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シロイユキ後日談

「緊迫の信用金庫立てこもり事件」(前半)


1.国会での激論の最中に


 セラが引き起こした事件から3ヶ月が過ぎた、もうすぐ8月になろうかという真夏日の最中。
 日本の政治の中枢を担う国会議事堂において、雨音に命を救われた蓮子議員がとても真剣な表情で、他の議員を相手に壮絶な激論を繰り広げていた。

 「・・・以上のようにアメリカで起こった、小学校での銃乱射による大量虐殺事件は、やはり銃の存在その物が引きこした物だと私は断言します!!凶悪な兵器が存在するからこそ、それを使って犯罪が発生するのです!!」
 「それは銃が規制されていないアメリカやドミニカ共和国での話だろう!?その事件の話を今ここで持ちかけて、同じように扱われても困るんだよ!!」
 「確かに我が国では一般人の銃の使用は許されていません!!しかしそれでも警察が武力として銃を使用していますし、最近では一部の警備会社も銃の使用を許されている現状です!!彼らが欲情に駆られて銃を犯罪に使う事態だけは避けなければならないのです!!」
 「では君は命を賭けて市民を守ってくれている警官や警備員たちに、凶悪犯罪者に対して丸腰で挑めと言うのかね!?それこそ彼らに対して死ねと言っているような物だ!!」

 蓮子議員と真っ向から対立する初老の男性議員の主張と共に、そうだそうだ!!と他の議員からも賛同の声が挙がる。
 今回の通常国会で蓮子議員が持ちかけた議題は、現在警察や一部の警備会社で使用が許されている拳銃に関して、完全に規制するべきか否かについてだ。
 あくまでも銃の存在その物が犯罪の温床だと主張する蓮子議員は、先日アメリカで起こった少年による銃の乱射事件を例に挙げ、警察だろうと警備会社だろうと銃を完全に規制すべきだとの意見を貫いている。
 それに対して多くの議員たちが、凶悪犯罪者への対抗手段として銃はどうしても必要だとの意見を崩さなかった。
 いつもの事なのだが国会議事堂の中は、なんかもう異様な雰囲気に包まれてしまっている。

 「そもそも村野議員!!君は氷の女神セラが引き起こした暴動の際に、ファルソックの新堂さんに銃で命を救われただろうが!!新堂さんが銃で君を守ってくれたからこそ、君はこうして生きていられるんだぞ!?よもやそれを忘れたとは言わせんぞ!!」
 「それはそれ、これはこれです!!それを抜きにしても銃は危険な存在なのです!!大体流れ弾が何の関係も無い第三者に当たる危険性だってあるんですよ!?」
 「まだテスト段階だが、最近は警視庁が独自に開発したEAS(エイミングアシストシステム)だって完成している!!流れ弾による死傷者を極力抑えられるようになっているんだ!!」
 「それでも100%安全とは言えないでしょう!?それにそれでは前述のように、警官や警備員そのものが犯罪者になってしまった場合への対処には成り得ません!!」 

 銃が悪いわけではないのに。悪いのは銃を使って犯罪を犯す者たちなのに。
 要は使う者の心がけが大事なのであって、何でもかんでも危険だからという理由で規制すればいいという物ではないのだ。それを他の議員たちは必死に訴えているのだが、蓮子議員も一歩も譲るつもりは無いらしい。
 蓮子議員の「凶悪な武器そのものが犯罪の温床」という主張を押し通すならば、それこそ銃だけではなく料理で使用する包丁や、カッターナイフ、ドリル、果てはライターやロウソクといった一般工具や日用品まで際限無く規制しなければならなくなってしまうだろう。

 確かに銃は凶悪な兵器だ。引き金を引くだけで簡単に人の命を奪う事が出来る。
 だがそんな銃も、凶悪犯罪者が使用する凶器への貴重な対抗手段であり、何よりも使い方によっては力無き人々を守る為の力にも充分成り得る。実際に雨音の銃によって救われた者たちだって何人もいるのだ。
 蓮子議員とて雨音の銃で命を救われた者の一人だというのに、それでも蓮子議員は己の主張を一切曲げようとはしなかった。

 そんな蓮子議員が、他の議員たちと激論を繰り広げている最中。
 日本は他国と比べて治安はかなりいい方だと言われているが、そんな治安国家でも全国各地において、凶悪犯罪が連日のように立て続けに発生しているのである。
 蓮子議員の女性秘書が血相を変えて、大慌てで議場に姿を現して事件発生を告げた。

 「た、大変です!!千葉県青城市の信用金庫で、外国人の凶悪犯が青城女学院の生徒の少女を人質に取って、立て篭っている最中だとの情報が入りました!!」
 「何ですって!?」
 「犯人は銃を所持しているとの事で、通報を受けた現地の警察が現場に向かっているとの事です!!」

 先日のアメリカでの銃乱射事件に続き、またしても銃を使用しての凶悪な犯罪が発生してしまったのである。
 銃の規制が厳しい日本において、一体どのようなルートで銃を入手したのだろうか。そもそも税関は一体何をやっているのだろうか。

 「相手が銃を手に人質を取っている以上、通常の警察官だけでは手に負えないわ!!すぐに千葉県警のSATを出動させなさい!!」
 「そ、それが・・・既に要請したのですが、SATは現在発生している別の事件への対応で全員出払っているとの事で、今すぐには無理だとの返答が・・・!!」
 「何ですってえ!?それじゃあ一体何のための特殊部隊なのよ!?」
 「神奈川県警のSATにも出動要請をしたのですが、こちらも色々と立て込んでいるらしくて、部隊を再編成して現地に向かうには1時間を要するとの事です!!」

 SAT(サット)とは、日本の警察が誇る特殊強襲部隊の事である。
 全員が優れた戦闘技術を誇る精鋭部隊で、人質を取っての立てこもり事件や乗り物へのハイジャック、重要施設の占拠、銃火器を使用した凶悪犯への対処など、通常の警察官だけでは対応し切れない凶悪事件への対処を主な任務としている。
 当然ながら特殊装備も数多く配備されており、最悪の場合はスナイパーライフルを使用しての犯人の狙撃を行う事も有り得る。
 だがそんな精鋭部隊であるが故に、配備されている人数は非常に限られている。あちらこちらから引っ張りだこで出動自体が出来なければ、何の威力も発揮しないのだ。

 SATが当てに出来ないので現地の警察官だけで対処して貰うしかないが、相手は拳銃を手にして人質まで取っており、解決には相当慎重な対応が求められるだろう。
 このままでは人質に取られた青城女学院の少女だけでなく、信用金庫の職員や客、周辺住民への安全が脅かされる事になりかねない。
 もし犯人が自暴自棄になり、拳銃で人質を射殺するような事態になったら・・・。

 「ほら御覧なさい!!だから銃を規制するべきだと私は皆さんに何度も言っているのです!!そもそも一体どうやって銃を手に入れたのか・・・!!」
 「今はそんな事はどうでもいいだろう!!現地の警察官たちに人命救助を最優先に、くれぐれも犯人を刺激しないよう慎重な対応をしろと連絡を・・・!!」

 男性議員が蓮子議員の女性秘書にそう言い掛けた、その時だ。

 「・・・新堂さんだ!!そうだ、新堂さんだよ!!」

 突然思い出したように、彼はそう切り出した。
 いきなり無関係の雨音が名指しされた事で、他の議員たちは呆気に取られた表情をしている。
 だがこの男性議員は何の迷いも無い決意に満ちた表情で、この場にいる誰もが予想もしなかった、とんでもない事を言い出した。

 「新堂さんに犯人の狙撃を依頼するべきだ!!彼女なら現地の警察官に出来ない犯人の狙撃も、クールに平然とやってのけてくれる!!」
 「な・・・何を馬鹿な事を言っているのですか貴方は!?何故新堂さんに犯人の狙撃を依頼しなければならないのですか!?」
 「貴方だって彼女の銃の腕を身をもって体験しているはずだ!!それに彼女は射撃の全国大会で準優勝した程の実力者なんだぞ!!」
 「しかしだからと言って、民間人の彼女に依頼するなど・・・!!」
 「今はそんな事を言っていられる場合か!?SATが当てに出来ないのなら、能力のある者にやって貰うしかないだろう!?」

 男性議員の主張に、そうだそうだ!!と賛成の声が多く挙がる。
 蓮子議員の反対意見は、彼らの賛成意見に完全に押し潰されてしまう結果となってしまった。
 とにかく今は一刻を争う事態だ。蓮子議員が止める余地もなく彼女の女性秘書に、早急にファルソック青城支部に連絡するよう命令が下されたのだった。

2.狙撃の準備


 「・・・あ・・・あう・・・あうあうあう・・・あうあうあうあうあ・・・(泣)」

 百子と一緒にいきなり事務所に呼び戻された雨音は、社長に告げられた衝撃の言葉に、思わず口をパクパクさせていた。
 無理も無いだろう。出動出来ないSATの代わりに犯人の狙撃をしてくれなど、あまりにも無茶にも程がある。
 確かに雨音は射撃の全国大会で準優勝した程の腕前であり、普段使っているハンドガンだけではなくアサルトライフル、ショットガン、サブマシンガンといった様々な銃器の訓練も受けており、スナイパーライフルも大会で使った経験があるので扱いには慣れているのだが。
 だからと言って、まさかその技能をこんな形で活かす事になろうとは夢にも思わなかっただろう。

 しかも社長の話だと、完全に閉め切られた信用金庫の窓をぶち破る為に、普段使っている硬質ゴム弾ではなく、千葉県警管轄のSATが所有する強力な貫通能力のあるアーマーピアッシング弾・・・つまり実弾を使ってほしいとの事だ。
 これでは一層の事、誤射が絶対に許されなくなってくる。当たり所が悪ければ標的を殺す事にもなりかねないからだ。

 「新堂君、やってくれるね!?いや、国からの依頼だ、やるしかないんだ!!」
 「あ、あの・・・やるのは別に構わないんですけど・・・そもそも狙撃っていうのは、その・・・事前に色々な準備が必要なわけで・・・」

 簡単に言ってくれる社長の態度に、雨音は経験者であるが故の戸惑いを感じていた。
 よくゲームのFPSやTPSで、スナイパーライフルでスコープをズームして、即座にヘッドショットで一撃必殺・・・というシーンを見かけるのだが、あれは現実には有り得ない事なのだ。
 狙撃を行う際は事前に天候や風向き、地形などを入念に調べ、あらかじめ最適な狙撃場所を選定しておかなければならない。
 標的からの距離が遠ければ遠い程、風や重力による弾への影響が比例して大きくなっていき、弾道がズレる要因になる。そして弾道がほんの僅かにズレるだけでも、弾が標的に到達するまでの誤差が大きくなってしまうのだ。

 それでも状況が状況なだけに、SATの代わりに雨音が狙撃をやるしかない。
 仕方が無いので雨音は溜め息をつきながら、立てこもり事件があった信用金庫周辺の地図をデスクトップパソコンで呼び出した。
 一刻を争う事態だが、より正確、精密な狙撃を行う為には、少しでも狙撃に適した場所を見つける必要があるからだ。
 人質に取られている青城女学院の少女には申し訳無いが、狙撃の準備は時間をかけてでも入念に行わなければならない。
 時間が無いからと言って無理に不適な場所から狙撃を行った結果、人質を誤射するなどという事態だけは絶対に避けなければならないのだ。
 国からの話では、仮にそうなっても罪には問わないとの事らしいが、それでも雨音にとって決して気分がいい物では無い。

 「て言うか雨音っち~。信用金庫の200m先に大きなビルがあるんだから、ここの屋上から撃ったら駄目なの?」
 「あのね百子ちゃん。射角が下過ぎても逆に狙いにくいんだよ。出来るだけ標的と同じ位の高さから、射角が平行になるように撃たないと。」
 「そうなの?視野が広がるから狙いやすいんじゃないかな~って思ったんだけど。」
 「狙撃っていうのはね、そんなに単純な物じゃないの。」

 百子と共に画面上の地図を見ながら、あそこでもない、ここでもない、と検討し合う雨音。
 視野が広がるから上からの方が狙いやすいという百子の意見は、素人がよく陥る誤った判断だ。
 確かに上からなら視野が広がるが、それでも無理な体勢から撃つ事になる上に、風や重力による微妙な弾道のズレも計算しにくくなるからだ。
 少なくとも雨音は百子が指差した場所を見た瞬間に、ここからだと駄目だと瞬時に判断した。
 多少距離が離れても、出来るだけ射角が平行になる位置から撃たなければならない。

 だが百子の意見を却下するとなると、犯人を狙撃出来る場所が相当限られてくる。
 信用金庫は市内のビルの3階にあるので、同じように周辺のビルの3階、もしくはそれに近い高さの建物から狙った方が狙撃しやすいのだが、その多くが太陽の位置が逆光になって狙撃しにくかったり、標的との直線状に大きな電柱があって邪魔になったりと、狙撃に適さない場所ばかりだったからだ。
 結局、百子と話し合う内に、地図を示す百子の指が信用金庫からどんどん離れていき、最終的に雨音が選んだ狙撃場所は・・・。

 「・・・ここから狙うしか無いみたいだね。」
 「・・・雨音っち・・・マジで言ってるの・・・?」

 信用金庫から800mも離れた、小さな鉄工所の屋根からとの結論に至った。
 ここからなら途中で目立った障害物は無く、また直接肌で風を感じ取れるので、風による弾道のズレを計算しやすい。何よりも屋上からなので見晴らしがいいし、太陽の位置も信用金庫から見て丁度逆光になる。犯人に雨音の位置がバレる危険も少なくなるだろう。
 唯一の問題は、鉄工所の機械の稼働による屋根の僅かな振動によって、スナイパーライフルが揺れて弾道がズレてしまう事なのだが、ここは無理を言って事情を説明して、狙撃を行う間は機械を全て止めて貰うしか無い。
 鉄工所側は納期に間に合わなくなるとか、機械を止めると利益が出ないとか文句を言ってくるだろうが、それでも今は人質となった少女の命が懸かっているのだ。

 だが100~200mならともかく800m先となると、狙撃の難易度がかなり高くなってくる。
 前述のように弾道が僅かにズレただけでも、800m先では大きなズレとなってしまうからだ。風と重力の影響を完璧に読み切った上で、相当正確、精密な狙撃精度が雨音に要求される事になる。
 狙撃が素人な百子といえども、それ位の事は知識として理解していた。だからこそ雨音の提案を無茶だと思っているのだ。
 それでも狙撃に適した場所は現状ここしか無いし、それに雨音は百子の不安を吹き飛ばすような自信に満ち溢れた表情をしていた。
 ここからなら余計な邪魔さえ入らなければ、確実に犯人を狙撃出来ると・・・雨音はそう確信しているのだ。

 「大丈夫だよ百子ちゃん。私は射撃の全国大会で、1200m先の的の中心に当てた経験があるから。」
 「1.2キロ!?マジで!?」
 「だから今日の気象条件なら、800m位だったら何とかなると思う。」

 ちなみに日本記録は1.5km。そして世界記録は前回のオリンピックにおいて、ベルギー代表の女性選手が記録した2.5kmである。
 そして今日は快晴で風も微風。絶好の狙撃日和だ。
 驚きを隠せない百子だが、ともかく狙撃する場所は決まった。社長が電話で千葉県警に雨音の狙撃場所を説明している間に、大急ぎで百子と共に車に向かう。
 後は現場で千葉県警にSAT所有のスナイパーライフルと弾を貸して貰い、屋上に上がって狙撃を行うだけだ。
 決意に満ちた表情で、雨音が助手席に乗り込んでシートベルトを締めた。
 迅速に、しかし確実に、人質となった少女を救わなければならない。
 無事に少女を救えるかどうか・・・少女の運命は、今まさに雨音の手に委ねられているのだ。

 「百子ちゃん、慌てなくてもいいから安全運転でね。」
 「了解(ラジャ)りましたっ!!」

 百子が運転する車が、静かに鉄工所へと向かっていく。
 慌てなくてもいい・・・雨音は百子に言った自らの言葉を、心の中で自らに言い聞かせていたのだった。

3.緊迫の狙撃


 あまり知られていない事なのだが一般的に狙撃を行う際は、狙撃手と観測手の2人1組で行う事がセオリーだとされている。
 観測手の主な役目は狙撃手を狙撃に集中させる為に、周囲の状況確認や上層部に与えられた命令の伝達を行う事だ。また狙撃手が狙撃を行う間は当然の事ながら完全に無防備になるので、狙撃手のボディーガードも重要な役目となる。

 今回の任務では狙撃手を務める雨音のサポートとして、百子が観測手を務める事になった。
 百子と一緒に大きな梯子(はしご)で工場の屋根の上に昇った雨音は、慣れた手つきでスナイパーライフルの銃口に三脚をセットして、銃が動かないように固定する。
 そして屋根の上に毛布を敷いて、その上にうつ伏せになってスコープの調整を行う。
 工場内はシーンと静まり返っており、異様な雰囲気に包まれていた。

 雨音と百子が到着した時には、既に警察官が経営者の説得をしていたのだが、やはり経営者には機械を止める事にかなりの難色を示されてしまったようだ。
 納期が間に合わない、機械を止めていられないと主張し、もっと別の場所で狙撃が出来ないのかとか、そもそも振動と言っても大した代物じゃないだろう、などと文句を言われたのだが、今回の800mもの高難度の狙撃を行う際には、ちょっとした振動でさえも命取りになりかねないのだ。
 他に狙撃に適した場所が無い以上、この鉄工所には悪いがしばらくの間、全ての機械を止めてもらうしか無い。
 建物の外では従業員や近隣住民たちが興味深そうな表情で、狙撃の準備を行う雨音と百子を見守っている。

 雨音は毛布の上にうつ伏せになりながら、スナイパーライフルを信用金庫の方角に向け、スコープのレンズをくるくると回してピントを調整する。
 何度かの微調整を繰り返すうちに、それまでぼやけていた緊迫の信用金庫の様子が、スコープを介して鮮明に映し出された。
 犯人は外国人の屈強な体つきの男性のようだ。青城女学院の制服を着た少女を左腕で羽交い絞めにしながら、右手の銃で信用金庫の職員や客を脅している。
 少しでも妙な真似をすれば、このガキを殺すぞ・・・犯人がそう主張しているのがはっきりと見て取れた。

 スコープの調整を終えた雨音は右手の人差し指の先端をペロリと舐めて、一端うつ伏せの状態から体を起こして頭上に掲げた。
 人差し指に付着した雨音の唾液に、北からの微風がそよそよと流れていく。
 その微妙な感覚だけを頼りに、雨音は風向きと風力を瞬時に読み切った。
 北からの微風に対して、雨音は真夏の太陽を背に東側に向けて狙撃を行う・・・ほんの僅かな微風だが、これだけの遠距離からの狙撃となると、標的に到達するまでに弾道に若干の影響が出てしまうだろう。それに重力も計算に入れて狙いを付けなければならないのだ。
 鋭く尖ったアーマーピアッシング弾をカードリッジに装填し、それをスナイパーライフルに装着する。
 これで全ての準備が整った。後は犯人を狙撃するだけだ。

 「それで新堂さん。今回の狙撃を行うにあたって、我々が開発したこのEASを是非活用して頂きたいのですが・・・。」

 一緒に屋上に上がってきた女性警察官が、雨音にゴーグルのような物を手渡した。
 雨音がそれを身に付けると、目の前の光景が映し出されたデジタル画像と、スナイパーライフルの狙いを示す小さな○が表示されている。そして隅の方に幾つものデジタルデータが表示されていた。
 風力、風向き、標的までの距離、残り弾数・・・あとは気温とか湿度とか。
 これで体力ゲージや索敵レーダーでもあれば、まるでゲームのFPSやTPSでもやっているかのようだ。

 「この新型のスナイパーライフルには、そのEASと連動した小型CPUが搭載されています。今新堂さんの目の前に映っている小さな○がエイミング位置となっており、人工衛星からのGPSデータを利用して、標的までの距離を正確に導き出します。」
 「・・・・・。」

 試しに雨音はEASを身につけた状態のまま、うつ伏せになってスコープを覗いてみた。
 成る程、確かに雨音が調整したスコープの○が、デジタル画像に映し出された○と重なり合っている。
 重なり合っている○が若干ズレているのは、EAS側が風と重力の影響を計算に入れたからだろうか。このEASの○に合わせてスコープの○を合わせれば、完璧に狙った場所に弾が飛ぶという事なのだ。
 雨音が狙撃の狙いを犯人に定めてみると、○と重なり合った犯人が赤く表示された。これは犯人をロックオンしたという事か。
 だが。

 「このEASなら風や重力の影響を自動計算してくれるので、これだけの長距離狙撃でも誤射の危険を極限まで抑える事が出来るという、まさに我ら警察庁が誇る優れ物です。」
 「・・・あ、あの・・・」
 「今はまだ試作段階ですが、その効力は既に実証済みです。このEASと連動した銃を使用する事で、全くの素人でも的の中心に当てる事が出来たという、信憑性の高い実験データも取れています。」
 「・・・そ、その・・・」
 「このEASが量産された暁には、銃の規制を進める蓮子議員など、あっという間に叩いて・・・」
 「・・・あの・・・むしろ邪魔なんですけど・・・。」
 「はあ!?」

 雨音は溜め息を付いて、有無を言わさずEASを外してしまった。
 予想外の雨音の行動に、女性警察官は信じられないといった表情をしている。

 「そんな、何故ですか!?そのEASがあれば、標的への狙いをより完璧に・・・!!」
 「その・・・確かに便利な代物かもしれないですけど・・・それでも私は自分自身の感覚を頼りにした方が安心出来ますから。」
 「いや、でもしかし、最新のコンピューターによるアシスト機能なんですよ!?自分で狙うより余程安心出来るはずじゃないですか!!」
 「あの・・・言いにくいんですけど・・・これ、まだ試作段階なんですよね?その・・・万が一機械にトラブルがあったら?」
 「・・・そ、それは・・・」

 雨音の言葉に、女性警察官は言葉に詰まってしまう。
 そう、雨音が危惧しているのは、まさにそれなのだ。
 最新のコンピューターとGPSを組み合わせた、完璧なアシスト機能・・・確かにこれは驚異的な代物だ。よくもまあこんな物を作り出した物だと、雨音は心の底からそう思う。

 だがそれでも、このEASによるアシストは「デジタルデータ」なのだ。
 デジタルデータである以上、機械に何らかの不具合が発生すれば、逆に誤射の危険が付きまとう事にもなりかねないのだ。例えばEASが標的を犯人ではなく、人質に定めてしまう事だって容易に考えられる。
 しかもこのEASはまだ試作段階だ。どれだけ優れた代物だろうが、とてもじゃないが雨音は安心して使う事は出来なかった。
 それに、それを考慮しなかったとしても、やはり雨音程の手練となると、自分自身のアナログの感覚のみを頼りにした方が安心出来るようだ。

 女性警察官はEASを開発した警視庁の人間として、雨音がEASを使う事で警視庁に対する多大な宣伝効果になると期待していたのだが・・・完全に当てが外れてしまったようだ。
 技術者たちはこのEASを一分一秒でも早く現場の警察官たちに届ける為に、まさに寝る間も惜しんで作り上げたくれたというのに・・・それを邪魔と称し、見向きもせずにせっせとうつ伏せになってスコープを覗き込む雨音を見て、女性警察官が複雑な表情を見せる。
 このような想定外の事態・・・上層部や技術者たちにどう報告しろと言うのだろうか。
 試しに百子は雨音が外したEASを身につけて、拳銃を構えてみた。

 「・・・うおおおおおおおおおおお!?なんじゃこりゃああああああああああ!?」
 「そのハンドガンにはEASに対応したCPUが搭載されていないので、現在表示されているデータは全く当てに出来ないのですが・・・」
 「それでも凄過ぎますよこれ!!何でこんな凄いのを使わないの!?雨音っち!?」

 射撃の腕が壊滅的に酷い百子にしてみれば、確かにこれはあまりにも便利な代物のようだ。
 これを使わない選択をした雨音の判断が、百子にしてみれば理解出来なかった。
 そんな百子を無視して雨音はスナイパーライフルを構え、今まさに犯人に対しての狙撃を行おうとしていたのだった。