「そしてうちらの団体戦はっ、見事に一回戦負け!!」

 負けたっ…また負けた…あたし、部長なのにぃっ!
 うーん、いつの間にか負けグセが付いちゃってるのかなあ!
 ……考えてみたらあたし今迄試合で部長らしい活躍した事あったっけ?
 町戸高校の時は…勝てたけど、途中で転んじゃったし。
 昨日の大会なんて、サヤが折角引き分けてくれたのに、部長のあたしが…

「…ぐすっ…」

 あーもぉ、くやしいな、くっそぅ…泣きそうだよぉ…
 でも部長さんが落ち込んでちゃダメ!そうだ、明日はこれでいこう!

「目指せ全国…と」

▽▽▽

「あ゛ーーっ!!くやし~~っ!もっと落ち着いてれば絶対勝てたよあの相手!」

 ―――ピーヒョロロ。
 やっぱし、表情を隠すにはこの変装グッズがいちばんだねぇ。
 にしても、やっぱりサヤも悔しかったんだねえ、ウンウン。
 でもホントは部長の、剣道歴長いあたしが―――もっと頑張んないと、ねぇ。
 …うわっ、ダメだ、やっぱり無理、くやしいよぅ…

「おいお前らなに遊んでるんだ、練習すっぞー」

 げ、コジロー先生、早いよ、全くもう!

▽▽▽

 練習終わり。敬礼・道具の後片付け・雑巾がけとチェックをするのが部長さんなので、あたしの着替えはいつも一番最後だ。
 着替え終わって出てきてみると道場にはまだコジロー先生だけいる。…何してるんだろ?

「コジロー先生ぇ?何して…」
「…お?き、キリノ!?お前まだ居て」

 ―――ピーヒョロロ。

「ぷ、あははははははは、何してるんすか、センセー?」
「ばっかおめー、お前がこんなもんで遊んでるのがいけないんだい!俺だってなあ…!―――ぴょろん」
「あっははははは!『ぴょろん』、って!『ぴょろん』だって、先生ぇ?」
「る、るっせー!!」

 あたしが持って帰るつもりで置いといた変装セット―――鼻メガネをつけて笛を吹く先生は、この上ないくらい滑稽で…
 そして、大笑いしたあとの二人きりの静けさは、昨日の悔しさを思い出させるのに十分だった。

「ね、先生…?」
「ん?どした?」
「あたし、ちゃんと部長さんらしい事、出来てるかなあ?」
「な、何だよその突拍子も無い話は。お前今度は何考えて…」
「………違うよ!あたし、昨日の試合も勝てなくて!折角サヤが繋いでくれたのにって…!
 こんなのが部長さんでいいの?ってずっと悩んでて、でも頑張らないといけないからって!思ってる、のにぃ…っ!」

 あーあ、やっちゃった。こりゃ先生も呆れるよね。たくもう、何でこんなに…素直になっちゃうんだろうね、この人の前だと。
 ………そんな、うつむいて涙で顔を腫らしながらただ、まくし立てるだけのあたしの頭に、そっと触れて来る物があった。
 あたたかい、あたしの頭を優しく撫でる、でっかい手。
 小さい頃よく撫でて貰ったお父さんみたいな――――

「よし、よし」

 頭だけなのに、まるで全身を包まれてるみたいな気持ち…
 それを感じると、途端にあたしの言葉は止まっていつものあたしが顔を出す。

「…先生ぇ、セクハラ…」
「…だから、強がんなって。また次、勝てばいいじゃないか、なぁ?」

 普段聞きなれない、その優しい言葉を聞くや否や、あたしの涙腺は決壊していた。

「…ふっ…くううっ…えぐぅ…うええええええええん」

 …また泣く。でも今度は、さっきまでとちょっと違う涙…だと思う。今はちょっぴり、嬉しい涙。
 コジロー先生は、あたしの頭に触れてた手をあたしの後頭部に回して胸に抱き寄せ、
 余ったもう片方の手でなでなでを続けている。先生の襟元は、練習の後だからかまだ汗臭い。
 あたしがしばらくその香りに浸っていると、コジロー先生が少し身体を強張らせ、緊張気味に口を開く。

「…あー、あの、だ。…いいか?」
「はい?」
「そのままでいいんで…照れくさいから、一度しか言わんのでよく聞けよ?
 そのなんだ、お前はさ…俺がだらしないせいで、一時はひどい事になってた部をさ。
 こんなにまで…楽しい、って皆が思えるような部活にしてくれてさ」
「…先生も?先生も楽しいの?」
「…………当たり前だろ。そして…こんなに楽しい剣道部の、お前は大切な…部長さんなんだ。
 そういうお前だからこそ――――俺には必要、なんだよ。
 だから…さ。そんなに、しょげるなよ」

 …………”言葉にならない”って、こんな時の事を言うのかな。
 とんでもない嬉しさが、喜びが、楽しさが。あたしの身体を駆け巡ってるのがわかる。
 もう、負けた悔しさの事なんか…部長のプライドなんか、関係なかった。
 ……ただ、あたしらしくさえあれば。それでいいんだよね、先生?

「………それって、愛の告白ですか、先生ぇ?」

 ちょっとおどけて、答えを返す。それがいつものあたしだ。

「…おま、俺がどれだけ真面目に…っ!」
「あっはっは~~~」

 ――――返事は、もうちょっと先。あたしが先生にちゃんと恩返しできた時に。きっとするから!待っててよね、先生?



[終]
最終更新:2008年04月20日 17:30