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アオイシロ・アナザーストーリー

★幽霊


1.幽霊騒動


 それは、合宿の2日目の朝に起こった騒動だった。

 「・・・おはようございます・・・」
 「おはよう・・・って、綾代、一体どうしたのよ!?凄く顔色が悪いわよ!?」

 目を覚ました綾代が、まるで精気が失せたかのような虚ろな表情をしていたのだ。
 大人しい性格ながらも、その姿や立ち振る舞いから気品のような物が感じられる、まさしく周囲から『姫』と呼ばれている、普段の綾代の面影がまるで感じられない。

 他の部員たちも梢子同様、普段と様子が違う綾代の姿に驚きを隠せなかった。

 「・・・もしかして、綾代も寝覚めが悪いとか・・・」
 「いえ、これでも寝覚めはいい方なんですよ?ですが今日は何だか体が重くて・・・」
 「なら、単に気分が悪くなっただけとか・・・」

 短期間の合宿とはいえ、親元を離れての寝泊りだ。急激な環境の変化に綾代の体がついてこれなかった・・・という事も考えられる。
 まして、異常なまでの過保護な両親に育てられている綾代なら、尚更の事だ。
 だが綾代はそんな梢子の推理を敏感に感じ取り、首を横に振った。

 「いえ、気分が悪いとかじゃないんです・・・」
 「じゃあ、どういう事なの?」
 「何て言えばいいのでしょうか・・・何だかまるで、誰かに力を吸い取られてしまったかのような・・・」
 「・・・力を吸い取られた!?」

 そこへ、目を覚ました桂と柚明が部屋に入ってきた。

 「ふわぁ~、梢子ちゃんおはよ~。」

 桂はこの卯奈坂に『鬼退治の剣法』が伝わっているとサクヤから聞かされ、剣道の自主トレを兼ねて柚明やノゾミを連れて旅行に来ていたのだが、滞在先の咲森寺で偶然梢子と再会し、これも何かの縁という奴で、剣道部の合宿にも一緒に参加する事になったのだ。

 だが周囲の異様な空気に、桂は少し戸惑いを感じていた。

 「ああ、おはよう桂。柚明さんもおはようございます。」
 「・・・って、皆集まってどうしたの?そんなに怖い顔して。」
 「あのね、綾代の顔色が凄く悪いのよ。」
 「え!?綾代ちゃんが!?もしかして風邪でも引いた!?」

 心配そうな表情で、綾代のおでこに右手を当てる桂。

 「・・・別に熱は無・・・あれ?」
 「桂ちゃん、どうしたの?」
 「柚明お姉ちゃん・・・綾代ちゃんのおでこ、何だか冷たいよ・・・」
 「・・・え?熱いんじゃなくて、冷たいの?」

 そう、熱いのではなく、冷たいのだ。これに桂は違和感を覚えているのだ。
 怪訝に思った柚明も、綾代のおでこに右手を当ててみる。

 「・・・これは!?」

 確かに綾代のおでこ・・・いや、おでこだけでは無い。体全体が冷たかった。
 この冷たさは、1年前の経観塚での桂の状態に似ている。
 自分に大量の血を分け与えたせいで、体がとても冷たくなってしまった、あの時の桂の状態に。

 夜中にこっそりと鬼が現れて綾代の血を吸ったのか・・・そう考えた柚明は綾代の首筋を調べてみたのだが、それらしき傷跡や痕跡は全く残っていない。

 「・・・綾代ちゃんの、この体の冷たさは一体・・・」

 厳しい表情をする柚明に、綾代は恐る恐る提言する事にした。
 自分が体験した事の、ありのままの全てを。
 元オハシラサマだったこの人なら、何とかしてくれるのではないか・・・そんな微かな希望を胸に秘めて。

 「あの・・・柚明さん・・・こんな事を言っても信じて頂けないかもしれませんが・・・」
 「どうしたの?遠慮しないで話してごらんなさい。私で出来る事なら力になるから。」

 とても穏やかな瞳で綾代を見つめる柚明。
 少しためらいがちに、しかし強い意志を秘めた瞳で、綾代は柚明に告げた。

 「・・・髪の長い女の子の幽霊って・・・いると思います?」
 「幽霊!?」

 綾代の言葉に驚きの声を上げる一同。

 「はい、昨日の夜、何だか急に目が覚めたんですけど・・・私の布団の上に髪の長い女の子の幽霊が覆い被さって・・・それで、私は逃げようとしたんですけど、身体に力が入らなくて・・・その後、だんだん眠くなって・・・」
 「それからの事は、よく覚えていない・・・という事ね?」
 「はい、そうなんです・・・」
 「髪の長い・・・幽霊・・・」

 柚明は冷静に状況を分析し、犯人を推理しようとする。

 『今更普通の血なんて飲めた物じゃないわ』と公言しているノゾミが、まさか綾代の血をわざわざ吸うなんて事は無いだろうし、そもそもノゾミの髪は短い。

 だとしたら誰かのイタズラの可能性があるが、仮にそんな下らない事をやりそうなのは、今現在咲森寺に滞在している者の中では、汀と百子しか思い浮かばない。
 だが汀の髪はノゾミよりもっと短いし、百子も多少は長いだろうが、それでも長髪と言える程の長さではない。

 ならば、髪が長いと言えるのは桂と保美だが、あの純真無拓な2人がそんな馬鹿げたイタズラをするなんて事は、絶対にあり得ないだろう。そもそも桂に至っては、ずっと柚明と同じ布団で寝ていたというアリバイがあるのだ。

 ふと、柚明の脳裏に浮かんだ1人の少女。
 昨日の夜に梢子と保美が浜辺から連れてきたという、白髪の少女。
 未だに目を覚まさずに眠り続けている、取り敢えず梢子が仮の名前でナミと名付けた、あの少女。

 彼女の髪は確かに長い。それにあの年齢で白髪というのも変だ。

 「まさか・・・ナミちゃんが・・・でもあれからずっと眠ったままのはず・・・でも、もしかしたら鬼が取り付いていて・・・いいえ、ナミちゃんにそんな気配は全く感じられなかった・・・だけど、あの白い髪・・・とても普通の人間には・・・」

 ひたすら推理する柚明だが、どうあがいても一番怪しいと思えるのはナミしかいなかった。
 そんな柚明の疑心暗鬼など知らずに、ナミは今も安らかな表情で眠り続けている。

 「・・・オサ。取り敢えず気休めにしかならないかもしれないけどさ。」

 必死に考える柚明を見かねた汀は、懐から紙切れを何枚か取り出した。
 その紙切れには、何か特殊な紋章のような物が描かれている。

 「ここに、特殊な術を込めたお札があります。これをこうして部屋の四方に貼り付ければ、簡易的な結界を作る事が出来ます。この結界は普通の人間には全く効果はありませんが、霊の類の者には抜群の効果があります。」
 「そうすれば、『外からは』幽霊は入って来れないという事ね?」
 「オサってば飲み込みが早くて助かるわ~。」
 「て言うか汀、あなた一体何者なの?もしかして実家が神職関係の仕事でもしてるとか?」
 「・・・まあ、間違ってはいないけどね。そういう事にしてくれて結構よん。」
 「・・・ふ~ん・・・」

 何だか汀が何かを隠しているような気がしたのだが、取り敢えず梢子はその事に対して突っ込むのはやめる事にした。
 汀は善意で自分たちを助けようとしてくれているのに、その汀の好意を踏みにじるな事をしたくは無かったし、それ以前に汀の隠し事など、梢子には何の興味も無いのだ。

 「取り敢えず、綾代は朝の練習は休んで、保美の調理の手伝いをしてくれる?」
 「いえ、別に練習が出来ない程では無いんですよ?少し力が入らないだけで・・・」
 「それでも用心に越した事は無いわよ。練習中に倒れたりしたらどうするの?」
 「・・・申し訳ありません・・・梢子さん・・・」
 「いいのよ綾代。そんなに気にしないで。」

 副部長として他の部員をまとめないといけない立場だというのに、何という失態なのか。
 綾代は責任感が強いだけに、余計に悔しさを隠し切れないでいた。
 だがそれでも、その副部長に練習中に倒れられては元も子もない。
 それこそ騒ぎになって、学校から合宿中止命令でも出されかねない。
 いや、綾代の両親なら過保護故に、本当にそんな事を学校に言い出しそうなのだ。梢子はそれを危惧しているのだ。

 「まあ綾代には朝の練習を休ませるとして・・・幽霊の件に関しては、後で専門家に相談してみるとしましょうか。」

2.霊剣


 「成る程・・・髪の長い幽霊とは・・・」

 昼食後、梢子に相談された和尚が、何とも神妙な表情で考え込んでいた。
 住職である和尚なら、こういった類の相談に乗ってくれる・・・そう梢子は思っていたのだが。

 「・・・わしは住職とはいえ、生霊の類に対しての専門知識は持ち合わせてはおらぬのでな。力になれなくて申し訳無い。」
 「そうですか・・・」
 「じゃが、お嬢さん方を守るための力になれるかどうかは分からぬが・・・この咲森寺には常咲きの椿の樹木を材料にした、由緒正しき霊剣がありましてな。」
 「・・・由緒正しき霊剣!?」

 和尚は押入れの中から一振りの木刀を取り出し、梢子に手渡した。

 「その名も霊剣・蜘蛛討ちと申す。」
 「蜘蛛討ち・・・。」
 「安姫様の力が込められた常咲きの椿・・・その神聖な力ならば、副部長さんが見たという幽霊にも対抗できるやもしれぬ。生憎と確証は持てませんがな。」

 和尚は確証は持てないと言っていたが、梢子は手渡された蜘蛛討ちから奇妙な『力』を感じていた。
 何だか持っているだけで、全身から力がみなぎるかのような。

 「・・・ふっ!!」

 梢子は軽く素振りをしてみたが、とても軽くて扱いやすい木刀だと感じた。
 それ所か蜘蛛討ちを振るう度に、何だか力が沸いてくるような感覚を感じていた。
 これは間違いなく、ただの木刀なんかじゃない。梢子はそう確信していた。

 「・・・和尚、ありがとうございます。何だか上手く言えないんですけど、この蜘蛛討ちからは本当に奇妙な『力』を感じるんです。もしかしたらこの蜘蛛討ちなら・・・」
 「もし再び幽霊が現れても、勝てる確証があると?」
 「はい。まるでこの蜘蛛討ちが、私にそう告げているかのような・・・」
 「ほっほっほ。部長さんはその蜘蛛討ちに気に入られたようですな。」
 「ではしばらくの間、お借りさせて頂きます。」

 冗談でも誇張でもお世辞でもなく、梢子は真剣にそう感じたのだ。
 この蜘蛛討ちなら幽霊にだって負けはしないと。そう蜘蛛討ちが告げているのだと。

 だがその時、話の一部始終を聞いていた桂が慌てて駆け出してきた。

 「梢子ちゃ~ん、由緒正しき霊剣なら私も持ってるよ~。」
 「・・・は?」

 桂が手にしているのは一本の木刀。

 「・・・って、何で桂が木刀なんか持ってるわけ?」
 「烏月さんから貰ったの。経観塚のご神木を材料に作られた霊剣だから、護身用に持っておけって。」
 「ふうん、烏月さんから・・・銘はあるの?」
 「鬼払い!!」
 「・・・何よそれ、ちょっとセンスが悪いんじゃないの?」
 「何よ~!!私が考えた名前なのに~!!」

 梢子は桂から鬼払いを借りて、軽く素振りをしてみる。
 この鬼払いからもまた、何だか奇妙な『力』が溢れてくるのを梢子は感じ取っていた。
 経観塚のご神木を材料に作られた木刀・・・確かに何かしらの『力』が込められていても不思議では無い。

 「じゃあオサ先輩!!幽霊退治はあたしに任せて下さいっ!!」
 「・・・はい?」

 百子は梢子から受け取った蜘蛛討ちを、高々と天に掲げた。

 「今夜はあたしが蜘蛛討ちを手に、徹夜覚悟で見張りますから!!」
 「ねえ桂、悪いんだけど鬼払いを貸してくれる?私も一応見張ってみるから。」
 「ちょ、オサ先輩!?もしかしてあたしの事を信用してませんか!?」
 「百子1人だけに任せておけるはずが無いでしょう?ちゃんとローテーションを組んで、交代で見張りをしましょうって言ってるのよ。」

 確かに、たった1人で交代も無しに見張りを続けるというのは無茶という物だ。
 そんな事をすれば、今度は百子が練習中に倒れるなんて事になりかねない。
 百子は超人並の体力の持ち主だが、それでも百子とて一応人間なのだから。

 結局話し合いの結果、百子と梢子と柚明とでローテーションを組んで、交代で見張りをするという事になった。

3.髪の長い少女


 「・・・で、結局こうなるわけよね。」

 梢子の目の前にいたのは、蜘蛛討ちを抱き締めながら爆睡している百子だった。
 溜め息をついて、梢子は掛け布団を百子に被せてやる。

 「全く・・・言いだしっぺがこの有り様なんだから・・・」
 「むにゃむにゃ・・・オサ先輩・・・もっと・・・もっとぉ・・・」
 「百子ったら・・・一体どんな夢を見てるのよ。」

 百子の醜態に呆れながらも、梢子は桂から借りた鬼払いを手に、壁にもたれかかって座り込む。
 汀が作ってくれた結界のお陰なのか、今の所は外部から何かが侵入してくる気配は無い。
 梢子の周囲では、他の部員たちが安らかな寝息を立てて眠っている。

 ふと、そこへ梢子は何かの気配を感じ、その気配に向かって鬼払いを突きつけた。

 「誰!?」
 「落ち着きなさいな。私よ。」
 「・・・何だ、ノゾミか。」

 梢子の目の前にいたのは、移し身を作ったノゾミだった。
 溜め息をついて、梢子はノゾミに突きつけていた鬼払いを下ろし、再び座り込む。
 ノゾミもまた梢子の隣にちょこんと座り込む。

 「百子があのていだらくだしね。とてもじゃないけど、あなたたちだけに任せてはおけないわ。」
 「・・・ありがとう、ノゾミ。」
 「別に礼なんかいらないわよ。昨日は綾代がやられたようだけど・・・もしその幽霊とやらが桂と柚明を襲うようなら、私も黙ってはいられない・・・ただそれだけの事よ。」

 しばらくの間、2人は無言で見張りを続けていた。
 静寂に満ちたこの部屋で、時計の針の規則正しい音だけが鳴り響く。
 だが、未だに綾代が見たという幽霊は現れない。
 やはり、汀が作ってくれた結界が効いているのか。
 それとも綾代が見たという幽霊自体がただの目の錯覚で、本当は誰かのイタズラだったのか。
 まだ、幽霊は現れない。

 ……どれ位、時間が経っただろうか。

 「・・・ねえ、ノゾミってさ・・・鬼になった事、本当に後悔していないの?」

 沈黙に耐えられなくなった梢子が、突然ノゾミにそう切り出した。 

 「・・・いきなり何を言い出すかと思えば、そんな下らない事を・・・」
 「だってノゾミって、主にいいように利用された挙句に捨てられて・・・双子の妹だと思ってたミカゲも本当は主の分霊で、ずっとノゾミの事を騙していたんでしょう?」
 「それに関しては否定はしないわ。」
 「そんな人を守ろうとして、ノゾミは1000年近くも鏡の中に閉じ込められて・・・私にはとても想像がつかないけど、1000年って本当に途方も無い時間よね?自分を騙していた人たちを守る為に、ノゾミは1000年も鏡の中に・・・それなのに後悔なんて・・・」
 「それでも、私は後悔なんかしていない。」

 ノゾミの瞳からは、一片の迷いも感じられなかった。

 「確かに私は主さまに利用されて、用済みになった途端に捨てられたわ。だけど私が今こうして生きていられるのは、主さまが私を鬼にしてくれたから・・・それに関してだけは主さまに感謝しているのよ。私をゴミクズのように捨てたのは許せないけど・・・。」
 「・・・そう・・・そうなんだ・・・」
 「梢子。私はね、生まれた時から忌み子として周りから嫌われて、ずっと幽閉生活を強いられてきたのよ。それに生まれつき身体が病弱で、ようやく自由を手にしたと思った時には、もう余命僅かだった・・・。そんな私を主さまは救って下さって、そして私は今こうして生きている。」
 「だけど主がノゾミを助けたのは、利用する為・・・」
 「それでも私は、鬼になった事を後悔なんかしていない。いいえ、鬼になれて本当に良かった。」
 「ノゾミ・・・」
 「鬼になっていなかったら、病弱な人間のままだったら、私は桂や柚明に会えなかったから。」
 「・・・そっか。」

 梢子はノゾミの肩をそっと抱き寄せた。
 ノゾミも抵抗する事無く、梢子の身体にそっと寄り添う。
 そんな2人の様子に誰も気付く事無く、周りの者たちは安らかな寝息を立てて眠っている。

 「・・・梢子の周りにはさ・・・いつもこうやって、人が沢山集まるよね。」
 「・・・単に騒々しいだけよ。」
 「羨ましいわよ。私はずっと1人だったから。」
 「でも今は1人じゃないでしょう?桂も柚明さんもいるし・・・私だって・・・。」
 「・・・うん・・・。」

 それから2人はしばらく無言のまま身を寄せ合い、綾代が見たという幽霊が現れるのを待ち続けた。
 梢子は鬼払いを手に、ノゾミは月光蝶をいつでも出せるように、身を寄せ合いながらその時を待つ。

 既に時計は夜中の2時を回っていた。
 だがノゾミが突然立ち上がり、月光蝶を周囲に展開した。
 いきなりのノゾミの行動に、梢子は慌てて立ち上がる。

 「ノゾミ、急にどうしたの!?」
 「・・・どうやら幽霊というのは、綾代の気のせいじゃなかったみたいね。」
 「え!?」

 そう言えばいつの間にか、何だか周りの空気が重くなっていた。
 それに夏だというのに、この肌寒さ。
 そして梢子が目にしたのは、いつの間にか・・・本当にいつの間にか、綾代の上に覆い被さっていた、長髪の少女の姿。
 長い髪に隠れて顔はよく見えないが、その姿は全裸、しかも半透明だった。

 「梢子!!」
 「言われるまでも無いわよ!!」

 とっさに梢子は鬼払いを手に、幽霊に斬りかかっていた。

 「綾代から、離れろーーーーーーーーーーーーっ!!」
 「・・・っ!!あああっ!!」

 梢子の斬撃をまともに受け、幽霊は壁に叩きつけられる。
 梢子の手に残る、確かな手応え。

 「いける・・・!!この鬼払いなら、例え幽霊が相手でも・・・!!」
 「・・・んんっ・・・」

 騒ぎを聞きつけたのか、綾代が目を覚ました。
 目を擦らせながら身体を起こすが、『力』を吸われたせいなのか、綾代の表情はとても辛そうだ。
 今の綾代は飢えていた。幽霊に『力』を吸われ、飢えていた。

 「綾代!!大丈夫!?」
 「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」
 「このぉっ、よくも綾代を!!許さないわよ!!」
 「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」
 「ノゾミ!!綾代をお願い!!私はこの幽霊を・・・!!」

 梢子の鬼払いが幽霊に迫る。
 そして綾代は自分を守る為に駆けつけたノゾミに抱きつき・・・

 「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」
 「ちょっと綾代!!しっかりしなさいな!!」
 「・・・やっぱりノゾミちゃんは・・・可愛いです・・・はあ・・・っ・・・」
 「・・・は?」

 ……押し倒した。

 「んな・・・!?」
 「ノゾミちゃん・・・はぁん、ノゾミちゃ~ん・・・」
 「ちょ、ちょっと、いきなり何するのよ!?離しなさいよ!!」
 「ナミちゃんも可愛いけど・・・やっぱりノゾミちゃんも捨てがたいです・・・はぁ・・・」

 綾代は『力』を吸われて意識が混濁しており、目の焦点が合っていなかった。
 今の綾代は飢えていた。幽霊に『力』を吸われたせいで飢えていた。
 その飢えを満たす為に、綾代はノゾミで飢えを満たそうとする。
 しかも『力』を吸われて意識が混濁しているせいか、完全に理性がぶっ飛んでいて、全然歯止めが効かなかった・・・。

 「・・・ちゅっ。」
 「ひあああああっ!?」
 「ノゾミちゃん・・・可愛い・・・」
 「こんのおっ、離せって言ってるでしょうがあっ!!」

 ノゾミは綾代に邪眼を使った。
 しかし、綾代には効かなかった!!

 「そ、そんな・・・邪眼が効かない!?」
 「ノゾミちゃん・・・はぁ・・・ノゾミちゃん・・・」
 「くっ・・・しかし!!」

 ノゾミは赤い蛇を生み出した。
 しかし、綾代には効かなかった!!

 「それでも!!」

 ノゾミは展開していた月光蝶を綾代にぶつけた。
 しかし、綾代には効かなかった!!

 「だとしても!!」

 ノゾミは移し身を一旦強制解除しようとした。
 しかし、綾代によって無効化されてしまった!!

 「そ、そんな・・・移し身が・・・解けない!?」
 「はぁ、はぁ、はぁ・・・ノゾミちゃん・・・」
 「ちょっと!!何なのよこの展開は!?さっきまで凄くシリアスな話だったのに、何でこうなる訳よ!?」
 「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」 

 綾代は鼻息を荒げながら、とても興奮した表情でノゾミの着物を脱がしていく。
 ノゾミは必死に抵抗しようとするが、何故か力が入らない。
 赤い蛇も月光蝶も、何故か召喚する事が出来ない・・・。

 「しょ、梢子!!ボサッとしてないで助け・・・」

 梢子は幽霊を撃退したものの、壮絶な相打ちとなり、気を失っていた・・・。

 「んなああああああああああああ!?」
 「これで邪魔者はいなくなりましたわ・・・さあ・・・ノゾミちゃん・・・」
 「ひいっ・・・!?」
 「・・・私、あの幽霊に『力』を吸い取られて・・・今、とっても飢えてるんです・・・はぁ・・・はぁ・・・」
 「いや、飢えてるって、何に飢えてるのよ!?」
 「だから・・・下さい・・・ノゾミちゃんを・・・もっと下さい・・・」
 「嫌・・・嫌・・・!!」
 「大丈夫・・・心配しないで・・・優しくしてあげますから・・・。」
 「嫌・・・嫌・・・嫌・・・!!」
 「・・・ね?」

 ……ガバッ!!

 「嫌あああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 わっふるわっふるわっふるわっふるわっふる

4.何はともあれ日はまた昇る


 「桂さん、おはようございます~!!」
 「おはよ~・・・って、綾代ちゃんどうしたの?今日はやたらと元気じゃない。」
 「はい、何だか今日はとっても気分がいいんですよ!!」

 昨日とはうって変わって、綾代の表情はとっても輝いていた。
 肌はツヤツヤ、目はキラキラ、とっても清々しい笑顔。
 とても辛そうで虚ろな表情だった昨日とは雲泥の差だ。

 「何故かは知りませんが、全身から力が漲ってるんです!!」
 「ふ~ん、まあ綾代ちゃんが元気なら、それが一番だよ。」
 「はい、桂さんありがとうございます~!!」
 「・・・だけどね、綾代ちゃん・・・実は綾代ちゃんと入れ替わるかのように、今度はノゾミちゃんがね・・・。」
 「・・・はい?」

 隣の部屋ではノゾミが柚明に看病されていた。
 慌てて駆けつける綾代。だがノゾミの目は焦点が合っていなかった・・・。 

 「あは、あはは・・・あはははは・・・あはははははははは・・・」
 「柚明さん!!今度はノゾミちゃんが幽霊に襲われたというのは本当なのですか!?」
 「あはははははは・・・・あははははははは・・・」
 「まあ、ノゾミちゃん!!何て事なの!?」

 とても心配そうに、綾代は泣き笑いしているノゾミの顔を覗き込む。

 「見ての通りよ・・・まさかノゾミちゃん程の術者をここまで追い詰めるなんて・・・」
 「そんな・・・一体誰がノゾミちゃんにこんな事を・・・!!」
 「私が見張りの交代に駆けつけた時には、梢子ちゃんもノゾミちゃんも倒れていたの。」
 「それで、幽霊は!?」
 「2人が倒してくれたみたいね。消えて無くなっていたわ。」
 「そう・・・ですか・・・」

 なんか、苦しいのか気持ちいいのか、訳が分からない笑顔をしているノゾミ。
 そしてノゾミの隣で寝ていた梢子も、先程から頭痛がするのか、頭を押さえている。

 「梢子さん!!梢子さんが幽霊を倒したんですか!?」
 「う~ん・・・幽霊が保美の体の中に入り込んだ所までは覚えてるんだけど・・・それから先の事が思い出せないのよ・・・。」
 「そう・・・ですか・・・じゃあ一体誰がノゾミちゃんをこんな目に・・・」
 「少なくとも幽霊じゃないと私は思うけど・・・」
 「・・・ノゾミちゃん・・・」

 もう朝だというのに、ノゾミの移し身は一向に解ける気配が無い。
 柚明もオハシラサマだった頃に経験しているのだが、桂の血のような強力な力を大量に流し込まれれば、逆に移し身を出しっぱの方が楽になる物なのだが。

 「誰かがノゾミちゃんに『力』を大量に流し込んだ・・・?でも一体誰が・・・?」
 「あははは・・・あはははははは・・・あははははははは・・・」
 「ノゾミちゃん・・・私が仮眠を取っている間に、一体何があったというの・・・?」
 「あははははははは・・・あはははははは・・・あははははははは・・・」


 その後、ノゾミが立ち直るまでに一週間を要したという・・・。

 おしまい。