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屋台にて。
「こんばんは」
石橋が顔をのぞかせると先客、いや待ち合わせ相手がいた。
「こんばんは」
「合宿以来でしたか」
「そうですね」
そう言って微笑むのは吉河教諭だった。
「それで、話ってのは」
屋台の主人に酒とつまみを適当にみつくろってもらい、石橋が吉河教諭から2人分くらい空けて座る。他意はない。
「石田先生のことです」
石橋が出された酒を一口つけ、吉河教諭の方に向き直る。
「……あいつ、やっぱり辞めちまったんですか」
「はい」
吉河教諭がきゅっと膝の上の手を握り締める。
「石田先生は教育者として立派だと思います」
辞職のおかげもあったのか、問題の2人も新しい部活に入ることができた。決して生徒だけのせいにはしなかったのだ。
「それでも、残された人達のことをもっと考えてほしかった」

石田先生が辞めたことを告げてからの彼女は見ていて痛々しかった。剣道部の苦楽をずっと共にして、これからだという時にあっさり裏切られてしまったかのような別れ。いや、顧問と部長以上の感情を向こうは抱いていたのかもしれない。
「……あいつ、昔っからバカなんです」
石橋はグラスに入った酒を持ったまま、つぶやいた。
「お話というのは、その石田先生がいなくなった剣道部のことなんです」
だろうな、と石橋は思った。今の状況からなら想像に難くない。身近に相談できる相手がいなかったのだろう。
「学校側はなんて言ってるんです?」
「最近のめざましい活躍から、存続は認められそうです」
タマキだけではない。他の皆も成長し、確実に強くなっている。
「問題は顧問ですか」
現在、石橋は2つ掛け持っている。これ以上は流石に厳しい。それでもあの剣道部の面倒を見れるというなら、無茶もしたい。
「……私がやろうと思うんです」
石橋は目を丸くした。
「もちろん、顧問らしいことは何もできません。それでも、私はやりたいんです」
吉河教諭がここで初めて石橋と向き合った。
「私にもできますか。剣道」
泣きついてくるのかと思ったら、意外だった。
「……コジローのヤロウ、幸せもんだなぁ」
「えっ」
「いや。……できますよ、剣道」
技術面、指導はタマキ達がきっとカバーしてくれる。問題なのは剣道に対する姿勢とやる気だ。
「そうですか」
緊張に満ちていた吉河教諭の顔がほころんだ。石橋はふいと顔を背け、湯気の立つ方を見た。
「話ってのはそれだけで?」
「いえ。そう言ってもらえて心強いんですが、やっぱりたまには出来る大人の方が指導してもらいたくて」
考えれば、そうなるだろう。
「わかりました。毎週とはいきませんが、こちらの都合がつく限り顔を出すことにしますよ」
「よろしくお願いします」
吉川教諭が深々と頭を下げた。石橋もグラスの酒をきゅっと飲み干した。
「これから色々と大変でしょう。今日はおごりますよ」
「いえ、こちらから呼び出したのにそんな」
「まぁまぁ。おやじ、酒もー一杯」



「よぉーし、今日はこれまでっ」
「ありがとうございました」
2週間ぶりに張り切って、石橋が室江高校剣道部に喝を入れに来た。その後ろにはかま姿の吉河教諭が立っている。
「お疲れ様です」
「こりゃどうも」
吉河教諭が新しいタオルを渡してくれる。石橋がそれを受け取ると、後ろからしっかりと話し声が聞こえる。
「最近仲いーよね、あの2人」
「なんか石橋先生もデレっとしてるし」
「こぉらっ」
石橋が怒声を入れると、わーわーと散らばっていく。石田先生がいなくなってから直後と比べれば、随分と明るくなった。1人をのぞいて、だが。
「ったく、高校生ってのはどこもあんまり変わらんな」
「そうですね」
吉河教諭がくすくすと笑っている。石橋は頬をかき、つぶやいた。
「あのバカも罪作りなやつだ。こうして待ってくれてる人がいるってのに」
「……そうですね」
ん、とその吉河教諭を見て石橋はちょっとだけ違和感を感じた。その言葉に自分は含まれていないかのように見えたのだ。
「石橋先生、今日はこの後暇ですか?」
「はぁ、まぁ」
「じゃ、今後の打ち合わせも兼ねてお食事でもどうです?」
「いいですけど」
「じゃ、待ってます」
吉河教諭はそう言って、女子更衣室の方へ行ってしまった。
「……どういうこった? あの先生はコジローのことが」
「石橋せんせぇ、それは違うんだな」
気配をまったく感じさせず、その横にはダンがいた。
「確かに最初は石田せんせぇに惹かれるとこもあったろう。だけど、今は」
「なにませたこと言ってんだ、早く着替えてこい」
石橋がダンを押しやり、ひとつ息をついた。