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アカイイト外伝・紡がれし心

外伝「貴也と美羽・もう1つの未来」前編・前半


1.学園祭の最中に


 学園祭のクライマックス・・・美しい星々に照らされた夜の闇に包まれた中で、日下の学園祭恒例のキャンプファイヤーが開催され、多くの生徒たちが笑顔で手を取り合いながら、軽快な音楽に合わせてダンスを踊っていた。
 今年の学園祭も大きなトラブルも無く無事に終了し、生徒たちの誰もが「無事にやり遂げた」という充実した笑顔を見せている。

 美羽たち2-Cの面々が開催したホラー喫茶「アジャスト」も、騎士に扮した美羽の(主に女性に対する)凄まじいまでの集客効果が功を奏して圧倒的な1番人気を勝ち取り、美羽たちは優勝賞品として学食の食券1週間分をゲットしたのだった。
 とても忙しくて慌しくて正直大変だったのだが、それでも今回の学園祭は美羽たちにとって一生の思い出になる事だろう。
 天へと舞い上がる炎を取り囲みながら、とても楽しそうにダンスを踊る生徒たちの様子を、メイベルたちと一緒に静かに眺めていた貴也だったのだが。

 「貴也、一緒に踊ろ?」

 そんな最中、突然美羽が貴也の目の前に現れ、そっ・・・と右手を差し出した。
 とても穏やかな笑顔を自分に見せる美羽に、貴也は思わずドキッとしてしまう。

 「え?僕?」
 「そうよ。他に誰がいるって言うのよ?」
 「いや、美羽はてっきり小瀬さんあたりと踊る物だと思ってたんだけど・・・。」
 「何言ってるのよ。私は貴也と踊りたいのよ。ほらほら。」
 「ちょ、ちょっと美羽、待ってくれ・・・うわわわっ!!」

 美羽が貴也の手を取って踊りの輪の中に引っ張っていくと、その様子を見ていた周囲の女子たちから、悲鳴というか絶叫というか悲痛の叫びが聞こえてくる。
 美羽は女子には相当モテるのだが、何故か男子には全くモテなかったりする。
 自分に向けられる周囲の女子たちの敵意の視線に最初は戸惑った貴也だったが、それでも美羽と手を取り合いながら、やがて軽快な音楽に合わせて踊り出した。
 ダンスなんて貴也は全くやった事が無く、去年の学園祭でのキャンプファイヤーの時も、他の生徒たちの踊りを見ていただけだったので、正直動きがぎこちなかったのだが。
 だがそれは、実は貴也だけではなく美羽も同じのようで・・・

 「・・・美羽。お前がさっきから僕の足を踏みまくっているのは、わざとか?わざとなのか?」
 「わ、わざとじゃないわよ。だってダンスなんて全然やった事無いんだもん。」
 「ほら、お前がこの間、僕を助ける為に槍子さんと戦ってくれた時に使った、あの明鏡止水とかいう技あるじゃん。あんな流れるような動きが出来るんだから、美羽はてっきりダンスが得意な物だとばかり思ってたんだけどな。」
 「あ、あれはダンスとは全然別物だから・・・。」

 貴也の動きもそうだが、美羽の動きも信じられない程ガチガチで、貴也の足を何度も何度も踏みまくっている。
 美羽の言うように明鏡止水は「相手の攻撃を流水の如く避ける」事に特化した技であり、このような「他人と踊る」ダンスとは勝手が違う代物なのだ。
 自分も人の事は言えないがガチガチな美羽の踊りを見て、貴也は正直苦笑いを隠せなかった。

 成績優秀で運動神経抜群で料理も得意で、ルックスもスタイルも人柄も良く、フェンシング部のエースで最強の女剣士のクローンで現代最強の鬼切り役で、剣も術も得意で『贄の血』をその身に宿していて、学校の女子たちからも絶大な人気を誇る・・・そんな一見完璧超人に見える美羽にも、ちゃんと苦手な物があったのだ。

 「・・・ぷっ。」

 もうこれで何度目なのか、美羽が貴也の足をまた踏んでしまった時、貴也は思わず笑顔で吹き出してしまった。

 「な・・・何よ?」
 「いや、美羽もやっぱり『女の子』なんだな~って思ってさ。」
 「・・・え?」
 「現代最強の鬼切り役だとか、羽藤真弓とかいう人のクローンだとか、兵器として生み出されたとか、美羽が僕らとは別の世界で生きてきた奴だっていうのは分かってるけどさ・・・それでも美羽はやっぱりメイベルや希咲たちと何も変わらない、どこにでもいる普通の『女の子』じゃないか。お前の下手糞な踊りを見て、それを今実感したよ。」
 「・・・貴也・・・。」

 貴也が握っている美羽の両手だって女性特有の華奢で細い代物で、とても柔らかくて温かい。
 少し力を入れてしまえば、あっけなく折れてしまうのではないかと思える程に。
 そして自分に対して恥らうような表情を見せる美羽をじっ・・・と見つめて、貴也は思う。
 兵器だろうとクローンだろうと何だろうと、やっぱり美羽は『女の子』なのだと。
 互いに手を取り合って踊りながら、じっ・・・と見つめ合う貴也と美羽だったのだが・・・その時だ。

 「貴様ぁ!!私の名前は『やりこ』ではなく『そうこ』だと、何度言えば分かるのだこの愚か者がああああああああああっ!!」
 「どわははははははははは(泣)!!」

 槍子と踊っていた志村が槍子の事を『やりこ』と呼んだ事で、槍子の逆鱗に触れて派手に投げ飛ばされてしまい、志村の身体がきりもみ回転しながら物凄い勢いで、美羽と貴也に向かって飛んできた。
 いきなりの出来事に、慌てて美羽は貴也を庇ったのだが・・・。

 「な・・・貴也!!」
 「ちょ、ちょっと美羽うおおおおおおおおおおおお!?」
 「ぎゃはははははははははは(泣)!!」

 美羽は背中から志村に派手に体当たりをされてしまい・・・しかも志村が女性型生体アンドロイドである槍子の圧倒的なパワーで投げ飛ばされた物だから、美羽は支え切れずに物凄い勢いで貴也を押し倒してしまった。
 そして・・・

 「・・・んんんっ・・・!?」

 目の前に、貴也のどアップの顔。
 唇に感じる、とても柔らかい感触。
 次の瞬間、美羽を慕う周囲の女子たちから、なんかもう悲鳴というか絶叫というか断末魔というか、とにかく形容しがたい絶望の叫び声が聞こえてきた。

 キスした。
 貴也にキスした。
 貴也に思い切りキスをしてしまった。
 それを美羽は自覚し、思い切り頬を赤らめてしまう。

 「うおおおおおおおおおおおおおおおお(汗)!!」

 慌てて貴也は美羽を振りほどいて起き上がり、美羽に謝ろうとしたのだが・・・その瞬間。

 「・・・貴也!!」
 「な・・・美羽・・・んんっ・・・!?」
 「んっ・・・ちゅっ・・・」

 とっさに身体が勝手に動いていた。
 美羽は貴也を押し倒して、再び貴也と唇を重ねる。
 まさかの予想外の出来事に、貴也も周囲の者たちも驚きを隠せない。
 何とあろう事か、今度は事故などではなく美羽の方から貴也と唇を重ねたのだ。それを周囲にいる者たち全員が目撃し、なんか物凄い騒然とした騒ぎになってしまった。

 『・・・おおっとーーーーーーーー!!2年C組の野咲美羽さんが、まさかまさかの高山貴也君に対しての、大胆な接吻だあああああああああああ!!』
 『生徒会長。今のは間違いなく野咲さんが故意にやった事だよね?恋なだけに。』
 『中々巧い事を言うじゃないか副会長!!しかしこれはとんでもない大事件だぞ!!』
 『ああ、我が校のフェンシング部のエースである野咲さんと、クラスメイトである高山君との間で、まさかまさかの熱愛発覚だああああああああああああ!!』

 学園祭の主催者である生徒会長と副会長が、マイクを片手に好き勝手な実況をしているのだが、周囲の女子たちの多くが泣きながら絶望の叫び声を上げてしまっている。
 当の貴也本人も一体全体何が何だか、全然意味が分からない。
 そんな周囲の喧騒を無視して、やがて美羽は貴也と唇を離して・・・

 「・・・貴也・・・」
 「な・・・何だよ・・・」
 「・・・好き。」

 もうムードも何もあった物ではないが、この絶好のチャンスを逃してはなるまいと、瞬時に美羽はそう思った。
 これまで胸の内に秘めていた貴也への想いをぶつけ、貴也の心を振り向かせる為に。
 そして女子たちの絶望の叫びが周囲を包み込む中、美羽は頬を赤らめながら貴也にそう告げて、再び唇を重ねる。

 『おおっと!!野咲さん、高山君の首をぎゅっとを抱き締めたぁ!!この体勢からでは高山君、そう簡単には逃げられないぞ!!』
 『生徒会長。野咲さんの胸が高山君の胸に当たっているんだが。』
 『あれは伝家の宝刀・当ててんのよ!!だ!!』
 『しかし羨ましいな畜生!!て言うか公衆の面前で何やってんだよ!!』
 『おおっとおおおおおお!!今度は高山君が野咲さんの身体をぎゅっと抱き締めたぁ!!』
 『これは高山君が野咲さんの求愛を受け入れたという、確固たる証と言えよう!!』
 『何という事だ!!あの野咲さんに、まさかまさかの彼氏誕生だああああああ!!』

 生徒会長と副会長が派手な実況を好き勝手に繰り広げる中で、悠峰学園のグラウンドが燃え盛る炎が照らす明かりに包まれながら、物凄い騒然とした騒ぎになってしまっていた。
 絶望の叫びを上げる沢山の女子生徒たち、まさかの出来事に派手に騒ぐメイベルたち、沈痛な表情を浮かべる希咲、宏美、理瀬。
 貴也と美羽は顔を赤らめながら見つめ合い、本気なのか?という貴也の問いに、恥じらいながらも可愛らしい笑顔で応える美羽。
 その様子を美鳥が遠くから、苦笑いしながら見つめている。

 こうして貴也と美羽は、何だかよく分からないが恋人同士になってしまったのだった。

2.望まざる者たち


 『・・・以上の映像が、先日の悠峰学園の学園祭での一連の事件の詳細となります。』

 翌日の土曜日・・・生徒会の指導の下で学園祭の片付けが行われている最中、美羽たちが住んでいる日下から遠く離れた若杉グループの本社において、1人の青年がパソコンのテレビ電話機能を使って、若杉の長老たちと共に会議に参加していた。
 彼は鬼切り部相馬党に所属する鬼切りの、大野至(おおの・いたる)。美羽と同じ悠峰学園に通う男子高校生だ。
 長老たちの目の前のモニターに映し出されているのは、昨日の夜に貴也と美羽が唇を重ねている光景だ。
 その様子を長老たちが、とても厳しい目つきで睨み付けている。

 「何という事だ・・・あのような平凡な若者が、あろう事か野咲美羽と結ばれただと!?」
 「由々しき事態だ・・・!!」
 「あの野咲美羽の貴重で優秀な遺伝子を、これからも失う訳にはいかんというのに・・・!!」

 彼らは貴也と美羽の交際を、全く歓迎していない・・・むしろ貴也に対して敵意を抱いているように見える。

 あの当代最強の鬼切り役と称された真弓のクローンであり、特別に濃い『贄の血』までもその身に宿し、おまけに頭脳明晰で運動神経抜群、料理も得意で剣も術も達人クラスであり、ルックスもスタイルも抜群で性格も良く、悠峰学園の女子生徒たちの人気者である美羽。
 そんな美羽のまさにサラブレッドとも言える遺伝子は貴重な代物であり、何としても優秀な者と結ばせて優秀な子供を沢山産ませる事で、貴重な遺伝子を後世に残さなければならない・・・長老たちはそう考えているのだ。

 1年前の、あの経観塚での事件の後・・・美羽やスミレ、雪奈のような悲惨な犠牲者をもう二度と出させないようにと、源一郎が遺したクローン技術に関しての貴重な資料を、葛が全て完全廃棄したのだから尚更だろう。

 『高山貴也・・・悠峰学園2年C組所属。彼は学校の成績も運動神経も料理の腕も、容姿も家柄も学歴も家族の収入も、さらには身長も体重も性格も、これまでの人生や交友関係に至るまで、何もかもが普通です。』
 「そのような平凡な者が野咲美羽と交わったとして、産まれて来る子供が野咲美羽の優秀な遺伝子を完璧に残せるのか!?」
 『そこまでは何とも言えませんが、高山貴也の平凡な遺伝子と交わる事で、野咲美羽の優秀な遺伝子をある程度失った子供が産まれる可能性は、確かに否定出来ません。』
 「そんな事は断固阻止せねばならん!!何としてでも2人を破局させるのだ!!」
 『充分に承知致しております。』

 美羽の気持ちを、貴也への想いを、美羽のこれからの幸せを、彼らは少しも考えようともしない。
 いや・・・彼らは未だに美羽の事を『兵器』としか見ていないのだ。
 それは、美羽が優秀であるが故の・・・優秀過ぎるが故の宿命とも言うべきか。
 美羽がどれだけ貴也を想おうが、周囲がそれを許そうとしないのだ。
 美羽が好きになった貴也が、あまりにも平凡な男であるが故に。

 「しかし破局させるにしても、一体どのように2人を引き裂くというのだ!?」
 「最悪の場合は、高山貴也の抹殺も視野に入れる必要も・・・」
 「いや、あの野咲美羽が傍にいるとなると抹殺自体も困難だ。それで奴に勘付かれて我らに反逆されものなら・・・!!」
 「大野よ、何か策はあるのか?」

 長老の視線が一斉に集まる中、大野はモニター越しに何の迷いも無い瞳を見せていた。

 『全て私にお任せ下さい。策は既に用意してあります。』
 「ほう、さすがだな。して、どのように2人の仲を引き裂くというのだ?」
 『確かに皆さんが仰る通り、野咲美羽が高山貴也の傍にいるのであれば、抹殺は物理的に非常に困難でしょう。ですが・・・』

 だがそれでも、貴也と美羽を破局させる方法など幾らでもある。
 長老たちに対して、大野は妖艶な笑みを浮かべた。

 『ならば物理的にではなく、社会的に抹殺してしまえば済むだけの話です。』
 「社会的に抹殺だと・・・?」
 『手段を問わず、高山貴也がどうなっても構わないと仰られるのであれば、私は高山貴也と野咲美羽を必ず破局させてご覧にいれます。いかがでしょうか?』

 長老たちは少しざわついたが・・・やがて満場一致で大野の提案を承諾した。
 美羽はようやく貴也という最愛の恋人を手に入れ、1人の女の子としての幸せを掴もうとしているのに。
 一体どうしてこうなったのか。美羽には恋をする事すら許されないとでも言うのか。

 「いいだろう。この件に関してはお前に任せる。最悪の場合は高山貴也を殺す事になっても構わん。何としてでも野咲美羽から高山貴也を引き離すのだ。野咲美羽には優秀な遺伝子を持つ者と結婚し、その貴重な遺伝子を後世に残す義務があるのだからな。」
 『は。了解しました。』
 「ただし、くれぐれも葛様に気付かれぬようにな。この事を知られようものなら間違いなく反対されるであろうからな。」
 『心得ております。それでは。』

 大野は長老たちに敬礼をし、パソコンのネットプラウザを閉じた。
 そして耳に取り付けていたインカムを外し、ふうっ、と一息つく。
 画像編集ソフトを開き、先程大野が長老たちに提示したファイルを開くと、そこに写されていたのは学園祭でのキャンプファイヤーで美羽が貴也と唇を重ねている光景だった。
 それを大野は、苦々しい表情で睨みつけている。

 「・・・あまり出しゃばるなよ高山ぁ・・・お前なんかに野咲は分不相応なんだよ・・・お前は大人しく幼馴染の星野と結ばれていれば良かったものを・・・!!」

 大野はそう吐き捨てながらマウスをグリグリ動かし、鉛筆機能で画像を赤色にグチャグチャに汚したのだった。

 「そうとも・・・野咲にふさわしいのお前なんかじゃなく・・・他でもないこの俺なんだよ!!」 

3.若杉の陰謀


 つい最近の話なのだが、平行世界線理論という論文を発表した学者がいる。
 彼が言うにはこの世界には互いに一切干渉する事が出来ない、我々と同じ世界、同じ時間軸の膨大な数の平行世界という物があって、それらは無数の糸のように束ねられ、その1つ1つが無数の線となって結ばれているのだそうだ。
 例えば今日、こうして恋人の美羽と2人きりで動物園でデートしている貴也なのだが、その美羽を貴也が振って、希咲と恋人同士になる世界も実際に存在している可能性があるのだという。

 貴也が美羽と結ばれたこの世界と、貴也が希咲と結ばれる世界、メイベルと結ばれる世界、理瀬と結ばれる世界、盾子と結ばれる世界、槍子と結ばれる世界、宏美と結ばれる世界・・・さらにはハーレムを作ってしまう世界まで、ありとあらゆる『可能性』という名の膨大な数の世界が、まさに巨大な分岐図となって平行世界として無数に存在しているのだと。

 昨日の夜にメイベルと一緒に観ていたテレビ番組で、そんなような内容の論文の特集が組まれていて、貴也は正直チンプンカンプンだったのだが、それでも貴也はそんな物はどうでもいい事だと思っていた。

 今、貴也にこうして寄り添っているのは、希咲でもメイベルでも盾子でも理瀬でもない・・・他でもない美羽なのだから。
 日曜日の、昼の12時・・・施設内の沢山の飲食店がとても混雑している最中、貴也と美羽は公園の芝生の上にレジャーシートを敷いて、そこに美羽の手作りの弁当を広げていた。
 2人の周囲では他にも多くのカップルや家族連れが、2人と同じように幸せそうな表情で弁当を広げている。
 今日は好天に恵まれて11月にしては比較的温かく、その影響もあって動物園には多くの客が訪れていた。

 「うわ・・・凄いな。」
 「見た目だけじゃなくて味もいいのよ?さあ、どうぞ召し上がれ。」

 色々な食材が詰め込まれた美羽の手作りの弁当は、とても彩り豊かでいい匂いがして、見ているだけでも食欲が沸いてくる。
 しかもカロリーや塩分も控え目で、栄養のバランスもきちんと考えられている。
 美羽の食事や弁当はいつも美鳥が作ってくれているので、美羽は普段から料理などあまりしないのだが、それでも美羽自身もこうしてちゃんと料理が出来るのだ。
 これも誰かに教わったのではなく、美羽が宿す真弓の遺伝子から受け継がれた物なのだが。
 自分の為にここまで立派な手料理を作ってくれた美羽に、貴也は心の底から感謝していた。
 それと、こんな素敵な女の子が彼女になってくれて、本当に良かったと。

 「それじゃあ遠慮なく、頂きま~す。」

 まずはふっくらと焼きあがった玉子焼きに手をつけてみる。
 貴也が玉子焼き口の中に入れた途端、ふわっ・・・と広がる優しくて甘い香り。
 それでいてしつこくなく、堅過ぎでもなく柔らか過ぎでも無い。絶妙な火加減で焼かれた玉子焼きが、まるで貴也の口の中でふわりと溶けていくかのようだ。
 これに比べたら貴也がたまに作る玉子焼きなど、果たして玉子焼きなどと呼べるのかどうか。

 「・・・美味い。」
 「本当!?良かった~。貴也の口に合ったみたいで何よりよ。」
 「大した物じゃないか。これ、本当に美鳥さんじゃなくて美羽が作った奴なのか?」
 「当然よ。頑張って早起きして作ったんだから。」

 自分が作った弁当を美味いと言ってくれた貴也を見て、とても幸せそうな笑顔を浮かべる美羽。
 生体兵器でも、鬼切り役でもない・・・1人の『女の子』である美羽の姿が、そこにあった。
 太陽の光に優しく包み込まれた動物園で、とても幸せそうな笑顔を見せている貴也と美羽。
 だがその幸せは若杉の陰謀によって、無残にも打ち砕かれる事になるのである・・・。

 「それじゃあ次は、この唐揚げを食べてみようかな。」

 貴也がふっくらと焼きあがった唐揚げに箸を伸ばそうとした、その時だ。

 「おまわりさん、この人です!!この人がこの間の学園祭で、私たちの胸を触って逃げたんです!!」
 「間違いありませんね?」
 「間違いありません!!この人です!!悠峰学園2年C組の高山貴也君!!」

 そんな悲痛の叫びが聞こえたかと思った瞬間、3人組の金髪の派手なメイクをした女の子たちが、泣きそうな表情で貴也を指差しており・・・そして2人の警察官が物凄い形相で貴也に向かって走り込んで来た。
 そして有無を言わさずに、いきなり貴也の両手首に手錠をかける。
 いきなりの出来事に、貴也は訳が分からないと言った表情をしていた。
 いや、本当に訳が分からないのだ。
 あの女の子たちは学園祭で貴也に胸を触られたなどと主張しているが、貴也にそんな覚えは微塵も無いし、そもそも会った事さえも無いのだから。

 「な・・・ちょっと、何なんですか貴方たち!?」
 「大人しくしていろ!!高山貴也!!お前を痴漢の容疑で逮捕する!!」
 「はあ!?何言ってるんですか!?僕はそんな事をした覚えはありませんよ!!」
 「あの被害者の女の子たちが、お前を名指しして犯人だと言っているんだ!!」
 「ちょ・・・離して下さい!!冤罪ですよ!!僕は何も・・・!!」
 「いいからさっさと来い!!話なら署で聞いてやる!!」

 警察官に無理矢理連れて行かれそうになる貴也だったが、そこへ美羽が立ちはだかった。
 両手を広げて、これ以上先には行かせないという決意の表情をしている。
 一体全体何が何だか全然意味が分からないが、少なくとも美羽は貴也が痴漢をしたなどという女の子の証言を、少しも信じていなかった。
 貴也が痴漢を犯すなど・・・そんな事は絶対に在り得ないのだから。

 「何だね君は!?そこをどきたまえ!!」
 「貴也が痴漢だなんて、そんな事は絶対に在り得ません!!」
 「何だとぉ・・・!?」
 「ちゃんと捜査したんですか!?DNA鑑定もきちんとやったんですか!?彼女たちの証言だけで貴也を犯人だって決め付けるんですか!?それでどれだけ多くの人が、痴漢の冤罪の被害にあってると思ってるんですか!?」
 「だからそれを今から署で調査すると言っているんだ!!そこをどかないと言うのであれば、君も公務執行妨害で逮捕するぞ!!」

 これまでの温かくて幸せな雰囲気だったのが一転して、この動物園がとても緊迫した雰囲気に包まれている。
 動物園に訪れた多くの人々が、一斉に貴也たちに注目していた。
 女の子に痴漢呼ばわりされ、有無を言わさずに警察官に手錠をかけられる貴也。
 その様子を多くの人々が携帯電話やスマートフォンで画像を残し、中にはツィッターや2ちゃんねるで実況をする者も。
 しかも女の子や警察官が『高山貴也』と名指しした物だから、その名前までネット上で晒される事になってしまった。

 「おいおい、一体何の騒ぎだよ・・・って、何なんだよこれ!?」
 「あの女の子たちが、さっきから痴漢だとか騒いでるけど・・・」
 「俺、リアルで手錠をはめられる奴を見るの、これが初めてだぜ。」 
 「って、あいつ2年C組の高山じゃね!?」
 「マジかよ!?あいつ、あのフェンシング部の野咲の彼氏になったって聞いたんだけど!!て言うか、その野咲が目の前にいるんだけど!!」
 「おいおい、彼女が出来た途端に他の女の子に痴漢かよ!?マジで酷ぇ奴だなあいつ!!」

 同じ悠峰学園の生徒たちも何人か動物園に来ているのか、瞬く間に貴也の名前が連呼されて騒ぎになってしまっていた。
 明らかに、貴也が悪者呼ばわりされている・・・貴也がこの女の子に痴漢をしたと、そう決め付けられてしまっているのだ。
 貴也には、全く身に覚えが無い事だというのに。
 だがそれでも美羽は・・・美羽だけは、貴也の事を信じていた。
 貴也は、痴漢なんて絶対にしない人だと。

 「とにかく貴也が痴漢だなんて、そんな事は絶対に在り得ません!!」
 「し、しかしだね、現に彼女が痴漢だと・・・それにこうして逮捕状だって・・・」
 「絶っっっっっ対に在り得ません!!」
 「・・・・・。」

 目の前で貴也が痴漢呼ばわりされても、それでも貴也を信じている・・・そんな美羽の気迫に戸惑う警察官たちだったが、その時だ。
 突然警察官の1人の胸元の、携帯電話の着信音が鳴り響いた。

 「・・・もしもし、俺だ・・・うん、ああそうだが・・・え・・・?本当にいいのかよ!?・・・いや、しかしそれでは・・・わ、分かった。それじゃあそういう事で・・・。」

 戸惑いの表情になった警察官が携帯電話を胸元にしまった、その瞬間。
 この平和な動物園で突然沸き起こった、悲痛な叫び声。
 慌てて美羽が振り向くと、そこにいたのは目が血走って正気を失った5匹のライオンだった。
 凄まじい咆哮をあげながら、問答無用で人々に襲い掛かってくる。

 「そんな・・・ライオンが檻から脱出したとでも言うの!?」
 「た、助けてくれーーーーーーーっ!!」
 「くっ・・・!!」

 美羽の目の前で、今にもライオンに噛み付かれようとしている人々。
 貴也の事は気になるが、目の前で失われようとしている命を捨て置く事は出来ない。
 いや・・・というよりも『力無き人々を守る』という鬼切り役としての本能が、美羽の身体を勝手に突き動かしていた。
 慌てて逃げ惑う客を掻き分け、美羽は猛然とライオンに立ち向かう。

 「てええええええええええええいっ!!」

 繰り出される美羽の拳法によって、次々とライオンたちが叩きのめされていく。
 だが美羽がどれだけ強いと言っても、これだけの混雑と混乱の中、しかも皇牙もデスペラードも月光蝶も迂闊に使えないこの状況では、美羽1人の力だけで5匹の凶暴なライオンから力無き人々全員を守り切るというのは不可能だ。
 3匹目のライオンを気絶させた美羽の目の前で、1人の少女がライオンに右肩を噛み砕かれてしまう。

 「あああああああああああああああああああああっ!!」
 「くっそおっ!!」

 反射的に月光蝶を召喚しようとするが、これだけの人々の大注目を集めている中で迂闊に召喚してしまうわけにはいかない。
 何とかライオンを蹴り飛ばして少女を救った美羽だったが、少女の右肩は完全に肉が抉られてしまっており、ドクドクと物凄い勢いで血が流れている。
 激痛の恐怖のあまり取り乱し、泣き叫ぶ少女。そして美羽が蹴り飛ばしたライオンが、抉り取った少女の肉をとても美味しそうに食べていた。

 「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 4匹目のライオンを気絶させた美羽。そして最後のライオンは駐在していた警備員たちが4人がかりで何とか取り押さえていた。
 どうやら警備員に麻酔銃を撃たれたようだ。先程まで人々を襲っていたライオンは、それが嘘だったかのように気持ち良さそうに眠っている。
 だが警備員の1人がライオンに噛まれたようで、とても痛そうに右腕を押さえていた。

 逃げ惑う人々、混乱する動物園・・・脱走したライオンたちを何とか全員倒した美羽と警備員たちだったが、その傷跡はあまりにも大きかった。
 右肩を抉られた少女は係員によって応急処置が施され、何とか止血させる事は出来たのだが、それでも心にも身体にも一生傷跡が残り続ける事だろう。右腕を噛まれた警備員の男性にしてもそうだ。

 「・・・そうだ、貴也は!?」

 慌てて貴也の下に戻ろうとした美羽だったが・・・いつの間にかいなくなってしまっていた。
 この混乱に乗じて、パトカーで警察署に連れていかれてしまったようだ。
 先程貴也と警察官がいた場所にあったのは、混乱の最中に四散してしまった、美羽の手作りの弁当の無残な姿。

 「貴也・・・貴也・・・貴也あああああああああああああああああっ!!」

 泣き叫ぶ美羽の姿を、物陰から大野がとてもニヤニヤしながら見つめていた。
 そして貴也を痴漢呼ばわりした3人の少女たちに、それぞれ現金100万円を手渡す。

 「よくやってくれたね。ほら、約束の金だ。」
 「ちょ、ヤバくね!?ヤバくね!?本当にあいつを痴漢呼ばわりしただけで100万貰っちゃったよ!!」
 「アタシ、シャネルの新作が欲しいって前からずっと思ってたんだぁ!!」
 「あんな事で100万も貰えるなんて、アタシたち本当にラッキー♪」

 物陰でコソコソと、とても嬉しそうに100万円をバッグにしまいながら、少女たちがとてもニヤニヤしながら大野と話をしている。
 そう・・・彼女たちと大野は、最初からグルだったのだ。
 いや、彼女たちだけではない。貴也を不当に逮捕した2人の警察官もだ。

 貴也を社会的に抹殺・・・痴漢の烙印を押して警察に逮捕させる事で、大野は貴也と美羽を無理矢理引き離し、それに加えて美羽に貴也の事を軽蔑させようと画策したのだ。
 大野の計画通り貴也は警察に連行されたのだが、大野にとって唯一の誤算は、目の前で痴漢呼ばわりされているにも関わらず、最後まで貴也を信じ続けた美羽の健気な姿だった。
 仕方が無いので大野はこの動物園で飼われているライオンに、こんな事もあろうかと用意していた興奮剤を投与して暴れさせて、その混乱に乗じさせて警察官たちに貴也を連行させたのだが。

 まあお陰で怪我人が何人か出たようだし、この動物園もしばらくの間は営業停止処分が下され、これだけの騒ぎになったのだから客足が伸びずに閉園という事にもなりかねないだろうが、それでも大野には別にどうでもいい事なのだ。
 今重要なのは、『貴也を社会的に抹殺し、美羽との距離を物理的に引き離す』事なのだから。
 その辺にいるモブキャラが何人怪我しようが死のうが、この動物園の職員たちが失職して路頭に迷おうが、別に大野の知った事ではないのだ。 

 「全て俺の計画通り・・・!!後は俺が野咲の心のケアをして・・・そして俺が野咲を・・・ククク・・・ククククク・・・ふはははははははははは!!」

 未だ混乱が続く動物園の様子を眺めながら、大野は妖艶な笑みを浮かべて高笑いしたのだった・・・。