「よぉしっ、気持ちよく寝てるコジロー先生はそっとしておいてあげて、会場に戻ろう!」
キリノの号令におー、と応え歩き出す剣道部の面々。
―――しかしその道すがら、キリノが忘れ物に気付く。
「あ…ごめん、ノート忘れて来たよー、先いっててー」
これにもまたおう、と答え歩を進める残り6人。
走ってビニールシートに戻ると当然まだコジローは寝ている。
ハァハァと肩で息をしつつもその寝顔を横目でちら、と見やると。
「……ふっふ~、無防備っすねえ、センセー?」
そのままノートを手にし、立ち去ろうとするが…
少し好奇心が首をもたげ、ちょこん、とコジローの隣に座る。
「剣道家の顔じゃないなあ…ふふふ」
キリノが指で目の下をつんつん、と突くとうん、と顔を逃がすコジロー。
その仕草のあまりの可愛らしさに、さらに一突き、二突き。
顔をぐっと近付け、ふふん、とその寝顔をまじまじ、鑑賞していると―――
不意にこちらの後頭部にコジローの手が回される。
ひゃうっ、とその感触を感じるが早いか、そのままコジローの胸に押し当てられるキリノの顔。
「……ちょっ?ちょセンセー、起きてたの―――??」
たまらず顔を真っ赤にし、慌ててその手を振り払おうとするが……
しかし、幾ら力を入れようとしても、こちらの腕に力が入らない。
これは、危険だ。と理性が何度も警鐘を鳴らすが、どうしても、抜け出る事が出来ない。
……しかし、おかしな事がひとつ。先生は――こちらの頭に手を回したまま、何もしてこない。
起きて、いるのならば……幾らなんでも、幾らあの先生でも、何もしないなんて事があるだろうか。
そう思い、抱きかかえられた時から思わず閉じていた目を――おそるおそる開くと、そこには。
「ぐう……」
相も変わらず、気持ち良さそうに寝息を立てている教師の姿。
それにキリノが、なぁんだ、と胸を撫で下ろすと、自由の戻った身体で、一先ずコジローの腕を除ける。
流石に寝顔を見続ける事もバツが悪く、そのまま立ち去ろうとすると。
キリノ、と後ろで呼ぶ声がする。
「…キリノ、ごちそうさま……」
その声色は―――完全に寝言のそれだった。
しかしそれに足を止め、屈むと。真っ赤な顔を……再びコジローの前へ。
今までになく、集中した目。そう、今日はキリノとて普通の状態ではない。
―――今は、あまり他の事が考えられない。
そのまま顔を近付け―――
しばしの時間の後、離れると。
おもむろに立ち上がり、ノートを片手にぽりぽり、と頬をかきながら。
「…先生、ごちそうさま。……ごめんね、えへへ」
最終更新:2008年04月20日 13:09