436 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2008/03/29(土) 15:40:59 ID:9VkDlMqQ

頭を撫でる教師と、俯いて照れる生徒。それが続くと、しばしの沈黙。
しかしそれも長くは続かず、その束の間の静寂を切り裂く元気な声が届く。

「おーすキリノと先生、おはよう!」

その主は、サヤだ。近頃は学校をサボる事も多かったが、どうにか進級できたらしい。
先輩たちとは逆の方向から現れ、いつもの調子でキリノと先生に話し掛けると、にこやかに歩み寄る。

「おりょ、サヤも早いんだねえ、今日はどうしたの?」
「目覚まし間違えて5時とかにセットしちゃってさー、あれ?もしかしてアタシお邪魔だった?」

そのサヤの言葉に馬鹿やろ、と返すコジローに、さあ何の事やら?と素知らぬ顔のキリノ。
内心で、ふーん相変わらずだねえ、とぼやきつつ、ビニールシートの端に腰をおろすサヤ。
そして思わぬサヤの介入にああ、勿体無い、と零しながら、しぶしぶ木陰から姿を現す先輩三人組。

おはようございます先輩。おはよう後輩。
各人が思い思いの挨拶を交わし、ともかくも今日の面子が全員集まったところで。
そのうちの1人の――小顔の中に少年の様な太い眉を目立たせた、
どちらかと言うとボーイッシュな――先輩が、そのいつもの気遣い精神を発揮させると、後の二人も続く。

「今朝はコジロー先生、ごくろうさま」
「いやホント、言ってみただけだったのにねー」
「でもお陰でこんないい席が取れたんだから、良かったわね。さすが先生」

お前等ホントに調子いいのな、と不満気な顔は崩さぬまま、しかし生徒に褒められた事には嬉しそうなコジロー。
人数分のお茶を淹れながら、その様子を横目に見やると終始笑顔のキリノはさらに頬を緩ませる。
そして準備が整うと。

「さてさて、お茶も入りましたしお弁当の準備もできましたっすよ」
「んじゃ、始めるか……オホン。2年生、お疲れ様。これから本格的に受験勉強だろうが、剣道で学んだ事を活かして頑張るんだぞ」

珍しく顧問らしい所を見せるコジローに四方から冷やかしが入る。
しかし、コジローの言葉に合わせてキリノから花束が贈られると途端に目を潤ませる3人。
そんな主賓のムードに煽られ、場の空気は途端にしめやかなものとなる。

「……乾杯しましょう、乾杯!……お茶だけど」

しんみりした空気にもらい泣きしたサヤが耐えられずにそう切り出すと、皆それに従う。
かんぱい、と全員が湯呑をかざすと、ひらひらと桜の一葉がキリノの湯呑だけに舞い落ちた。
今度は躊躇わずに、ずずず、とお茶を啜って味わうキリノ。

その光景に、先の一部始終を見ていた先輩たちが揃って言葉を失う中。
その様子にでっかい「?」を浮かべていたサヤが次の瞬間見たものは…
しばしの絶句のあと、一転して目を血走らせる先輩たちの姿であった。

「(じゃあ、この花束って)」
「(……ある意味ブーケ、だわね。)」
「(…む。)」

それから、贈呈の花束をいかに三分割するかで揉めに揉めぬき、
自分らの送別会をまるっきり台無しにするダメな先輩たちのお話があったのだが……それはまた別の話。
最終更新:2008年05月31日 00:51