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――どんな人間にも、1年に1度。
等しく必ず訪れる特別な記念日という日がある。
もっとも大抵の場合、それが「特別」であるのは精々20回目くらいまでで、それ以降は
ただ記入の上の数字に1を加えるだけの味気ないイベントに成り下がるのだが。
さてまぁ、それはさておき期末テストを前日に控えたここ、千葉家でも。
ご多分に漏れず16回目のそれを祝うパーティが、賑々しく行われようとしていた。

「ハッピーバースデイキリノ!」

きれいな和音で同時に声を上げたのはキリノの友達の、髪の短い子と長い子、そしてサヤの3人。
照れくさそうに頭をかく今日の中心人物のキリノに3人が一斉に口を開く。

「いやーしかし相変わらずキリノの部屋は悪趣味だねえ」
「しかも、変なモノが前より増えてない?」
「これなんかこないだ買った奴でしょ、あのかわいいもの屋さんで」

言外にあんた絶対彼氏なんか居ないよね、とでも
言い含められているかのようなその発言の裏を知ってか知らずか。
温厚さでは定評のあるキリノのこめかみが小さくふるえる。ぴくぴく、ぴく。
……お祝いしてくれるのはもちろん、すごく有難いのだけれど。

「って、なんであたしの誕生会をあたしん家でやるわけぇ!?」

-しかも上がり込んで開口一番に言うのが人の趣味にダメ出しかい?

そんなキリノの態度を意にも介さず、
この集まりの首謀者…サヤが今回の主旨を述べる。

「だって、明日もうテストじゃん!だから折角だしお勉強会を兼ねてって事で…ね?」

あとキリノん家ならメンチカツも食べられるし。
ついでに学年20位のヤマにも肖ろうって、ね。
…とは、サヤとだいたい同じ位の成績のショートっ子の言である。
なにはともあれ。

「でも、あたしのお誕生日、ホントは明日なのになぁ…」
「まぁまぁ、テスト始まっちゃったらこういう事も出来ないしさ」

比較的面子の中では物分りのいい方のロングっ子が
その、どうしようもない根本的な問題に苦しいフォローを入れる。
そう、キリノの誕生日は本当は翌日なのだ。

「そうそう!今日はバースデイイブって事で!…と言う訳でキリノ、早速だけどここ教えて?」

ほぼ開き直っているサヤが巧みに話題をそらす。
キリノとしては、なにやら燻るものはあるが仕方がない。
かくしてここに、謎のお誕生勉強会…が、始まったのである。

          ※          ※          ※          ※

「あ~、もうっ!物理なんかこの世から消えてなくなっちゃえばいいんだ!」

…とは、最初に勉強会を切り出した人物の言である。
4人、やや大きめのちゃぶ台机に差し向かう形で勉強していた一角がぽこんと空き、
そこに居た人物は、全身を伸ばすように後ろに倒れ込んでいる。もちろんサヤのことだ。
が、その意見に同調するように他の3人も手を止める。

「いやいやいやいや。無くなるべきなのは文系科目だって。ちっとも具体的じゃないんだもん」
「あたしは…強いて言うなら英語は難しいわねえ、リスニングなんて何言ってるのか全然わからないし」
「漢字ぃ~、あれだけは駄目ぇ~」

流石にテスト前の根詰めた勉強にうんざりして来ていたのか、
各人各様に勝手な事を喋っていると、計った様にサヤが切り出す。

「…勉強会、一時中止っ!お誕生会の続き、しよう!」

おぉ!と全員が答える。
それと同時にキリノ以外の3人はカバンを物色し始め、そして。

『じゃあ、はいキリノ、これ誕生日プレゼントね』

ショートっ子とロングっ子が一斉にカバンから自分のプレゼントを取り出す。
ショートっ子の方は包みがやや大きく、ロングっ子の方は小さな包みだ。
一日違いとは言え、心のこもったプレゼントに目頭が熱くなるキリノ。

「2人とも、ありがとぉ~! 開けてみてもいい?」
「どうぞどうぞ」

キリノが丁寧に包装紙を剥がすと…
まず少し大きな包みの方の中には、小振りなティーセット。

「あんた、お茶好きでしょ?緑茶もいいけどたまには他のお茶も、って思ったんだけど…」

セットの袋にはラベンダー、と書かれている。
たちまち最近のマイブームらしい、花言葉を反芻してみるキリノ。

-ラベンダー。 …花言葉は”あなたを待っています”だったっけ?ふむふむ。

少し不安そうにこちらを眺めるショートっ子に全力で笑顔を返し、
ロングっ子の小さい包みを丁寧に開くキリノ。
包みの中から出て来たのは、リップグロス。

「あんた本当にこっち方面疎いからね。たまにはこういうのでも塗って勉強しなさいな」

色はローズピンク。

-ローズ。 …花言葉は”あなたのすべては可愛らしい”とかだっけ。…なんか照れるなぁ。

ロングっ子にも笑顔を返し、改めて2人に向き直る。

「ありがとぉ~、本当に嬉しいよっ!大事に使うね?」

見つめあって少し目を潤ませる3人。そこに。

「…オホン。」

ひとつ咳払いを入れると、一気に空気が淀む。
3人が振り返った先には、Zo-3を携えキリノの豹柄のベッドに腰掛けるサヤ。

(あんた、ギターなんかどこから出したんだ…?)

脳内で瞬時に3つのツッコミが叩き込まれるが、
その声は今まさにキリノにプレゼントを届けんとする目の前の人物には届きそうもなかった。

「みんな甘ぁいっ!こういうのはお金で買えるものじゃダメなの!
 と言う訳でこの曲をキリノに捧げます!題して”ブーゲンビリア”!」

そう言うや否や、髪を後ろで纏めると。
いつのまにセットしたのか、キリノの部屋の古めかしいラジカセの再生スイッチを入れる。
流れ出すマイナー調のメロディに合わせ、1,2,3とリズムを取ると
合ってるんだか間違っているのか分からない運指でギターを弾き倒しつつ、さけぶサヤ。
唖然とする他の3人と反比例するかのようにテンションを上げて行く歌詞。

……はっきり言って近所迷惑にも程があるのだが、
ある意味サヤの家以上にサヤの突飛な行動には慣れっこになっている千葉家ではそうはならない。
現に隣の部屋では同じくテスト期間で勉強中のたっくんと宿題をする妹が足でリズムを取っていた。

「サヤちゃんギターうまくなったねー」
「そうだな!でもこれラブソングかな?」

そして姉の部屋では…いよいよクライマックスを超え、収束するメロディの源。
ぜは、ぜは、と額に汗を浮かべながらギターの腹でぽんぽん、とリズムを取り、最後のフレーズへ。

「キリノ、お誕生日おめでとぉぅおぅお~~~~~」

ジャカジャカジャカジャン。
一心不乱にギターをかき鳴らすと同時にかけられるその言葉は、一気に涙腺を緩ませる。
はいこれ録音した奴ね、家だから大きい音出せないんで、録音状態あんましよくないけどさ、あははっ。
……と、差し出されたテープのラベルには、どうやら歌詞の中でキリノを例えていたらしい花の名前がある。

-ブーゲンビリア。 …花言葉は”あなたは魅力に満ちている”。 …さ、サヤってば?

ぽろぽろぽろ。
粒状の液体が頬を伝う。

「あたしゃいい友達持ったねえ…」
「あぁもう、めでたいんだから泣かないの!…一日ズレてるけどっ!」
「ちょっ、サヤ、それ泥縄…」
「まあまあ、いーんじゃないの?」

こうして、テスト勉強を兼ねた勉強会…もとい、キリノのお誕生イブを祝う会は閉幕された。
気が付くと、全員勉強なんて30分もやってないと言う結果を残して。

          ※          ※          ※          ※

一方その日の夜、こちらはテストを作る側の家。政経担当の室江高非常勤講師は
本来の〆切りをとうに過ぎたテストプリントの作成に余念がな…いや、悪戦苦闘していた。

「ああ、もう。去年のプリントどこしまったっけなあ?」

がさ、ごそ。
部屋を借りてわずか数年の生活で完全に物置と化したフスマ奥に顔を突っ込み、
色んな物が置かれた棚やら蓋やらを掻き分け去年のプリント群を探す。
…どうやら結局作成は間に合わず、今年も使いまわしでしのぐ気のようである。

「まあ、しょうがないよな、うんうん。時間ねーもんな」

受け持ちの政経の試験はテスト期間でも最後の方である。
〆切りには間に合わないとは言え、やる気を出せば間に合いそうなものなのだが…
まだこの頃の彼には、そんな気合は到底、ない。
そうこうしてる内にどこか肘の当たり所がまずかったか、それとも天罰が下ったか。
フスマの奥から崩れ落ちる色んなものの雪崩に巻き込まれる。

(どんがら、がっしゃん!)

大きく崩れた荷物に押し倒されるように倒れ込むと、
なんとか身体を支えている右の掌に奇妙な感触がある。

「あいててて… ん?なんだこりゃ、傘か?」

開いてみないと柄はよく分からないが…
それは見るからにシュミの悪そうなデザインの、しかし小振りで使い易そうな傘であった。
何故そんなものがここにあり、大事に物置にしまってあったのかは忘れてしまったが…

-多分、おふくろのだな。このセンスの無さは。
-そういえば、車に積んであった傘、どっかいっちゃったんだよな。

「丁度いいか」

ひと息入れよう、とばかりに車のキーを取り出し、車庫に向かう。
トランクに傘を入れると、そのまま車に乗り込み現実逃避のドライブを鼻歌交じりに数時間。

-探すのをやめたとき 見つかること事もよくある話で~、ってな。

彼が長時間のパトロールを終えて帰宅し、
結局見つからない去年のプリントに焦りまくるのは、
凡そ太陽が昇り始める午前5時を回っての事だった。

          ※          ※          ※          ※

「あっ、コジロー先生」
「おう、キリノ」

コジローが帰宅してから約8時間後。
初日のテストが終わり、帰ろうとする下駄箱の前でばったり。
試験期間中は当然剣道部も部活をするわけにいかず、
今日のテスト結果に真っ青だったサヤも含め、部員は皆下校してしまっている。
一方のキリノはと言うと。

「あー、朝出るときには晴れてたのにねえ?」
「珍しいな、お前が傘忘れるだなんて」

……と言うわけで、帰るに帰れず立ち往生していたのだった。
傘、か。傘と言えば、そういえば。

「俺の、やろうか?」
「えっ、いーんすか?」
「ああ、車に積んであるから、ちょっと待ってろ」

あんなもんで良ければ、いくらでも。
即座に学校の駐車場の車に向かい、
少し濡れながら取って来た奇妙な柄の傘をほれ、と差し出すコジロー。しかし。
ありがとうございますっ、と受け取ろうとするキリノの手が、ぴたと止まる。

-そう言えば、今日は。

「あっ…いや、でも」
「…なんだよ?別に開いても爆発とかしねーと思うぞ?」

-そうじゃなくって。
-誕生日プレゼント…

この場合、言うべきだろうか?……いや、別に言った所で。
珍しくまごつくキリノに違和感を覚えつつも、とりあえずその手に握らせるコジロー。

「いいから、とにかく開いてみろって」

渋々受け取ったキリノが傘を開くと―――
その一面には、無数の、満開のひまわりがあしらわれている。

「うっひゃー、さすがおふくろのセンスだな」
「これ、先生のお母さんのなんすか?」

反射的に昨日を思い出す。

-ひまわり。 …花言葉は…えっと、えっと、えっと…?!

ぼむっ。
いい音を立てて壊れ行くキリノの脳細胞。

「おいおい、大丈夫なのかよ?頭から煙でてるぞ…?」
「だ、大丈夫っす。大丈夫だいじょうぶ!」

なんとか思考を整えなおし、改めてコジローのくれた傘をまじまじ眺める。

-コジロー先生の、お母さんの傘。
-ひまわりの花言葉は、”あなただけを見つめてる”
-出会った日から、今でも、ずっと?

大昔に聴いた覚えのある流行歌のワンフレーズとともに。
途端に会った事もない人の姿が浮かび上がる…気がする。

-ずっと、コジロー先生を見て来た傘、かあ。

柄を握る手に、力がこもる。

「ありがと、コジロー先生。大切に使うね?」
「おぉ、そうしろよ。しょぼいけど俺からの誕生日プレゼントって事で。
 まあお前ひまわりみたいな奴だし丁度いいだろ。似合ってると思うぜ?」

――誕生日、プレゼント。
打ち消えたはずのその言葉に一瞬、心拍数があがる。

「…知ってたんすか?」
「まあ部員名簿に載ってるしな。それ位は当然だろ?」

……うん。そう言えば、こういう人だったっけ。
そんな理解が頭をよぎると、無性に楽しい気持ちになるキリノ。
そして帰る前に気になっていた点が、ひとつ。

「ところで、コジロー先生?」
「おっ?おう」
「…どうかしたの?目の下のクマすごい事になってるよ?」
「いや、別に何でもねぇんだが…」
「寝てないんじゃないっすか~?駄目っすよ先生は無理しちゃあ。一生懸命になると周りが見えなくなっちゃうんだから」
「う、うっせえよ!傘やったんだから生徒はさっさと帰ってテスト勉強でもしろって!」
「はっは~い♪ それじゃあね先生、さよならー」

そう言って去るキリノの背姿を目で追いながら。

-また、あいつは。
-おふくろみたいな事を言いやがって。

おふくろ。そしてキリノ。ひまわり。
全く繋がりの無い二人の人間を重ねて思い出すと。
あの傘の思い出が何故か鮮明に思い出される。

-思い出した、あの傘。
-俺が母の日にプレゼントした、初めての…

なんとなく家に置いておくのが照れ臭くなって、こっちに持って来ちまったんだっけ。

-たは。俺のセンスも大概だな。
-しかも、二回も…か。

などと一人ごちると、自身も家路に着く。

「……さて、頑張ってテストこしらえるかぁ!覚悟しやがれ生徒ども!」

          ※          ※          ※          ※

さらにそれから、ず~~~っと後の話。

「キリノ~っ」
「お?あぁ、おはよーサヤぁ」
「おっはよぉ~」
「よくあたしって分かったねえ?」
「…こんな傘、キリノ以外いないよ…」
「えーっ、そうかなあ?」

ふふふ、サヤにはまだこのセンスは分からないだろうねえ。
この世界にはもう一人居るんだよ、あたしと同じ物好き…
ううん、あたしよりずっと物好きな人が、ね。

「ひまわりの花言葉は…」
「えっ、何それ?」
「へへっ、教えてあげないよー」


―――まもなく梅雨が終わると、満開の季節。
―――キリノの季節は、もうすぐそこである。