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「おはようございま……あれ?」
 道場の隅っこに転がっているものを見て、キリノは声を飲み込んだ。
 剣道部の顧問であるところの石田虎侍、通称コジローが大の字で引っくり返っていたのである。
「先生、どーしたんですか? 先生ってば」
「う、ん……ぐぅ……」
 どうやらご就寝中らしい。朝稽古のために剣道場を開けて、部員が集まるのを待つ内にいつの間にか……といったところか。
 中間テストも終わり、疲れが溜まっていたのだろう。そうでなくとも、四月からこっち何かと忙しかったようだし。
 部員が集まるまではもうしばらくかかる。それまでは休ませてあげよう……などと仏心を出しながら、キリノはコジローの寝顔を覗いてみた。
「……ふふ。ちょっとかわいいかも♪」
 美形と呼べる顔ではないが、スヤスヤと無防備に眠りこける姿は不思議と愛嬌がある。不意にイタズラしたい気持ちが湧いた。
 でもこんなに気持ちよさそうに寝てるのに、起こすのはかわいそうだし……と悩んで、閃いて、コジローの隣にゴロンと横になってみた。
「♪」
 大きく左右に広がっているコジローの腕を枕にして、彼の寝顔を見上げる。どんな夢を見ているのか、穏やかに緩んだその表情は……やっぱりなんだかかわいかった。
(こーゆーのを、萌えっていうのかなぁ……?)
 季節は初夏。一年で一番過ごしやすい時期。
 コジローの寝顔を眺める内に……キリノも、いつの間にかウトウトし始めた。

「ごめん、寝坊した! すぐに着替え、て……?」
 息せき切って道場に駆け込んだサヤは、妙な雰囲気に気づいて言葉を切った。
「あ、先輩、おはようございます」
 すでにそろっていた後輩たちが挨拶してくる。しかしそのどの顔にも、困惑と微妙に気まずさが混じった表情が浮かんでいた。
「なんかあったの?」
「それが、その……とにかくちょっと来てください」
 ミヤミヤに手招きされて、後輩たちが集まっている場所に向かう。その中央にあるものを見て、サヤも思わず「げっ」と唸っていた。
 剣道部の顧問であるところの石田虎侍、通称コジローが大の字で引っくり返っていて……それにキリノが添い寝している。二人ともすっかり夢の中らしい。
「僕らが来た時には、もう二人ともこの状態だったんですけど……どうしましょう?」
 他にどんな表情を浮かべればいいのか分からない、といった風に、勇次が苦笑いする。他の面々(状況が読めていないタマを除く)も似たようなものだった。
「どうするって……えぇと」
 衣服に乱れがあるでもなし、『何かあった』わけではなさそうだが……万が一、その、『事後』だったりしたらすっごく困る。全力で見なかったことにしたい。
 でも、関わりたくなかろうがなんだろうが、『それ』はこうして目の前にあるわけで。
(えぇい、女は度胸だ!)
 意を決して、サヤはキリノの頬をぺちぺちと叩いてみた。
「キリノ、キリノってば! ほら、起きなよ!」
「んぅ……あれぇ、サヤぁ……?」
 起き上がったキリノが、心配そうに自分を見守る一同の前で大きなあくびをする。
「まったくもう……何やってんのよ、アンタ」
「あはは、ゴメンね。先生があんまり気持ちよさそうに寝てたもんだから、あたしもついウトウトしちゃった」
 どうやら『事後』ではないらしい。それぞれの心の中で、(状況が読めていないタマ以外の)部員たちはほっと胸を撫で下ろした。

「もうみんな来てるんだ……ちょっと待ってね、先生起こしてすぐに準備するから」
 そう言って、どこか寝惚け眼のままキリノがコジローをゆさゆさと揺する。
「先生、先生ってば。起きてくださいよぉ」
「う……う~ん……」
「早く起きてくれないと、ちゅーしちゃいますよぉ」
 恐ろしくナチュラルに飛び出すデンジャラスな発言。凍りつく部員たち(状況が読めていないタマを覗く)の前で、コジローがむくりと起き上がった。
「お、なんだ。お前らもうそろってるのか」
「そろってるのか、じゃないっすよ。顧問がそんな調子でどうするんですか」
「だったらもっと早く起こせばいいだろうが。全員集まるまで晒し者にしやがって。大体キリノ、お前まだ制服のままじゃねぇか。早く着替えてこい」
「は~い」
 どこか寝惚けた調子のまま、キリノが更衣室へと入っていく。同様にまだ夢の世界から完全には覚醒していないコジローは、部員たちの異様な視線にまだ気づいていなかった。
「……聞いた?」
「お、おはようのちゅーって……」
「新妻だ。新妻だわ」
「まさか本当に『事後』?」
「押し倒した時から怪しいとは思ってたけど……」
「ふ。チャレンジャーな漢だ」
「先生……それ、軽くヤバイです」
「あの、稽古はやらないんですか?」

 で、その後。
「うおおおお右腕が動か~ん!?」
「隙アリ、めぇええ~~~~ん!!」
 キリノに勝手に腕枕され、腕が痺れたコジローは、剣道部員一同に散々打ち込まれるハメになったとさ。