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「ごめんねっ!」

 …たは。やっぱりダメだったかあ。
 勝算が全く無かった訳じゃない。
 キリノ先輩の…あの、ほんの時折にしか見せない寂しそうな目。
 それが主に、誰に向けられての物なのか、俺は分かってたから。(いや、多分当人達以外、皆…か?)

 でもだからこそ、そういうキリノ先輩を愛おしく思ったのだし、
 正直、あの人になら…勝てるんじゃないかな? という思いも、少しは…いや、無くはなかった。
 けれども現実はこうで。 …その後、少し気まずくなるかも、って危惧してたキリノ先輩も今まで通り…
 普通に声をかけてくれて、稽古に付き合ってくれる。 …逆に、そういう先輩の優しさが、今の自分には少し辛いのだけど。

「……何が、足りなかったのかなあ?」

 部活の時間。竹刀を振りながら、自問自答する。
 ――――いや、するまでもなく、答えは前から分かっていて、知っていた。
 タマちゃんは勿論、ダンくんもミヤミヤも、両先輩方も、コジロー先生までもが持っていて、自分だけに欠けているそれが何か。

 ……………”俺ならでは”、という物。
 言葉にしてみればこんなに容易いことは無いのに、
 持たない者にとってはこれほど得難い物はそうないんじゃないかな。
 そんなふうに考えてしまう程に、今の自分からは遠い輝きだって実感がある。

 …あぁ…もう今日は全然集中できないな。丁度いいや休憩時間だし、横になってしまおう。
 床の上に仰向けになり、明かりが一瞬眩しくて手をかざすと、指の隙間から覗き込むキリノ先輩の姿が見えた。

「ユージくん、大丈夫~?」

 ……やっぱり、キリノ先輩は全然変わらない。それが先輩の優しさだと言うのは十分頭で理解してる、けど。
 告白したと言う事実や、いま抱えてるこの気持ちまで全てを一切合財”無かった事”にされるのは、きつい。
 そのせいか少し拗ねた様な態度を取ってしまうのも…子供だな、俺は。

「……笑いに来たんすか?」
「んっ、何が?誰を?」
「俺、けっこう本気だったんすけど…」
「…あ!いやぁ、あれは…うん。でもあたし、他の接し方、できないからさ。てへへっ」
「分かってますよ、そんな事は…」
「ごめんね…」

 最低だ。最低の最低に輪を掛けて最低だ。もう泣きたいとさえ思う。
 なにを自分は、どんな権限で、何の罪も無いこの人に謝らせているんだろう?
 ……申し訳なくて、取り敢えず身体を起こす。その隣に、ちょこん、と座るキリノ先輩。

「あのね、あたしね? ……てっきりユージ君は、タマちゃんの事が好きだと思ってたから、まずそれに驚いちゃって」
「それは…」

 ―――――やっぱり、そうなるのかな、とは自分でも思っては、いた。
 タマちゃんの事は、好きだ。でもそれは”尊敬”や、”友達として”、或いは”幼馴染み”の性質を強く帯び過ぎていて…
 今、目の前にいる人に寄せる想いのそれとは、確実に異なる。
 ……そんな事だって、この気持ちを自覚して、初めて分かった事だ。

「…それは、みんなのカン違い、ですよ。そもそも…」
「そもそも?」
「…本当に好きなら、もっと早く告白してますよ、今みたいに」
「いま? ……あ~、そ、そうだねっ」

 少し顔を赤らめて照れるキリノ先輩――――やっぱり俺は、この人が好きなんだ。なのに。

「…でもね、あたし、もしそうだったらいいな、ってちょっと思ってたんだけどね」
「それは…ご期待に添えなくて申し訳ないですけど…」
「あー、ううん、違うよ!そーいう事じゃなくて…うーん、なんて言うのかな」

 …違う?少し困惑を覚える俺を尻目に、熱の入ったキリノ先輩が続ける。

「あたしね…もし、”そう”だったらユージ君、あたしと同じだなぁって…」
「キリノ先輩と俺が、同じ、ですか?」
「うん、そぉ…ユージ君は、その、今の話じゃ、友達としてだけど…
 例えば、タマちゃんとずっと一緒に居て、楽しいっ!って時にね? その時がず~っと続くといいな、なんて考えた事はない?」

 そんなの……無いわけがない。例えば、こんなにも自分の事が情けなく感じられる今この瞬間ですら…
 友達としてでも、恋人としてでもないけど、ただの部の先輩と後輩として、こうしてキリノ先輩と話していられる。
 そんな些細な事を、大切な事だって思い出させてくれたのも、キリノ先輩なのに。

「あたしはね、あたしは…その、コジロー先生のことが好き。なんだけど…」
「けど…何ですか?」
「気持ちを伝えるのがね…ちょっと、怖いの。こんなの初めてなんだけど…
 そういうの……今、ずっと一緒にいられて楽しい事や、うれしい事が、あたしが変な事したせいで、
 ぱーんって弾けちゃって、もう戻って来ないかも知れないのが…… 弱虫だよねぇ、あたし。あはは」

 ……今更そんな事を、初めての事のように語る先輩が、とてつもなく可愛く見えた。
 ―――そんな事は、誰だって知ってる。コジロー先生がやる気を出す度に、日増しに笑顔になっていったキリノ先輩。
 コジロー先生が学校を辞めちゃうかも知れないって時に、一人だけ真剣な顔して悩んでいたあの横顔。
 正直、端から見るともう付き合ってない方が、おかしい二人。でもキリノ先輩は…
 ううん、こんな事を、自分を棚に上げて思うのもなんだけど、コジロー先生に突きの一つも差し上げたい気分だ。

「でも…だからね、そういう、弱いあたしだから、余計にね?わかっちゃうんだよぉ?
 そういう怖さを知ってるのに…あたしと同じなのに、怖がらずに、逃げずにあたしに伝えてくれたユージ君は偉いんだなぁって」
「俺、偉くなんか…無いっすよ、ホントに」

 ……だって、こんなに、何も無い俺だから、キリノ先輩のほんの少しの寂しさを埋めてあげる事も出来ないんですよ?

 そんな俺の気持ちには一切構わず、再び熱の篭り出したキリノ先輩は、遠慮なしに俺の手を掴んで喋り始める。
 そのテンションの上下動にリンクするかのように、キリノ先輩の小さい掌は、とても熱くなっている。

「偉いってば!だってあたしにそんな勇気があったら、もっと…
 それにね、言いそびれてたけど、勿論、あたしも嬉しかったんだよ?
 ちょお~っと、あたしの方に誤解もあったみたいだけどね?あはは」
「…そんな事…」

 ――――――”勇気”。
 俺はただ何も気付いてなかっただけなのに。
 自分の事だけしか考えて無かったっていうのに。
 この人は…そんな風に、俺の、あの告白を。見てて、受け入れてくれてたんだ。
 自分を羞じる気持ちと共に、少しづつ、自分の手にもキリノ先輩の暖かさが移って行くのを感じる。
 普段通りにされて辛かったんじゃない…俺は、それに甘えて駄々をこねてただけ、だな。

「だからね?そんなに…こんだけヘタレのあたしに、ちょっとでも勇気を分けてくれたユージ君がさ。
 そりゃあ、今は迷ったり、傷付いたりしてるかも知れないけど…
 あんまり、落ち込んでちゃ駄目だよ?ね?」

 ………震えてるのが、わかる。
 繋いだ手から、キリノ先輩の心臓の音まで聞こえそうだった。
 その言葉の意味。多分、先輩は心を…決めたんだと思う。
 …と同時に、俺はここに到って、改めて、フラれた事を実感したのだけど…
 何故か、嫌な気持ちは無くて、さわやかな気持ちでそれを受け入れられそうだった。

「先輩」
「なぁに?」
「…ありがとうございました」
「うん!ユージ君は、そういう素直な、今まで通りのユージ君が一番だよっ!」

 上手く出来るかは分からないけど―――――ただ、俺らしく。やってみよう。
 二人とも、立ち上がる。…休憩時間は、終わりだ。

「…一本、お願いしますっ!!」

「よぉしこいっ!」

 ―――――いつか、この想いを、フッ切れる日まで。


[終]