「タマちゃ~ん、コ○ケに行こう!」
 全ての終わり…いや、始まりは、キリノのその一言だった。
「あの、キリノ部長…コ○ケって…」
「うん、私もよく知らないんだけど、漫画とかアニメのイベントなんだってー」
「…えーっと…」
 おーおーうろたえてる。そりゃまあねえ。あたしも、肝心な事はキリノにも伏せてあるし。
 …オタクさんがエサ求めて寄って来るイベントだよ、とは言えないわよねえ…
「何かね、サヤの友達が参加しててサヤも売り子さんするんだって。その様子だけでもね、見に行かない?ね?ね?ねえ?」
「私は…」
 ちょ、キリノ、あたしをダシに使うのかい!!
「おーいサヤぁ、タマちゃんOKだって~」
 えええええええ。いいの!?そんなで。…たく、何でこうなったんだっけ…

  *     *     *     *     *

 ―――その少し前。タマちゃんがバイトで居ない日の部室。着替え中のあたしら3人。
 やっぱり、その時も、最初に突然口を開いたのはキリノだった。
「ねぇミヤミヤぁ~タマちゃんって、知ってるのかなあ?」
「?? な、何をですか?キリノ先輩」
 あたしが言うのもなんだけど、この子の突飛な発言の端緒はいつ何時でもこんな感じで、しかも抽象的だ。
 …………で、今回は、タマちゃんがどうしたって言うのよ?
「んーと、赤ちゃんがどうやって出来るのかーとか、そういう事をね。知ってるのかなーって。ミヤミヤはタマちゃんとそういう話はしない?」
「「は、はぁ!?」」
 空気が凍り付く。てか、あたしまで声あげてどうする。てかミヤミヤ、ブラック出てるよ、ブラック。
「…なんでそんな事が知りたいんですか?」
「うーん、いやぁ、何だかねえ、あのまんまだと…ユージ君が、けっこう、不憫じゃない?」
 あぁ、なるほど。…まあキリノに言われるまでもなく、当事者以外でそう思ってないのは剣道部員の中には居ないだろう。
 あの二人の関係は―――明らかに。少なくともあたし等がこうであって欲しい、と考えるような物からは、遥かなズレがあるように思える。
 言うなれば主従関係…いや、もっとか。教祖様と信者?ひどいね。…でもそれと、タマちゃんの性知識とどういう関係があるんだか?
「…で、要するにキリノ先輩は、どうしたいんですか」
「ううん、タマちゃんが奥手なのって、そういう前情報が無いからなんじゃないかなあって」
 …いや。あたしゃどっちかってゆーとありゃユージ君の方に問題ある気がするけどねえ。って、聞いちゃいないねこの子は。
「だからね、何とかタマちゃんに、出来るだけこっそり、そういう事を教えてあげられるいい機会がないかな、って…サーヤーぁ、何かいい案ない?」
 何でそこから先をあたしに振るのかな。大体そんなもんあたしが知ってる訳が… てか、ここでいいじゃん。
「あーここはダメだよ?落ち着かないし、それに万が一先生とかユージ君当人なんかに聞かれちゃ一大事なんだからね」
 ちぇっ、クギさされちゃった。じゃあ何でその話自体をここで振るのよ?…ってミヤミヤ呆れて出てっちゃったし!
 でも…エロい事が割と開放的に話せて、コジロー先生やユージ君からは縁が程遠い場所、ねぇ? ……………………………あ。
「あはっ、サヤ、何かひらめいた?」
「………コ○ケ」
 その単語が音になり口を出て、反射的にしまった、とあたしが思うより速く、キリノは反応していた。
「こみ…け?何それ?」
「あーごめん、なんでもな(ry」
「な・に・そ・れ?」
 しまっ………た。

  *     *     *     *     *

 ―――――某日某所某展示場駅、改札付近。
「キリノさん、本当に行くんですか」
「んっもー、しつこいねサヤは。ここまで来といて。…タマちゃんの為なんだから!」
「あたしが…なん、ですか?」
「「なんでもない、なんでもないよー」」
 意外と落ち着いてるね?ふぅ。まぁでも、こうなったからには、少しでも働いてもらうんだから!二人共、こき使ってやるぅ!
 …とは言っても、初めてじゃあ右も左もわかんないよねえ、普通。 まあ粗方大手の買出しだけ頼んじゃって、
 後は二人にはまあ中堅どころで有名なオススメ所だけ適当に教えて各自自由行動って感じかな。
 そんでまぁあたしはゆっくり友達のサークルの手伝いでもしてようかね。
「じゃあはい、タマちゃん。地図だよー。ごめんねえ、変な事になっちゃって」
「…いえ、あたしは…大丈夫です。はい」
 …なんか、変な反応だねえ? うーん、剣道やってる時もそうだけど、この子の考えてる事はわかんないな。だから強いんだねきっと。
「ほい、キリノも。自由行動に飽きたら大体この○つけてあるとこに居るから。適当に集まったら例の話ね」
「らじゃ!」
「…例の…話?」
「「なんでもない、なんでもないよー」」
 では、解散!迷子にだけはなるんじゃないよぉ、皆。
  *     *     *     *     *
 ………………遅い。そろそろ飽きる頃でしょうに。
 キリノはともかく、タマちゃんが遅いのは…ちょっと心配だ。誘拐とかされてないよね?
 …アホかあたしゃ。コ○ケでそんな話聞いた事無いよ。ましてや高校生だっていうのに。
 とか言ってる内に、ポニテの方が髪をゆっさゆっささせて帰って来た。
「ただいまぁ~!いやぁ、楽しかったよおぅ。すっごいのあるんだねえ」
「おつかれー、キリノ」
 凄いの、ねえ。あんたらの地図のオススメにはプラトニックなのしか入れてなかった筈だけど…
 ベタベタすんのが好みなら、コジロー先生と私生活でやりなさいよっ、大体アンタも人の事言う前に…
 ………おっとと、思わず生で愚痴りそうになってる所にもう一人が… てっ、ええええええ!!?
 小さい山が…山が動いている?! いや山>タマちゃんだから人間のサイズがあれでくぁwせdrftgyふじk??
「…ただいま、です。遅れてすいません」
「わぁお!タマちゃんすごい沢山買ったんだねえ、それ全部~?」
「あ、はい、そうです。折角だったし…久し振りだったから。アルバイト代が、少し、残ってましたし」
「…って!来た事あったのタマちゃん!?」
「…あ、はい、お母さんと…むかし。場所、違いましたけど」
 お、おかあさぁぁぁあぁん!??あなた剣道だけならまだしも、一体どういう情操教育を!?
「すごいね~んじゃ、ちょっとどこか休める所でゆっくり皆のお宝拝見と行こう!」
 うう、キリノ、あたしまだちょっと頭、パニくってるんだけど…まぁ移動移動、と。

  *     *     *     *     *

「じゃあ、私からっ…じゃああん!いやーサヤの教えてくれたの全部回ってみたけど、皆良かったよ~
 読ませて貰うの最初は恥ずかしかったけど、中には凄い絵がキレイで、面白いのもあってね~」
 ふむ、ふむ、ふむ… まぁ大体こんなもんだろうねえ。あたしに言わせりゃ、ぬるめのばっかだけど…
 って、あたしがそう選んだんだから当たり前だけどね。…本気でシュミ入るとやばいから、極薄にはしておいたし。
 それにしても"凄いの"って、何が…そんなの、無さそうだけどね?
「これとかすっごいんだよぉ~、ちょっと生々し過ぎて、タマちゃんにはまだ早いかも、だけどねっ」
「…あ、その先生、私も好きです」
「えっえ~、タマちゃん、知ってたんだ?大人だねぇ?やるもんだねえ?」
 ―――あれ?そこって、そんな過激なの出してたっけ?…まぁ、いいか。
「…じゃあ、私のも…どうぞ(トントン、どさ。)」
 ふむ、ふむ、ふむ… ってちょっ、ナニ?あたしの趣味と随分被ってないこの子ってば?
 てゆーか…8割くらい濃いぃのばっかなんだけど!!なに、何なのこの子?おかーさーん!?
「…キリノ先輩は、これ、とか、どうですか?」
「ありがとー!じゃ、読んでみるねえ?」
 ちょっと、落ち着けあたし…○○はまあありとしても△△まで被るってどういう事?
 いやそりゃ最近めっきりご無沙汰でちょっとは疎くなって来てたのもあるけど割と期待の新星だった□□まで…
 …………とか色々考えを巡らせてる内に、隣に、出来上がって倒れそうな茹蛸が、一パイ…いや一人。
「ちょっ、キリノどーしたの?」
「ぁぅ~クラクラするよぅ…」
「き、キリノ先輩、大丈夫ですか?」
「らめぇ~」
 完全にのぼせたキリノがあたしの方にもたれ掛かる。い、一体何読んだらこんななるかな?
「タマちゃん、あたしも読んでい?」
「は、はい…どうぞ」
 む、む、む。確かにどぎつい…あたしでもちょっとは抵抗があるぞこれ。うあっ、えぐい。
 しかし、キリノの反応… 言っても高々マンガだよ?この子、なんでこんなにヘロヘロになってるの?
「…………あ。」
 瞬間、あたしの中で何かがカチリとはまる音がした。逆転の発想…っ!
 この子…キリノとは結構長い付き合いになるけど…その性格は、未だに捕らえ所がなく、分からない事が多い。でも最近特に…謎に思ってた事がある。
 …大会となれば休日にも関わらずせっせとお弁当を作ってあげて?…周りから見ると恥ずかしくなるようなスキンシップになんの抵抗もなくて?
 それなのに、特にこの子からコジロー先生のもっと普段の話なんて聞いた事がない! …まぁあたし自身、馬鹿らしくそういう話を振った事すらなかったんだけど。
 端から見れば二人はもうとうに付き合ってるものと、ううん、それどころか当然もっと先だって… まさか、違うの!?
 あたしの思考の先にある答えは、もう一つしかなかった。
「えぇーと、キリノさん?お疲れの所大変申し訳ありませんが」
「なぁーにぃ、サヤ?あう~」
「あなた、ここに来る前、タマちゃんに何を教えるって言ってましたっけ?」
「ぇーっ、と…その、アレだよアレ、ほらアレ。にゃははは」
 ―――この反応。まさか…もう一段下がるの? タマちゃんはぽかんとしている。
「とぼけないで答えてねー、で、赤ちゃんはどうしたら出来るって?」
「………えっと、男の人と女の人が、思いを込めて、その、き…きっきっき……」
「き?」
「……す。したらその次の朝にキャベツ畑にいるんでしょ。違うの!?」
 ―――真顔だ。超がつくくらいの。…後ろで何かを察したのであろうタマちゃんが必死に笑いを堪えてる。いーんだよー笑っても。
 尤も、あたしは…親友としてこれは笑っちゃイカン、とか思うまでもなく、あたしの背中には、冷や汗しか浮かんでこなかった。
 どんな…どんな、どんな幼稚園児だアンタわーーっ!
「…キリノ、帰ったら今度、図書館に行こう」
「ふゅ?なんで?」
 手術が必要なのは、あんたの方だからだよ… コジロー先生、本当に可哀想なのはあなただったのね。
 大丈夫!あたしがこの親友の小学生並の性知識を、せめて中学生並にはしてあげますから!あたしだって経験ないけどっ!
 ―――そんな事を固く誓い、タマちゃんには今日の事をやんわり釘刺しつつ、帰路につく。………しかし、その夜。

「……ん?あれ?……って言う事は、タマちゃんとユージくんって…?」

 ぶほあっ。

 ―――――お風呂でのぼせきったあたしが、家族に発見されるのは、その数時間後だった。


[終]
最終更新:2008年04月20日 17:24