「Q」


―――あなたにとって、川添珠姫とはどんな生徒ですか?

「…うちの部のエースだな。小さい身体で滅法強くて、ああ見えて責任感も強い。頼もしい奴だよ。
 ただまだ少し世間知らずで、その為か私生活では自分に自信が無いんじゃないかと思える所もある。
 まあ、これからの課題だな」

―――あなたにとって、宮崎都とはどんな生徒ですか?

「そうだな…最近はそうでもないんだが、最初の頃はキャラを作ってて余り心を開いて貰えなかったかな。
 でも今はタマやサトリの面倒をよく見てくれる、部員の中でのお姉さん、だな。
 剣道の腕は……だいぶサマにはなって来たとはいえ、まだまだ初心者か…
 でも思いっきりのよさでまだまだ伸びそうだ……そんなところか」

―――あなたにとって、東聡莉とはどんな生徒ですか?

「初めは…一番最後に部に入って馴染めるのかと少し不安もあったが、心配いらなかったみたいだな。
 まあなにせこいつは……がんばり屋だよ。ドジな所も含めてうちのムードメーカーだな。
 剣道の方もタマに次ぐ実力で、頼れるうちのナンバー2だよ」

―――あなたにとって、桑原鞘子とはどんな生徒ですか?

「おい、それ…」

―――どんな生徒ですか?

「…繊細で、気むつか――」

―――じろり。

「…ごほん。気むつかしい所もあるが……とても真っ直ぐで、性根の素直な奴だよ。
 剣道の実力もメキメキ伸ばしてて、勝敗の分け目になる中堅の重責にもしっかり応えてくれてる。
 って……もういいだろ」

―――ふふ。では、あなたにとって、千葉紀梨乃とはどんな生徒ですか?

「…ふむ」

―――どうしましたか?

「いや…そうだな。頼れる部長――今はもう部長じゃないんだが。
 ミヤミヤが姉なら、あいつは母親、なんだろうな。
 とにかく、俺も含めて……誰もがあいつの事を頼りにしている。それは事実だろう。
 だが、あいつ自身あれで結構、危なっかしい所があるからな。放っておけない、と言うか…
 なにか力になってやりたい。そういう気にさせられる奴だよ」

―――なるほど。

「もういいか?じゃあ俺…」

―――ああ、待って下さい。
―――最後にもう、ひとつだけ。

―――あなたには今、好きな人がいますか?

「ちょ、お前な!教師をからかうのもいい加減に…」

―――バラすよ?

「…ぐっ…ていうかだな、お前もう…」

―――で、どうなんですか?

「…ああ、いるよ。
 これがちゃんとした”好き”って言えるのかどうかは分からんが……
 少なくとも、掛け替えの無い、大切にしたいって思う奴は――いる」

―――ありがとうございました。






「……で、こんな事聞いてホントに次の小説には役立つのかよ、サヤ」

―――ふふん。

「先生には、関係ないことだよ」














「A」


(――さてと。)

部活がやっと終わり、朝からの雨もあがった、下校の時間。
着替えを先に終え、キリノの出て来るのを待つ―――
何の為に?もちろん、「もう一方」の確認を取る為に。
暫しの時間の後、がらがら、と道場の引き戸が開いて出て来た獲物を捕捉する、サヤ。

「キーリノっ、駅まで一緒に帰ろ?」
「おょ、サヤ上機嫌だねえ、どしたの?」

おおっと、いけないいけない、とその綻んだ表情を糾し直すと。
キリノと並んで歩き出しながら、ひとつ、大きく深呼吸。そして。

「ううん、何でもないんだよ、ところでさ…」

徐に切り出すと、ほにょ、と疑問符を出すキリノに…
数時間前の顧問へと同じように、お願い事をひとつ。

「……アンケート?」
「そ。次の小説にねー、ネタ探してんのよ。協力して?」
「別に、いいよー?何なに?なに答えればいいのあたし?」

帰り道を往きながら、っし、とまずはガッツポーズ。
後は――どう、目の前のキリノに気取られないように話を進めて行くか。なのだが。

(こやつ、意外と勘鋭いからねえ―――)
頭の中で思考を巡らせ、最善手を導き出そうとする。
できるだけ、遠回しに。でも、回答をぼやけさせるようなのは、よくない。
生の言葉を――でもさりげなく。そこまで考えた所で、現実の目の前にいるキリノから待ったがかかる。

「……サヤ?おーい大丈夫?」

歩きながらこちらの顔を覗き込むキリノに、っは、と驚き背を仰け反らせるも。

(――ええい、策を弄するのはあたしらしくない!)
肚をくくり、キリノの瞳を正面に見据える。

「…じゃあ、第一問。いい?」
「何でもどうぞー」
「――ユージくんの事をどう思いますか?」
「ふむう?それは……ごめん、どう答えればいいの?」

想定外のキリノの反応にサヤがまたも、う、と言葉に詰まると――しばしの沈黙。
どうするどうする、とまたも高速回転を始めるサヤの頭脳。
しかし、一呼吸置いたキリノが先にこちらを覗き返すと。

「――あ、分かった。次の小説はひょっとして、部活ネタだね?」
「そ、そうそう!サッカー部の設定でさ……マネジから見た男子部員ってどんな感じなのかなあって」

サヤがその偶然の助け舟にどうにか乗り込み、

(……ふう、セーフ。しかし我ながら苦しい言い訳ね。)
と一人ごちていると。
目の前のキリノも表情をクルクル変えながら何やら考え込んでいる。

「うーんと、それってやっぱり、なりきって答えた方がいいの?その、マネージャーさんに」

それに、いやいや、と手を強く横に振るサヤ。

「いやいやいや!!自然に、キリノの思ったままの…一番最初に浮かんだ言葉を答えてくれればいいんだよ」

―――そうでなくては、訊く意味が無い。
ともあれサヤがここまでのどうにか辛うじて破綻のない話運びに胸を撫で下ろしていると、
ひといき考え込んだキリノが、まずは回答を始める。

「じゃあ……そうだねえ、ユージくんねえ。
 頭が良くて、剣道も強くて、気配りもちゃんと出来て…いいコだよね。
 ただ、ちょっと達観し過ぎてるのが気になるかな。
 熱血してる時もそうなんだけど……意外とこう…」

そこまで言うとキリノは、両目の横に手を当て前後させ、何かを伝えようとしている。
――ふむふむ、つまりは。メモ書きのペンをキリノに向けるサヤ。

「……自分の世界に入っちゃう?」
「そうそう、周りが見えてないワケじゃないと思うんだけどねー。で、次は?」

その答えに、なるほどね、とまずは頷き、メモ帳にメモを取る……フリ。
ユージくんには悪いけど、今必要なのはそんな事じゃないのよ、とばかりに次の質問へ。

「じゃあ、第二問。ダンくんの事をどう思いますか?」

キリノは、まあそりゃそうだよね、と言う顔で眉を一つしかめると。
しかしユージの時よりもすらすらと、思ったままの答えを並べる。

「こっちは……ユージくんに輪をかけて出来た人だよね。まあだから部長さんなんだけど。
 剣道もすごい勢いで上達しちゃったし、彼女さんのミヤミヤも大事にしてあげてるし…む~男性の理想像か?
 考えてみると結構凄いねうちの部の男の子たち。たちって二人だけだけど……あ、誠くんは?」

それに、新入部員は登場しないからいいのよ、とサヤが尤もらしい御託で回避すると―――
じゃあ、質問、もう終わり?と結ぼうとするキリノに。
にやり、と一つ笑みが零れそうになるのをどうにか抑え込み、気取られぬよう、慎重に――本題へ。

「第三問――コジロー先生の事をどう思いますか?」

その質問が告げられると―――
にょ、と口を尖らせたまま、ぽりぽり、と頭をかくキリノ。
どうやらあの――抱き付いた日の事を思い出しているらしい。
正直もうその反応だけで解答は8割がた部分点を頂いたようなものだったが、
あまりに無理を押し付け過ぎて、バレたり差し障りがあってもいけない。

「あ、思ったまま、でいいからね、思ったままで……」

フォローのつもりで言葉を投げると、先程までとは違い…
まるで一つ一つの事を確かめるように言葉を紡いで行くキリノ。

「――お気楽で、自堕落で…ちゃらんぽらん、だけど…
 いてくれなきゃきっと何も出来なくて、何も始まってなくて……」

下唇をきゅっ、と噛みながら。

「あはは、不思議だよね、あんなに頼りにならないのに、気がつくとつい頼っちゃうの。
 うちは自営業だから、分からないけど―――
 普通のお家だと、家に居る時のお父さん、みたいなもの……なのかな」

メモを取るのも忘れ聞き入るこちらに、更に言葉を続けようとするキリノ。
周りは、気付けば―――駅がもう間近に見える所まで来ていた。
しかし、それも自分にとってのコジローをどうにか言葉で表現しようとするキリノの目には入っておらず…
いつかIHで見せた物にも似た―――しかしあの時以上に集中した真剣な目で、遠くを見つめて。

「……でも、ときどき、勝手に居なくなっちゃったりするし……放っとけなくて…」

だから、と一声強い口調で告げると、そのまま。

「ずっと一緒にいてあげなくちゃ…ううん、いたいなって思う……かな?」

そこまで言い終わると、変な回答でゴメンね、と照れて頭をかくキリノ。
サヤはその場に立ち止まると蹲り、苦笑とも、失笑とも取れる表情で―――とにかく、お腹を抱えている。
―――これは、もう。

(……ベタ惚れじゃん。)

その余りの、期待以上の戦果にサヤが込み上げる笑いを堪えられずに居ると…
どうやらキリノの乗る電車がホームに入って来たらしい。少し焦る表情を覗かせるキリノ。
キリノの家へは、本数が少ないので一本逃せばキリノの当番である家族の夕食の準備が遅れてしまう。

サヤにごめん、また明日ね、と言い駆け出そうとするキリノを…
待って、と声で捕まえると。

「最後に、もうひとつだけ――いい?」

1mほど進みかけた所で、おょ、と振り返るキリノに、最後の――確認を。

「……キリノには今、好きな人はいる?」

その言葉に一瞬疑問符を浮かべるものの、それが消えると…
少し頬を染めつつ―――しかし、一点の曇りも無い笑顔で。

「――うん!」

そう答えると身を翻し、大きく手を振りながら去って行くキリノ。
その背中を見送り――やがて駅舎に隠れ、見えなくなると。

「よっしゃっ!!」

拳を天に突き上げ、歓声をあげる――正真正銘のガッツポーズ。
表情には喜色が満ち溢れ、見る物全てを輝きに染めるかのようだ。
その声に足元のねこがびくん、と反応すると動き出し、自分が乗る駅前のバス停へと移動するサヤ。
勢いのままに、路線バスに乗り込むと、ぷしゅう、という音を立てて動き出すバス。
吊り革につかまり、揺られながら――思い出す。あの日の事を。

まだキリノにも話していない、内緒の話。
コジロー先生が帰って来た時、開いた復職祝いのお花見の席で。
朝早くから人数分のお弁当を拵えて、疲れて寝ちゃったキリノの――
横の髪をそっと、梳いて、頬に触れたコジロー先生。

ただそれだけの、他愛の無い動きの中に込められた…
触れてはいけない物に、だが触れずにいられないという、迷いを湛えた目線。
壊れそうな宝物に、大事に触れるような、その繊細な指先を動かす大きな手。
そこには――おそらく半年の間に培われたのであろう――顧問から部長へ注ぐ信頼を超えた何かがあった。

(……ニヤニヤしながら見てたら、向こうは何か、勝手に誤解しちゃったみたいだけど。)

サヤが一人ごちていると、再びぷしゅう、とバスのドアが開き、乗客が入れ替わる。
空いた後部座席の窓際に座ると、外を見やりつつ――再び物思いの世界へ。

(…ふふん、そう、そう……二人とも、ねえ)

楽しげに鼻息をふん、と噴出しつつ。

(あとは、まさしく――)

ポケットから取り出した携帯をぱか、と開くと。
今日の日付を確かめ、一言。



「――――”時間の問題”ね。」
最終更新:2008年04月20日 13:12