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アカイイト新章・神の化身の少女

番外編・疑念と信頼と(後半)


5.膨らむ疑念


 遥との通話を終えた梢子は、未だに体の震えが収まらないようだった。
 烏月から聞かされた、遥と千羽党・・・いや、烏月の祖父との深い因縁。
 以前、遥と戦った時に、遥が梢子に語った復讐相手。
 その中に千羽党が含まれていなかったのは、自分と渚の命を助けてくれた烏月に、遥が恩義を感じていたからなのだろう。

 だが、あまりに理不尽。あまりに身勝手。あまりに傲慢。
 京介が元千羽党の術者だったという事も驚きだが、それ以上に烏月の祖父に対して、梢子は憤りを隠せなかった。 
 京介は千羽党にいた頃は、非常に正義感が強い好青年だったと烏月は言っていた。その頃の京介の事を梢子は知らない。

 だが経観塚で柚明と戦った時の京介の表情は、どこか怒りと憎しみに満ちているように梢子は感じ取っていた。
 無理も無いだろう。信じていた仲間に裏切られた事で、この世界に絶望してしまったのだから。

 京介が馬瓏琉をあれだけ崇拝し、自分の命を触媒にしてまで蘇らせたのも、梢子は何となく理解出来るような気がした。
 きっと京介にとって、馬瓏琉だけが唯一の心の拠所だったのだろう。
 信じていた仲間に裏切られる・・・それが一体どれだけ辛い事か。
 梢子とて、もし仮に万が一、それこそ何かの間違いで、桂や柚明に裏切られるような事になってしまったら、どうなるか・・・。

 「・・・烏月さん。私、経観塚で渚が京介に狙われている事を知った時・・・千羽党じゃなくて守天党に渚の保護を依頼したんです。」
 「梢子さん・・・」
 「地理的に考えたら、千羽党に頼んだ方が良かったのでしょうけど・・・でも、今思えば守天党に頼んで正解だったと私は思います。」
 「・・・そうだね。梢子さんの言う通りだよ。結果的にはね。」

 実際に千羽党に頼んでいたら、渚は今頃どうなっていたか。
 烏月の祖父によって、その命を奪われる事になっていたかも知れない。
 想像しただけでも、梢子はゾッとした。

 確かに梢子が言うように、地理的に考えれば沖縄を本拠地とする守天党ではなく、経観塚からより近い千羽党に渚の保護を頼むべきだったはずだ。
 だが梢子は、心の底では千羽党・・・いや、烏月の祖父に対して、上手く言葉では表現出来ないのだが、何となく不信感を抱いていたのだ。

 もっと曖昧な言い方をすれば、直感・・・インスピレーションという奴だろうか。 
 何となく・・・そう、本当に何となくなのだが、千羽党に預けたら大変な事になるのではないかと、そんな考えが梢子の頭をよぎったのだ。
 梢子は烏月の祖父から、『何となく信用出来ないオーラ』を敏感に感じ取っていたから。

 だから梢子は、わざわざ遠く離れた守天党に渚の保護を依頼したのだ。
 そして結果的に、梢子のその直感は見事なまでに的中していた事になる。

 「・・・梢子さん。実はね・・・私の祖父が命を狙っていたのは、京介さんたちだけじゃ無いんだ。」
 「・・・え?」

 一瞬、烏月が何を言っているのか理解出来なかった梢子。
 だが烏月の言葉を聞いた母が急に青ざめて、慌てて烏月を制した。
 その話だけは、絶対に梢子にするべきではない・・・烏月の母はそんな表情をしている。

 「烏月ちゃん!!その話は梢子ちゃんには話すべきじゃ・・・!!」
 「いえ、この際だから梢子さんには知っておいて貰いたいんですよ。お母様。」
 「だけど・・・それを話したら梢子ちゃんは・・・!!」
 「私は梢子さんには、コソコソと隠し事はしたくありませんから。」
 「・・・でも・・・!!」

 とても悲しそうな表情で、梢子を見つめる烏月の母。
 自分だけが蚊帳の外で、何が何だか分からないといった感じの梢子だったが、烏月は意を決した表情で梢子に語った。

 「・・・梢子さん。私の祖父はね・・・桂さんと柚明さんも抹殺しようとした事があったんだ。」
 「な・・・!?」
 「贄の血が悪意ある鬼に奪われてしまえば、多くの犠牲が出るからという理由でね。結局は柚明さんにバレて未遂に終わったんだけど・・・」

 その言葉を聞いた梢子の頭の中で、何かがプツリと切れた。

 「・・・ないで・・・!!」
 「・・・え?」
 「ふざけないでっ!!」

 もう我慢の限界だった。
 怒りの表情で梢子は立ち上がり、部屋を出て行こうとする。

 桂と柚明は、梢子の大切な人。
 その2人の命を、烏月の祖父はあまりにも理不尽な理由で奪おうとしたのだ。
 何の罪も無い、静かで幸せな生活を送っている桂と柚明の命を。
 しかも柚明に至っては、10年間主を封じ続けてくれた功労者だというのに。
 それを、恩を仇で返すような真似をしたのだ。それが梢子には許せなかった。

 『贄の血』が宿っているから、何だというのだ。
 『神の血』が宿っているから、何だというのだ。
 そんな下らない理由で、軽々しく人の命を奪おうとしていいはずが無い。

 「梢子さん!!」
 「・・・・・っ!!」

 烏月の制止を振り切り、梢子は部屋を飛び出していった・・・。

6.鬼切り部の明日


 葛の壮絶な過去を知った遥は、あまりの非道さに驚きを隠せなかった。
 若杉の血筋として生まれたが故に、強制的に他の候補者たち・・・自分の血縁者・・・との殺し合いをさせられ、死に物狂いで生き残った末に、鬼切りの頭という重役を架せられる事になってしまったのだ。
 こんな幼い子供に、そのような過酷な運命を強いる・・・これを理不尽だと言わずに何と言えばいいのだろうか。

 若杉グループの思惑は分からなくもない。巨大な組織の頂点を統べる者は、誰よりも優れた能力を持っていなければならない。そして組織が巨大であればあるほど、派閥争いや権力争いによる内部崩壊の危険性も高くなる。それを防ぐ為に必要なのは、圧倒的な指導力とカリスマ性だ。
 それ故に、過酷な試練を乗り越えた者をトップに据えようと考えるのは、組織としては決して間違ってはいない。
 だが葛が『コドク』と例えた候補者同士による殺し合いというのは、幾ら何でもあまりにも極端過ぎるのではないか。

 「・・・葛。お前は望んで頭になった訳では無いのかもしれない。周囲にもてはやされて、無理矢理頭にさせられたのかもしれない。」
 「遥さん・・・?」
 「だがそれでも、今の頭は紛れも無くお前なのだろう?お前が今の若杉の、そして鬼切り部という組織のトップなのだろう?」

 遥は葛をじっ・・・と見据えながら、はっきりと葛に告げた。

 「だったらこれからはお前の代から、候補者同士による殺し合いで跡継ぎを決めるなんて馬鹿な真似は、もう止めにするんだ。こんな非人道的で馬鹿げた事が許されていいはずが無い。今のお前には、それを決定できるだけの『力』があるのだろう?」

 そう、遥の言う通り、今の葛は鬼切り部という組織の最高権力者だ。
 候補者同士による殺し合いで跡継ぎを決める事を金輪際行わせない事くらい、今の葛の権限なら充分に可能だろう。葛にはそれだけの『力』があるのだ。

 だがそれでも組織というのは簡単な物ではない。何でも葛の思い通りになるというわけでもない。
 どれだけ葛が優秀だろうと、それに付き従うのはコンピューターでは無い。心を持った人間なのだから。
 心を持った人間である以上、千羽党の党首のように、葛の意志に反する者たちが出ても決しておかしくは無いのだ。
 まして葛は鬼切りの頭とはいえ、まだ子供なのだから。心の中では気に入らないと思っている者だっているだろう。

 「・・・私の『力』なんてのは、そんなに絶対的な物じゃないんですよ。遥さん。今回の一件で、私はそれを思い知らされました。」
 「葛・・・。」
 「桂おねーさんも柚明おねーさんも、遥さんも渚さんも、私の力不足のせいで、千羽党に命を狙われる事になってしまいましたから。私の目の届かない所で、誰も彼もが勝手な真似をして、何の罪も無い無関係の人たちまで巻き込んで・・・私の力が足りなかったばかりに・・・」
 「・・・確かに、今のお前は頭として力不足なのかもしれない。だがそれでも、今のお前は1人ではないだろう。沢山の仲間がいるだろう。」
 「・・・え?」

 全く予想もしなかった遥の言葉に、あっけに取られる葛。
 遥はとても穏やかな表情で、葛をじっ・・・と見据えている。

 「いくら頭だからといって、何もかも1人で背負い込む必要は無いんだ。今のお前が頭として力不足だというのなら、足りない分を皆で助け合っていけばいい。確かに千羽党の党首のように、お前に反感を抱いて勝手な真似をする奴もいるかもしれないが、それでも心の底からお前を慕う奴だっているんじゃないのか?」
 「・・・遥さん・・・」
 「お前1人の力で鬼切り部を統率するのではなく、これからの鬼切り部の明日を、信じ合える仲間と共に切り開いていく・・・それでいいんじゃないのか?」

 1人の力では、やれる事に限界がある。
 だが皆で助け合えば、出来る事がどんどん広がっていく。
 だから自分1人だけで全てを背負い込むのではなく、もっと仲間を頼ればいい。もっと助け合っていけばいい。
 遥は葛に、そう諭しているのだ。

 遥の目には葛が鬼切りの頭として、今回の一件に必要以上に責任を感じ、何でも1人で背負い込もうとしているように映っていたのだ。
 だが、これは葛1人だけの問題では無い。鬼切り部という組織全体が胸の内に刻み込まなければならない問題であって、葛が1人だけで背負い込むべき問題では無いのだ。

 「・・・たはは・・・何をやってるんでしょうね、私は・・・遥さんと渚さんに怒られに来たというのに、逆に励まされるなんて・・・」

 葛の瞳には、うっすらと涙が。
 無理も無いだろう。遥と渚に激しく罵倒される事を覚悟でここに来たはずなのに、逆にこの2人に励まされる事になってしまったのだから。
 いや、千羽党に理不尽な理由で命を狙われたのだから、本来ならこの2人に罵倒されるような事になっても、葛は何一つ文句を言えないだろう。
 だからこそ葛は、遥と渚に対して心の底から、申し訳無いという気持ちで一杯になったのだ。

 「遥さん・・・渚さん・・・本当にごめんなさい・・・本当に・・・ううう・・・!!」

 千羽党によって幸せを奪われた遥と渚・・・この2人に逆に励まされ、優しくされてしまった事で、葛は涙が止まらなくなってしまった。
 どれだけ頭として気丈に振舞っていようとも、やはり葛は年頃の女の子なのだ。
 そんな葛を、渚がぎゅっと抱き締める。

 「うわあああああああああああああああああああん!!」

 渚の胸に顔をうずめ、葛は泣いた。ひたすら泣いた。

7.強く平和を望むが故に


 「そうか・・・まさか三上と谷原までもが手傷を負わされるとは・・・私の予想以上に厄介な鬼のようだな。その3姉妹の小娘どもは・・・。」
 『・・・申し訳ありません。師父殿。返す言葉もございません。』
 「構わぬ。任務ご苦労だったな。私の方から相馬党に援軍を要請しておくから、お前たちはもう戻れ。あの野咲美羽ならば、仕損じる事はあるまい。」
 『はっ、了解しました!!』

 通話を切った烏月の祖父は、溜め息をついて携帯電話を懐にしまい込む。
 とても厳しい表情で、腕組みしながら考え込む烏月の祖父。

 「・・・東条と三上と谷原・・・あの3人でさえ仕留められぬとは・・・」

 だがその時、突然部屋の扉が勢い良く開いた。
 そこに立っていたのは怒りの表情で自分を睨みつけている梢子と、そんな彼女を追いかけてきた烏月だった。
 途端に烏月の祖父は、とても不機嫌そうな表情になる。

 「何事だ?騒々しい。」
 「烏月さんから話を聞きました!!貴方が遥と渚と京介と・・・それに桂と姉さ・・・柚明さんまで殺そうとしたというのは本当なんですか!?」
 「・・・いきなりノックもせずに部屋に入ってきて、何を言い出すかと思えば・・・」

 烏月の祖父は梢子の怒気に怯む事無く、厳しい目付きで梢子を睨み返す。
 そして梢子もまた、そんな彼の鋭い眼力に全く怯まない。

 「・・・確かにお前が言うように、星崎遥と星崎渚、富岡京介・・・それに羽藤桂と羽藤柚明・・・私がこの5人の抹殺を企てていたというのは、紛れも無い事実だ。」
 「・・・っ!!それは葛からの命令ですか!?それとも・・・」
 「無論、私の独断だ。あの甘ちゃんの葛様に相談しようものなら、間違いなく猛反対されるであろうからな。」
 「どうして・・・どうしてそんな事を!!」
 「理由は烏月から聞かされたであろう?納得が行かぬか?」
 「当たり前でしょう!?あんな理不尽な理由で、あの5人が殺されていいはずが無いじゃないですか!!」

 遥と渚、京介は『神の血』を宿しているから。
 桂と柚明は『贄の血』を宿しているから。
 彼女たちの血が邪悪な鬼に渡ってしまえば、間違いなく人々の脅威となる・・・だからそうなる前に殺してしまわなければならない・・・梢子もそれは頭の中では理解していた。
 だが理解は出来ても、やはり納得が行かないのだ。
 無理も無いだろう。この5人には全く落ち度は無いのだ。
 しかも桂と柚明・・・梢子の大切な想い人の命まで危険に晒したのだから。

 「貴方は・・・!!貴方は人の命を何だと思ってるんですか!?」
 「それは私のセリフだ。この愚か者が。」
 「何ですって!?」
 「あの5人の命と、この国に住む大勢の人々の命・・・天秤にかけるとするならば、後者の方が遥かに重いに決まっておろうが。」
 「命というのは、そんなに簡単な物じゃないでしょう!?」

 この国の平和の為に誰かを犠牲にしようなんて、そんなの絶対に間違っている。
 まして何の落ち度も無い、この5人の命を。
 そもそも今回の経観塚での一件に関しては、結果的には千羽党が全ての元凶だと言ってもいいのだ。

 烏月の祖父が、千羽党の為に必死に働いてきた京介を裏切るような事をしなければ、京介も馬瓏琉復活を企てようなどとは考えなかっただろう。
 そして烏月の祖父が、何の罪も無い遥と渚の命を狙うような事をしなければ、遥と渚が半年間も離れ離れになって、遥がファルソックへの復讐を考えるような事も無かったはずなのだ。

 「・・・以前、東条にも言ったが・・・情に流されて大義を見失うようでは、真の鬼切りは務まらぬ。危険な存在である以上、抹殺せねばならんのだ。」

 それが、鬼の脅威から人々を守る為に、鬼切り部が背負わなければならない信念と覚悟・・・葛から2度に渡って厳重戒告を受けた今でも、烏月の祖父はその持論を崩すつもりは無かった。
 もし、『贄の血』や『神の血』が邪悪な鬼に渡るような事になってしまえば、どうなるか。
 強大な力を得たその鬼は、間違いなく人々の脅威となり、多くの命が消える事になるだろう。
 烏月の祖父は梢子と違い、もっと全体的な視野で物事を考えているのだ。

 梢子とて、それは頭の中では理解していた。
 烏月の祖父が、千羽党の党首としてより多くの人々を守る為に、最大限の尽力を尽くしているのだという事を。
 結果的に烏月の祖父の行いによって、今回の経観塚での騒動が起こったわけだが、それでも烏月の祖父の行為は、ある意味では正しいのだろう。
 だが、それでも。

 「・・・貴方は、とても傲慢な人なんですね。とても可哀想な程に。」
 「・・・何だと?」

 予想外の梢子の言葉に、烏月の祖父は苛立ちを隠せなかった。

 「危険な存在だからとか、天秤にかけるとか・・・貴方はそうやって、貴方が言う危険な人たちの本質を知ろうともせず、分かり合おうともせず、心の底から信じ合う事も出来ない。」
 「そんな物は、所詮は子供の戯言・・・甘ちゃんの言い分だ。」
 「そうやって人の心を大切に出来ない貴方に、鬼の脅威から人々を守る為とか、そんな事を言う資格があるんですか!?」
 「何度も言わせるな。情に流されて大義を・・・」
 「貴方のそんな悲しい考えが、より多くの憎しみを生んでいるという事に、貴方はどうして気が付かないんですか!?」

 梢子は烏月の祖父を相手に、1歩も引かない。
 どれだけ甘ちゃんだと言われようとも、どれだけ愚かだと言われようとも。
 何の迷いも無い真っ直ぐな瞳で、じっ・・・と烏月の祖父を見据える。

 どれ位、2人は睨み合っていただろうか。
 烏月の祖父は梢子から視線を逸らし、どこか遠い目で窓の景色を眺めながら、深く溜め息を付いた。

 「・・・その真っ直ぐな心・・・お前は本当に明良によく似ているな。」
 「・・・明良?」
 「烏月の兄だ。もうこの世にはおらぬがな。」
 「この世にはいないって、どういう・・・」

 梢子には烏月の祖父が一瞬、悲しげな表情をしたように見えた。

 「明良も真弓と同様、天才剣士などと騒がれておったが・・・奴のあの甘さが、あのような惨劇を引き起こす事になったのだ。」
 「・・・お爺さん・・・」
 「・・・よもやこの私が、お前のような小娘にこんな事を話す羽目になるとはな。」

 烏月の祖父は携帯電話を取り出し、アドレス張を開いた。

 「まあよい。今はお前との討論に付き合っている暇など無いのだ。早々にこの場から立ち去れ。」
 「でも・・・」
 「行け。」
 「・・・・・。」

 これ以上話す事など何も無いと言わんばかりに、烏月の祖父は梢子を無視して電話を掛ける。
 梢子は邪魔をするのはまずいと思い、烏月の祖父に一礼して、静かに部屋を去って行った。
 その様子を、一瞥しながら見届けた烏月の祖父。

 「・・・ああいう所も、明良そっくりだな・・・どこまでも実直で、誠実な娘だ。」
 『あの・・・もしもし?何を言ってるのか理解出来ないんですけど・・・』
 「何でもない。こちらの話だ。それより野咲美羽。お前に頼みたい事があるのだが・・・」

8.別れ際に


 それから昼になり・・・烏月と母に見送られて、梢子は玄関まで帰り支度を始めていた。
 烏月の母から『お昼ご飯だけでも食べていって欲しいと』言われたのだが、とてもじゃないが今の梢子はそんな気分にはなれなかった。
 無理も無いだろう。烏月の祖父と、あれだけの大喧嘩をしたのだから。

 「・・・烏月さん。以前、烏月さんが私を千羽党に誘ってくれた時・・・私は正直言って、かなり迷ったんです。私のこの力を、人々を守る為に役立てるというのも悪くないんじゃないかって・・・。」
 「梢子さん・・・。」
 「だけど桂の家に遊びに行った時に姉さんに相談したら、とても真剣な表情で猛反対されたんです。いつも私の意志を尊重してくれる姉さんにしては、珍しい事だと思っていたんですが・・・今なら私を引き止めた姉さんの気持ちが、私にも分かる気がします。」

 自分と桂が千羽党に命を狙われた事があるから・・・という事もあるだろうが、それ以上に烏月の祖父に影響されて、梢子が冷酷な殺人マシーンに成り下がってしまうのではないかと・・・柚明はそう危惧したのだろう。
 それに『安姫の血』をその身に宿す梢子も、もしかしたら烏月の祖父の抹殺対象になってしまうかもしれないのだ。
 これまで『安姫の血』をその身に宿す梢子とナミが、烏月の祖父に命を狙われなかったのは、梢子が葛の従姉だからなのだろうか。

 「だから私は、千羽党に入ってほしいという烏月さんの誘い・・・丁重にお断りさせて頂きます。今日、あの人と話をして・・・その答えがはっきりしました。」

 梢子はとてもじゃないが、あの烏月の祖父の下で働きたいとは思えなかった。
 烏月の祖父の思念思想に反感を抱いたというのもあるが、何よりも桂と柚明の命を狙った張本人でもあるのだから。

 「・・・そうか・・・残念だよ。貴方が入ってくれれば、これ程頼もしい戦力は無いと思っていたんだけど・・・」
 「ごめんなさい、烏月さん。誘ってくれたのは嬉しいんですが・・・」
 「いや、いいんだ。梢子さんの意志に任せると言ったのは私の方なんだし。」
 「はい・・・それじゃあ、烏月さん。また今度・・・」

 梢子が玄関の扉を開けて、外に出ようとした時。

 「・・・梢子ちゃん、ちょっと待って!!」

 慌てて烏月の母が梢子を呼び止めた。
 とても悲しそうな表情で、梢子の事を見つめている。

 「あのね・・・今日は私たちのせいで梢子ちゃんに不快な思いをさせてしまって、本当に御免なさいね。」
 「いえ、いいんですよ。そんなに気になさらないで下さい。」
 「だけど梢子ちゃん・・・こんな事を私が言うのはおごましいかもしれないけれど・・・お願いだから烏月ちゃんとは、これからも仲良くしてあげて欲しいの。」
 「・・・おばさん・・・」
 「誤解の無い様に言っておくけど・・・ううん、見苦しい言い訳だと思われるかもしれないけど・・・桂ちゃんと柚明ちゃんの命が私の父に狙われた時だって、烏月ちゃんは2人の事を守ってくれたのよ?だから・・・」
 「・・・分かっています。分かっていますから。だからそんな顔をしないで下さい。」

 烏月の母に心配させまいと、梢子は穏やかな笑顔でそう諭した。
 梢子も烏月という人物の事を、ちゃんと分かっているのだ。
 だから烏月の母が心配するような、烏月と絶交しようなどという考えは、梢子は微塵も持ち合わせてはいなかった。

 「・・・ありがとう、梢子ちゃん・・・そして、御免なさい・・・。」
 「じゃあ、私はこれで・・・。」
 「ええ・・・またいつでも遊びに来て頂戴ね。歓迎するから。」
 「はい。それでは、また・・・。」

 2人に軽く手を振り、梢子は烏月の屋敷を後にする。
 そんな梢子の後姿を、烏月と母は神妙な表情で見送ったのだった。

 そして時を同じくして・・・経観塚の羽様では、葛が渚と遥に見送られてヘリコプターまでやって来ていた。
 とても心配そうな表情で、部下たちが葛を出迎える。
 葛は威風堂々とした態度で、何の迷いも無い力強い表情で、遥と渚に向き直った。

 「遥さん、渚さん・・・今日は本当にご迷惑をお掛けしました。それにあんなに情けない醜態を、お2人に晒してしまいましたし・・・。」
 「気にするな。誰にだって泣きたい時くらいあるだろう。」
 「ですが、お2人のお陰で、私は頭としての進むべき道が見えたような気がします。」
 「そうか・・・それなら、お前の事を出迎えた甲斐があったと言う物だ。」
 「はい、そう言って頂けて何よりです。」

 遥と渚に謝罪を受け入れてもらえて、葛は心の底からホッとしていた。
 正直な話、遥に殺されても文句は言えない・・・それ位の覚悟で経観塚を訪れたのだから。
 それでも遥と渚に励まされ、葛は心の中のモヤモヤが一気に晴れたような気がした。
 烏月の祖父の度重なる独断行為によって、桂や柚明・・・そして遥、渚、京介が理不尽な理由で命を狙われる羽目になってしまった。その事で葛は、頭としての自分の力の無さに自信を無くしかけていたのだ。

 だが、遥は葛に言った。お前には信頼出来る仲間がいるはずだと。
 お前1人だけで全てを背負い込むのではなく、仲間と共に鬼切り部の未来を掴み取れと。
 それはまさに、これまでの葛に一番足りなかった事だ。

 「では遥さん、渚さん・・・今日はこれにて失礼させて頂きます。」
 「葛、お前も元気でな。暇があれば、また遊びに来いよ?」
 「そうですね、桂おねーさんたちが再びここに来る時にでも、一緒に・・・」
 「ああ。その時は歓迎するよ。」
 「・・・それではお2人とも、お元気で。」

 葛を乗せたヘリコプターが、上空へと飛翔する。
 その様子を遥と渚は地上から、神妙な表情で見送ったのだった。