて。自分を言い聞かせるように、明るく振舞う。
コジロー「それはまぁどうにかなるさ。いまさら言うまでもないと思うが、キリノと俺にたいした関係なんかあるはずもない。根も葉もない噂話ってだけだ、気にするな。
それより、剣道部全体への中傷をとめないと、真剣に部活の存続がまずくなるぞ。」
ユージ「そうですね。まずは東城高による妨害を止めないと。」
タマ「私、顔覚えてます。」
サトリ「あ、じゃあなんとかなるかもしれませんね!」
コジロー「よし、じゃあ手遅れにならにうちに行動しないとな。たぶん剣道部の仕業ってことも見込みついた。
よし、ダンと珠姫、それとユージは東城についてきれくれ。俺は校長にちょっとかけあってから行く。」
そういって、勇みよく出て行くコジロー。ついていく生徒たち。その顔には、なんとかなる、という希望が表れていた。
だが、サヤ、ダン、都の三人はそれとは別の理由で表情を曇らせていた。

東城高校剣道部。
小西「ほら、一年。胴が開きすぎてるよ!」
室江に負けないぐらいいい雰囲気で稽古が進んでいる。室江に並ぶ有力校だ。同じくインターハイめざして頑張っている。
井口「小西、随分雰囲気よくなったよね。」
青木「だよねー。ちょっと厳しくなった気もするけどむしろ表情が自然な気もするし」
井口「楽しそうに剣道してるよね。」
青木「あー、私も楽しみだよインターハイ予選。今度こそ朧蜜蜂を・・・」
寺地「・・・あんまし意味ないと思うんだけど、それ。」
青木「がーん。って、あれ?あれ室江高校の顧問じゃない?見覚えある。」
青木の視線の先には車から出てくるコジロー、ダン、タマキ、ユージ。必然的に三年生たちの目をひく。
井口「あ、そういえば・・・あのちっちゃい子って小西とやった室江の大将だったと思う。」
寺地「覚えてる覚えてる。あのものすごく強い子ね。職員室のほう行くねぇ・・・。なんだろ。練習試合かな?」
小西「・・・」



東城校長「よくいらっしゃいました、石田先生。剣道部顧問の先生もすぐ来ると思います。」
コジロー「あ、わざわざありがとうございます。」
東城校長「もしかして練習試合の依頼ですかな?だとしたらありがたいです。実力伯仲の学校同士、貴重な練習になるでしょう。」
コジロー「いえ・・・そうではなく」
とコジローが言うと同時に、剣道部顧問と二年生女子全員が入ってきた。
顧問「失礼します。校長がおっしゃるとおり二年生女子全員を集めましたが・・・ってあら?」
コジロー「どうもお久しぶりです。」
顧問「あらあら、お久しぶり。」
ぞろぞろと入ってくる二年生女子。その中に、タマキと顔を合わせた瞬間動揺した女子が三人いたことをユージは見逃さなかった。
ユージ(タマちゃん・・・あの三人?)
タマ(うん・・・間違いない。)
そしてその旨をユージがコジローに耳打ちする。コジローは覚悟を決めて話し出す。
コジロー「無礼を承知で言います。おたくの剣道部の二年生女子のうち、一部がスパイ活動を行っていることがわかりまして・・・それをやめていただきたいのです。」
その瞬間、校長と顧問の顔が凍りついた。
東城校長「ほう・・・なぜうちの生徒がやったと思われるのです?」
コジロー「何度も目撃証言が出ています。東城高校の制服を着た生徒が私たちの写真を撮っていると。」
明らかに一部の女子の顔色が悪い。しかし東城高校の顧問は認めない。
顧問「うちの部員がそんなことするわけありません。これでも生徒の管理はしっかりやっています!」
コジローは(なにいってんだよ、明らかに管理も指導もできてねーじゃないか、このオバさん!)と内心では思ったが、ここで声を荒げてはまとまるものもまとまらない。
東城校長「つまりまとめると、近頃室江高校剣道部を陥れる怪文書がたくさん出ていると。その文章はわが校の剣道部員が出していると、そういうことですな?」
コジロー「はい。」
しばらくの間沈黙が続いたが、顧問が口を開く。
顧問「思い当りがある人、いる?」
しかし、当然誰も自首などするはずもない。

校長「誰も出てこない、証拠もない以上、こちらとしても対応できませんな・・・。」
コジロー「で、でも・・・」
タマ「わたし、覚えてます!顔を見たんです!」
いつになく強い口調でタマキが口を挟む。
タマキ「私は去年、あの三人に閉じ込められました!今回写真を撮っていたのもあの方たちです!」
女子A「な、なに言ってるんですか!私そんなことやってません!」
女子B「言いがかりはやめてください!」
女子C「以前私たちが勝ったからって根に持ってるんじゃない?!」
激しい言い合いが続くが、もともと口論が得意でないタマキが三人に勝てるわけがない。ダンも加勢するが劣勢は明らかだ。
顧問「はいはい、罵り合いはやめる。とにかくですね、私としては生徒はやってないと信じます。」
女子B「さすが先生ー!」
コジローは失敗した、と思った。どうせなら現行犯で取り押さえればよかったのだ。これ以上被害が拡大しないことを意識しすぎた。
校長「・・・もうよろしいですかな。私たちとしても、これ以上おたくの剣道部が被害にあわないことを祈りますが・・・やはりうちの生徒がやったとは・・・」
コジロー「はい・・・」
無力さ、悔しさ、そういう感情がコジローを包んだとき、部屋の扉が開いた。
小西「失礼します。」
部屋のドアがあき、小西が入ってきた。
女子A「あ、小西さん、聞いてくださいよ、室江高校の人たちが言いがかりをつけてくるんですよ!」
顧問が、あんたは黙る、といおうとした瞬間

パシィンッ!

女子A「・・・え?」
小西の平手が女子Aの顔をたたいていた。

女子B「こ、小西先輩?」
小西「あなたも。あなたも」
B,Cと同時に平手でたたかれていく。
顧問「ちょっと、小西!あなたなにやってるの?」
小西「・・・先生。室江高校の人たちが言っていることは本当です。」
凍りつく校長と顧問。
小西「以前から、私たちは勝つために卑怯なことをしてきました。私がしたこともあれば、この子達が私のことを思ってしてくれたこともあります。・・・川添さんの言う、閉じ込めも本当です。」
誰もが小西に注目していた。ABCは青ざめている。
小西「でも・・・私は強くなりたい。実力で勝ちたい。だから・・・もうこういうマネはやめたい・・・。」
その場が鎮まりかえった。誰も何もいえなかった。
顧問「・・・どうなの、三人とも。」
沈黙・・・それは五秒ほどだったか。コジローには五分にも10分にも感じたが。その沈黙の後に、一人が口を開いた。
女子B「・・・はい。」
女子A&C「!!」
女子B「やりまし・・・た。以前の閉じ込めも、今回の盗撮も・・・。」
校長「・・・。」



顧問「本当に、申し訳ございません、石田先生」
コジロー「いやぁ、まぁ被害がこれでなくなるなら大丈夫ですよ。あとはこっちでなんとかします。」
事件は一応解決した。後から聞いた話によると、コジローがいなくなってからすぐに、ずっとあの三人は室江の隠し撮りをしていたらしい。かなり入念な行動といえる。
コジロー(よく飽きなかったな・・・。)
自分が飽きっぽいだけに、妙に感心してしまう。
顧問「でも・・・本当に、私たちはもう何もしなくていいんですか?」
コジロー「ええ。気にせず大会にも出てきてください。な、タマ。」
タマ「はい。」
小西さん「・・・ありがとう、川添さん。」
タマ「・・・さっき、練習を見たんです。」
小西「え?」
タマ「小西さんの剣、あのときよりずっと綺麗でした。だから、信用できます。」
小西「・・・ありがとう。私、強くなります。」
女子ABC「・・・」
コジロー「なぁ、お前たち」
女子A「は、はい。」
無言で怯える女子に対して、コジローは笑顔で語りかける。
コジロー「俺から一つ、宿題だ。お前ら、絶対剣道部やめるなよ?」
女子B「え・・・?」
コジロー「剣道、楽しいからな。お前らも十分に楽しめ。・・・だからこそ、その楽しみを変に奪っちゃいけないってのもわかるようになる。自分たちが今までしてきたことの重みってのもそんときわかるはずだ。」
女子C「・・・はい。」
コジロー「だから、今は気に病むな。剣道を楽しめ!」
そういうとコジローは車に身を翻した。
コジロー「よーし、そんじゃ、お前ら帰るぞ。」
ユージ「はい!」

ダン「先生。」
コジロー「んー?」
ダン「かっこよかったぞー。」
タマもコクコクとうなずく。
コジロー「はは、何言ってんだよ」
照れを隠しながら、コジローが運転を続ける。だが、悪い気分ではなかった。解決したと思えるのだから。

・・・まだ、何も解決していないとも知らずに。

その翌日、室江高校には張り紙がなされた。そこには「数日前からビラが配られていますが、あれは他校の生徒が悪戯で行ったのであり、事実無根です。」といった内容の記事が書かれている。「東城高」ではなく「他校」としたのはコジローの強い希望によるものだ。

コジロー「ま、これで落ち着いたな。」
キリノ「そうっすねー。いや、ほんとハラハラしましたよ。でも先生、なんであたしも東城つれてってくんなかったんですかー!」
そのときコジローは気づいた。
コジロー(あ・・・そういや俺とこいつの噂なんてのも流されたんだっけな。)
コジロー「まぁ、深い意味はない。あんなつまらん騒動より学業優先だ。お前も受験生なんだからな!」
キリノ「はー、ヤレヤレですな。って、サヤはだいじょーぶなんですか?」
コジロー「ははは。まああいつは元気だからな。なんとかなるだろ。」
キリノ「相変わらず適当ですねぇ。」
コジロー(ま、あの噂も自然消滅するだろ。実際、何もないんだし。)




キリノ「サヤー、遊びに来たよー。」
サヤ「いらっしゃーい♪」
日曜日の昼、キリノはサヤ宅にきていた。たまの息抜き。それでも剣道話題になってしまうのがこの二人らしい。
キリノ「いやー、ほんと今回の事件はやれやれでしたな。」
サヤ「ほんとだよねー。もう思い出したくないよ、私は。」
キリノ「まぁでも、もう解決したんだし、忘れて楽しんじゃおう!」
サヤ「んだねー!」
といいつつ、サヤには一つだけ不満があった。
―いまさら言うまでもないと思うが、キリノと俺にたいした関係なんかあるはずもない。根も葉もない噂話ってだけだ、気にするな。―
サヤ(・・・なにいってんのさ。)
正直、サヤもキリノの気持ちをはっきり知っているわけではない。キリノと恋愛の話をそれほど深くしたわけではないから、
証拠があるわけでもない。それでもサヤはある種の確信を抱いていた。
サヤ(あのときのキリノの行動は、単なる再会の喜びじゃないでしょ?コジロー先生だからでしょ?)
キリノ「んー?どうしたのサヤ?私の顔なんかついてるー?」
サヤ「あ、いやなんでもないよ、なんでもない。そうだ、お茶もってくるね、ちょっとまっててー。」
キリノ「はいよー。私日本茶がいいなぁー」
サヤ「相変わらずだねぇ♪いいよ、もってくる。」

サヤ「お待たせキリノー。って、それは・・・。」
思わずサヤは、手に持っていたお茶を落とした。勢いよく中身が床に、じゅうたんにぶちまけられるが気にしていなかった。
キリノ「サヤ・・・これ・・・。」
サヤ「あ・・・」

そう。それは。
サヤが処分に困っていた
コジローとキリノの新聞記事。

プルルルル
プルルルル
プルルルル
校長室の電話は今日もやまない。主にPTA、新聞社からだ。
あの記事に書かれた内容が事実無根であることは校長や教頭の口から何度も説明された。
だが、彼らはそんな説明では引かない。
生徒が付き合ってるのはいい。ありがちだ。昔よりはそれを容認するご時勢だろう。
ユージが二股かけているわけではないことも説明された。
外山・岩佐についても十分な説明がなされた。コジローの努力も理解してもらえた。
だが、キリノがコジローに抱きつくあの写真に納得するものなど、いなかった。

コジロー「・・で?この記事をキリノに見られちまったわけか。」
サヤ「うん・・・ごめんね、先生。」
コジロー自身、はじめてみる記事にかなり渋い顔をしていた。淫行教師と書かれれば誰もいい気はしない。
コジロー「そのあとあいつはどんな感じだった?」
サヤ「なんか、普通だったよ。あはは、噂ってこわいねー、みたいな。今日も学校来てるし。」
コジローはほっとした。これ以上のトラブルは正直ごめんだ。
コジロー「なーんだ、それならいいじゃないか。あとは噂が風化するのを待って終わりだろ。」
サヤ「でも!なんかいつもと違うんだよ!あたしの第六勘が騒ぐんだ!」
コジロー「ったく。お前も受験生なんだからな。あんまりいろんなこと気にしすぎるなよ。部活と受験以外考えないぐらいの気持ちでいろっての。ほらほら、授業はじまるぞ。」
はーい、とブーたれながらサヤが出て行く。多少のもどかしさをコジローに覚えながら。
そのとき、サヤは思い出した。キリノの母親が倒れたときのことを。
そのときもキリノは普通に振舞っていたことを。

それからも、いろいろな所からの追及はやまない。この日は、校門前で地元の新聞紙の記者が待機していた。
記者「石田先生!生徒に手を出しているというのは本当なんですか?!」
記者「昨今、教師による犯罪などが増えていますが、どのようにお考えになりますか?!」
コジロー「いい加減にしてください!俺はなにもしてないです!」
校内の噂もだんだんエスカレートしていき、二人がデートしているだの、婚姻届をコジローが用意してるだの、キリノが妊娠してるだの、いろいろな噂が飛び交った。
キリノの妊娠についてはサヤや東が火消しにまわっているが、少なくとも二人が「できている」という噂については一向に消えない。
コジローの読みは完全に外れたのだ。もともと異性から人気が高かった二人だけに、興味のある生徒が多いことが災いした。

校長「噂、消えないね、石田君。」
コジロー「申し訳ございません・・・」
校長「あ、うん。君が生徒さんに手を出していないってのは信用するよ。吉河先生も言ってたし、君もしばらく剣道部にいなかったしね。
でもね、あの写真は確かに誤解を招きやすいし・・・その、君にその気はなくても生徒にその気はあるかもしれないし。とにかく、なんとかしないと。このままだとまずいことになるんだよ。」
コジロー「え?」
コジローは耳を疑った。これ以上なにか問題があるのか、と。
校長「今日ね、インターハイの大会本部のほうから連絡があってね。顧問が生徒に手を出すような部活は参加させられないと。
無実を証明する、もしくはそれなりの行動をしないと参加させられないって言ってきたんだよ。」
予想外の圧力に、さすがにコジローも冷静さを失わずにはいられなかった。
コジロー「ちょ、ちょっと待ってください!またですか!あいつらは半年前も苦しんでいるんです。もうこれ以上は苦しませないでやってください!
こっちから証明しなきゃいけないっておかしいでしょう!むこうが証明するのが筋ですよ!」
だが、校長はそれに対し残酷な現実を突きつける。
校長「確かに君の言うとおりだよ。でも、むしろ周囲は去年のようなことがあったからこそ今回の事件についても厳しく追及してくるんだよね。
PTAの人たちも、主に女子生徒の保護者なんだけど、顧問が生徒に手を出す部活なんかあってほしくない、と強く主張している。
・・・つまり、石田先生をやめさせてほしい、いっそんな剣道部なんてなくしてほしいと言ってるんだよね。」
コジロー「・・・」
校長「私としてもなんとか解決策を考えるけど・・・石田君ももう少しだけ、頑張ってくれるかな。」
コジロー「はい・・・とりあえず十行始まるので、失礼します。」ほとんど茫然自失のまま、コジロー校長室を出た。
人の人生を左右する、噂話が憎かった。生徒の視線にも、自分が意識しすぎてる面があるかもしれないが、なにか苦痛を感じた。

その日、二年生の授業で教えた内容は、皮肉にも「表現の自由」だった。

コジロー「もう6時過ぎか・・・。」
外はすでに暗くなりかけている。
(また顧問なしの練習にしちまったな・・・)
そう後悔しながら道場に向かう。おそらくもう誰もいないはずだ。
そう思いながら扉をあけると、そこにはポニーテールの少女。
コジロー「お、キリノか。」
キリノ「あ、おかえりなさい、先生。」
コジロー「おかえり・・・か。なんか変じゃないか?」
笑うコジローに対して、キリノも笑い返す。
キリノ「なにいってるんですか。ここが私たちの居場所でしょ!」
コジロー「ああ、そうだな・・・。で、お前はいったいなにやってるんだ?」
キリノ「へへ、近頃練習に参加できないがありますからねー。自主練っす!」
そういいながら素振りを続けるキリノ。

ぶん!ぶん!数日間の練習不足など感じさせない、鋭い音がこだまする。

しばらくの沈黙のあと、キリノが口を開く。
キリノ「あ、そういや知ってます?結構今回の事件で私たちの関係も噂されちゃってるらしいですよ?」
―・・・なんでその話題を言うんだ―
キリノ「いやー、恋仲を噂されるってのは照れますなー。あー、でもコジロー先生相手ってのも微妙っちゃ微妙かも。」
―その話題はやめてくれ。―
キリノ「・・・先生はどうですか?私にときめいちゃったりしますか?」
―やめろ!それ以上先の言葉を・・・―
キリノ「あー、なんで黙ってるんですかー。しかもなんか冷たい目ですねー。傷つくなぁ、乙女に向かってその態度はないですよ。」
―・・・言うな・・・。―
キリノ「・・・私はまんざらでもないのに・・・」
―・・・!!!!!―
コジロー「おーし、冗談はそれまでにして、帰る支度しろー。インターハイもいよいよだ。」

その言葉に対して、すぐにキリノが返す。いつもの声で。いつもの表情で。
キリノ「ラジャーっす!」



意識半ばのまま車を運転する。気づけば時速は70kmを超えている。しかし考え事をしているコジローにはメーターを見る余裕などない。

―・・・私はまんざらでもないのに・・・―
一番聞きたくなかった言葉。認めたくなかった言葉。ここまでこの言葉に拒絶反応があるのは
その言葉を受け止めたいもう一人の自分がいるから。内心コジローはそれを自覚し始めていた。
しかし、教師として。顧問として、認めるわけにはいかない。だから、自分に言い聞かせる。
コジロー「あいつもタチの悪い冗談言うよな、まったく。」


その晩、コジローは吉河先生のアパートにいた。もちろん横には石橋先輩も。
石橋「ったく。お前もトラブルを引き起こすタイプだな、おい。」
コジロー「ほんと、笑えないですよ。」
石橋がビールをコジローに注ぐ。コジローも返そうとしたが、禁酒しているらしい。妊娠している妻への配慮だそうだ。
コジロー(先輩がここまで愛妻家だとは思わなかったわ・・・。)
と変なことに感心しつつ、校長に言われたことなども伝える。
吉河「でも、ホントどうするんですか?このままだと剣道部・・・」
吉河先生からみても一時期顧問をしていただけあってとても人ごとではない。
コジロー「・・・ホントまずいんですよね。あいつらは剣道をずっと頑張ってきたと思います。」
キリノ、タマキ、ミヤ、サヤ、東、ダン、ユージ。次々と頭に浮かんでくる。
コジロー「だから、俺が剣道部を守りたいんです。その気持ちはずっと変わりません。」
神妙な面持ちで続けるコジローに、二人も思わず聞き入る。
コジロー「前回の事件のとき、素振りをしていて思うんです。俺はやっぱり剣道が好きなんだなぁって。そして剣道に頑張る子供たちが好きなんだなぁって。」
コジロー「だから、そいつらの夢を少しでもかなえてやりたい。正直適当な感じで教師になった俺ですけれど、今ようやく、育てるってことを理解した気がします」
吉河「さすがです、コジロー先生。」
石橋「・・・そうか。」
二人とも返事を返す。だが、吉河先生が感心したのに対し、石橋は怪訝な顔で聞き返す。
石橋「・・・で?どうするつもりなんだ?」
コジロー「え?」
石橋「具体的に剣道部をどう守るか、だよ。まさか、お前、また・・・。」


石橋「ったく・・・!あのバカ野郎!」
吉河「本当にこれでいいんですか?私そうとは思えません!」
コジローが帰ってから、二人は苛立ちを隠せずにいた。石橋は、妻のための禁酒も忘れてビールを飲みあさっている。

―前回、俺は別れがつらくて、かつ未練を断ち切る自信がなくて、あいつらのもとを黙って去ったんです。―
―でも、それがあの結果です。俺は自分のすることから目を背けていたんです。―
―だから、今回は俺も逃げません。自分のすることの重さに目を向けて、行動します。―
―はっきりと、みんなの前で。きっちりと理由を言って。―

―辞めることも、考えてます。―

石橋「あいつ何にもわかっちゃいねぇ!黙っていったことだけが問題じゃねぇよ!」
吉河「コジロー先生は、生徒さんたちの中での自分の存在の大きさを自覚してないんですよね。ほんと困った人です!」

―おい、コジロー。残された生徒たちはどうなるんだ。お前が復職したとき、お前に「おかえり」って言ってくれた生徒たちはどうなるんだよ―
―俺にとってあいつらは大事な存在です。だから守らなきゃいけない。―
―答えになってませんよ!コジロー先生がいなくなったら、生徒さんたちは悲しみますよ?!コジロー先生はただの剣道部顧問じゃなくて、コジロー先生だからこそ愛されているんです。―
―でも、俺はこれ以外に剣道部を存続させる方法を知らない。前回もそうでした。あと、このままじゃキリノも自由な恋愛ができなくなります。俺なんかの噂がずっと流れてたらあいつもたまりませんよ、はは。―
―・・・!キリノさんは・・・―
―本人も苦笑してましたよ。俺との噂なんて微妙だーってね。はは、考えてみりゃ確かに可愛そうですよね。まぁそれは冗談として、とりあえずやれるだけのことはやってみます。俺もやめたくないですからね。やめずに解決できるよう、もうちょい頑張ってみますよ。―

石橋「・・・なぁ。キリノってあの子だよな?その・・・コジローが復職したときに抱きついた。」
吉河「ええ。」
石橋「で、どうなんだ。あの子はコジローのこと・・・。」
吉河「・・・コジロー先生、まだ現実から目を背けてますよ・・・。」
石橋「・・・だよな。ったく、あいつもわからねえやつだ。」
吉河「コジロー先生、やめませんよね?」
石橋「さぁな。ただ、あいつは自分がやめたほうがいいと思ったら本当にやめるやつだ。」
すでに石橋が空けたビール瓶は四本目。

逆に、コジローは帰りの電車の中で一人思考をしていた。教師としては飲酒運転なんてできないので、電車である。
石橋先輩や吉河先生に言われたことがどうしても頭にこびりつく。

コジロー(キリノ・・・か。俺がやめたらどうなるんだろうな。)
また泣くのだろうか。落ち込むのだろうか。そういえば、自分が戻ってきたときには目に隈ができていた。そう考えると、辞職もできなくて堂々巡りのような感じになる。
結論が出ない。どうすればいいかわからない。だんだん、そんな自分にいらだっているのをコジローも実感していた。

コジロー「はは・・・なに考えてるんだ、俺。まわりから乗せられてその気になってるんじゃねぇっつーの。俺とキリノになんか何にもないっつぅの。キリノが俺のこと好きなわけもないし、俺も別にキリノのことなんてどうとも思ってない。そうだろ?」
半分、ヤケで。半分、言い聞かせるように。コジローは自答した。その声が漏れていることは気づかなかった。



インターハイまでちょうど一ヶ月を切ったころ。
タマ「ユージくん、突きの練習したいんだけど。」
ユージ「ああ、いいよ。・・・でも必ず寸止めはしてね。」
タマ「うん。」
ダン「ミヤミヤー!足捌きが悪くなってるぞー。頑張れー!」
ミヤミヤ「ごめんね、ダンくん。ちょっと疲れちゃって。でも頑張ってみせるわ!」
キリノ「さっちん、抜き胴のタイミングってどうすればいいのかなぁ?」
サトリ「えーとですね、それは・・・」
久々に、何のしがらみもなく部活に打ち込む室江高校剣道部。
コジロー(やはり、こうじゃなくちゃな・・・)
あれから、特に大きな動きはない。もっともそれは沈静化してないということでもあるが。
また、キリノともあれから大きな動きもない。もっともコジローにとっては、それは幸か不幸かは自分でも良くわからない状態だった。
コジロー(仮に・・・仮にキリノが俺のことを好きだったとして。俺はどうなんだ? はは、まさかな。顧問としてそれはまずいだろ。)
ほとんど思考とは呼べない思考を繰り広げて自己完結。ここ数日こんな堂々巡りを繰り返していた。
コジロー(忘れよう。今はインターハイだろ、コジロー。)

サヤ「やぁっっっっっ!」
サヤの大きな声が道場内に響く。現在掛かり稽古中で、後輩育成もかねて忍相手に打ち込んでいるが、その気迫はすさまじい。ただ、コジローからすれば、多少いらだっているようにも見えた。
サヤ「はぁ・・・はぁ・・・」
コジロー「おい、忍、どうだ?」
忍「ちょっと・・・痛いですね・・・。やはり。」
-やはり。それだけ力みが入っているのだ。実際、気迫は十二分に篭っているものの、多少荒い。もともと荒い面があるサヤだが、今日はここ最近では特に荒いほうだ。
コジロー「おいサヤ、どうした。力はいりすぎてんぞ。」
サヤ「うん。最近から回ってるんだよね、あたし。」
ミヤミヤ「先輩・・・痔ですか?」
サヤ「ミヤミヤ・・・あんときのまだ根に持ってたんだ・・・。」
サトリ「先輩、大丈夫ですか!お尻の調子が悪いときには辛いものを避けたほうがいいですよ!」
サヤ「や、だから違うって・・・。しかもそれ、剣道部では有名だし。」
サトリ「はう・・・。」

コジロー「・・・で?なんに苛立ってるんだ?」
休憩中のサヤをつかまえて、小声で話す。
サヤ「・・・わかってるくせに。」
コジロー「まぁな。でもまぁ、それはお前の考えすぎだから。噂だってすぐにおさまる。」
その言葉を聞いて、またサヤの表情が硬くなる。
サヤ「あのねぇ・・・。現実、全然おさまる気配が見えないでしょうが。・・それに、先生は自覚してないかもしれないけど、キリノが一番気を許してるのは間違いなくコジロー先生なんだよ?」
コジロー「じゃあ・・・」
サヤ「え?」
コジロー「じゃあどうすればいいんだ?」
予想外の反応にサヤの思考が停止する。
コジロー「まあ、ありえんが仮にお前の言うとおりだとして。だからといって俺が何かをするわけにはいかないだろう?まさか手を出して、噂をわざわざ本物にするのか?」
サヤ「そ、それは・・・。」
コジロー「だからな、何度もいうがもう考えるのはやめろ。俺たちはインターハイのことを考えればいい。そんときまだ噂が収まってなかったら、そんときは俺がどにかするさ。」
サヤ「・・・うん。」
サヤ「でも、先生。お願いだから、キリノを泣かせないでね。」
コジロー「善処はする・・・。」
そういいながら押し黙る二人。その視線の先にはやはり、キリノがいる。

キリノ「ほらー、誠くん。攻めるととたんに隙だらけになってるよー」
キリノ「ミヤミヤー。肘が伸びてるー。」
キリノ「忍ちゃん、もっとしっかり竹刀にぎらないと。打突部が揺れちゃってるよ。」
自分の試合が近いにもかかわらず、後輩の指導を欠かせないキリノ。まさに"お姉さん"だ。

サヤ「ほんと、あの子は剣道好きだよね。」
コジロー「ああ、本当だな。」
キリノのことを意識しているせいか、どうしてもキリノを目で追いかけてしまう。
素振りをするキリノ。後輩を気遣うキリノ。サヤとおどけるキリノ。自分を稽古に誘うキリノ。
それは、いつもどおりのキリノ。

キリノ「へへ、なんだかんだいって先生はやっぱり強いねぇ」
コジロー「あたりめーだ。まだまだ高校生に負けられっか!」
キリノ「タマちゃんには勝てないくせにー。」
コジロー「ぐ・・・」
タマ「・・・ごめんなさい。」
キリノ「いやいや、タマちゃんが謝る必要ないよー。」
コジロー「それは、おれが弱いってことか?!そうなのか?!」
ユージ「でも、先生ほんと強くなりましたよ。実際帰ってきてから一度も俺勝てないですし。」
ダン「脱・やる気のない顧問おめでとうだな、先生。」
サトリ「おめでとうございますー」
コジロー「・・・あんまり、嬉しくない。」
むしろ今までの罪を咎められているような気がするコジロー。
キリノ「あたしは嬉しいですよ。」
屈託のない笑顔を見せるキリノ。
キリノ「先生が部活に、そして剣道にもう一度燃えてくれて。」
それは、やはり度々キリノが見せる表情。やはりいつもどおりキリノ。
それをみてコジローはようやく理解した。
それは今まで自分をごまかし続けていたことからの脱却。
何か特別な出来事なんてなかったから、自分とキリノの間には何の恋愛関係もない、という偽りからの脱却。
キリノ「インターハイまであと一か月弱、がんばりましょうね、せんせい!」


-ああ-

-俺は-

-楽しそうに俺と、みんなと剣道をするこいつを-

―こいつの笑顔を―

-守りたかったんだ。-



翌日、雨。朝錬はダンに任せてコジローは一人思いふけっていた。

コジロー(キリノだけだったんだよな。)
サヤも外山・岩佐もサボり、キリノが一人残されたときの剣道部を思い出す。それでもキリノはやめなかった。
一人素振りを続けた。
コジロー(なんで、俺もやめなかったんだろうな・・・)
部員が集まらない以上は部活は廃止、とすることは簡単だった。
でも、なぜかしかなかった。めんどくさいと思いつつも必ず道場には顔を出した。
腹が減って動きたくないと思いつつも、かならずキリノの稽古にはつきあっていた。
腹が減ってキリノのメンチカツをもらうとき、申し訳なさと同時に何か楽しさがあった。
コジロー(前から惚れてたんだろうな、俺は。)
コジロー(素直じゃねぇなぁ、俺。誰かとは大違いだわ。)

そう思いながら雨を見つめる。そのとき、扉が開いた。
校長「石田先生、そろそろ時間ですけれど・・・」
コジロー「はい、今行きます。」



空き教室に円形に並べられた机。黒板近くの、注目を浴びる席に座るコジローと校長先生。
そして、まわりには多くの母親。そう、今日はPTA集会であり、話題になってしまっているコジローについての質問会だった。
PTAに参加するような母親たちだけであって、誰もが気が強そうで、一歩間違えればクレーマーになりそうな雰囲気を持つ人がほとんどだ。
自分は担任を持っていないので誰が誰の親かはわからないが、おそらく自分が授業を受け持つ生徒の母親も多くいるのだろう。
校長「えー、それでは臨時PTA集会のほうを始めさせていただこうと思います。」
校長がその言葉を発した瞬間、さっきまでは楽しく談笑していた主婦程度だった保護者たちの視線が、いよいよPTAとしての視線に替わる。
もちろんコジローに対して好意的な視線などあるはずもない。
だが、ここで怯んではうしろめたいものがあると言っているようなもの。コジローは、自分は悪いことなどしていないと言い聞かせて、陳述を始めた。
コジロー「えー、この度多くの噂が他校の生徒によって流されました。その多くが事実無根であることは校長先生からの説明のとおりです。
そして、今話題となっている私の問題につきましても、決してやましいことはしておりません。
誓って、生徒と個人的な関係を持ったことはない、といわせていただきます。それでは、何かご意見の或る方はどうぞ。」
言い切ったコジローに対して、次々と母親たちが手を上げ始める。
保護者A「では、あの写真は何なのですか?偽者なのですか?」
コジロー「写真そのものは本物です。しかし、あの写真に写っているシーンに深い意味があるものなど一つもございません。
全ては剣道部で行われている通常のスキンシップであり、多くの生徒に行っている行動ですし、なにもあのような行動は私だけがしているわけでもありません。」
保護者B「確かに、頭をなでるとかはまだわからなくもないです。しかし、抱きついていたり、一緒にお弁当を食べたり、肩をもんでいる写真もありますよ?
恋愛関係にない、ということはこれらはセクハラにあたるのもあるのでは?」
コジロー「弁当は、剣道部全員で円状になって食べたものです。そのとき、誤解を招くような撮り方をされただけです。
肩もみも、あくまで剣道部顧問として、剣道指導のために行ったことです。確かに女子に対して安易な行動ではあったかもしれませんが、肩もみ以外のことは決してしておりませんし、
本人の希望によるものです。」
保護者C「では、抱きつきのほうは?」
コジロー「それは、以前問題になった事件の・・・」

・・・このような、埒のあかない、何の生産性もないやり取りが交わされること一時間半。校長の提案により休憩をとることになった。
コジロー(せめて休み時間だけでも、この空間にはいたくねぇな)
黙って、しかし逃げるようには見えないように気をつけながら部屋を出るコジロー。
少し歩いて、自販機でコーヒーを買って飲み干す。そこに
保護者「あの・・・」
一人の保護者がコジローに声をかける。多少ぽっちゃりしているが、わりと美人だ。
コジロー(そういや、この人だけなんか他の人と雰囲気が違うな。おとなしいというか、申し訳なさそうというか。)
保護者「あの・・・私、千葉紀梨乃の母でございます。いつも娘がお世話になっております。」
コジロー「あ・・・。」
キリノ母「隣、よろしいですか?」
コジロー「は、はい」

さっきとはまた違う緊張が漂う。
キリノ母「申し訳ございません。あの・・・噂になっている女子ってうちの娘ですよね?」
コジロー「・・・はい。」
親御さんにももう伝わっている、ということに痛みを感じつつも、コジローは素直に答えた。さすがにここでウソはつけない。
キリノ母「・・・ほんと、娘の言うとおりの先生ですね。芯がしっかりとなさってて、生徒さん想いで。先ほどの集会でも、後半は娘の名誉と剣道部のために頑張ってくれてましたものね。」
コジロー「いえ・・・そんなことない、です」
キリノ母「うちの娘ったら、帰るとずっと剣道部の話ばっかなんですよ。桑原さんの娘さんとか、後輩の女の子とかの話題もよくするんですけどね。でも気づけば石田先生の話なんですよ。」
コジロー「え・・・?」
キリノ母「今日は先生が練習に参加してくれなかったとか、メンチカツをとられたとか、一年生に一回も勝てなかったとか」
コジロー「ろくなもんじゃないですね。あいつめ・・・」
キリノ母「すごく楽しそうに話すんですよ。そして、かならず、しょうがないよねー、先生のメンチカツも持ってかなきゃ、とか
絶対に練習に参加させるんだ、とか。私に言い訳しながら、先生のことばっか考えて行動するんですよ。」

予想外だった。正直自分はいつもキリノに頼っていたし、そこはダメ顧問として映っているとしか思っていなかった。でも、キリノはそれすら楽しんでくれていた。
今まで自分に「キリノは俺のこと好きなんかじゃない」と言い聞かせていたことに罪悪感すら感じた。
キリノ母「だんだん弟や妹も冷やかすようになっちゃってね。先生に告白しちゃえー、とか言って。で本人はぶんぶん否定するけど明らかに顔が真っ赤で。すごくわかりやすいんですよ。」
ふふ、と微笑むキリノ母。
コジロー(すごいな・・・娘が顧問なんかに惚れてるかもしれないのにそれを笑えるのか。)
キリノ母「あのね、正直なところ言うと、今日までは不安だったんです。やはり、ニュースとかで言われているみたいに、傷物にされるだけなんじゃないか、とか。やはり考えました。」
キリノ母「でも今日、石田先生を見て安心しました。この人なら大丈夫だなぁ、って思えるんです。剣道にとても真剣に打ち込んでくださっているのはよくわかりますし、
今日の集会を見て、決して不真面目な行動はしないと思いました。」
コジロー「・・・もったいないお言葉です。ありがとうございます!」
つい勢いよく答えてしまった。だんだん目頭が熱くなってきた。なんてすごい母親なのだろう、ここまで人のことを肯定的に捉えることができるなんて。
しかも、娘を毒牙にかけているかもしれない人のことを。
キリノ母「まだ、つきあってるわけではないのよね。石田先生にその気はあるんですか?」
コジロー「いや、それは、あの・・・」
キリノ母「ごめんなさい、母親に聞かれてもすぐ簡単には答えられないですよね。」
コジロー「え、えと。」
キリノ母「でもね、先生。もし、もしもですよ?先生がうちの娘のことを好いてくださるとしたら、私たち家族は歓迎ですわ。私も、先生に惚れちゃうかも。
ふふ、こんなこといったら娘に怒られちゃうかもしれないけど。」
でも私はジョニーズ派なのよねぇ、など半分おどけた表情で笑いながら、優しい言葉をかける母親に、コジローはつい大声で答えてしまった!
コジロー「あの、個人的な関係についての言及は控えさせていただきますが、剣道部顧問として、教師として、娘さんを含め、剣道部を守ってみせます!」
なんの答えにもなっていない、一方的な決意表明。でも、それでもキリノの母親には十分だった。
キリノ母「・・・ありがとうございます。本当、あの子はいい顧問の先生に出会えたのね。そろそろ休憩も終わりです、先生頑張ってくださいね。」
コジロー「はい、ありがとうございます!」
その言葉がコジローにはどんな言葉よりも勇気になった気がした。

PTA集会場に戻ると、再びそこでは強力な攻撃、いや口撃が浴びせられた。しかも休憩時間に母親同士で話していたせいか、
(一方的な)理論武装だったり、抽象的な言葉が次第に増えてきた。
保護者B「だいたい線引きが足りてないんですよ。だからこんなことが噂されるような状況が生まれるんです。もっとしっかり壁を作ってください。」
保護者C「ずいぶんたるんだ部活なんじゃないですか?」
保護者A「私の下の娘も今度私立に入学するんですけれど・・・私立教師がこんなじゃ不安で部活になんか入れられないわ。」
保護者D「そもそも生徒からご飯をめぐんでもらうってどういうことです?こんなだらしない人が教師でいいんですか?」
いちいち、わかったような一般論をふりかざす母親たちにうんざりしてきた。それは横にいる校長も同じようでだんだん顔色に疲れが見え始めている。
キリノの母親も、自分の娘が発端でこうなってきていることに居心地の悪さを感じていることがよくわかる。そして、

保護者B「やはり、剣道部廃止が一番妥当だと思います!」

ついに、一番コジローが恐れていた言葉が飛び足した。その言葉が出てからは堰を切ったように他の保護者も賛同しはじめる。
保護者A「私もそう思います。いったいどんな部活が行われているかわかったもんじゃありません。
そもそも以前も問題を起こしていたんでしょう?せっかく高いお金払って私立に入っているのに、これじゃ公立と変わらないわ。」
保護者E「さっきから石田先生も必死に生徒を擁護なさっているけれど、正直言って剣道部って不良の溜り場になっている状態じゃないんですか?そのような話をうちの息子から聞きました。」
保護者D「私の息子は、以前剣道部の男子に蹴られたって言ってます。」
コジロー「だから、それは・・・」
保護者C「やはり、これはもう剣道部廃止しかないでしょう。どうお考えですか、校長」
校長「いや、その、生徒たちは一生懸命頑張っておりますし、生徒も決してみなさんが考えているような不良では・・・」
保護者F「校長先生がそんなだからダメなんですよ!私立なのに厳しさが全然ないじゃないですか!甘やかした結果がこれですよ。」
保護者G「厳しい言い方になるかもしれませんが、ほかの部活も心配ですね。いい見せしめになるかもしれませんよ。風紀の引き締めになるんじゃないでしょうか。」
とまらない、剣道部廃止案。

コジロー(まずい、このままじゃ本当に・・・)
校長も押しに弱いタイプだ。だからこそこのままじゃ本当に剣道部が廃止になる。コジローにはそんな予感がした。

―先生、私、剣道が大好きになりました。―
(タマ・・・)
―剣道って気持ちいい。近頃、本気で楽しいって思えるんです。―
(ミヤ・・・)
―部活っていいよね。燃えるんだよね、やはり。かわいい後輩もできたし、ほんと剣道部に入ってよかった。―
(サヤ・・・)
―ドジな私をいつも優しく支えてくれて・・・みなさんに感謝してるんです!―
(東・・・)
―剣道をするものは惹かれあうんです。こんな剣道の仲間たちにあえて俺は嬉しいですよ!―
(ユージ)
―卓球部の代わりに入った俺だけどさー。今は最高に楽しいぞ、剣道―
(ダン・・・)

―正直、不安だったんですけど・・・剣道、面白いですね。最後まで続けてみたいです―
―ふん、まぁ誠がそういうなら私ももう少しつきあってもいいけど。・・・つまらないってわけじゃないし。―
(誠、忍・・・)

―先生、今日も一日、剣道尽くしでがんばりましょー!目指すは全国大会ですよ!みんなで行くんです!いやー、先生が本気になってくれて、私は幸せです!―
(キリノ・・・)

(みんな、俺が、守ってやるからな。)

バァァン!!!!

教室に大きな音が鳴り響いた。保護者たちの声が一瞬でとまった。
コジローが、その鍛えられた両手で机を強くたたいた。
コジロー「いい加減に・・・」
校長「い、石田君?」
コジロー「いい加減にしてください!俺のことを非難するのは許せます!どうしても保護者として、不安になるのもしょうがないとは思います!
でも、あいつらを冒涜するような発言だけは絶対にやめてください!あいつらは剣道に出会って、喜びを見つけて、今必死に頑張っているんです!
あいつらの夢を摘むような真似だけは決して見過ごすことはできません!」

その気迫、いや、鬼迫ともいえる顔に、保護者たちも口を挟むことができない。

コジロー「わかりました、俺は剣道部顧問、いや、この学校の教師を辞任します。そうなればみなさんももう、個人的な関係なんて疑う余地もないでしょう。
剣道部そのものが信用できないというなら、どうぞいくらでも見学でもしてください。あいつらは誰にも負けないほど真剣に練習してます。
もう一度言います。俺のこの首は差し上げます。だから、剣道部のみんなの夢を奪うような真似だけはやめてください!」
そして頭を深く下げるコジロー。誰も何もいえなかった言い返せなかった。



PTA集会は終わった。保護者たちも若干不満そうな顔をしていたが、とりあえず納得し、剣道部は存続ということで結論が出た。
気がむいたら剣道部を見に行くといっていたひともいたが、おそらく来ないだろう。所詮そんなものだ。

校長「石田君・・・」
校長が不安そうな顔で見つめる。本当にいいの?と言いたげな顔だ。
コジロー「いいんですよ、これで。自分は剣道部顧問ですから。」
校長「・・・ごめんね。再就職先は私が責任とって探すから。」
コジロー「ありがとうございます。それは真剣に助かります。」
ちょっとだらしない顔になってしまうコジロー。しかしその顔も、キリノの母親を見た瞬間引き締まる。
キリノ母「あの・・・」
コジロー「あ、すみません、こんな結論になってしまって。」
キリノ母「そんな、とんでもないです。むしろ先生がやめなきゃいけないなんて、どうにかならないんですか?」
コジロー「はは、こうでもしなきゃまとまらない状態でしたからね。仕方がないです。」
キリノ母「そんな・・・。」
コジロー「それじゃ、俺は部活のほう行って来ます。あまりもう長くはやれないですからね。俺も楽しませてもらいますよ。」
コジローはそそくさとその場をあとにした。やはり、どこか心が苦しかった。その場にいたくなかった。

その日の夕方、部活でコジローは足腰が立たなくなるまで試合形式の稽古をした。一人でタマやユージも含めた全員の相手をする。
そのときだけは、全ての雑念が振り払われていた。楽しかった。

コジロー「ふぁぁ・・・あ?」
翌日。朝6時半。
コジロー「や、やべっ!このままじゃ朝練遅刻しちまう!」
昨日とばしすぎたか、寝坊した上に体が重い。だがさすがにここでサボるわけにはいかない。
残り僅かの練習、自分としては毎日フルパワーで飛ばすつもりだった。
パンをくわえながら、車の運転を開始する。
コジロー「さて・・・しかしいつみんなに告げるかな。」
どうせあいつらのことだから、また先生が無職になる、とかいって心配してくるに決まってる。なんかそれは悔しい。そうだ、校長先生が職を探してくれるらしいし、それが見つかったら発表しよう。
そうつぶやきながら、学校に飛ばすうちに到着する。
誠「あ、おはようございます」
コジロー「おう、おはようさん。早いな。」
誠「もうみんな来てますよ。」
コジローが見渡すと、素振りをするダン、掛かり稽古をする都とサヤ。
走りこみから帰ってきたのかちょっと意気が上がっているサトリがいた。
コジロー「マジか、みんな早いな。」
ユージ「試合もいよいよですからね。みんな本気なんですよ。」
タオルで汗を拭きながら答えるユージ。汗の割にはまだ余裕がある。
サトリ「ちょっと眠いですけどね、やはり。」
忍「ダラけてるのは先生だけですー。」
コジロー「おまえ・・・こっちも必死に走ってきたんだっつーの!」
いつもどおりの会話。少しでもこんな会話を続けたい。それが素直な感想だった。
コジロー「って、キリノがいなくねぇか?サヤ、どうした?」
サヤ「わかんないんだよねー、メールしたけどまだかえってこないし。」
都の攻めを受け止めながらサヤが答える。隙あり、とばかりに都が攻め立てる。
ミヤ「やーっ!」
ザクッ!
サヤ「あわ。あわわわわわわ。」
コジロー「って、だからミヤ!突きはやめろっつーの!」
いつもどおりの風景。

キリノが結局朝錬に来なかったこと以外は。

楽しい、ほんと最高な、いつもの剣道部。

サトリ「はわ、はわわわわ。ああああああ!!!!」
授業時間帯にも関わらず、廊下で奇声を上げながらプリントをぶちまけるサトリ。クラス全員分の数学のプリントをまとめて先生に提出しなくてはいけないのだが、それを廊下にぶちまけてしまった。他人に見られたら微妙にえらいことである。
サトリ「い、いけない、拾わなきゃ、拾わなきゃ!」
飛び散るプリントを必死に回収するサトリ。残りはむこうの階段近くに飛んでいった三枚。
サトリ「よし、あとはあれだけ・・・って」
くしゃ。そのプリント -よくみると名前には東聡莉と書いてあるが- は一足の上履きによって踏みつけられた。しかも、上履きの主は踏んだことに全く気づかないらしく、そのまま歩き続けている。
サトリ「キリノせん・・・ぱい?」
サトリの声にようやく気がついたのか、キリノがようやく振り向く。
キリノ「・・・ほえ?あ、さっちん、おはよう。」
サトリ「お、おはようございます。あ、すいません、足元のプリントとらせてください。」
キリノ「あー、踏んづけちゃったかな。ごめんねぇ・・・」
明らかにキリノの顔に覇気がない。いくらサトリでもわかる。
そんなサトリの表情を見たのか、キリノの顔が元に戻る。
キリノ「あはは、ごめんねー。今日なんか調子悪くってさ。低血圧かな、にゃはは。盛大に遅刻しちゃったよ。朝錬もサボリとは、元部長失格だねー。あはは。」
いつもどおりの苦笑顔、でもやはり空元気にしか見えなかった。
キリノ「じゃ、行くからね、またあとでー。」
わざとらしく元気に立ち去るキリノをみながら、サトリはつぶやく。
サトリ「先輩・・・低血圧はそんな一日でかかるようなもんじゃありませんよ・・・。」



その日の夕方、今度はキリノも含めて全員で総稽古。
コジロー(キリノも朝来なかったのは心配だったが、なんてこたない、いつも通りだな。)
ほっとしつつ、今日も部員を監督する。
ミヤ「あの、先生。噂はどうなったんですか?」
チラシなどを一番最初に目撃しただけに、かなり気になった様子だったようだ。
コジロー「ああ、PTAのおばちゃんどももうまく説得できたしな。」
ミヤ「・・・そうですか。」
コジロー「おう、俺にまかせろって。」
はい、といいながら引き下がる都。ただ、どこか目に不信感をたたえていた。
コジロー(こりゃ、早めに言った方がいいかもな。)
そう思いつつ、チラリとキリノのほうをみる。
目が合った気がしたが、すぐにキリノは視線をそらせて東との練習に戻った。
コジロー(気のせい・・・だよな)
サヤ「先生、足捌きの練習するからつきあってよ。」
コジロー「ああ、わかったわかった。」
その後も、キリノはちらちらと、こっちを見ているような気がした。

コジロー「よーし、今日も終わりだ。みんな良く頑張ってるぞ。あと三週間、つらいと思うがみんな頑張るんだぞ!じゃ、号令!」
ダン「姿勢を正して!礼!」
一同「ありがとうございました!」
練習終了後、またコジロー、誠、忍三人で後片付け。さすがに緊迫感が伝わっているのか、忍や誠もかなり真剣に後片付けを手伝ってくれる。忍も素直だ。
コジロー「よし、こんなもんでいいだろ、お疲れさん。気をつけて帰れよ!」
誠「はい、じゃ帰ろう、忍ちゃん」
忍「ちょっとまってよ、まだ雑巾干してない」
誠「ああ、ごめんごめん」
そういいながら二人は帰っていく。なんだかんだいいコンビだ。
コジロー「さて、と。」
もう一度戸締りを確認する。特に問題ない。
コジロー(しかし・・・)
改めて道場を見渡す。いつもと同じ道場なのだが、心なしか広く感じる。
コジロー(やっぱり一人だとさびしいもんなんだなぁ、道場ってのは。)
コジロー(キリノはここでずっと一人だったんだな。)
そう考えると、今までの自分にまた後悔する。
コジロー(はは、しかし途中でやめるとは思ってなかったからなぁ。今思うと少しでも多くここで剣道するんだったな。)
コジロー「って、考えてもしょうがない。残り期間、一生懸命やったるか!」
そう独り言を叫びながら道場を出ようとした瞬間、道場の扉が開く。
コジロー「うおっ!ってキリノか、ビックリしたぞ、おい。」
苦笑するコジローに対して、キリノの顔には笑いがない。
が、コジローと目を合わせた瞬間、笑顔に戻る。どこか、ものさびしそうな笑顔に。
コジロー「どうした?忘れ物か?」
少しの間。
キリノ「忘れ物・・・そうですね、へへ、忘れ物です。」
コジローが「?」の顔を横目に、道場にあがり、まわりを眺めるキリノ。

キリノ「やっぱり広いなー、道場って。ちょっとさびしいかな。」
先ほどのコジローと同じような言葉を漏らす。
コジロー「まぁな。本来は何十人も集まって練習するところなんだ。このぐらい広くないとな。」
キリノ「ですよねー。でも、さびしいことには変わりないですからねぇ。だから・・・これ以上人がいなくなっちゃまずいですよね。」
コジロー「・・・」
キリノ「先生、昨日、お母さんから聞いたんです。PTAで先生が言ったこと。」
コジロー「そうか。じゃあ・・・」
キリノ「先生がまた辞めるつもりなことも、もちろん知ってます。」
コジロー「・・・ああ、そのとおりだ。」
キリノ「本当なんですか?」
コジロー「本当だ。」
キリノ「確定事項ってやつですか?」
コジロー「ああ、確定事項だ。」
キリノ「そっか、確定事項なんだ。」
暗いけど、笑顔。しょうがないな、といった顔で。また視線をそらし、道場を眺め始める。
コジロー(なんだ、たいしたことないっぽいじゃないか。バカみたいだな、俺はまた一人で盛り上がって。まぁこれでいいのかもな。)
コジロー「で?忘れ物なんだろ?はやく取りに行って、はやく帰れ。いくら剣道部でも女の子にとって夜道ってのは危ないぞ。」
だが、キリノは答えず、取りに行く素振りも見せない。かわりにポツポツ呟く。
キリノ「先生、いつ辞める予定なの?」
コジロー「決まってないな。インターハイまではやれればいいと思ってはいるが、むしろインターハイ前までにはやめなきゃいけないんだろうな。でもまぁ、明日いきなりとかはない。」
キリノ「そっか、じゃ今日じゃなくても別にいいんだ。」
コジロー「・・・?」
キリノ「でもなぁ。また、またあのときみたいにいきなり先生がいなくなったら。」
キリノ「また何も言う前に先生がいなくなっちゃうことになるから。」
キリノ「そういう「忘れ物」はしたくないなー、って。」
キリノ「ちゃんと言っておきたいなーって。」
たどたどしく。ポツリ、ポツリと続ける。何もコジローは言い返さない。

キリノ「先生、私は今まで感謝してますよ!」
キリノ「やっぱり、一人ってのはどうしても寂しくて。サヤも、男子もまったく来なくて。」
キリノ「剣道なんて誰も興味ないのかな、このまま部活もなくなっちゃうのかな、って悲しくて。」
キリノ「でも、そんなときには必ず先生が来てくれて。」
キリノ「嬉しかったなぁ。だから剣道も続けられたし・・・。」
コジロー「気にするな。俺もお前からメンチカツもらってるしな。」
ぶんぶんと首を振るキリノ。
キリノ「あんなのたいしたことないです。私はそれよりも先生にたくさん助けてもらってますって。」
キリノ「今、剣道部本当に楽しいもん。タマちゃんが入って、ミヤミヤが入って、サヤが戻ってきて・・・さっちんも入ってくれた。
知ってる、先生?さっき先生が来る前に入部希望の一年生が三人来たんだよー。」
コジロー「へぇ・・・なんだよ、俺がいなくなる直前に来やがって。」
キリノ「にゃはは、相変わらず運ないねぇ、先生。でも、そんな部活に変わったのは、間違いなく、先生のおかげだよ。」
コジロー「はは、俺に運がないのは今更って感じだな。まぁ、でも今の剣道部はお前がずっと部活を守り続けたおかげだ。元部長として胸を張れよ。」
また強く首を振ってキリノが答える。
キリノ「ホント、先生が支えてくれたから、私今まで頑張れたんですよ・・・。先生自覚ないかもしれないけどねー。挙げればキリがないです。だから、お礼が言いたかったんですよ」
キリノ「よくみんなには『コジロー先生はキリノに頼りっきりだー』とか言われてるけど。確かにメンチカツとかエビフライとかはたくさん先生にあげたけど。
・・・先生が私を支えてくれてたんだよ・・・。先生がいたから、私頑張れたんだよ・・・」

次第に、キリノの表情が崩れていく。泣き顔に。そして、顔に涙が出てくるまでには数秒もかからなかった。

キリノ「えぐっ・・・えぐっ・・・わたしダメだよぉ・・・。先生がまたいなくなっちゃったら、もう頑張れないよぉ・・・。」
コジローのシャツの中でキリノが泣き崩れる。しかし、コジローには頭を撫でてやることしかできない。
コジロー「ごめんな・・・。」
キリノ「やめちゃうの?もう私のこと、守ってくれないの?」
コジロー「ごめんな・・・。俺もお前を守ってやりたいさ。頑張るお前を支えてやりたいさ。」
キリノ「・・・守ってよ。守ってよぉ・・・。」
キリノ「私は・・・先生が好きなんだもん・・・。だらしなくて、頼りなくて・・・でも、剣道を、部活を一生懸命やってくれるコジロー先生が好きなんだもん・・・。
先生じゃなくちゃ私のこと守れないよ?」

もはや止まらなかった。キリノも。キリノの涙も。
コジローも流されてしまいたかった。だが、最後の最後に、コジローの理性がそれを邪魔する。
視線を合わせてきたキリノに対して、首を横に振ることしかできなかった。
キリノ「先生・・・私のこと嫌い?私と噂されるの嫌?私はぜんぜん大丈夫だよ。堂々としてればいいし、何にも恥ずかしくないし。」
コジロー「・・・まさか。お前のこと嫌いなわけないだろ。でもダメなんだ。」
キリノ「そっか・・・嫌いじゃないけど・・・好きってわけでもないんだ。」

キリノがコジローから離れる。暗い顔から、抜けきってはいないが、少しでも笑顔を見せようと、取り繕う。
キリノ「おりょりょ、失恋しちゃいましたねー、私。おかしいなー、結構自信あったんだけどなー。」
いつもの調子のキリノ。元気なキリノ。いつものように、取り繕うキリノ。
キリノ「しょーがないですよね、恋愛は自由ですし。えへへ、なんで私こんな人好きになったんだろう。だらしないし、貧乏だし、絶対甲斐性なしだし。」
コジロー「大きなお世話だろ、それは・・・。」
キリノ「でも・・・でも、私はそんな先生が好きなんだよね。ずっと剣道部を、わたしを見てくれた先生が好きなんだよね。・・・はは、泣いちゃうかも。でも我慢我慢!私が泣き顔だとみんな暗くなっちゃうもんねっ。」
頑張る姿・・・いつも以上に痛ましいほどに頑張る姿。
そんなキリノを騙す気にはとてもならなくて。
自分自身、言いたい気持ちが強くて。
コジローは。

口を滑らせた。いや、素直な言葉をいった。でも、口を滑らせたともいえる。

コジロー「俺も、お前が好きなんだと思う。」

その瞬間、キリノの顔が変わった。あのとき ―コジローが逃げたとき― の、怒った顔に。今までに一度だけみせた、あの顔に。
キリノ「なんで?!なんでそんなこと言うの?!」
コジロー「わりぃ・・・。でもこれが俺の本心だ。」
キリノ「なら、なんで守ってくれないの?!私のこと守ってくれないの?!」
先ほどと同じ言葉。だが、その口調は明らかに激しい。
コジロー自身、惜しさ、悔しさがあるだけに、その思いをかみ締めながら。必死に理性で自分をつなぐ。
コジロー「俺も、お前を守ってやれるなら守ってやりたいよ。だがな、俺は剣道部顧問なんだ。俺は、お前だけじゃなくて・・・剣道部全体を守らなくちゃいけないんだ。」
コジロー「わかるだろ?もし俺がお前を好意を受け入れたら、剣道部は確実に廃部になる。インターハイにも行けなくなるんだ。そういうわけには行かないだろ、今まで頑張ってきたんだ。俺は・・・剣道部を守るべきなんだ。」
キリノ「・・・っ!」
キリノ「両方とも守ればいいじゃないですか!別に私たち悪いことしてない!そんなので部活が廃止されたりインターハイに出れないなんておかしいですよ!」
コジロー「それは理想論だな。でも、ああいう人たちはそれじゃ納得してくれないんだ。俺が辞めるか、もしくは剣道部をつぶすしかしないと・・・な。」
キリノ「・・・そんなの、私のほうが納得できません。大人はずるいです。
だいたい・・・先生も一緒に出なかったら、今まで頑張ってきた意味がないです。」
パシッ。
コジロー「その言葉はダメだ・・・。今までのことに意味がない、なんて言うな。」

キリノ「・・・ひどいですよ。そうやって剣道部顧問として壁作って。そのクセして私のこと好きって言って。
人を振り回して・・・。ずるい・・・本当に、ずるい。







あんたなんか・・・コジロー先生なんか・・・










大っっっっっっ嫌い!!!!!!」



コジローを突き飛ばしたあと、キリノはカバンも持たず、靴も履かず、飛び出す。
コジロー「お、おい、キリノ!待て!」
コジローの静止も聞かず、飛び出したキリノを追いかけるが、既に外は暗く見失う。
コジロー「あのバカ・・・。」
ため息をついて、一呼吸つく。
コジロー「でも・・・これでいいんだよな。」
いずれはあいつもまた新しく好きな人を作るだろう。失恋の傷は新しい恋が癒してくれるはず。
自分の傷も。キリノの傷も。これで剣道部も守ることができた。自分ができる限りのことはした。

そう思って、コジローは道場を跡にする。自分がいるとキリノが靴とカバンを取りにこれないだろうから、あえて去ることにした。

そして、その夜、校長から再就職先を告げられた。



翌日。午後練習の終了後、コジローは自分がインターハイ前に辞職することを発表した。
キリノもいたため、理由は「今回の騒動の責任をとり、かつ疑惑を払拭するため」と言ったが。
当然、強くとめる声、抗議の声があがったが、コジローが
「もう辞めることは確定だ。大人はどうしても責任をとらなくてはいけないことがある。」
「おれ自身、残念でならない。しかし、お前たちは俺がいなくてもやらなくちゃいけない。・・・たのむ」
というと、黙らざるを得なかった。その場のみんなは・・・キリノも含め、暗い顔で聞いていた。

コジロー「で・・・なんで俺は胸ぐらつかまれてるんだ?」
他のみんなが全員帰ったあと、コジローはサヤに胸ぐらをつかまれ、かつ都から激しい非難を浴びている。
ダンが先に急いで帰宅したために、なおさら都の機嫌が悪い。
キリノは今日は普通のように取り繕って部活に参加した。コジローとも普通に会話した。だが昨日大きなことがあり、キリノが実際には普通ではないことはこの二人には一目瞭然である。
サヤ「で、説明してもらいましょうか!昨日いったいなにがあったのよ!キリノが『どうしても今学校行きたくないからお願い』ってメール送ってくるから、昨日あたしがカバンと靴を持って帰ったんだよ!靴すら履かずに帰るって、一体何があったのさ!」
コジロー「とりあえず顧問の胸ぐらをつかむなって。」
言われてサヤが手をはなす。
コジロー「・・・とりあえず、恋愛感情についてはお前のいうとおりではあったよ。だが俺としてはそれに応えるわけには行かなかった。」
ミヤ「先生にその気はなかったんですか?」
コジロー「いや・・・」
コジローは正直に昨晩あったことを話す。もう部員たちの間で隠しても無駄だろう。
だが、その話が終わった瞬間、都が表情を変える。
ミヤ「・・・最低。」
コジロー「・・・じゃあお前は剣道部がなくなってもいいんだな?」
ミヤ「それは・・・嫌ですけれど。」
コジロー「しょうがないんだよ・・・。この言葉で終わらせるのはおれ自身も悔しいけれど。悔しいけれどしょうがないんだ・・・。」
その言葉に二人がうつむく。
コジロー「だから・・・俺ができる最後の顧問らしい仕事だ。たのむサヤ。お前があいつを支えてくれ。これはお前にしかできないことだ。あと、ミヤ。おそらくダンにも相当の負担がかかる。だからあいつはお前が支えてくれ。」
サヤ「・・・わかったよ。」
ミヤ「はい・・・」
サヤ「でも先生。結局キリノ泣かせちゃったね。」
コジロー「・・・わりぃ。」
サヤ「ううん、先生がしたくてしたわけじゃないし、努力したってのはわかるよ・・・。だから悔しいんだけどね。・・・んじゃね、先生、また明日。」
そういってサヤがその場を立ち去る。都もそれを追うが、去り際にこういった。
都「先生・・・それが先生が正義と思うことなんですか?女の子を泣かせることは、正義の点から仕方がないことなんですか?私は、そうじゃないと思いたいです。」
それは、かつてコジローが都に言ったこと。
コジロー「・・・」
コジローには、何も言い返すことができなかった。

インターハイ13日前。いよいよコジローが辞職する日。
いつもどおりの稽古をし、最後に、コジローが全員を相手に試合形式の稽古を行った。
コジロー「はは、ついにタマから一本取れたな。」
タマ「はい・・・。本気でやったんですけれど・・・。」
コジロー「おう、でも今日は集中力がちょっとイマイチだったぞ。試合じゃ気をつけろよー。」
タマ「はい・・・。」
コジロー「頼むぞ、東。もしもタマが調子悪いときはお前がカバーしてくれよな。」
サトリ「先生・・・サトリは寂しいです。」
コジロー「・・・ありがとな。」
コジロー「ダン、ミヤ。部活を頼む」
ダン「おーう、任せろー」
胸を張るダンと、頷く都。最後にコジローを不安にさせまいと頑張ってくれている。
コジロー「ユージ、悪かったな。結局、男子の団体戦を一回も組んでやれなくて。」
ユージ「いえ、これはこれで面白かったですよ。それに、新入部員を含めればそろそろ組めるかもしれないんです。」
誠「男子もようやく活動開始ですね。」
コジロー「お、よかったな。ちくしょ、俺がいるときにやっときたかったぜ。」
忍「なら残ればいいじゃん」
コジロー「お前はこの期に及んでそういうことを・・・で」
コジロー「キリノ、サヤ、悪いな、引退試合を見てやれなくて。だがお前たちにとって一番大事な引退自愛だからな。悔いのないようにやれよ。」
サヤ「はいよ!絶対優勝してやっからね!」
キリノ「ほいほーい、頑張りますよ。」
コジロー「よし、その意気だ。サヤがいるならチームの士気は十分高いって期待できるな。」
サヤ「まっかせて!」
キリノ「あれれ、あたしは?」
コジロー「はは、サヤほどのテンションはねーな。」
サヤ「ってぇ。ほめられてる気がしないのはなんでだろうね・・・。」
サトリ「実際ほめてないと思いますよ。」
ミヤ「あんたも一言多いわね・・・。」
サトリ「ご、ごめんなさい。」
一同に笑いが生まれる。
コジロー「そう、これでいい。これが室江高校剣道部だ。強いながらも決して楽しさ、笑顔を忘れない部活。それが室江高校剣道部であり、室江高校剣道部の強さだ!お前ら、これを忘れるなよ!」
一同「はい!」

石橋「おう、コジロー。準備できたぞ。」
全ての荷物を積み終えた石橋がコジローを呼ぶ。
コジロー「あ、はい。それじゃ、みんな。元気でな。」
ダン「全員、姿勢を正して!」
ダン「礼!」
一同「ありがとうございました!」
コジロー「・・・ありがとうございました!」
コジローも深く頭を下げる。お互い顔をあげる。東が泣いている。
(相変わらず涙もろいな・・・でもありがとな。)
そして、車に乗り込む。いよいよ出発の時が来た。
車のドアが閉められ、いよいよコジローと生徒が「別世界」におかれる。もうお互いの声も聞こえない。

サヤ「キリノ・・・いいの?」
ミヤ「キリノ先輩・・・何も言わないんですか?」
キリノ「な、なになに?なんにもないよー、えへへ。」
サヤ「・・・キリノ!後悔するよ!」
キリノ「・・・サヤ。」

石橋「・・・なんか騒がしいぞ、あいつら」
コジロー「なんでしょーね、まぁいつも騒がしいやつらだから。」
石橋「いいのか、出発して。」
コジロー「はい、おねがいしま・・・」
キリノ「コジロー先生!」
ドアは完全に閉めたのに。それでも聞こえる大声をキリノがだす。今までの中で一番大きい声。
パワーウィンドウを限界まで下げて、コジローが顔をだす。
コジロー「おう、どうしたキリノ。」
キリノ「あの・・・この前は、最後にひどいこと言っちゃってごめんなさい。」
コジロー「ああ、気にするな。誰にでもあることだし、俺もちょっとひどい言い方した。ほら、暗い顔するなって。」
そういわれて、キリノいつもの笑顔に戻る。
キリノ「へへ・・・よかった。最後に言えて。ずっと気になってたんっすよ。」
コジロー「ああ、今は久しぶりに、自然ないい笑顔してるぞ。」
キリノ「えへへ・・・」
身を乗り出して頭を撫でるコジロー、喜ぶキリノ。
キリノ「じゃ、もう一つ、お願いしていいですか?」
コジロー「ん、なんだ?」
キリノ「ちょっと耳貸してください。ほら、顔出して。」
コジロー「なんだよ・・・ったく。ってっ?!」
コジローが顔を出した瞬間、コジローの唇とキリノの唇が触れる。
後ろのほうで、一部から嬌声が上がる。
コジロー「ちょっ・・・おまえっ・・・」
キリノ「えへへ・・・。最後の忘れ物、回収させてもらいました♪ せめてファーストキスだけはコジロー先生にしてもらいたいなって、それぐらいいよね。
だいじょーぶっすよ、周りにPTAの人なんていませんから。」
コジロー「ったく、お前は・・・」
都とサヤが冷やかす。東とタマは顔を真っ赤にしている。ユージは・・・・相変わらずの余裕の笑顔。
石橋「おう、もういいか。」
キリノ「どうぞー♪」
コジロー「・・・すいません、先輩。出してください。」
石橋がキーをまわす。エンジンの始動音が別れの合図。
コジロー「んじゃな。」
車が動き出す。キリノから離れていく。みんなから離れていく。
校門に近づく。いよいよ・・・別れ。
キリノ「せんせーい!」
またキリノが大声を上げる。
キリノ「じゃあねーーーーー!!!!!!!!!」
コジロー「ああ・・・・じゃあなっ!元気でやれよぉぉっっ!!!」
コジローも負けない大声で返す。
やがて、校門から出て、みんなの姿見えなくなる。

コジロー(じゃあな、みんな・・・。元気でな・・・。)

石橋「いい生徒たちじゃねーか。」
コジロー「・・はい。」
石橋「あの子もやるねぇ。もったいねぇぞ、お前。なんだっけな、もったいないお化け・・・だったか」
コジロー「なんでそんなもん知ってるんですか。」
石橋「原田と浅川が昔教えてくれた。ブームらしいぞ。」
コジロー「・・・そうですか。」
石橋「ま、新しい人生、頑張れや。・・・で、どうすんだっけ?」
コジロー「あれ、言ってませんでしたっけ?これからは・・・。」




サヤ「先生、行っちゃったねぇ。」
キリノ「だねぇ・・・。」
サヤ「キリノ・・・」
キリノ「えへへ、大丈夫だよ、サヤ。私元気だから。コジロー先生を笑顔で送り出せたから。」
キリノ「だからね、笑顔。」
サヤ「キリノ・・・お疲れさま。」
サヤ「だからね、泣いてもいいよ?」
キリノ「サヤ・・・。」
サヤ「もう先生も見てないし・・・」
キリノ「・・・」
サヤ「だから、私たちの前では溜め込む必要ないからね?」
キリノ「・・・ふぇぇぇぇん・・・。」
サヤ「うん・・・がんばった・・・頑張ったよ、キリノ。」
キリノ「うわぁぁぁぁんんんん!!!!」
はじめてみんなが見る、キリノの素顔。
キリノだけではなく、サヤにも、そしてそれをみていた女子一同の目に涙が滲んでいた。

あれから一週間後。インターハイまで一週間をきった。
部員一同、気持ちを切り替えて練習に励んでいる・・・つもりである。
しかし、どうしても足が鈍い。
代理的に監督している石橋からみても、どこか気合いがたりない。

石橋(まいったね、こりゃ。まぁ分かってたことではあるけどな・・・。)
石橋「やめ!今日の練習はここまで!」
ダン「姿勢を正して!礼!」
一同「ありがとうございました!」
礼を終えた段階で、石橋が提案する。
石橋「さて、インターハイまであと一週間をきった。最後の景気づけだ、今日は鍋でも食いに行くか。」
サヤ「お、いいっすねー。」
ミヤ「え、でも体調を整えないと・・・」
石橋「なぁに、なにもどか食いするわけじゃない。軽い決起集会みたいなもんだと思えばオッケーだ。」
ミヤ「あ、それなら・・・いいかなぁ・・・。」
ダン「行こうぜ、ミヤミヤー。みんなの絆を強めるぞー!」
ミヤ「・・・うん!」
タマ「私も行きます。」
ユージ「タマちゃん、お父さんに連絡したほうがいいよ。」
タマ「あ、うん。やっとく。」
サトリ「決起集会・・・素敵ですね。参加させていただきます!」
サヤ「いいね、さとりん。その調子だよー!」
忍「あの・・・私たち一年も参加していいんですか?」
キリノ「あったりまえー!もう二人とも立派な室江高校剣道部なんだから!遠慮は無用!ささ、行こ行こ!」

鍋料理店にて。

サヤ「おっいしー!」
ミヤ「はい、ダンくん、あーん。」
ダン「おーう。」
タマ「・・・ユージくんもああいうの好き?」
ユージ「はは、僕は相手がいないからね。でも、とりあえずキャラじゃないかな。」
石橋「・・・あんなベタベタカップルが複数あってたまっか。」
忍「なに言ってるんですか、自分は奥さんにベタベタなクセして。」
石橋「ギク。ま、まぁ細かいことは気にせずにな、今日は腹を壊さない程度に好きなだけ食え。」
サトリ(・・・タマちゃんのあれって、大胆アプローチ?!)
忍(いや・・・川添先輩にもその気はないでしょうし、中田先輩もぜんっぜん反応してません。)
サヤ「やっほーう、いいね、こういう決起集会も」
石橋「ん・・・。今までこういうのなかったのか?」
キリノ「なかったですねぇ。一回だけみんなでラーメン食べに行ったことはありましたけど。」
サヤ「なんせ顧問がアレですからねぇ。貧乏でおごりなんてとてもとても。」
キリノ「ねぇ・・・。」
コジローの話題が出たその瞬間、場が静まり返る。
サトリ「そそそ、そういえば、新入部員が増えるって話はどうなったんですか?」
誠「・・・ほんとはあの三人も来てほしかったんですけど・・・」
キリノ「あ、あはは・・・まさかまとめてソフトボール部にとられちゃうとはねぇ・・・。あたしもちょっぴりショックだよ。」
ミヤ「なんで入部辞退しちゃったんですか?」
誠「あ・・・それは・・・。」
ちらりと石橋のほうをみて目をそらす。
石橋「なんだ、言ってみろ。」
誠「・・・顧問が変わっちゃったからだそうです。コジロー先生が授業中に誘ったのが気にいって、その気になったそうなんです。」
再び場が静まり返る。その後もこんな展開が続き、決起集会ということで集まったにもかかわらずその効果は果たせなかった。

帰りのバス。しっかり体調に気を使い、控え目に食べたほとんどの部員をよそに、サヤ一人だけ苦しんでいる。
サヤ「く、くるしい・・・」
キリノ「サヤん・・・食べ過ぎだよ・・・」
サヤ「ごめ・・・」
会話すらできなさそうに苦しむサヤ。
そんなサヤを横目に、周囲に耳を澄ますといろいろなところからコジローの話題が聞こえてくる。

ユージ「ほんと、最初は自分のことだけ考えてる先生かなとか、思ったよね。」
サトリ「ほぇー、そうだったんですか・・・。」
ユージ「でも、違った。コジロー先生も熱い剣道魂をもっていたし、俺たちのために頑張ってくれてた。」
サトリ「はい。私の入部を最後まで慎重に考えてくれたのが先生なんです。・・・五人揃わないと自分のクビが危険なのにも関わらず、です。」
ユージ「うん・・・そうだよね。生徒のこと、考えてた。」
タマがこくこくうなずく。
タマ「バイト・・・応援してくれた。」
ユージ「タマちゃん・・・そうだね、タマちゃんもやっぱりかわったと思う。」
タマ「うん・・・。たぶん、受け入れてくれた先生のおかげ。」

ダン「どうした、ミヤミヤ。」
ミヤ「うん・・・今思い返してみるとね、教師ってものにいい思い出ってあまりないの。」
ミヤ「ずっと、腫れ物扱い・・・されてたから。」
ダン「ミヤミヤ・・・」
ミヤ「でもね、あの先生は違ったんだ。私に普通に接してくれた。私に正面からずっと向き合ってくれた。」
ミヤ「だから、剣道部が好きになれたんだと思う。」
ダンがミヤの手を握る。
ダン「大丈夫だぞ。ミヤミヤは今、友達いっぱいだろー!」
ミヤ「うん・・・ありがとう、ダンくん。でも、こればっかりはコジロー先生にもちょっとお礼言いたいかも。恥ずかしいけど。」

サヤ「・・・だってさ。」
キリノ「・・サヤ?」
サヤ「あたしもさ、途中で休部状態になったりしてさ、わりと扱いづらい性格なのかなー、と正直思ったり。」
サヤ「でもあの先生はさ、嫌な顔しないんだよね。すごくノビノビやらせてくれたと思う。」
サヤ「わたしも、好きだったよ、コジロー先生。彼氏にする気にはとてもなれないけどね、あはは。」
笑い飛ばすサヤ。みんなコジローが好きだった。

キリノ(先生・・・やっぱ、みんな先生がいなくなってショック受けてるよ・・・。)


―先生・・・剣道部、守れて、ないよ?―





二週間後。

審判「勝負あり!」
審判「全員整列。礼!」
室江高校「ありがとうございました!」
桃竜学園「ありがとうございました!」

インターハイが終わった。コジローが守った剣道部、そして守れなかった剣道部。
その穴をダンとキリノが必死に埋めた。一番ダメージを受けたキリノが頑張ることによって士気が高まった。
結果として、室江高校女子剣道部、史上初のインターハイ本大会出場。
三回戦で、優勝した桃竜学園に敗れるものの、全国大会にでたということ、また、優勝したチームの大将・榊心と室江高校の大将・川添珠姫が引き分けたということが話題に上がっている。


キリノ宅
キリノ「・・・終わったね、私たちの剣道生活。」
サヤ「終わっちゃったね。でも・・・」
キリノ「最高に楽しかった。悔いはないよ。」
サヤ「・・・だね!」
キリノ「私たち頑張ったよね。コジロー先生、この結果見ててくれるかなぁ。」
サヤ「そりゃ雑誌やら新聞やらで見てるっしょ。でも、あの先生のことだから
『俺がいなくてもこの成績が出せたのか、俺って要らないやつだったんだのかぁぁぁ』
とか言ってショック受けそうじゃない?」
キリノ「うわぁ、いかにもありそうだねぇ~。・・・でも、違うよね。」
サヤ「・・・だね。」
キリノ「私、コジロー先生に見てもらいたくて・・・それで頑張れたんだ。
先生、最後まで私たちの面倒みれなかったことすごく悔しがってたから。見届けたがってたから。
だから、せめて私たちが先生から見えるように・・・。活躍すれば、雑誌とかを通じてでも見てもらえるかな・・・って。」
サヤ「うん、それでいいと思う。それでいいよ・・・キリノ。」

・・・

サヤ「で、キリノ、これからどうするの?いよいよ私たちも本格的に受験戦争突入だよぉぉぉ。
いいよね、キリノは、推薦もらえるんでしょ?あたしゃ遅刻・欠席・早退の常連者だからインターハイ出場でも推薦もらえないよ・・・。」
キリノ「あー、そうだねぇ。でも私も推薦使う気ないよ?推薦じゃいけないところに行きたいから。」
サヤ「お?夢があるねぇ。どこどこ?」
キリノ「早應大学の教育学部。」
それは、日本有数の私立大学で、日本最高の教育学部があるところ。
サヤ「ちょっ・・・すごく大きな目標だねぇ・・・。」
キリノ「うん。私、教師になりたいんだ。」
サヤ「教師・・・」
キリノ「うん。それでね。部活を頑張ることのすばらしさ、楽しさってのを少しでも多くの人に教えてあげたいんだ。部活ってのは今だけしかできないことだし。」
サヤ「・・・うん、そうだね。それがキリノに向いてると思うよ。」
キリノ「へへ、ありがと。で、サヤは?」
サヤ「あたしは、自分を世界に表現したいから文学部!・・・でもどこ受けようかなぁ・・・。」
キリノ「一緒に早應大学受けようよ~。」
サヤ「ちょっ・・・無茶言わんといて。どう考えてもあたしの学力でいけるところじゃないから。」
キリノ「大丈夫だよ、サヤってガッツあるもん。それに、私立ならサヤの大っ嫌いな数学も理科もないよ。」
サヤ「それはそうだけど・・・。うん。他に受けられなくなるわけでもないし、受けるだけ受けてみるよ。」
キリノ「そうそう、その調子。頑張ろうね、サヤ!」

一月。受験勉強の季節。
キリノ「んー、疲れるなぁ。」
一日10時間勉強。さらに合格へのプレッシャーで嫌でも不安に襲われる。
受験生には一番つらい時期、ストレスのたまる時期。
キリノ「こんなときは・・・よいしょっと。・・・やぁっ!」
そう言って、竹刀をもって素振り。これがキリノなりのストレス解消法。
キリノ「素振りっていいね!嫌なこと、これで全部忘れられる!よ~し、頑張るぞ~!」


さらに二ヶ月後。
キリノは実力を存分に発揮し早應大学に合格。サヤも、奇跡的に補欠合格で文学部に入学することができた。
そして、今日はいよいよ卒業式。

タマ「先輩、ご卒業おめでとうございます。」
礼儀正しく挨拶するタマキ。
サトリ「せんぱあぁ~い、いつでも遊びに来てくださいね、サトリは待ってますから~!」
卒業生以上に号泣するサトリ。
ミヤ「先輩、今まで・・・本当に、ありがとうございました。」
素直に、自分を受け入れてくれたことに感謝する都。
キリノ「えへへ、みんな、ありがとね。」
サヤ「後輩よ!私たちの志を継いで、全国大会優勝を目指してね!」
ダン「お~う、まかせろ~。俺が男女ともに室江をNo.1にしてやるぜ~」
ユージ「頑張ろうね、栄花くん。先輩たちも期待しててください!」
キリノ「おー、最後の最後に燃えるユージくんが見られた。」
タマキ「先輩・・・わたし、がんばります!」
サトリ「わ、わたしも!」
サヤ「うん、うん!こんなかわいくていい後輩もてて私は幸せだぁ~!」
キリノ「わたしもぉぉ」
スリスリ。いや、むしろグリグリ。
ユージ「先輩、タマちゃんと東さんが磨耗してますって・・・」
ミヤ「やれやれ・・・かな。」
呆れる都。でも、笑顔。
ダン「じゃー、元部長として、キリノ先輩一言よろしくだぞ~。」
キリノ「え?わたし?いきなりだなぁ。」
サヤ「がんばれきりのー!いけー!」

キリノ「おっけー、サヤん!

・・・えー、二年生の皆さん、今までの二年間、本当にありがとうございました。
正直、私が二年生のときは、こんな部活になるなんて想像してませんでした。
一年生はなかなか入ってこないし。二年生は二人しかいなくて・・・正直、不安のほうが強かったかな。
でも、そんな部活に一年生が一生懸命参加してくれて。最後までやめずについてきてくれて・・・。
へへ、涙が出てきちゃった。でもね、本当に嬉しかったです。最高の部活生活を送れたと思ってます。
みんな今までありがとう!来年の室江高校剣道部を、よろしく!」


全員が盛大な拍手。その後、数分会話を交わして、いよいよお別れのとき。
「さようなら」ではなくて「またね」という言葉で締めて。その目にはもう涙はない。
しばらくのお別れなのだから。また会えるのだから。
キリノ(・・・一人だけは、もう会えないけどね・・・。)


そう思いながらも、三年の二人が、歩き出していく。
新たな旅立ちのために。

そう、二人は歩きだす。室江高校から旅立つために。




サヤ「ん・・・あれは?」
キリノ「・・・先生・・・だよね?」

見覚えのある、男性教師。



タマ「・・・ユージくん、本当に言わなくてよかったのかな?」
ユージ「うん、たまにはサプライズってのも必要かと思ってね。」
サトリ「二人とも、おどろくでしょうね~」
ダン「やっぱり、人間幸せにならなくっちゃな、ミヤミヤ」
ミヤ「・・・うん。みんなが幸せになれるって・・・いいよね。」

サヤ「石橋、先生?」
石橋「おーう、お前ら、元気にしてっか。って、卒業式にこのセリフも変か・・・。ま、卒業おめでとさん、だな。」
キリノ「どもどもー。ありがとです。町戸高校はいいんですか?」
石橋「ああ、町戸は翌日に延期になってな。」
サヤ「卒業式が延期って・・・なにがあったんですか?」
石橋「卒業生の一人が式会場をめちゃくちゃにしちゃってな。会場のあてがないから翌日にまわして、今日は教師陣と二年生が総力で臨時会場をセッティングしてるんだ。」
キリノ「あちゃぁ。俗に言う、暴れる若者ってやつですか。」
石橋「いや。安藤が爆発物を作った。」
キリノ「・・・」
サヤ「・・・うわぁ。」
だから俺も追い出されたんだよぉ、と泣き言を言いつつ、石橋が不敵な笑みを見せる。
石橋「さて・・・と。俺から二人にプレゼントがある。」
サヤ「えー、奥さんいるのにナンパっすか?さすが手が早いと言われるだけあるねぇ。」
石橋「ちげぇよ!茶化すんじゃねぇ!ほれ、まず桑原にはこれだ。」
そういって、石橋はサヤに古いノートを渡す。
サヤ「なんですか、これ。」
石橋「俺のノートだ。お前、身長あるからな、上段を覚えるとより強くなれるぞ、二人とも大学行っても剣道やるんだろ?役立ててくれや。」
サヤ「おおおー、ありがとうございますー!」
石橋「これは横尾にもやったんだけどな、あいつは今、中明大学でエース張ってる」
サヤ「おおおおおお!!!ありがとうございますー!うわぁ、今からドキドキしてきたよ、あたしゃ!」
キリノ「ってことはあたしには中段のノートですかー?わくわくですなー。もっと強くなりたいもんねー。」

ワクワクするキリノに、石橋は言い放つ。
石橋「いや、お前には渡すものは剣道関連のものじゃない。いや・・・ある意味剣道関連のものかもな。」
キリノ「・・・おりょ?」
石橋「ほら、お前に渡すのはこれだ。」
今度は、石橋は、「?」を全身で表現するキリノに対してちっちゃな手紙を渡す。
素朴な、ちいさな、手紙。
キリノ「なんですか、これー?」
石橋「まぁ読んでみろ。おっと、とりあえず桑原は覗き見するなよ。」
言われるままに封をあけ、手紙を読む。そして、その瞬間表情が変わる。
サヤ「なにかな、なにかなー?キリノ、なんて書いてある? もしかして果たし状?!」
キリノ「ごめん、サヤ。私、行ってくる!」
サヤ「え?え?!キ、キリノ、どうしたの?!」
サヤが聞くまもなく、キリノが走り出す。あっという間に見えなくなった。
サヤ「ちょ、キリノー!!! ねぇ、石橋先生・・・一体何が起こってるの?」
石橋「くっくっく・・・」
石橋は笑って答えない。

はぁ、はぁ・・・
すぐ息が切れる。
(体、なまっちゃってるなぁ)
そんなことを考えながら、走る。誰もいない道を。
手紙はいつのまにか、強く握り締められくちゃくちゃになった。
それでもキリノは走る。
手紙に書かれた場所、剣道場へ。始まりの場所へ。


バタァンッ!
勢いよく扉をあけたその先には・・・

コジロー「よぉ・・・久しぶり。」
キリノ「コジローせん・・・せぇ・・・」
――――始まりのこの場所で。――――
キリノ「・・・ずるいですよ、また、こんなこと言ってきて。
いっつも、あたしは先生に振り回されてばっかり。」
―――一度は、終わったこの場所で。―――
コジロー「わりぃ。はは、でも、もうとまらねぇや。」
―――――――二人の時間が。――――――
キリノ「私の気が変わってたらどうするつもりだったんですかー?相変わらず無計画っすよ・・・。しかも、随分かっこつけてるし、似合ってないっすよ。」
――――――――もう一度。―――――――
コジロー「うるせーな、わかってるよ。でも、しょうがないだろ、それでも欲しいものなんだから。・・・だから、返事が聞きたい。」
―――――――この場所で。―――――――
キリノ「知ってのとおり、一途なんですよ、私。答えなんて、そんなの決まってるじゃないですか・・・ほんと、ずるいですよ・・・。」
――――――――動き出す――――――――



サヤ「でも、いいの?」
石橋「あん、なにがだ?」
サヤ「だって・・・これであの二人がくっついたら今までのコジロー先生の努力が無駄になるじゃん?そりゃあたしだってキリノのことは応援してるけどさ・・・。」
石橋「それがな・・・あのあと千葉の親御さんが、他の保護者や校長先生を一生懸命説得したらしいんだよ。
まぁ一番の当事者の親に言われちゃ他の親もなんとも言えんわな。校長も、過去にコジローにかりがあったせいか、比較的折れてくれたらしい。
さらに、うちのカミさんがいい方法思いついてな。」
サヤ「吉河先生が?」
石橋「ああ、うちのカミさんは天才だわ。」


石橋「・・・『キリノさんが卒業したあとに結婚して妻子もちになれば、保護者の人たちも、コジロー先生が自分の子供に手を出すなんて不安は抱かなくなるし、
あれが純愛だってことも証明できるし、二人も幸せになれるじゃないですか』だとよ。」

    キリノへ                     
                          
       剣道場で、指輪を持ってお前を待つ。       
       今度こそ、今からでも、お前を守りたい。     
                             
                          コジロー                             



キリノ「せんせぇ?」
コジロー「ん?」
キリノ「えへへ・・・大好きっすよ。」



                  -完-