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アカイイト・アナザーストーリー

★守るべき存在



1.企み



 「烏月君、遅かったじゃないか。今日は任務は与えられていなかったはずだろ?一体どうしたんだ?」

 帰宅した烏月を1人の青年が出迎えた。
 彼の名は東条誠。千羽党に所属する鬼切りで、烏月の家で住み込みで働いている青年だ。
 烏月が役付きに任命される前から烏月の才能を誰よりも早く見抜き、彼はずっと烏月の事を気に掛けて面倒を見てきた。
 烏月と違って役付きでは無いが、烏月にとって東条は師のような存在で、また兄のような存在でもあるのだ。
 とても紳士的で優しい好青年で、死んでしまった烏月の兄・明良の面影によく似ている。それが烏月が東条に心を許す要因でもあった。 

 「誠さん・・・わざわざ私を玄関まで出迎えに来てくれなくても良かったのに。」
 「いや、あまりにも君の帰りが遅いもんだから、気になってね。」
 「ああ、今日は桂さんの剣道の鍛錬に付き合っていたんですよ。それでいつの間にか、こんな時間になってしまって・・・。」
 「桂さん・・・ああ、羽藤桂の事か。」

 烏月が桂と親しい間柄だという事は、千羽党では既に誰もが知っている事だった。

 「君は経観塚で彼女と関わり始めてから、雰囲気が変わったよ。」
 「変わった?私がですか?」
 「ああ、何ていうのかな。どことなく柔らかくなったというか、ピリピリした感じが無くなったというか。」
 「はあ・・・そうですか・・・。」
 「まあそんな事より、晩御飯はどうしたんだ?まだ食べて無いならすぐに支度を・・・」
 「いえ、今日は柚明さんにご馳走になりましたから。その、柚明さんに『相談したい事があるから、どうしても』と誘われて・・・。」
 「・・・そうか・・・羽藤柚明に・・・。」

 東条は厳しい表情を見せる。
 普段は自分の前ではあまり見せないその表情に、烏月は一瞬戸惑った。

 「あの、誠さん・・・?私が柚明さんの料理を食べた事に何か問題でも・・・?」
 「・・・あ、いや、違うんだ。その・・・それならそれで、連絡位は入れて欲しかったと思ってさ。」
 「ああ、すみません、心配を掛けてしまったようで・・・」
 「いいんだよ。次からは気をつけてくれればそれでいいさ。」
 「では、今からお風呂に入ってきますので。」
 「ああ、ゆっくり身体を休めるといいよ。」

 桂との鍛錬、そして夏の蒸し暑さのせいで、すっかり汗だくになってしまった身体を癒すため、烏月は浴室へと入っていく。
 そんな烏月の後ろ姿を東条は複雑な表情で見つめていた。
 深く溜め息を付き、千羽党党首・・・烏月の祖父から与えられた、烏月には知らされていない極秘任務の事を思い出す。

 「よりにもよって、羽藤桂と羽藤柚明を殺せだなんて・・・師父殿も随分と無茶な事を言ってくれる・・・。」

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 事の発端は先日の事だった。
 任務を終えて戻ってきた東条は、烏月の祖父に突然呼び出されたのだ。
 一体何事かと思い、東条は烏月の祖父の部屋へと向かったのだが、与えられた極秘任務の内容に戸惑いを隠せなかった。

 『師父殿!!それは一体どういう事なんですか!?』
 『聞いての通り、羽藤桂と羽藤柚明を殺せとお前に命じたのだ。』
 『しかし、何故あの2人を殺さなければならないのですか!?あの2人は何の罪も無い、ただの一般人ですよ!?』
 『殺される理由・・・それは奴等の存在自体がそうだと言えよう。』
 『存在自体が殺される理由!?意味が分かりませんよ!!』
 『奴等は贄の血を身体に宿す存在だからだ。』
 『贄の血・・・確かにあの2人は贄の血を身体に宿す希少な存在ですが、しかしそれが一体どういう・・・』
 『まだ分からぬか?贄の血を飲んだ人外の者たちは、力を爆発的に増幅させる。だから奴等を早急に始末せねばならないと私は言っているのだ。』
 『し、師父殿・・・まさか・・・』

 東条は烏月の祖父の言っている事を瞬時に理解した。

 贄の血を飲んだ人ならざる者たちは、力が爆発的に増幅する。
 それは経観塚で桂の血を大量に飲んだ柚明が、圧倒的な強さでノゾミとミカゲを叩きのめした事で実証されている。
 だが、あの時は飲んだ相手が柚明だったから良かったのだが、これがもしノゾミとミカゲだったら今頃どうなっていたか。
 それだけではない。もし悪意ある鬼に桂と柚明が渡ってしまい、贄の血を飲まれてしまったら・・・。
 爆発的に力を増幅させた鬼は瞬く間に脅威の存在となり、人間たちを襲うだろう。そうなれば一体どれだけの犠牲が出てしまうのか。
 だからこそ、この日本の平和を『確実に』維持するために、悪意ある鬼に奪われる前に、危険因子である桂と柚明を殺さなければならない・・・烏月の祖父はそう言っているのだ。

 『しかし、だからといって羽藤桂と羽藤柚明を殺せとは・・・!!特に羽藤柚明は、主を封じてくれた功労者でもあるんですよ!?それを、恩を仇で返すような真似をするなど!!』
 『情に流されて大義を失ってしまうようでは鬼切りなど務まらぬ。危険な存在である以上、たとえ誰であろうと抹殺せねばならんのだ。』
 『師父殿、この事は烏月君と葛様には・・・』
 『話すはずがなかろう。話せば間違いなく猛反対するであろうからな。これは私が千羽党党首として、お前と三上と谷原にのみ与えた極秘任務なのだ。』
 『しかし師父殿、それでは羽藤桂と羽藤柚明があまりにも不憫では・・・』
 『一切の情は許さぬ。くれぐれも烏月と葛様に悟られないように、隠密に殺すのだぞ。失敗は絶対に許されぬ。』
 『師父殿・・・』
 『鬼の脅威から少しでも確実に人々を守る為なのだ。それを肝に銘じておくのだ。東条よ。』

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 「明日は土曜日・・・確か烏月君は朝から任務で不在だったはず・・・羽藤桂は部活動の練習日で、浅間サクヤはフォトグラファーの仕事で北海道にいるし、藤原望は日が出ている間は具現化出来ない・・・」

 つまり桂と柚明を殺すのは、明日の朝が最大の好機という事になる。
 烏月が不在で、ノゾミも日中は具現化出来ない、さらに柚明もサクヤもそばにいないので、明日の朝・・・桂が登校してから学校に辿り着くまでの間は、桂を守る者は誰もいない事になるのだ。
 一応、桂は剣道を習ってはいるのだが、習い始めてからまだ1週間程度しか経っていない初心者だ。全く脅威に値しない。
 問題は桂と違って贄の血の力を完璧に使いこなし、術者としての高い戦闘能力を持つ柚明なのだが、隙を突いて術をかけられる前に、一気に斬り捨てるしかないだろう。

 「しかし・・・だからと言って、これでは羽藤桂と羽藤柚明があまりにも・・・」
 「誠さん?桂さんと柚明さんがどうかしましたか?」

 パジャマに着替えた、風呂上りの烏月が東条に話しかけてきた。
 ずっと考え事をしていたので、東条は烏月が来た事に全然気が付かなかった。

 「あ、いや・・・何でも無いんだ・・・烏月君。」
 「誠さん、さっきから顔色が悪いですよ?一体どうしたんですか?私でよければ相談に乗りましょうか?」
 「本当に、心配はいらないから・・・。」
 「そうですか・・・ならいいのですが・・・。」

 心配そうな表情で自分を見つめる烏月を見て、東条はますます罪悪感が強くなっていった。
 いかに危険因子とはいえ、烏月と深い親交のある、それも何の罪も無い桂と柚明を本当に殺してもいいのか。
 だが千羽党の鬼切りにとって、党首である烏月の祖父の命令は絶対だ。逆らう事は許されない。 

 「くそっ・・・本当にやらなければならないのか・・・僕は・・・!!」

 烏月の祖父の言葉が、今も東条の脳裏に焼きついていた。

 『贄の血を飲んだ人外の者たちは、力を爆発的に増幅させる。だから奴等を早急に始末せねばならないと私は言っているのだ。』
 『情に流されて大義を失ってしまうようでは鬼切りなど務まらぬ。危険な存在である以上、たとえ誰であろうと抹殺せねばならんのだ。』
 『鬼の脅威から少しでも確実に人々を守る為なのだ。それを肝に銘じておくのだ。東条よ。』

 そう、桂と柚明の犠牲だけで、その他大勢の犠牲を出さずに済むというのであれば。
 鬼切りとしての立場から考えれば、桂と柚明の命とその他大勢の命・・・天秤にかけなければならないとするならば、後者の方が遥かに重いに決まっている。
 東条は鬼切りとして、鬼に殺された者たちの無残な姿、そして残された遺族の悲しみと憎しみの表情を数え切れない程見てきた。
 東条自身も鬼に両親と妹を殺されたので、そういった人たちの無念は痛いほどよく分かる。そんな悲しい思いをする人たちを少しでも減らしたくて、東条は鬼切りになったのだ。

 そう、東条は鬼切り。鬼の脅威から人々を守るための一筋の剣。
 鬼切りとして、鬼の脅威を増幅しかねない存在・・・贄の血を身体に宿す桂と柚明は、烏月の祖父の言う通り、確かに早急に始末しなければならない存在なのかもしれない。

 「・・・もう・・・やるしかないんだ・・・!!」

 東条は、覚悟を決めた。


2.襲撃



 「こちら三上。羽藤桂がたった今、予定通り学校へと向かいました。」

 そして翌日の土曜日の朝。東条は部下2人とトランシーバーで連絡を取り合いながら、桂と柚明の事を遠くから望遠カメラで監視していた。

 「こちら谷原。羽藤柚明は現在、マンションで1人です・・・東条さん、やるなら今が最大の好機かと。」
 「そうだな。これだけ晴天なら藤原望は具現化する事は出来まい。」

 この状況なら、少なくとも桂の命は確実に奪える。東条はそう判断した。
 ここまで来たら、もうやるしかない。
 鬼の脅威から少しでも多くの人々を守るためにも。

 「よし、羽藤桂は僕がやる。三上と谷原は羽藤柚明を狙え。術を使う暇も与えずに速攻で終わらせるんだ。」
 「了解しました。これより作戦行動に入ります!!」


 宅急便の配達業者に偽装した三上と谷原が、ダンボールを持って柚明のマンションへと向かっていく。
 戦闘のプロである鬼切り部千羽党、その中でも数多くの修羅場を乗り越えた歴戦の戦士である2人。
 これから人を殺そうとしているにも関わらず、2人の表情や仕草からは戸惑いや動揺といった類の物は微塵も感じられなかった。
 それに殺気の消し方も見事だ。完全に周りの人間たちと同化している。どこからどう見ても不審者の類に見えず、周囲の誰からも怪しまれていない。
 この事から2人の実戦経験と実力は、相当な物である事が伺える。

 そして2人はダンボールを持って、柚明の部屋の呼び鈴を鳴らした。

 「ごめんください、○○運輸の者なんですが、羽藤柚明さん宛てにお荷物が届いているんですが。」
 「は~い、ちょっと待ってて下さいね。え~と、ハンコはどこにいったかしら・・・ああ、あったあった。」

 ハンコを持って柚明がドアを開ける。
 何食わぬ顔で、柚明にダンボールを手渡す2人。

 「ここに印鑑をお願い出来ますか?」
 「よいしょっと・・・これでよろしいですか?」
 「ええ、よろしいですよ。確かにお荷物をお届けしましたので・・・ここで死ねぇ!!」


 1人で登校する桂に、スーツ姿で何食わぬ顔で近づく東条。
 その表情や仕草からは、一片の殺意も感じられない。どこからどう見ても普通のサラリーマンだ。
 東条もまた、数多くの修羅場をくぐり抜けてきた歴戦の戦士なのだ。
 とても紳士的な態度で、東条は桂に話しかける。
 周りの通行人は東条の事を、誰一人として不審者とは思わずにそのまま通り過ぎて行く。
 まさか今ここで桂を殺そうとしているとも思わずに。

 「あの、すいません、ちょっと道をお尋ねしてもよろしいでしょうか?」
 「え?私ですか?」
 「ここから○○病院まではどうやって行けばいいか、分かりませんかね?」
 「ああ、その病院ならここから真っ直ぐ行って突き当たりを左に・・・」

 病院への住所が書かれた紙切れに桂が気を取られている、その一瞬。
 東条は隠し持っていたナイフを構え、無駄の無い素早い動きで桂に斬りかかった。

 (すまない、羽藤桂・・・だがこれも鬼の脅威から少しでも多くの人々を守る為なんだ!!)

 ナイフを振り下ろす。
 ……動かなかった。

 「何・・・だと・・・こ、これは・・・!?」

 いつの間にか東条の全身が、無数の赤い糸で縛られていた。
 予想外の出来事に東条は焦りの表情を隠せない。

 「馬鹿な・・・この術は・・・まさか・・・!!」
 「不意打ちだなんて、随分と卑怯な真似をしてくれるじゃない。千羽党っていつからそんな姑息な組織になったのかしら?」

 いつの間にか具現化していたノゾミが、東条を拘束していたのだ。

 「何故だ!?何故お前がこんな日中に具現化出来るんだ!?藤原望!!」


 「な・・・か、身体が・・・!!」
 「いくらもがいても無駄ですよ。貴方達の身体は私が支配していますから。」

 柚明に斬りかかった東条の部下2人もまた、柚明の術で動きを封じられていた。
 予想外の状況に2人は焦りの表情を隠せない。
 完全に不意を付いたはずなのに、柚明に術を使わせる暇を与えないはずだったのに、蓋を開けてみればこのザマだ。
 まるでこの時間帯に自分たちが来る事が最初から分かっていたかのような、あまりにも手際が良すぎる柚明の対応に、2人は驚きを隠せなかった。

 「い、いつの間に我々に術を・・・!?」
 「貴方達が呼び鈴を鳴らしている間にですよ。ハンコを探す振りをしている間に、ドア越しにね。」
 「馬鹿な・・・我々の企みを最初から見破っていたというのか・・・!?」

 柚明の周囲を無数の月光蝶が舞っていた。
 桂やノゾミには一度も見せた事の無い、柚明の冷酷な表情。それを見た三上と谷原は背筋が凍った。

 「さて・・・一体どういう意図があって私と桂ちゃんの命を狙ったのか、説明してもらいましょうか?鬼切り部千羽党の三上俊さんと谷原英二さん?」


3.幕切れ



 東条は、あまりにも手際の良いノゾミの対応、そして目の前に刃物を持った男がいるというのに、全く動揺していない桂の態度に驚きを隠せなかった。
 まるで今日この時間帯に自分が現れる事が、最初から分かっていたかのようなのだ。
 そもそも何故、強い日の光が直撃しているこの晴天の朝早くから、ノゾミが具現化出来ているのか。

 「ぐっ・・・何故だ・・・何故僕がここに来ると最初から・・・!!」
 「烏月さんが教えてくれたんです。貴方達が私と柚明お姉ちゃんを監視してたって。」
 「馬鹿な!!どうして烏月君がその事を知っているんだ!?葛様を通さずに、師父殿から直接与えられた極秘任務だというのに!!」

 そこへ、先程からこっそりと後をつけていた烏月が物陰から現れた。
 自分が桂の命を狙いに来る事が最初から分かっていたかのように、烏月の態度はとても落ち着いていた。
 そして烏月が自分に見せる、とても悲しそうな表情。

 「烏月君・・・何故君がここに!?今日は任務で不在じゃなかったのか!?」
 「誠さん・・・実は柚明さんに昨日相談されたんですよ。ここ数日、誰かに監視されていると。」

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 『桂ちゃん、ノゾミちゃん、お帰りなさい。あ、烏月さんもいらっしゃい。よく来てくれたわね。』
 『柚明さん、お久しぶりです。元気そうで何よりですよ。』
 『遠慮しないで上がって頂戴ね。もうすぐ晩御飯が出来るから、桂ちゃんやノゾミちゃんと一緒に席に座って待っててくれる?』
 『はい、失礼します。』

 そしてテーブルに並べられる、柚明の手作りの料理。
 4人は談笑しながらそれらを美味しそうに食べていたのだが、食事が済んでお茶を差し出された時、烏月が本題を切り出した。

 『柚明さん、ごちそうさまでした。ところで私に相談したい事とは一体何なのでしょうか?』
 『ええ、実はここ数日、私と桂ちゃんが誰かに監視されているみたいなの。』
 『監視・・・?』
 『気配の消し方も見事だったし、相手は相当訓練された尾行のプロだわ。それで烏月さんに相談しようと思ったんだけど・・・。』
 『それは見過ごしてはおけませんね。2人の贄の血を狙う新手の鬼でしょうか?』
 『それは無いと思うの。私はこうして贄の血の気配を断っているし、桂ちゃんの贄の血の存在もノゾミちゃんが隠してくれているから。』
 『では、2人が贄の血を宿している事を知っている組織の者という点が、一番怪し・・・まさか!!』

 言いかけて烏月はハッとなった。
 考えたくは無いが、千羽党の誰かが関わっているとしか思えないのだ。
 現在、桂と柚明が贄の血を宿す事を知っているのは、鬼切り部の中では葛と、自分を含めた千羽党の一部の人間だけだからだ。

 『柚明さん、尾行した奴の顔は分かりますか!?』
 『月光蝶を周囲に展開して探知したんだけど・・・これが誰だか分かるかしら?』

 柚明が生み出した一匹の月光蝶が、烏月の頭の中に融けていく。
 烏月は静かに目を閉じて、脳裏に映し出された映像を観る。
 しばらくして、烏月は驚愕の表情を見せた。

 『・・・三上さんと谷原さん・・・それに誠さんまで!!』
 『烏月さんの知り合い?』
 『知り合いも何も、3人共私の先輩の鬼切りですよ!!』
 『そう・・・千羽党が私と桂ちゃんを・・・』
 『一体どういう事なんだ!?どうしてあの3人が桂さんと柚明さんを監視しているんだ!?くそっ、こうなったら誠さんを問い詰めて・・・』

 携帯電話を取り出した烏月を、慌てて桂が止めた。

 『烏月さん、ちょっと待って。その3人の目的が私と柚明お姉ちゃんなら、この際だから誘い出して返り討ちにするっていうのはどうかな?』
 『桂ちゃん、何を言っているの!?私はそれでも構わないけど、桂ちゃんはとても危険よ!?』
 『でも柚明お姉ちゃん、このまま監視されたままだと、私も柚明お姉ちゃんも安心して外を出歩けないよ。だからいっその事、こっちから捕まえて・・・』
 『それは確かにそうだけど、だからと言って桂ちゃんをわざわざ危険に晒すなんて事、出来るはずが無いでしょう!?』

 確かに桂の言う通り、このままだと蛇の生殺し状態だ。それに今の現状だと落ち着いて学校にも行けないだろう。
 だから迅速に解決する為に、桂が自ら囮になって3人を誘い出して捕まえるという桂の提案も、分からなくは無い。
 だがそれでも柚明は納得が行かなかった。一歩間違えば桂がとても危険だからだ。

 『大丈夫だよ。今の私にはノゾミちゃんがいるし、私の血を貰えば昼間でも具現化出来るって、この間ノゾミちゃんが言ってたから。』
 『桂さん、落ち着いて。その提案も分からなくはないし、私もノゾミの事は信用しているが、まずは葛様に相談しよう。全てはそれからだ。』

 烏月も、この状況を一刻も早く打破したいという桂の気持ちは理解出来たが、こういう事こそ焦らず慎重に対処しないといけない。
 先程取り出した携帯電話を使って、烏月は葛に電話を掛けた。

 『もしもし、葛様ですか?千羽です。こんな夜分に申し訳無いのですが、緊急事態なんです。実は桂さんと柚明さんが・・・』 


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 「それで、ノゾミだけでは何かあった時に不安だという事で、葛様の命令で私が離れた位置から桂さんを護衛していたというわけなんですよ。最も、私がいなくてもノゾミ1人で事足りたようですが。」
 「くっ・・・まさか羽藤柚明に感付かれて、二重尾行されていたとは・・・!!」
 「誠さん、一体何故このような事を・・・!?何故桂さんと柚明さんの命を狙ったんですか!?」
 「・・・師父殿からの命令だよ・・・。贄の血を宿す羽藤桂と羽藤柚明は、鬼の力を増幅しかねない危険因子だから始末しろとね。」
 「馬鹿な・・・おじい様が!?」

 自分の祖父が全ての元凶だと聞かされ、烏月は動揺を隠せなかった。

 「僕だって、本当はこんな事はしたくなかったんだ。何の罪も無い、幸せに暮らしている羽藤桂と羽藤柚明を、贄の血を宿しているからという理由だけで殺すなんてね。」
 「誠さん・・・。」
 「だけど師父殿に言われたよ。情に流されて大義を見失うようでは、本当に守るべき物も守れなくなると。羽藤桂と羽藤柚明を殺す事が、より多くの人々の命を救う事に繋がるんだと。」
 「そんな、どうしてそんな理屈になるんですか!?」
 「もし万が一この2人が悪しき鬼の手に渡り、贄の血を吸い尽くされてしまえば、その鬼は強大な力を得て、人々の脅威になる。だからそうなる前に2人を殺せと・・・そういう事だよ。」

 確かに東条の言う事も分からなくも無い。烏月も鬼切り役として、頭では烏月の祖父の言い分も理解は出来ていた。
 だがそれでも、何の罪も無い2人をそんな理由で殺すなど、烏月にはとても納得が行かなかった。
 しかも柚明に至っては、10年間主を封じてくれた功労者なのだ。それなのに恩を仇で返すような真似をするなど。
 それは東条とて同じ事だ。東条も納得はしていない。だが鬼切りにとって党首の命令は絶対だ。逆らう事は許されないのだ。

 そこへ、桂の携帯電話の着信音が鳴り響いた。

 「あ、柚明お姉ちゃんからだ。烏月さん、ちょっと待っててね。・・・もしもし、柚明お姉ちゃん?」
 「桂ちゃん、無事なのね!?そっちはどう!?東条さんを捕まえた!?」
 「うん。今はノゾミちゃんの術で縛られてる所だよ。柚明お姉ちゃんこそ大丈夫なの?」
 「ええ、こっちも片付いたわ。たった今、葛ちゃんも来た所なの。とにかくここはもう大丈夫だから、桂ちゃんもノゾミちゃんも早く戻って来なさい。」
 「でも柚明お姉ちゃん、今日は午前中は部活なんだけど・・・」
 「桂ちゃん、馬鹿な事は言わないの!!こんな大事な時に剣道どころじゃ無いでしょう!?それに桂ちゃんもノゾミちゃんに血を飲ませたんだし。」
 「・・・うん・・・そうだよね・・・。」
 「とにかく、学校には私から連絡しておくから。桂ちゃんもノゾミちゃんも早く戻って来るのよ?いいわね?」
 「うん、分かった。今からそっちに行くね。それじゃ。」


4.本当に守るべき物



 烏月と東条を連れて、桂とノゾミはマンションへと戻ってきた。
 そこで4人の目に映ったのは全く無傷の柚明と、桂とノゾミに対して申し訳無さそうな表情をしている葛、そして怯えた表情を見せている三上と谷原だった。
 桂とノゾミの無事な姿を見て、柚明はホッとした表情を見せる。

 「よかった、2人共本当に無事だったのね・・・!!」
 「うわっ、ゆ、柚明お姉ちゃん・・・」
 「ちょ、ちょっと柚明、いきなり何す・・・むぐぐ。」

 柚明は2人を両腕でぎゅっと抱き締めた。
 だが三上と谷原は柚明に一体何をされたのか・・・顔を蒼白させて震えていた。
 まだ柚明がかけた術が効いているのか、2人共柚明に正座させられたまま動かない。
 役付きである烏月には遠く及ばないものの、それでも2人は千羽党の中でも精鋭を誇る鬼切りなのだ。その2人がこのような無様な状態になっている事に、東条は驚きを隠せなかった。

 「三上!!谷原!!一体何があったんだ!?」
 「あなたが東条さんですね?いきなりこの2人が私の事を殺そうとしたので、捕まえて尋問させて頂きました。」
 「な・・・尋問!?」
 「ですが私も少しカッとなって、やり過ぎてしまったようですね。ほら、2人共私の事をこんなに怖がって、お漏らしまでしてしまって。お掃除するのも結構大変なんですよ?」
 「馬鹿な!!三上と谷原は、我が千羽党の中でも精鋭を誇る鬼切りなんだぞ!?それなのに、こんな無様な醜態を晒すなど・・・!!」
 「この2人が私を怒らせたからですよ。桂ちゃんを殺す事がこの国の人々を守る事に繋がるだなんて、馬鹿な事を言うから。」

 桂とノゾミに見えないように2人をぎゅっと抱き締めたまま、柚明はとても冷酷な瞳で東条を睨み付けた。
 その瞳から感じられる柚明の静かな怒り、そして術者としての圧倒的な戦闘能力を敏感に感じ取り、東条の背筋がゾッと凍り付く。
 東条が調べた柚明のデータは、とても清楚で物静かで心優しい女性という物だった。いや、実際そうなのだが。
 だが理不尽な理由で大好きな桂を襲われた今の柚明からは、それがまるで感じ取れない。

 無理も無いだろう。柚明とて最愛の従妹の命を、それも理不尽な理由で狙われたのでは、穏やかな顔をしていられないだろう。いくら心優しい柚明でも、さすがにそこまでお人好しでは無いのだ。
 しかもこの2人はひたすら「党首の命令だから」などと主張し、全ての責任を烏月の祖父に押し付けるという愚劣な行為に出た。それがさらに柚明の逆鱗に触れてしまったのだ。
 もし葛が駆けつけて柚明に謝っていなければ、今頃柚明はこの2人を殺していたかもしれない。

 「桂おねーさん、ノゾミさん、柚明おねーさん。今回の件は千羽党党首の暴走が招いた事とはいえ、全ては頭である私の監督不届行によって引き起こされた物です。この場を借りてお詫びさせて頂きます。部下の非礼、本当に申し訳ありませんでした。」

 申し訳無さそうな表情で、葛は桂とノゾミを抱き締めている柚明に頭を下げた。
 心の底から慕っている桂と柚明の命を、自分の身内の人間が狙っていたという事に、葛は本当に申し訳無い気持ちで一杯だった。

 「葛ちゃんが謝る必要なんか無いのよ?この人達が葛ちゃんに何の相談も無しに、勝手にやった事なんでしょう?」
 「いえ、柚明おねーさんの言葉は嬉しいですが、私の頭としての力量不足がこのような事態を招いてしまった事は、逃れようの無い事実です。」
 「葛ちゃん・・・。」
 「ですが、彼等の事情も汲んでやって頂けませんでしょうか?鬼切り部に属する人間にとって党首の命令は絶対なんです。彼等はそれに従ったまでに過ぎないのです。」

 葛の言葉を聞いた三上と谷原が、慌てて何か言おうとしたのだが・・・。

 「そ、そうなんですよ、俺たちだって党首の命令で仕方が無く・・・」
 「貴方達は少し黙っていなさい。」
 「ひ、ひいいいいいいいいいいいい!!ももももももう逆らいませんから許して下さい!!お、お、お願いですから、もう『あんな事』はしないで下さい!!うわあああああああああああん!!」

 柚明に睨まれて、とうとう泣き出してしまった・・・。
 一体この2人は、柚明に何をされたのだろうか・・・。
 そんな『愚物』2人など無視して、柚明は葛を穏やかな瞳でじっと見つめる。
 葛は全ての責任は自分にあると主張しているが、柚明はそんな風には思っていなかった。
 むしろ柚明に言わせれば、今回の件は千羽党の一部の人間が勝手にやった事であって、葛が謝る必要などこれっぽっちも無いのだ。

 「もう、この2人も葛ちゃんみたいに最初から素直に謝ってくれれば、私だって『あんな事』はしなかったのに。」
 「柚明おねーさんのその怒りは、全て頭である私が受け止めましょう。今から柚明おねーさんが『先程この2人にした行為』を、私が代わりに引き受けます。ですからどうか、この3人を許してやっては頂けないでしょうか!?」
 「葛ちゃん、何を馬鹿な事を言っているの?私が葛ちゃんに『あんな事』をするなんて、そんな事出来るはずが無いでしょう?」
 「ですが柚明おねーさん、私はこのままでは柚明おねーさんに申し訳が・・・」
 「・・・分かったわ。可愛い葛ちゃんが必死に謝ってくれたから、今回だけは許してあげる。」

 パチン。
 柚明が指を鳴らすと、それに呼応するかのように三上と谷原の束縛が解けた。
 身体が自由になった途端に、慌てて柚明の前から逃げ出して東条にしがみつく2人。
 そんな情け無い醜態を晒す2人、そして柚明の威圧に辛うじて耐えた東条に、葛は頭としてのしっかりとした、威厳のある態度で告げた。

 「これより羽藤桂、羽藤柚明、藤原望の3名に関しての処遇は、全て千羽烏月に一任する物とします。また今回の件を引き起こした千羽党党首は私の権限でもって、1週間の謹慎処分と2か月分の減俸処分とします。」
 「葛様、三上と谷原に関しては、どうか寛大な処置を取って頂けませんでしょうか!?彼等は党首の命令に従っただけであって・・・」
 「あなた方3人に関しては東条さんの今の主張を汲み、今ここで厳重注意のみに留める物とします。」
 「・・・寛大な措置に感謝いたします!!」
 「いいですか?私たち鬼切りは、力無き人々を鬼の脅威から守る剣。その鬼切りが何故、何の罪も無いこの2人の命を狙わなければならないのですか?」
 「はい、葛様のおっしゃる通りであります!!」
 「力を振るう相手を間違えないで下さい。あなた方鬼切りが本当に討つべき相手は何なのですか?本当に守るべき存在は何なのですか?今回の件をいい教訓として、頭を冷やして鬼切りの使命という物を今一度考え直して下さい。」
 「はっ!!仰せのままに!!」
 「ではそろそろ戻りましょう。桂おねーさん、柚明おねーさん、ノゾミさん。本当にご迷惑をお掛けしました。今回の件に関してのお詫びは、また後ほど改めてさせて頂きます。それでは。」

 未だに恐怖に震えている三上と谷原を東条が助け起こし、葛たちはマンションを後にした。
 ようやく全てが解決し、桂は大きな溜め息を漏らして腰を抜かす。
 ノゾミはそんな桂のだらしない姿に心底呆れていた。

 「全く、桂ったら本当にだらしないわね。ところで柚明。あなた一体あの2人に何をしたのかしら?」
 「・・・出来れば桂ちゃんの前で話したくないんだけど・・・だって、桂ちゃんが私の事を嫌いになったら嫌だから・・・。」
 「・・・大体想像が付くわ。私も月光蝶を使えるようになったから分かるけど・・・月光蝶で出来る拷問といえば、『あれ』でしょう。」
 「そうなのよ、『あれ』なの。」 
 「でも、いくら何でも『あれ』はちょっと可哀想なんじゃないの?」
 「何を言っているの?あの人たちは桂ちゃんを殺そうとしたのよ?私にとっては『あれ』でも足りない位だわ。」
 「・・・そうね。私の桂にあんな酷い事をしようとしたんだもの。『あれ』は確かに丁度いいお仕置きだったかもしれないわね。」

 そこへ、さっきから置いてけぼりの桂が、頬を膨らませながら柚明とノゾミに問い詰めた。

 「だから柚明お姉ちゃん、ノゾミちゃん、『あれ』って一体何なのよ~~~~~~!?」


 柚明にとって桂とノゾミは何物にも代えがたい、とても大切な存在だ。
 もし今回のように2人の命を狙う者が現れるのであれば、例えそれが誰であったとしても、柚明は決して容赦はしない。今回のように全身全霊を持って排除しようとするだろう。
 桂とノゾミは柚明の大切な妹であり、愛すべき存在であり、心の支えでもあるのだ。
 だからこそ、桂とノゾミを傷つけようとする者を、柚明は絶対に許さない。
 柚明にとって桂とノゾミは、全身全霊をもって守るべき大切な存在であり、柚明の世界の中心でもあるのだから。