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 ―――ジリリリリ。ピッ。
 まだ朝靄がけむる、鳥の囀りの声が聞こえ始める朝の4時。
 今日はいつより少し早い、私の一日がそこからはじまる。
 起きて、顔洗って、歯みがいて、それからそれから、大仕事だ。
 …なにせ、今日はお弁当を二人前こしらえて、さらに誰よりも早く会場に着いてなきゃいけない日なのだ。

「紀梨乃、もう起きたの?今日は早いのねえ」
「あ、お母さん。うん、今日はちょっと大会があるからね~」
「あ~あ、お店がお休みだったら紀梨乃の試合観に行くのにぃ」
「もぉっ、いいってば… 朝ごはん、まだだよね?私お弁当と一緒に作るから、キッチン使っていい?」

 さすがにまだ、紹介はできないもんね… おっと、余計な事考えないで集中集中。
 こんな事で惣菜屋の名前を落とすわけには行かないよね。うーんと今日は何にしようかなあ。ええっと…
 …そう言えばコジロー先生の好きな物って、何だろう?

「………ねえ、お母さん、お父さんの好物ってなんだっけ?」
「(…あら?)えぇっと、そうねえ。コロッケやメンチカツなんかは、いつも喜んで食べてくれてるみたいよ?」
「たはは、それじゃあ、いつもと同じだねぇ… だけど、うん!それにしようっと」
「うふふふ、お願いね。まぁ頑張んなさい」
「…? う、うん。」

 …何だかお母さんの態度がちょっと変なんだけど?まぁいいや。
 皆の朝ごはんの分もあるから、多目にタマネギ切って、挽肉と混ぜて、と…
 うちには流石に、専門の調理器具もあるのでそんなに料理自体には時間はかからない。
 ハイできあがり。ごはんもたっぷり詰めて、キリノお手製特盛弁当一丁あがりっと! さぁ、朝の分食べちゃって早く出かけなきゃ。

「じゃあ、いってきまーす」
「いってらっしゃい。頑張ってね」

 (閑話休題―――その少し後の千葉家)

「おはよぉ… あれっ、姉ちゃん、もう出かけちゃったの?」
「おはようたっくん。うふふふふ」
「…なんでお母さん、朝からそんなに楽しそうなの?」
「あのね、今度でいいからお願いがあるの、聞いてくれるかな? いい、次の紀梨乃の大会の時にねぇ…」

 (…キリノママの野望が実るのは、もっとずっとずっとずぅーっと先の事になるのだが…それはまた別の話。)

▽▽▽

「はぁ、はぁ、はぁ。走っちゃったぁ… でもまだ、誰も来てないよね? …なーんだぁ」

 呼吸を落ち着かせながら、少しの安堵と、少しのため息。…やっぱし早かったかな?
 でも、本当の本当にやる気出したんなら、ちゃんとこ~んなに早く来る生徒よりも先に着いてなきゃ、ねえ。

「だらしないぞぉ、コジロー先生!はっはっは~.....ふぅ」

 朝の景色にそんな他愛ない言葉が吸い込まれると、途端にちょっと…寂しい、かな?
 …春先から今まで、ホント、短い間だったけど、色んな事があったなあ…
 先輩達が卒業して、部員数が減ったせいでコジロー先生が益々やる気をなくしちゃって。
 そんな時にタマちゃんが現れて、先生も少しづつだけど、やる気を出すように成ってくれて。
 この間はついに…動機はくだらない理由だったけど…全国大会を目指そう、なんてとこまで…
 私が炊きつけた分はほんのちょびっとだったかも知れないけど、うちの剣道部は…うん、良くなって来てる、そう思う。
 …でも、だからこそ、余計に。

「なんで来ないのかなぁ、もぅ」

 ………そんな言葉が、口をつきかけた時。

「はぁ、はぁ、はぁ。…でぇぁぁっ!一番乗りィィィィ!!!!」

 気が付くと、凄い勢いで飛んで来て、汗だくのままでポーズを決めるコジロー先生がいた。
 そっか… もう来たんだ。うふふふっ。

「コジロー先生早いですね、めずらしい~」
「…キリノ?もう、いたのか…(ガクリ)」
「そりゃ部長ですからぁ~」
「久々の大会だからなぁ、気合入れて行くぞ!気合があれば、クビも繋がる!」
「ホント下らない動機だけど…私ゃ嬉しいっすよ」

 ふぅ。まったく、本当にくだらない動機だよねえ。でも…今日はホントに嬉しくて。
 あぁ、もう。どうしちゃったのかなあ、私の涙腺ってば!
 …このまま、大泣きしちゃえば、わからないかな?

「夢が叶わなくても、その気持ちだけで私ゃ満足です…(たぱぱぱぱ)」
「気持ちだけじゃ俺はクビになんだよぉぉぉお!!!!」

 …そりゃあ、もし本当にそうなっちゃったら、私と…? え、あぅ、な、何考えてるんだろうね私?!
 そんな、緩みきりそうになってる気持ちをようやくなんとか切り替えて、もう一度先生に向き直る。

「…大丈夫ですよ、コジロー先生!」
「ん?」
「私が、タマちゃんが、皆が…ちゃんと先生を、全国に連れてってあげますから!クビになんか、させないっすよ!」
「…そうだな、ありがとうなキリノ。頼みにしてるぞ、部長さん」
「ハイ!」

 そう言いながら私の頭にぽん、と乗せられた先生の掌からは…
 おそらく私に負けまいと慌てて走って来たのであろう、先生の汗のにおいがした。

 ――――よ~しっ、頑張るぞぉ!

 (しかしこの日、室江高は初戦敗退で早々に会場を去る事になるのだが…それもまた、別の話。)


[終]